出会えば地獄
「頼十、連れてきたか」
と、声が聞こえた。女の声だった。
その女は由利と同じように髪が背中まで伸びていた。ただ、由利とは違い、髪の色は白ではなく、黒だ。由利と対称的と言っても良いだろう。髪の色が白、黒、だけではなく、由利のおとなしそうな目だが、女はよく言えばやる気に満ち溢れた、悪く言えば怖そうに感じさせる目をしていた。
「道己。こいつらがSSSYだ」
頼十の言葉を聞くと、女は立って、総達の方を見た。
「そう。こんにちは。私は神代道己。よろしくね」
印象とは違い、道己の態度は優しかった。
「俺は六万総です」
「あたしは木野咲」
「私は天明由利です」
「私は日向霄です」
と、四人の自己紹介が終わる。
部屋には頼十、道己の他に二人いる。
その二人も立って、自己紹介をする。
「七海業です」
「紀紗智加です」
業と紗智加の自己紹介が終わると、業、紗智加、道己が座る。
「それで、今日は親睦を深めるだけ、かな?」
道己が言う。
それだけではないと分かっているのだろう。
そして、総は道己の予想が正しい事が分かる言葉を告げる。
「そちらの持っている情報が欲しいんです。できませんか?」
「できない訳じゃない。だが、何の情報が欲しいのだ?」
「それは、言えません」
総が答える。
「言えない?」
道己が眉をひそめて言うと、そんな道己を見て頼十が言う。
「道己、怒るな」
「怒ってない!」
「ホラ、怒ってる」
「お前……私をいらつかせたいのか?」
今度は道己は完全に怒っていた。
頼十は恐れて、数歩下がる。
「ごめんごめん。ちょっと、からかっただけだって」
「からかっただと?」
そんな二人にどう声をかけようか、と咲があたふたする。
「あ、あの」
そんな咲に紗智加が声をかける。
「大丈夫。これがあの人達のコミュニケーションなのよ」
「え、そうなんですか?」
咲は驚く。
(これがコミュニケーション? いや、コミュニケーションではあるんだけど、……止めなくて良いの? 喧嘩、とかじゃないの?)
「あなた達も、ちょっとは分からない? からかって、怒り合って、そんな仲の友達とか、いなかった?」
そう言いながら、紗智加は微笑む。
そんな紗智加の言葉に咲は納得し、そして、集を思い出した。
からかわれて、怒って、からかって、怒られて、そんなずっと似たような事を集と繰り返し続けられると信じていたキラキラした日常を、思い出した。
「いました……そうですね。ちょっと分かる気がします」
咲は元気を振り絞って言った。
その時の咲の笑顔が何を意味するのかを、紗智加は分からなかったが、楽しい思い出があった事は理解できた。
「道己、良いだろう? 俺らだって大した情報がある訳じゃない。勝手に調べさせてやれ」
「はぁ、良いでしょう。ただし、ハッキングはダメよ」
「わかってる」
と、頼十、道己、総が言うと、総は座って、パソコンに端末を接続させた。
「そういや、お前。六万総か……」
頼十が呟く。
「なんだ?」
「いや……」
ずっと前の話。
十道に種市縁滋郎が依頼した。
SSSYの仕事を調査してこい、と。
それを受諾した十道はSSSYの任務が施設を破壊する事だと分かり、頼十をその施設に侵入させたのだ。
しかし、総と由利は頼十を敵だと思って、壁に激突させたあげく、撃ってしまった。更に、施設自体を倒壊させて、頼十は起きると、道己に電話してさんざん怒られた後、縁滋郎に「俺を倒せるくらい良い仕事をしています」と報告する事になったのだ。
(こいつが俺を気絶させた、ということか)
そんな過去を頼十はこんな一言でまとめる。
