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Rain sacrifice  作者: 茶碗蒸し
マナゲットプリンセス篇
17/32

剣士の小さな嘘、王女の大きな勇気

 集がこの時間に何処か銭湯が開いてないか、と考えていると、ノックが聞こえた。

 集はドアに近づき、開ける。

「よっ。着替え」

 栄実は集に着替えを渡す。

「サンキュ。ちょっと待って」

 集は一度、着替えを床に置くと、セイスンが着れるような自分の服を持ってきた。

「はい」

「ん。サンキュー」

「ああ」

 栄実の礼に答える。

「てかさ、集って服に付いた水は操れないの?」

「操れるけど、服きたまんまでそれやると、危ないんだよ」

「危ない? ふーん。分かった」

 栄実は言うと、ドアを閉めた。


 栄実は部屋に戻ると、服を投げた。

「私、着替え終わったら入るから。着替えはそこね」

「ああ。ありがとう」

「ううん」

 栄実は言うと、夜空を見た。

「……綺麗ね」

 すると、集も部屋から出てくる。

「おう、栄実」

「よっ」

 栄実が答える。

「最近、名前で呼ぶようになったね。私のこと」

「ああ。そうだな」

 何気ない会話をする。

「なぁ、お前の友達、何があったんだ?」

「……言わなきゃダメ?」

 栄実は分かっていた。言わなければならない、と。集は既に巻き込まれているのだから。けれど、そう訊いたのは、集がどう答えるか分かっていたからだろう。

「別に、言いたくないんなら、良いよ」

「そう」

 集は今から目を逸らすかのように、空を見た。

「綺麗だな……」

「そうね」

 すると、栄実の部屋の中からこっち側にノックの音が聞こえた。

「あ、終わったみたい。じゃね」

「ああ。じゃあな」

 言うと、栄実は部屋に入った。


「それで、あなたはアモア様に従ってるだけ? それとも、自分から何かしたいの?」

 栄実は訊く。

(どうせ、答えは分かっているけどね)

 セイスンは答える。

「あの水を操る奴。あいつを殺したい。それが、マナゲットの為になる」

「そう……」

「お前も、分かっていて会わせたんじゃないのか?」

 セイスンはそう指摘した。

「私は知りたかったのよ。あなた達ならどう考えるのかを」

「何故、知りたかった?」

 栄実の顔が暗くなる。

「きっと、私はここに長く居すぎている。もう10年も。だから、どうしてもここを敵にしたくないって、集も殺したくはないって思うんだ。だけど、もし、今私がここに来たらどう思うんだろうって思った。それに、一番近いのはあなた達の意見。あなた達が『集を殺すべきだ』と言うのなら、私はそれに協力する」

 栄実の思いは揺れていた。どっちを選んでも悲しくなるから。

 だから、人の意見に流される事にしたのだ。利用される事にしたのだ。

「愛国心は残っている……と?」

「ええ。この命は国に捧げるわ。……あなた達は集は敵と考えているのね?」

 栄実は訊く。

「ああ。俺も、アモア様もな」

「……そう。わかったわ」

 今のセイスンの言葉が嘘であっても、本当だと信じて、いや、思い込んで。


 集はノックが聞こえたので、部屋に入る。

 すると、ドレスから一般的な服に変わったアモアがいた。アモアの長い金髪は白いワンピースに映える。

「似合ってるね」

 集はお世辞ではなく、本当にそう思った。

「そうですか?」

「うん。ドレスも良いけど、そっちの方が自然かも」

 というか、ドレスは目立ち過ぎる。

「なるほど……」

 ワンピースのすそをちょこんとつまんだ。

「俺の名前は天久集って言うんだ」

 集は自己紹介をする。

「私は……アモア=マナゲットです」

 別に、アモアが自己紹介をしなければならなかった訳ではない。それに、嘘の名前を言ったって良かった。なのに、アモアは実名を言った。それが彼女の誠意なのだ。

「えっと……マナゲットって……」

(やっぱり、その髪の色は……)

