第六話:七月一日の若草花菜
わたしはみんなから嫌われている。
誰の瞳にも、わたしは映っていない。
わたしのことが見えてるのは、わたしだけ。
わたしだけなのだ。
彼女たちの目に、わたしなんて映っていない。
現に今、彼女たちは笑っている、とても楽しそうに。
見なくても分かる。
きっと下卑た笑みを浮かべ、こちらを見ているに違いない。
「若草サン、また教科書忘れたの?」
くすくすと、
「授業受けたくないんじゃない? じゃなきゃ、こうも毎回忘れたりしないって」
せせら笑うように、
その子たちがわたしに声を投げかけると、
「こらこら、あんまり若草をからかうんじゃない。困ってるじゃあないか」
いつものように、先生が生徒たちをたしなめた。
先生の見当違いなフォローも、入学して三ヵ月も経てば慣れたもので、わたしの口からはもう溜め息すらも出ることはない。
涙も、怒号も、
わたしの中にあった、そういった人間らしい感情の浮き沈みは、
いつの間にかすり減り、使い古した消しゴムのようにどこかへ行ってしまっていた。
けど、これでいいのだ。
誰よりも、わたしはわたしのことが見えている。
自分が自分の存在を肯定してあげられるだけで、わたしの人生は幸福なのである。
わたしの人生は幸福なのだから、彼らがわたしに何をしようと関係ない。
だからわたしは、彼らに何も語らない。
真面目に授業を聞くだけ。
わたしにとっての学校とは、そういうものだった。
「しゃーないなー、じゃあ、アタシが教科書見せてあげよっか?」
男受けのしそうな、どこか甘えたような高い声が、左側から聞こえてくる。
大きな音を立てながら机と椅子がわたしの方へと動かされ、
がたん。
という音とともにくっつけられた。
「うっわ、明日香ちんやっさしー」
「さすが明日香。マジいいやつだよね」
口々にそう言うと、教室にいた他の生徒はまた笑いだした。
先生はいつも通り無反応だ。
問題が表面化しなければそれでいい――
面倒ごとには巻き込まれたくない――
きっと、そんなことを考えているのだろう。
授業の準備、部活の顧問、生徒からの人気、そして自分の家庭――それら全てのタスクを処理していれば、クラスの問題にまで手が回らないのも仕方がない。
仕方がないのだから、仕方がないのだ。
そもそも、これはいじめなんかではない。
教科書を隠されたり、自分の持ち物に落書きをされたり、あとは普通に罵倒をされたり――別に、そんなことでわたしは死なないし……。
教科書を隠すのは、それが無くても授業内容が頭に入るようにという激励で、
持ち物に対する落書きは、イカした装飾をしようという親切心。
わたしを罵倒するのはきっと、そういう形の愛情表現。
そんなことを思いながら、わたしはいつも彼女たちに笑い返すのだ。
ありがとう、と。
ぎい。
椅子が軋み、
甘ったるい香水の匂いとともに、その長い髪がわたしの首筋をくすぐった。
「ねえ、若草さん?」
彼女は耳元で囁く、優しげな声を楽しそうに弾ませて。
「いじめられるのって、どんな気持ちなのかな?」
そう言うと、彼女は自分の机を元の位置に戻し、先生に授業を続けるよう促した。
数日後の七月一日――
それは、私に対して嫌がらせをしていた彼女――
明日葉明日香が殺された日だった。