「お前、強いな」
「は?」
「もういいや。じゃあな」
いかにも不満足という顔をして、総は席を立つ。
「もういいのか?」
頼十が訊く。
総の顔で満足のいく結果が得られなかった事を察したのだろう。
「ああ」
総としては、これ以上は何をしても結果が変わらないので、要らぬ気遣いだったが。
「それじゃあ、さようなら」
道己が言うと、由利が返す。
「はい。失礼します」
「また来てね」
「機会があれば」
紗智加の言葉に総が言うと、霄は紗智加に手を振って言う。
「じゃーねー」
「バイバイ」
紗智加は優しげに微笑みながら、そう言った。
そうして、四人が出ると、豹がいた。
「なんだ、お前ら。もう終わりか?」
「ああ」
豹は総の顔を見ると、言う。
「そういや、総。お前には言わなくても分かるかもしれないが、共同任務の方が危険だぞ」
「知ってるよ。だから、共同してやるんだろ?」
なんで今更そんな事を言う? と思いながら、総が答えた。
「ああ。危険で、敵もこっちの事をよく知っている」
「こっち?」
「ああ。AHMOをな」
豹は笑いながら言う。
「何!?」
総はその言葉だけで予測できる。
AHMOをよく知っているのであれば、そいつらから情報を取れば何かがわかると。
「おい!」
総はドアを開けて言う。
それに対して、紗智加が感想を言った。
「あら、早い再会ね」
「これが、共同任務?」
総は画面を見て、言った。
「ええ。バリア・デストラクションという組織の一つを破壊する事」
「バリア・デストラクション?」
総は紗智加の説明の中に聞き慣れぬ単語に首をかしげる。
そんな総に頼十が説明する。
「それは、ぺノメナル大陸で、もっとも強い敵の組織だ」
「その下っ端を倒すのが、今回の任務って訳」
頼十の説明を道己が補足説明すると、更に頼十が言う。
「つっても、バリア・デストラクションには諸橋遷都がいる」
「まー、油断はできないわ。多分、今回の任務では会わないでしょうけどね」
「そうか」
道己の言葉に総が頷く。
総は豹に「諸橋遷都とは闘うな」と言われていたので、少し警戒した。少ししか警戒していないのは、今度闘う敵が下っ端だという事と、道己の多分会わない、という発言からだった。
その時、咲は(集は今頃、何処で何をしてるのかしら……)と思っていた。
マナゲットとぺノメナルの間にある島国では。
「アモア。やっぱり、お前だけでも帰ったらどうだ? 俺の端末にいつ連絡が来るかも分からないんだぞ」
集が言った。
二ヶ月間、漁師に迷惑をかけて、漁師の家に住まわせてもらっているが、ハナからの連絡は一回も無く、もう一生無いんじゃないか、と思えるほどだ。
「嫌!」
アモアは端的に自分の意志を言った。
この二ヶ月間で、アモアの敬語はしだいに無くなっていった。
「良いのか? 故郷に帰れるのに……」
「集にこれだけ迷惑かけて、それで一人だけ帰るなんてイヤだよ!」
「迷惑じゃない。こっちが勝手にやっただけだ」
アモアの言葉に集が返す。
その言葉がアモアにとって嬉しくない言葉だという事も、分かっていた。
だが、集は言った。
彼は自分の行動に感謝して欲しい訳でも無ければ、自分が正しいとも思ってはいない。
むしろ、否定して欲しいとすら思っている。
お前のした事は正しくない、そう言われた方が楽になる気がしたのだ。気がしただけで、実際は辛くなるのだが。
それでも、感謝される時のいたたまれない気持ちに比べれば、マシだった。
「それでも……リンちゃんやルンちゃんだって、いるんだし……」