 集も予感はしていた、だから、考えないようにしていたのだ。

「はい。マナゲット王国の王女です」

「……そっか。隠さないんだな」

 アモアは堂々とはしていなかった。むしろ、不安そうに言っていた。

「恩があるので……」

「君は良い人だね」

 こんなに良い人、初めて会ったかもしれない。

 集は思った。

「いえ……そんな」

「俺は、マナゲットとは友好的になれると思うんだよ。実際、輸出も輸入もしあってる」

 集はマナゲット王国が嫌いではなかった。

「はい」

「それに、今、俺達がこうやって会話できるのも、一度マナゲットがぺノメナルを侵略したおかげで、マナゲットの言葉を使える訳だしな」

「……」

 アモアは黙った。そこには罪悪感を感じているのだろう。

「きっと、悪いのは10年前の戦争だけなんだ。あんなに暴力的に解決しなくたって……」

 集が暗い顔をして言う。

 そして、アモアは気付いた。

 集は悪魔の惨劇での自分の行為をいている。

「そんなことありません! あれで悪いのはこちらです」

 アモアが言う。

「違うよ。悪いのは俺だ。あの戦争、渦潮やらの変な水の動きは自然に起きた訳じゃない。俺の、能力でやったんだ」

 集も隠さなかった。

 アモアの誠意に対する集の誠意だ。

「……」

 今まで、悪魔の惨劇を起こしたのが集だという事にに確証はなかった。だが、もう集が起こしたと分かってしまった。

「あの時、俺は溺れた人を助ける事も出来た。それをマナゲットに送り返す事も出来た。それでも、しなかったのは……自然に起きた事だと見せかけるため」

「……」

「そして、溺れた人に罵倒ばとうされたくなかったから……。別に、俺の能力で助けて、自然の所為に出来なくても、こっちの超能力の強さを見せる事は出来る。なのに、俺は助けなかったんだ。俺を恨んで良いんだよ」

 集はアモアの目を見れなかった。

 きっと、俺を睨んでいるだろう、と思ったから。

「違いますよ。マナゲットは身勝手な理由でそちらに攻めに行ったんです。あなたが殺した兵士も、あなたも同じ被害者なんです。悲しまないで下さい」

 優しくアモアは言った。

「ありがとう……」

 集はその言葉を認めなかったけど、感謝した。

「ごめん。暗い話しちゃって」

「いえ、大丈夫です」

 集は立ち上がると、話題を変える。

「それじゃあ、家に帰る……って、家……あるの?」

 集は自分で言っていて、気付いた。マナゲット大陸のマナゲット王国から来た王女が、ここ――ぺノメナル大陸のぺノメナル王国――に家などあるのだろうか? 、と。

「ないです……」

 案の定、なかった。

 ただ、彼女は運が良い。ちょうど、秋広がこの寮を出てった所なのだから。

「じゃあ、隣の部屋開いてるから、使っていいよ」

「あ、ありがとうございます」

 更に運が良いのは、秋広が持っていた開錠コード(ドアを開ける為に必要)を、一度、秋広の部屋に言った為、また来る可能性があるという事で、集が秋広から送られていた事だ。

 ただ、集はここで運が良い事を伝えても特に意味は無さそうなので、黙っておく。そして、代わりにもっと重要な事を聞く。

「やっぱり、君の素性すじょうは隠した方が良いんだよね?」

「はい、できれば」

 集はその「できれば」を気遣いだと判断した。彼女の素性がバレたら大事になる。

「分かった。協力するよ」

「ありがとうございます!」

 アモアは嬉しそうに言った。

(もしかして、素性を隠すのに協力するかどうかの判断もこっちにゆだねてたのか……? それで、よく俺に話したな)

 集は驚いた。

「じゃあ、行こうか」

「はいっ」


 集はアモアを前まで秋広が使っていた部屋に送ると、廊下で栄実とセイスンと会った。

「栄実。他の部屋の開錠コードを持っているのか?」

 集は訊く。

「私、ここの責任者だから、空き部屋はぜーんぶ持ってるわよ?」

「嘘!? 初耳だ」

 集は驚愕した。

「チョット、なんでそんなに驚いてんのよ」

 栄実は集に不服そうに目を向けた。

「わるいわるい、意外でな」

「意外って、どういう意味!?」

 栄実は心外だと言わんばかりの口調で言った。

 そんな会話はセイスンにとって喜ばしくなかった。

 この会話で集と仲良くなっては困るから、と、理由があともう一つ。

「そろそろ、良いか?」

「あ、そうね。行きましょう」

 セイスンの言葉に栄実が返す。

「じゃあな。おやすみ」

「おやすみ~」

 集の言葉には栄実が返した。

「分かっているのか? アレは敵だぞ」

「分かってるわよ」

 その時、栄実は自分でも気付かずに奥歯を噛みしめていた。


 集が部屋に入ると、すぐに声をかけられた。

「集様!」

 集をそう呼ぶのはぺノしかいない。

 端末をとりだして、返事をする。

「どうした?」

 話したい事があるのだろう、と思い訊く。

「良かったのですか? 敵国の王女に10年前の秘密を話しちゃって」

「俺は、敵国だと思ってない」

 良いんだ、と集は答えなかった。ぺノの質問にも、返すのではなく、質問自体を否定している。まるで、答えを隠すように。自分の答えを言って、否定されるのを拒むかのように。

