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鏡よ鏡の私の呪い  作者: 大橋狭間
嘘つきと、狼少女と、
7/21

第六話:七月一日の若草花菜

 わたしはみんなから嫌われている。

 誰の瞳にも、わたしは映っていない。

 わたしのことが見えてるのは、わたしだけ。

 わたしだけなのだ。

 彼女たちの目に、わたしなんて映っていない。

 現に今、彼女たちは笑っている、とても楽しそうに。

 見なくても分かる。

きっと下卑た笑みを浮かべ、こちらを見ているに違いない。

若草(ワカクサ)サン、また教科書忘れたの?」

 くすくすと、

「授業受けたくないんじゃない? じゃなきゃ、こうも毎回忘れたりしないって」

 せせら笑うように、

 その子たちがわたしに声を投げかけると、

「こらこら、あんまり若草をからかうんじゃない。困ってるじゃあないか」

 いつものように、先生が生徒たちをたしなめた。

 先生の見当違いなフォローも、入学して三ヵ月も経てば慣れたもので、わたしの口からはもう溜め息すらも出ることはない。

 涙も、怒号も、

 わたしの中にあった、そういった人間らしい感情の浮き沈みは、

いつの間にかすり減り、使い古した消しゴムのようにどこかへ行ってしまっていた。

 けど、これでいいのだ。

 誰よりも、わたしはわたしのことが見えている。

 自分が自分の存在を肯定してあげられるだけで、わたしの人生は幸福なのである。

 わたしの人生は幸福なのだから、彼らがわたしに何をしようと関係ない。

 だからわたしは、彼らに何も語らない。

 真面目に授業を聞くだけ。

 わたしにとっての学校とは、そういうものだった。

「しゃーないなー、じゃあ、アタシが教科書見せてあげよっか?」

 男受けのしそうな、どこか甘えたような高い声が、左側から聞こえてくる。

 大きな音を立てながら机と椅子がわたしの方へと動かされ、

 がたん。

 という音とともにくっつけられた。

「うっわ、明日香(アスカ)ちんやっさしー」

「さすが明日香。マジいいやつだよね」

 口々にそう言うと、教室にいた他の生徒はまた笑いだした。

 先生はいつも通り無反応だ。

 問題が表面化しなければそれでいい――

 面倒ごとには巻き込まれたくない――

 きっと、そんなことを考えているのだろう。

 授業の準備、部活の顧問、生徒からの人気、そして自分の家庭――それら全てのタスクを処理していれば、クラスの問題にまで手が回らないのも仕方がない。

仕方がないのだから、仕方がないのだ。

 そもそも、これはいじめなんかではない。

 教科書を隠されたり、自分の持ち物に落書きをされたり、あとは普通に罵倒をされたり――別に、そんなことでわたしは死なないし……。

 教科書を隠すのは、それが無くても授業内容が頭に入るようにという激励で、

 持ち物に対する落書きは、イカした装飾をしようという親切心。

 わたしを罵倒するのはきっと、そういう形の愛情表現。

 そんなことを思いながら、わたしはいつも彼女たちに笑い返すのだ。

ありがとう、と。

 ぎい。

 椅子が軋み、

甘ったるい香水の匂いとともに、その長い髪がわたしの首筋をくすぐった。

「ねえ、若草さん?」

 彼女は耳元で囁く、優しげな声を楽しそうに弾ませて。


「いじめられるのって、どんな気持ちなのかな?」


 そう言うと、彼女は自分の机を元の位置に戻し、先生に授業を続けるよう促した。



 数日後の七月一日――

それは、私に対して嫌がらせをしていた彼女――


 明日葉(アシタバ)明日香が殺された日だった。


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