「そうだな。もしかしたら、俺らは、もっと早くにここから離れるべきだったのかもしれない。リンやルンとの別れが辛くなる前に……」
集は言うが、後悔はしていない。
リンとルンと出会えてよかった。
集は心の底からそう思っていた。
例えば、彼に過去に行けるとして、また漁師の家に泊まりに来たとしたら、彼は一日でその家を出る事はしなかったろう。
「それこそ、無理だよ……。だって、一日目から仲良かったじゃない」
「……そうだな」
集は思い出す。今までの日々を。
そして、認める。そう簡単にここを離れる事が出来ない事を。
「だから、集との別れだって、辛いに決まってる」
アモアの言葉に、集はおもわず言う。
「……俺もだ」
「え?」
アモアは驚く。
集の言葉が聞こえなかった訳でも、理解できなかった訳でもなく、驚いてでの一言だった。
「俺も、お前と離れ離れは、辛いよ」
集が言った。
「そっか。へへ」
アモアが嬉しそうに笑う。
集はそんな笑顔を見て、言う。
「……もう少し、待ってみよう」
「うん」
アモアは頷いた。
「ごめんな。俺がお前とマナゲットに行くって決めれば、ここで待たなくてもいいのに」
詫びなど不要。
知っているけれど、集は謝る。
「ううん。リンちゃんやルンちゃんとも、もっと一緒にいたいしね!」
「そうだな」
それから、5日後。
総、咲、由利、霄、頼十、業はバリア・デストラクションの支部の前に来た。
『気を付けて下さい』
耳に付けた通信装置からは紗智加の声が聞こえる。
「ああ」
総は返事をすると、支部に突入した。
咲はいつも通り、来ない。
由利が壁に切れ目を入れると、総が吹き飛ばす。
「おお、すごいな」
「なかなか、やるね」
頼十と業が言う。
「俺は業さんが喋った事の方が驚きだけどな」
総は言いながら、走る。
前にはマシンガンを持った兵士が次々と現れる。体には防弾チョッキをきている。
総は全て風で吹き飛ばして、壁にぶつけると、由利は床をポイントに防弾チョッキを切る。
インナーとズボンだけの姿となった敵兵士を撃つ。
「お前ら、強いな」
「どうも」
頼十と総はそんな会話をすると、壁に寄る。ちょうどT型に道がなっているので、そう簡単には飛びだせないのだ。
総が道に顔を出すと、相手は容赦なく銃を撃ちまくる。総はすぐに顔をひっこめると、風を吹き荒らして、兵士を飛ばす。
兵士の悲鳴が聞こえてくる。
頼十と霄は飛びだして、空中の兵士を撃つ。もう、防弾チョッキは切り裂かれて、床に落ちていた。
そのまま、前に進むと、電子機器が多くある部屋に着く。
「ここで、情報をとれば……」
総が言うが、室内の状況に気付いた。電気が点いていなかったので、判断が遅れたのだ。
そこには一人の男がいた。
髪は赤く、下にいくにつれて白くなっているその男に見覚えがあった。
男が振り向いて言う。
「よぉ、雑魚」
ニタァ、と不快な笑みを浮かべる。
「諸橋遷都!」
総は叫ぶと、銃を撃つ。
だが、弾丸は遷都の前で止まった。
「知ってるんだな、俺の事」
遷都の言葉は聞かず、由利も霄も頼十も業も撃つが、やはり遷都の前で止まる。
『諸橋遷都です! 逃げて下さい!』
「撃破する」
紗智加の言葉に総が返すと、耳から通信機を外した。
「アハハハハハッハハハハハハハ」
遷都は炎を出現させると、銃弾を巻き込んで拡散させる。
「こんなもの!」
総は風を吹かせて、火を吹き消そうをするが、風と火の押し合いとなる。
「どういうことだ!? 火が風に逆らえる訳が無い!」
「あははははは。超能力を理論で考えんなよ! オイ!」
遷都は笑って言う。
通常、火を操作出来たとしても、正面から強風が来れば、消えるのは自明の理。