「ですけど、機密情報の筈です!」

 これも、正論。

「それなら、彼女にとって、自分が王女だと言う事は俺の言った事以上に隠すべき事なんじゃないのか?」

 彼女、というのはアモアの事だ。

 集の言葉は静かに落ちついていた。それでいて、曲げられない一本に芯がある。ぺノはそう感じとった。

 対して集の心の中では、自分の言葉に説得されない自分がいた。その理論はおかしい、と。

「……そうですね。でも、それが事実とも限らないんじゃないんですか?」

「それは、彼女にとっても同じだ。彼女からすれば、俺が本当の事を言ってるとも限らない」

 集が言った。

 ぺノは感じとっていた、集がいつもと違う事を。何かにかたくなになっていることを。

「何が集様をそこまでさせるんです?」

「……何がって?」

 ぺノの言葉に集は上手く返せない。自分でも、分からないのだ。

「いつもの集様は、感情の前に理性が働くような人です。感情を重んじるけれど、重んじ過ぎればどうなるかも知っている。だから、まず感情的にならず冷静に考えていました」

「俺は冷静だろう?」

 少なくとも、集は冷静なつもりだった。いつも通りの自分だと思っていた。

「だから、怖いんです。まるで、考え方が根底からくつがえされているような……」

「……」

 そして、ぺノの言葉に、初めて今の自分を疑った。俺はどこかいつもと違うのか……、と。

「集様は機密情報を言う事を感情的に考えませんでしたか? 彼女が秘密を話したから、自分も……とか」

 ぺノの指摘は正しかった。」

「そうだよ……。その通りだ。だけど、それはダメか?」

 集は正しいと言わなければ崩れ落ちそうなほどに脆かった。おそらく、集がぺノに心を開いているからこそ見せる、弱み。

 対してぺノは、集の為に嘘を吐くのではなく、集の為に自分の思っている事をありのままに話す事を選択する。

「それは、私には分かりかねます。集様のとった行動はとても優しいです。しかし、機密情報を漏らす事が良い事ではない」

 ぺノの言葉は感情と理性の間で揺れている人間のようだ、集はそう思った。

「ぺノは……どう思う」

 集はこの問いをぺノに投げかける事に、何の疑問も抱いてはいなかった。集はぺノを機械などと、思ってはいなかった。

「私は不思議に思います。集様は、今まで長い時間をかけて人の本質を見極め、その中でも信用できる者のみに心を開くような人だと、私は勝手に思っていました。ですが、アモア様には違う。すぐに心を開き、信用しているのではありませんか?」

「ああ」

 どこまでも、ぺノの言葉はみる。

「今の集様はアモア様が裏切る事をまるで考えていません」

「……っ、そうだな」

 そう、集が頑なに心の中で否定し続けていたのは、アモアが嘘を吐いているという可能性。根拠も無いのに、否定し続けていた。嘘は吐いていないんだって、信じ込んでいた。集はアモアに裏切られるのが怖かった。アモアに会っただけで、集は心が洗われたような気がしたのだ。彼女だけは信じれる、そして、守るべきだと思った。だからこそ、怖かった。

 そして、その感情は殺すべきなのだ。確証の無い信用など、集はいつも否定し続けていたのだから。長い期間をかけて手に入れた信用、そして、相手を信頼できるという想い。それが、今回は完全に欠如けつじょしていた。長い期間も無しに、根拠も無しに信用しているのだから。

 そんな集にかけるぺノの言葉は――


「集様が裏切らない、と思ったなら、それで正しいと思います」


 優しかった。

「……なんで、そう思える?」

「それはもちろん、信じていますから!」

 どこまでも、ぺノの言葉は優しい。

 集の変化を受け入れているのだ。認めているのだ。ぺノは機密情報を漏らしても、ただ一緒にいた日常が集の信用に結び付く。

「ふふっ。そっか、ありがとう」

 集は嬉しそうに笑った。

「笑わないで下さいよ。真剣なんですから!」

「ああ。本当にありがとな。お前がいてくれて良かったよ」

 集は心の底からそう思った。もう、ぺノは彼の心の支えなのだ。

「はい! あ、もう2時半ですよ?」

「マジで!? やべぇ、寝る!」

「はいっ!」

 そして、長い夜は明ける。

この回は人の心の動きに注目していたりしています。

彼の小さな嘘がどんな結末を導くのか、彼女の大きな勇気を集をどのように変えるのか、お楽しみに!

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