スウィーター・ザン・ビター
※ 一次キャラクターのショートストーリーです。
※ 創作、版権共に、これが初投稿となります。
※ いろいろ稚拙なところもあると思いますが、ご容赦ください。
「トゥリィック・オゥア・トリィ――トォッ!」
古びた蝶番を吹き飛ばしかねない勢いで事務所のドアを開いた張本人が開口一番に放ったソプラノトーンは、決して広くはないコンクリート製の部屋に小気味良く反響した。
数秒に渡る室内のエコーが消えた時、ソファに座っていた事務所の主こと桐上乃亜は、ようやっと入り口へと目を向けた。
そこにいたのは予想通りというか、天崎昴だった。私服姿の右肩には見覚えのあるカジュアルな鞄。その格好と壁にかかったアナログ時計の時刻から逆算して、大学の講義から直接こちらへ来たようだ。
まあこの来訪自体はよくあることなので、流してもいい。
しかし現状、問題があるとすれば。
「…………」
いきなりの展開にフリーズしてしまった来客の存在だ。
「……うん? 反応薄いよお二人とも。もっといいリアクションをさー」
不満げにぶー垂れる昴をひとまず無視し、立ち上がった乃亜は事務机に置かれた本立てへと手を伸ばし、そのうちの一冊、ハードカバーの詩集を手に取り、
「ノックぐらいしろ」
「ったー!?」
昴の顔面へとぶん投げた。
「そういえばさ、駅前の路上演奏で『毎日が誕生日』って歌詞が聞こえたんだよね。あれなんか耳に残ってさー」
「日曜日じゃなくてか」
「そ。だけどさー、オールサンデーよりもオールバースデーの方が幸せっぽいよね。毎日新しい自分へ生まれ変わる……おお、そう考えるとなんかいい感じじゃない?」
「いや、ボクは微妙かな」
「えーそっかなー? 毎日生まれ変わりなら常に若々しくなれるよー?」
「別に永遠の若さとかは求めてないさ。自分が老けることは嫌じゃないしね。蛇じゃあるまいし、わざわざ古い皮を脱ぎ捨ててまで、とは思わないよ。それに、永遠じゃないからこそ貴いものってのもあると思うけど」
「むー、また小難しいことを……はっ、まさか!?」
「老け者好き、とか言うなよ」
「乃亜ちゃんってネクロフィリアだったの!?」
「なんでそうなった!?」
「あーけどちょっとハードル高いなー。いくらあたしでも死姦なんて軽々しく出来ないし……ここってAEDとかあったっけ? それなら臨死だけどやれるよ?」
「やるか! ていうか、そんな趣味は無いからな」
「あ、だよねー! やっぱりヤるなら活きがいい方が盛り上がるよねー! さっすが乃亜ちゃん分かってるぅー! ピチピチはジャスティス!」
「納得する点が違う! ていうか話がずれてる、戻せ」
「だいたい恥じらいとかそういうのって、生きてないと拝めないし? それが無いとかどうよって思うよ昴ちゃんとしましては。そういうシチュなくして何が愛かっていうの。ねぇ?」
「人の話聞けよ!」
「例えばこう、敏感なところ弄られてでも恥ずかしいから快楽に耐えようとしてだけど耐えられなくてつい喘いじゃって顔赤らめてる姿とかー……うおお、何そのシチュ! 自分で言ってなんだけど超萌える! ちょっと興奮の余り性欲持て余しちゃいそう! 若干鬼畜シチュっぽいけども、乃亜ちゃんカワイイから全面的によし、ノープロブレム! もう抱きしめて愛し尽くしたい! 具体的に言うと二十四時間ラヴハグしたい!」
「本人の前で何言ってるんだお前!?」
「だがしっかーし、この昴ちゃんの愛は鬼畜道ではなく紳士道! 愛でる想いだけでもこの胸は熱く尊いもので満たされるのですことよ……無論、相手が抱擁を求めるのなら全霊で応える所存で・す・が♪ まーそんなことよかすっごいカワイかったのよ今の乃亜ちゃん! そこらのアイドルなんか目じゃないね! 脳内に留めとくのもったいない、てかなんだそりゃ世界レベルの損じゃん! ちょっと誰か脳内映像投射器みたいなの……いや待てよ、ここに本物いるじゃん! やっぱりバーチャルよりもリアルだよね! ってわけで乃亜ちゃん、ちょっとさっきの妄想を再現してみる気ない!? 保証する、絶対カワイイから!」
「さっきからお前言ってることおかしいぞ!?」
「あ、ごめん。ちょっと待って」
「なんだ」
「コーフンし過ぎて鼻血が止まりません」
「お前もう黙れ!」
そんなこんなで。
改めて、テーブルを挟んで乃亜と昴はソファに座っていた。