だが、今回はそれが起きない。
いや、火は消えている、消えているのだが、更に来る火で増幅されて、吹き消す事自体が意味を為していないのだ。
「死ぬか? ゴミ共」
火は風を食って、進み続ける。その火は総の近くを通った。総の後ろが爆発する。
「な……」
総は絶句した。
「どうした、風を操るのに火に負けてやがんのかぁ? いっそのこと、竜巻でも起こしてくれよぉ!」
「言われなくても!」
遷都の言葉を聞いてではないが、総は右手に竜巻を作りだすと、遷都に向かって放つ。横向きとなった竜巻が遷都に向かって、飛んでいく。
遷都から放たれた火も竜巻に飛んでいき、衝突する。火は風の影響を受けつつも、また、ただの押し合いとなる。
遷都はただ火を操る能力者ではないのだ。
「常識は通用しねぇのかよ!」
総は投げやりになって叫ぶ。
「アァ!?」
遷都が言うと、横に動いた。
さっき遷都がいた場所に、熱の光が降り注ぐ。
「クッ」
「あらぁ、バレちゃったかぁ」
霄が言う。
その時、遷都の火が消えて、総の竜巻で遷都は吹き飛ばされる。壁に激突する前に、炎で風をかき消す。
「コンクリートも融かす熱線か? てめえ、どんな能力だよ」
遷都が霄言った。
霄は倒れる。
「あ?」
遷都が何かした訳でもなく、自然と倒れたのだ。
「霄! しょうがありませんね」
由利が建物自体を斬りまくる。
建物は倒れた。
「オイオイ、マジかよ」
遷都は天井を見て言う。
「総!」
「わかってる」
由利に総が言葉を返すと、天井が無くなったので、風で飛んで逃げる。
遷都はその後ろ姿に銃を撃つ。
「グァッ」
総の心臓付近を弾丸が貫通するが、なんとか、総、霄、由利、頼十、業は施設から逃げる事に成功した。
総は施設の近くに倒れる。
「これは……」
由利は総の傷口を見て、黙る。
頼十は総の傷口に手を添える。
「何をするのです?」
「そりゃあ、マジックだよ」
すると、総の傷口が塞がった。
「え!?」
「俺みたいなトンデモ超能力者がいても良いだろ?」
「え、ええ。勿論です!」
由利が言う。
総も目を開けると言う。
「サンキュー」
すると、霄が発砲した。
その先には、遷都がいた。
遷都は空中に浮いていた。
原理は不明。
「フッ、まさか、傷を癒せる能力者がいるとはな……。撃っても意味ねぇか。ソイツ、わざわざ風で外に運び出さなくても死ななかったんじゃねぇか?」
「まぁ、建物が崩れ落ちても治せば大丈夫だけどよ。……痛いんだぜ?」
遷都の言葉に頼十が返す。
遷都は笑うと、炎に乗って、逃げた。
「なんだ!? 逃げた?」
「それに、炎に乗ったぞ!?」
頼十と総が言う。
「総。遷都の炎には実体があるのだ」
「何!?」
頼十が遷都の能力を言う。
「奴を精霊使いと呼ぶ者もいる。炎が消えても、実体だけは残るらしい。それこそ、さっき、俺らの銃弾を阻んだように……」
「そんなの、勝ち目が無いじゃないか!」
総が叫ぶ。
「だから、誰も奴を倒せた者がいないんだ」
「クソォッ……」
総は地面を殴った。
(チャンスを逃した……)
そして、総はさっきまで遷都のいた空間を睨んだ。
さて、敵の新キャラも出ましたね。
方向は一転し、次は集が多く出るかなー、という感じです。
諸橋遷都ですが、彼は想像の怪物、という感じです。
想像が超能力の要なのですから、何かしらの理念はあるはずなのですが、それは一体!?
対して総は、現実の怪物です。
彼は生きている世界を直視するし、想像に逃げたりはしない。だから、科学の原理にのっとっての成長はあっても、遷都のような事になる事は無いわけです。




