血
一方、ただ気分で夜に散歩をしている女の子が一人。
「今、すっごい速度で飛んでったのって……天久君?」
夜の街に霄の独り言が響いた。
「……ごめんなさい……」
集は由利のその言葉を聞いて、人死ぬほどの量の水で、法規を押しつぶそうとした。しかし、風が動き、当たらない。ただ法規、知世、由利、総、集以外は今の水で死んだだろう。それについて集は何も思わなかった。いつもでも殺してしまった、と後悔などはしないが、敵が減った程度の事は思っただろう。ただ、今回はそれすら思わなかった。なぜなら、それ以上に気になる事があったから。
「それは……総の能力」
集は訝しんだ。
(なんで、このクズが総の能力を使えるんだ?)
一方、法規は集の言葉に笑った。
「ああ! そうだ! そこにいる総の能力は俺が動かせるんだよ!」
法規は言いながら、倒れこんでいる総を指差す。
「……?」
集は法規の言っている事を理解は出来なかったが、総の近くに降りて、総に触れた。
「天神知世。奴の能力はめんどくさいな」
法規は言うと、知世を撃つ。
「てめぇ!」
集が叫ぶ。
「逃げ……て下さい。浅村法規の……能力は、身体を動かすなどの命令を送る……脳に侵入し身体を支配することです。気を……失って……いるのであれば……能力も……」
泣いたまま、話すのが辛い様子を見せつつ、途切れ途切れに由利は言う。
それを聞くと同時に、集は水で腕を切った。腕についた軽い切り傷から、血がたれた。
「ありがとう。由利」
集はいつものように優しく礼を言う。
「まさか、俺が能力を発動している状態で話せるとはねぇ。まぁ、もう遅い」
法規の卑しい笑顔が集をいらつかせた。
法規の目と、集の目が合う。法規の能力が集の脳に届いた。
「ごめんなさい」
由利が一言。
――――そして法規が、由利が、知世が、集に向けて発砲した。
その弾丸が集を貫く、それが法規の考えていた事だった。自分の能力で動けない筈なのだから。ただ、その予想は打ち砕かれた。集に向かって飛んでいった弾丸は集の生み出した水に阻まれた。集の腕から手まで、血がたれた。
「動かずとも能力で防げる、という訳か」
法規が言った。
「動かず? まさか、お前は俺がお前の能力で動けない、とか思ってるんじゃないだろうな?」
集は法規を馬鹿にするように言った。その言葉が間違っていると証明する為に、法規は言う。
「フン。自殺しろ!」
法規は手を集に向ける。しかし、それは何の意味を為さない。少なくとも、法規の主観では。
「悪いな。お前の能力は人の体を勝手に動かせるって事だろう? なら、それには逆らえる」
今度は集が笑った。
集は総に触れている状態で動いてはいない。ただ、それでも法規の能力に逆らっているのだ。この瞬間も法規は能力で集を操ろうとし続けているのだから。
「何故だ! 有り得ない!」
何度試しても効果の無い自分の能力にいらついてか、法規は叫んだ。それに集は答える。知った所で法規には何も出来ないのだから。
「俺は、水を操れる。ただ、俺の能力を正確に言うのなら、液体を操るんだ。つまり、血も動かせる。血液を動かせば、お前の能力で俺を操ろうとしても、俺は逆らえる」
集は法規が操ろうとしたのとは逆方向に血液を動かしていた。例えば、法規が集の右手を右に動かそうとしたならば、集は右手内の血液を左に動かす事で、法規の能力に逆らっていた。ただ、そんな悠長な話ではなく、血流を操作するなら、やりすぎたら栄養分が身体全身に届かなくなるし、そもそも、血流を操作する事自体がとても危険な行為だ。実際、集は今複数個所の内出血をしている。
(無駄には動けないか)
幸い、今の集の言葉で法規は集を操る事を諦めた。
「クッ、だが!」
風が吹き荒れる。法規が総の能力を使っているのだ。
集は吹き飛ばされる、が、壁に激突する前に水を操り空中でバランスをとって、壁を垂直に蹴った。しかし、運動エネルギーが働いて壁を少し離れただけでもう一度風が吹き、壁に激突しそうになる。集は自分の体が壁に激突する前に水で壁を砕く。ただ、壁を少し抉っただけで穴が開くまでとはいかず、結局、壁に激突した。
「ぐはっ」
その集の呻き声を聞いて、法規はやっと余裕を取り戻した。
「どうだ! 六万総の能力さえあれば、お前など殺せる!」
言葉にして自信を取り戻す。
集は壁から落ちる。水を多く出して落ちる時の怪我を防ぐ。
(大丈夫……総の能力が発動しているのなら、総は生きてるって事だ)