テーブルの上には安物のティーカップが二つ置かれている。昴の前に置かれたものに注がれているのはインスタントのミルクコーヒー(牛乳との割合は1:2、ハチミツ入り)、乃亜の方はティーバッグがそのまま入った紅茶だ。
昴が来る前にいた来客は、既に出た後だ。去り際に呟いてた『昴さんに絡まれるのは正直面倒なんで』という言葉は実に的確で心苦しい。
そうして追い返してしまった感じになった昴はというと、こちらも気にした風は無い。
「あの子って、なかなか絡みづらいのよねー」
とは昴の弁である。
確かに、来客の彼女はあれでなかなかにイカしたキャラクターなので、こちらが気を回しすぎているだけなのかもしれないが、今度お詫びでもしないとな、とティーバッグを水面下に浮き沈みさせながら思う。
(悪い奴じゃないんだけどな)
善良に分類される天崎昴だが、そのテンションがはっきりいって高く、昔からの付き合いでもなければ、面倒に感じるのも止む無しといった感がある。
かくいう乃亜も、彼女の暴走の度に辟易とするのに変わりは無いのだが、
(こいつのこの性格は、ボクにも原因があるようなものだし)
何度か矯正を考えたが、その度に思い出してしまうのだ。
――淡碧の粒子吹き荒れる中、佇む人形の虚ろな眼。
そして結局、このままでいいかと思ってしまう。
(こいつが笑っているのを見るのは、そう悪い気分じゃないし)
「ん? 乃亜ちゃんなんで笑ってんの?」
昴の声にえ、と顔を上げる乃亜。物思いに耽っているうちに、無自覚に口元がほころんでいたらしい。
気恥ずかしさを紅茶を飲むことでごまかし、乃亜は気になっていた事を聞いた。
「結局、最初のあれは何だったんだ」
「てゆーと?」
「扉開けた時のだよ。ハロウィンはとっくに終わってるだろう」
ああ、と昴は思い出したように手を打つ。言った本人が忘れていたらしい。
「別にハロウィンの時以外にトリックオアトリートって言っちゃ駄目ってこと無いじゃん?」
「……む。確かにそれはそうだ。じゃあさっきの意味は?」
「単なる気分☆」
「少しでも反省したボクが馬鹿だった……」
苛立ちを抑えて溜息をつく。
「ってのは冗談として、実は乃亜ちゃんに渡したいものがあるのですよ」
ティーバッグから手を離して、乃亜は聞き返した。
「渡したいもの?」
「そ。ていうか、今日はそれが目的だったりするわけでね」
いい感じに熱さの引いたミルクコーヒーを一口で半分近く飲んだ昴は、鞄の中から黒い袋を取り出した。
「はい、これ」
渡された袋から中身を取り出す。筆箱ほどの大きさのそれは、ポップな包み紙でラッピングされた上にリボンでコーディネートされていた。手に持ってみると意外に軽い。軽く振ってみると、中に入った何かがころころと音を立てる。
中身を確かめようと、リボンに手を伸ばし、
「…………」
手を止めて、昴へと向き直る。
「ん?」
テーブルの向こうからこちらを見るその顔に、邪な何かは感じられない。
無いが、これを開けるのがすごくためらわれる。
ものすごく面倒になるような予感がするというか、培われた経験則というか。
とにかく、言いようの無い忌避感が襲ったのだ。
「なぁ、これは何だ」
「開けてのお楽しみ♪」
確認のための質問は、笑顔でごまかされる。
その笑顔たるや純度百パーセント、混じりけ無しのプライスレスである。
「…………」
まぁ、何か企んでいる様子は無い。早く開けてオーラを向けられ続けるのも居心地悪いし、何より他人の好意を無碍にするのも人としてどうだろうか。
逡巡も終わった乃亜の手は動きを再開し、リボンを解き、包み紙をはがす。
現れたのは肌触りのいい、高級そうな細長い箱だ。箱には何の表記もデザインも無いシンプルなもので、長方形の箱の中心にはメッセージカードが添えられ糸ゴムで止められている。
ゴムとメッセージカードを外し、箱を開けると、
「チョコか?」
高級そうな生チョコが2×6の列で入っていた。
「おいしそうだな」
「でっしょー?」
えっへんと胸を反らし、しかし顔は照れた状態で昴が補足する。
「実はそれ、あたしの手作りなのです♪」
「ほんとか?」
見た目はどう見ても手作りに見えない。さすがに驚いた乃亜を見て、昴がさらに照れたように頬をかく。
「いやー、最初はうまく作れなかったんだけど、立花ちゃんやひーちゃん先輩に手伝ってもらってね? 二人からも太鼓判押されちゃった。この二ヶ月で、昴ちゃんの料理スキルは大分上がったと思うんだよ?」
