プロローグ:鏡よ鏡
「私は鏡に嫌われている」
子どもの頃、そんなことを言っていた時期がある。
けれど、『自分の姿が鏡に映らない』なんて戯言は、誰も信じてはくれなかった。
子どもの言ってることだと、まともに取り合ってくれなかったのだ。
それでも、事実、私は一度も鏡の中に自分を見たことがない。
どころか、水面にも、誰の瞳にも、私はいない。
中学生の頃は自分のそれが無性に不安で、眠れなくなったり、学校を休んだりもした。
高校生になった今も、どうしようもなく怖くなって、時々部屋の隅で涙を流す。
まるで、自分が存在してはいけないような気がして、居場所が無いように感じて、不安で不安でしょうがなかった。怖くて怖くて仕方がなかった。
熱い滴が頬を伝う。
なら、今私が涙しているのは何故だろう?
不安だからだろうか?
怖いからだろうか?
私がぺたぺたと自分の顔を触ると、私の前にいる彼女も同じように顔を撫でた。
まるで、鏡写しみたいに。
私は今、突飛なことを考えている。
常識的にあり得ないことを考えている。
暗闇がそう錯覚させたのだろうか?
月明かりが私をおかしくしたのだろうか?
それとも、あの『事件』が私の中の歯車を狂わせてしまったのだろうか?
彼女は私だった。
あるいは、私は彼女だった。
私には、彼女が、自分と同じ顔をしているようにしか見えなかったのだ。
自分の顔を見たことがない。それなのに、私の疑問はいつの間にか確信に変わっていた。
鏡よ鏡、私はだあれ?
その答えが、私の目の前にいた。
「鏡よ鏡、私はお前だ」
目の前の彼女はそう言った。