集はおそらく法規の能力は相手の能力に干渉しているのだろう、と踏んでいた。『身体を動かすなどの命令を送る……脳に侵入し身体を支配することです』という由利の言葉もあり、集自信もそう思ったからだ。となると、死ねば脳の機能は停止する訳だから、総の能力は発動し続けているという事になる。
ただ、いくら集と言えど危機的状況で勝機も無しに他人の心配はしない。
集は膝立ちの状態で顔だけは笑う。
「キッ」
その集の笑みに恐怖を覚えたのか、不安を感じたのか、由利を操る事すら意識できずに自分で銃を撃った。
その弾丸は集の体内から出た血で方向を逸らされた。弾丸が集を貫く事は無かった。そして、それとほぼ同時に、総の体から血が凄い速度で飛び、法規を貫いた。
「悪いな、不意打ちで。総の能力に俺じゃあ勝てない。でも、能力ってのは一長一短があるんだってよ」
集は言った。
勝ったのに負けを認めて。勝利より幸せを選んで。
集の能力は液体を操る事と水を発生させること。液体が他人の血であっても問題はない。実際、この施設に着いてすぐに総に触れた理由は出血を抑えて、血管が繋がっていなくとも血を循環させる為だったのだ。そして、触れてはいなかったが、知世にも総と同じ事をしていた。法規も、能力が使えなくなるのですぐに死なぬようにと由利を操って撃たせたのだが。
人間、勝利を確信した時と、途轍もない緊張から解き放たれた時は油断するものだ。ただ、人間の心臓付近に小さな穴が開いただけでその人間は死んだと勘違いするほどに。
人間はしぶといのだ。
法規は生きていた。痛みに耐えて、ばれぬようにとゆっくり、ゆっくりと手を動かす。集は法規の動きに気づかない。総と知世を見ていたからだ。総と知世の血の操作に集中する為に。
法規の手が銃に触れた瞬間、勢いよく銃を引き抜く。―――集は気づかない。
そして、法規が銃を集に向けて、撃つ、その前にその銃を由利が銃で撃ち抜いた。
法規自信、気づいていなかったのだろう、痛みで能力を解除している事に。
そして、由利は法規に銃を向ける。その頬はもう濡れていなかった。その目に悲しみの色はなかった。そして、優しい光もありはしなかった。あるのはただ、深く暗い黒。
「クソォ。だが!」
由利は引き金に手を添える。ただ、撃ちはしなかった。法規の言葉に違和感を感じたからだ。由利も興味本意で殺すのを遅らせるのは気が引けたが、それでも撃ちはしなかった。この後の言葉を聞きそびれてはならないような気がしたから。
「お前らは死ぬ……。この施設自体が爆発するからなァ!」
由利は気づかなかった法規を見ていたから。法規は気づいていた。自分の仲間が集の水の攻撃から一人だけ生き延びて、自爆スイッチの前で待機している事に。
その仲間が法規の言葉を聞いて、スイッチを押す。
法規は最後の力を振り絞って由利に能力をかけて動けなくする。
ただ、由利は能力を発動した。彼女の能力は触れていなくても肌から500までの距離ならその空間内を把握でき、物体のみに能力で影響を及ぼせる。
由利は操られた状態でも、持っていた銃を切り裂いて使えなくするくらいの事は出来た。でも、しなかった。集なら死なない事は分かっていたし、このような予期せぬ状況が来るのに備えて出来るだけ手の内を明かしておきたくはなかったのだ。昔から、訓練施設で教えられてきた事を生かして。
だから、あの「ごめんなさい」の意味は。つまり、気を窺う為に集に銃を撃ってすまない、と、そういう意味だったのだ。
法規が言って、それを聞いてその仲間がスイッチを押す、その前に、由利は法規の言葉を聞いた時すぐに能力を発動した。
壁内を色々と切り離した。電線を切り離して少し切れたくらいなら電気が通ってしまうので、できるだけ多く切り離し続けた。
ダメかな……、由利はそう思った。
静寂。
「なに!? 何故爆発しない!?」
法規が言う。完全に狼狽していた。
(これ以上、辛い思いをさせる必要はないか)
「じゃあな」
集は言うと、自分の血液で法規とその仲間の頭を貫いた。
「ふぅ」
集の緊張が解ける。由利も。だからか、由利の目からはまた涙が出てきた。
「う……天久さん……ごめんなさい」
集は由利に歩み寄る。
「いいんだ。お前は何も悪くないよ」
集は由利の肩に手を添える。
それでも、由利の涙は止まらない。
「……優しいな」
集の言葉に由利は首を振った。
「そんなことない……私は……」
「優しいよ。とても」
由利の言葉を遮って、集は小さい声でも力強く言った。
「……」
由利は否定しなかった。