「へぇ……」
備え付けられていたピンをチョコの一つに刺し、口へと運ぶ。
舌に広がる味は、甘い。
「おいしい?」
「ああ」
市販のものとどちらが、などと決めるのは野暮だ。
そんな優劣は、関係ない。
「…………」
「…………」
乃亜は目を閉じた。
それは、チョコの味を堪能しているのか。
目の前の少女が知らないところで努力し、また人生を楽しんでいたことに感じ入ったのか。
それとも、ここにいない誰かを、想っているのか。
「……ごちそうさま」
チョコを全て食べ終わった乃亜に、どういたしまして、と昴が返す。
その笑顔を、乃亜は眩しそうに見つめ、微笑んだ。
「っと。そういえばこれはなんだ?」
箱を片付けようとした時、外したメッセージカードを手に取る。
「あ、それはあたしの気持ち」
「へえ」
そっか、と頷き、二つ折りのそれを開く。
「――――――」
顔が引きつるのを、どうにかして抑える。
昴に気づかれないよう、目だけを動かして、横の壁にかかったカレンダーの日付を確認。
心臓が早鐘を打ち、鼓動が耳の奥で大きく響く。
恐る恐る、決して感付かれないように、視界を昴へ向ける。
……超わくわく&そわそわしてらっしゃる。
冷や汗が背中を伝うのを自覚しながら、もう一度手元のメッセージカードに目を戻した。
『Dear NOA
Happy Valentine!』
今日は二月十四日。
世間で言う、バレンタインデーである。
となれば、このプレゼントの中身、そして昴のテンションの高さに合点がいく。
――同時に、この状況が王手に近いということも。
「ねーねー、プレゼントも開けてよっ?」
何故、失念していたのだろう。
常日頃から『美少女はあたしの嫁』と公言して憚らないこの馬鹿が、こんなイベントを逃すはずなど無いというのに。
この情愛衝動の権化が、先程語った妄言を大義名分で対象に働こうとする、そんな日が毎年やってくることなど、何よりもこの数年間被害を被り逃げてきた自分が一番分かりきっているはずなのに!
何故、このバレンタインデーを警戒していなかったのか!
『P.S.
Trick or treat?』
ようやく、カードから目を離し、昴へと向ける。
その表情は満面の笑顔だが、その目は笑っていなかった。
完全に獲物を前にした飢えた獣の目である。
事実、状況だけで言えば完全に嵌められたも同然だ。思えば、最初の時期はずれな挨拶も、途中の無駄な喋りも、全て今この時までバレンタインを連想させないため、そうと知らないままにプレゼントを開封させるためのブラフだったのだ。
部屋に入ってきたその時から、昴の策に自分ははまってしまったのだ。
「…………ッ」
心の底から、先程までの感動に浸っていた自分を斬り捨てたい。
せめて箱ではなくカードを先に開いていればと思うが、しかし、後悔先に立たず。
乃亜は昴のチョコを食べてしまった。
ならば、返礼をしなければならないのが道理である。
それこそが、トリック・オア・トリート。
お菓子か、悪戯か。
そして、天崎昴の悪戯がどういったものかは、もう言うまでも無い。
「ねぇ乃亜ちゃーん? 反応してくれないとさびしぃーんだけどー? あ、ひょっとして感動の余り声も出ないのかなぁ?」
話しかけてくるその声も、妙に甘ったるい感じだ。
昴も、こちらが気が付いたことを察したのかもしれない。
「…………そうだな」
となれば。
「なあ、昴」
「何!? 乃亜ちゃん」
がばりと身を乗り出してきた昴の顔に――チョキの形で構えた左手を突き出す。
ぐさり
「ッホアアアアアアアッ!! 目が、目がああああああ!!」
顔を押さえてのた打ち回る昴を顧みる事無く、乃亜は全速力で事務所の入り口から外へと脱出する。
「が! これしきで昴ちゃんは倒れない! 朽ちない! 砕けない! 何度でも蘇るさ!」
どうやら今日は、背中から聞こえる高らかな歓喜の笑いから逃げ続ける日になりそうだ。
「お菓子が無いからイ・タ・ズ・ラかっくてーい!!」
「来ぅううううるぅううううぅなぁぁああああッ!!」
――Ep.XX "Valentine Day's 1 Scene" END
どうも、初めまして。
渡辺飛鳥といいます。
いろいろ拙い未熟者の作品ですが、最後まで読んでくださいましてありがとうございます。
これからも気が向けばこちらへ投稿しようと思いますので、宜しくお願いします。