それから、増援が来て、総を運び、集と由利は家に帰った。
そして、朝が来た。
集は学校に居た。
「豹!」
一限目が終わり、集は豹に話しかける。
「集か。報告なら天明から聞いてるぞ」
豹は集が言おうとしていた事を分かっていたかのように言う。実際当たっていた。
「え?」
それに驚いたのと、由利がもう報告していたのとで更に驚いていた。
「それだけか?」
「あ、ああ」
「そうか」
集は席に戻る途中、由利の顔を見ると、照れなのか頬を赤く染めて顔を背けた。
(……本当に……優しいな)
集は顔には出さないようにそう思った。
昼。
四人は外でご飯を食べていた。
「集、由利。昨日はありがとな」
総が言う。
「ああ」
「あなたが生きてるのは天久君のおかげです。だから、私に礼は要りません」
由利が言う。
「まぁまぁ。昨日は大変だったっぽいね~」
「知ってるのか!?」
霄の言葉に集が驚く。
「うんっ。由利に聞いた~」
「霄も知っておいた方が良いと思って」
由利は言ってはいけなかったかな……と不安なりながら言う。だが、
「そうだな!」
そんな不安は集の一言で吹き飛んだ。
「ですよね!」
由利が嬉しそうに言う。
「ああ。ん? あれって……」
集は桜を見つける。
「あ! 桜だ~。外でご飯を食べるのかな? 誘う?」
「いや、違うな」
集は霄の言葉を否定する。
「行こう! 面白そうな事が起こりそうだ!」
「不謹慎ですよ」
総の言葉に由利が返す。
「え? ナニナニ?」
霄は全く理解していなかった。ただ、総は風で、集は水蒸気で、由利は能力の一つの空間把握で、桜が誰かに会いに行こうとしている、という事は分かった。それも、こんな時間帯に、誰もいないような所に。
「まぁ、周が人を避けて誰かに会おうとしてるって感じだ」
総が言う。
「誰かって?」
「分からない。だから、見に行こう!」
「おい」
「それは……」
総の言葉に集と由利が反対しようとするが、それを遮って、
「うん!」
霄が言った。
校舎裏に桜ともう一人いた。
それに気づかれないように壁際に四人いる。
「おい、なんだかんだ言って、着いて来てるじゃねぇか」
総が言う。
「シッ。気づかれるぞ」
集がそう誤魔化す。
霄は鏡を発生させて、桜の他のもう一人を見た。
(……! 秋広!?)
鏡には秋広が映っていた。
霄は鏡をしまう。ずっと出しているとバレるからだ。
「桜。……ぼくと付き合ってくれないかな?」
秋広の声が聞こえる。
「うんっ」
桜の返事。
それを聞くと、集と総と由利と霄はその場から逃げた。
放課後。
総は校舎裏に着いた。
(こんな場所に二度も来る事になるとはな……)
総は知世に呼ばれたのだ。知世はもう居た。
「どうした?」
「……総。助けてくれて、ありがとう」
「ああ。俺だけじゃないけどな」
総が言う。
そして、ためらうような顔をした。
「なぁ。お前の能力、幻惑なら法規に幻惑を見せて、倒す事も出来たんじゃないのか?」
「私にはすっごい強く能力をかけてきててさ。能力はアイツに操られる前に一回しか使わせてくれなかった。それも、アイツには使わなかったし」
アイツというのは法規の事だ。
「そうか。悪い、こんなこと訊いて。でも、もしお前に何かあったんなら……」
「ううん、全然大丈夫」
知世は笑って言う。
「私がここに呼んだのはね。いつ死ぬかわからないんだって、再確認したからなんだ。だから……伝えらる時に伝えようって思った!」
その時、知世は総の目をまっすぐ、見た。
「私、あなたが好き」
知世は微笑んだ。
「俺もだ」
総も微笑んだ。
総と知世が教室に着くと、集と由利と霄と秋広と桜がいた。
「な、なぁ、総。秋広と周って付き合ってるんだってよ」
「へぇ」
集はぎこちなく言ったが、総は普通に返した。
「言っていい?」
総が小声で知世に訊く。
「ええ」
知世の返事を聞くと、総は言う。
「俺達も恋人同士になった」
「え?」
集は短く驚いた。
「ホントにっ!?」
「いついつ?」
「そうなの!?」
秋広、霄、桜と順に反応する。
「さっきだな」
「ええ」
総と知世が答えた。
「へぇ~。良い事って続くんだねぇ~」
霄が言う。
(良い事が続く……か)
集は由利を見た。
「なんです?」
「いやっ」
つい、顔を背けた。
(やっぱ、無理!)
この後、集のその反応を由利は家で1時間近く考える事になるが、集が知ることはない。
頑張って書きました!
ふぅ、疲れた。
楽しんで読んでくれたら、嬉しいです!