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水無月の頃

紫陽花の花言葉

「移り気」「高慢」「辛抱強い愛情」「あなたは美しいが冷淡だ」「浮気」「自慢家」「あなたは冷たい」

「じゃあ、ちょっと出掛けてくるわ」

「お帰りはいつになりますか?」

「そう長居するつもりはねぇよ」

真っ赤な番傘を差した建御雷は従者に見送られて屋敷を出た。梅雨に入って、しとしとと雨が降る。下界では異常気象だなんだと騒がしいらしいが、ここは概ね例年通りだった。彼の心内以外は・・・。

「雷神様、お出掛けですの?」

振り返るとそこには傘も差さずに立つ女がいた。だが、雨に濡れてみすぼらしく見えるわけではなく、雨粒が髪飾りのように彼女の美しさを引き立てていた。

「ああ、少し神に会いに行く」

「そうですか・・」

その顔はどこか不満そうだ。なぜ?と首を傾げる。何か気に障る事をしただろうか悩んでいると見事な紫陽花の群生が目についた。なるほどと頷く。

「綺麗に咲いてんなぁ・・」

「ふふ、ありがとうございます」

クスクス嬉しそうに女は笑う。それは正に花の咲くが如しの美しい笑みだった。












鬱蒼とした林を抜けた先にある屋敷の門を叩く。間もなくして勝手戸が開き、従者が姿を見せた。

「これはこれは建御雷様」

「クラオはいるか?」








先導され客間で待っていると茶菓子と共にクラオカミが入ってきた。

「水羊羹か・・・」

「久しぶりの一つもないのか?」

はぁ・・と溜息をつくと自分も座る。建御雷は遠慮の欠片もなく菓子を食べ、茶を飲んでいた。

「私の所にタカリに来たわけ?」

「・・・・・どうやったら諦めてくれると」

「知らん」

「少しは考えてくれてもいいんじゃねぇの?」

つまらなさそうに建御雷は言うと、クラオカミの分の水羊羹にまで手を伸ばす。兄弟故か建御雷が彼女に遠慮することは無い。

「無駄でしょうよ。あの男は兄さんにやたらと執着してるし、もうなんか意地みたいになってる部分もあるだろうし」

諦めて付き合えば、と言えば嫌そうに顔を歪められた。そんなに嫌なの、と言えば、ふいっと顔を背けられる。

「もう一度、鎖国しねぇかな」

鎖国中は例の宗教もこの国で彼の神が自由に動けるだけの力を与えなかった。それゆえに訪問回数もぐんっと減り、建御雷も心中穏やかに暮らせていたのだ。開国すると聞いた時はこれからを思い、大いに嘆き悲しんだ。だから、建御雷は開国する原因となった黒船が大嫌いだった。

「・・・鎖国したところで、ウチは宗教の自由を認めているんだから無意味だろうさ」

言いたいことはわかるが、とクラオカミは言う。

「あー・・・」

とうとう突っ伏してしまった。これを見て誰が軍神だと思うだろうか。うめき声を上げる建御雷の頭を撫でながら、クラオカミは苦笑した。










いつまでも客間に居るのもなんだからと片付けを頼み、二人はクラオカミの自室の方へ場所を移した。障子を開けた所から外が見え、雨上がりの庭が一望できた。しばらくぼんやりと外を眺めていた所へクラオカミは建御雷にいつも疑問に感じていた事をぶつけた。

「ところで、兄さんが付き合いたくないっていうのはよく知っているけれど・・・どこが嫌なの?」

「・・・・・え?」

きょとんとして建御雷はクラオカミを見上げた。

「あの男・・最高神で権力あるし、容姿も良いし、力も兄さんを組み敷くぐらいだからかなりあるでしょう?まぁ、浮気症で妻子持ちっていうマイナス部分を合わせてもけっこう良いと思うけれど」

ごろんと寝転がっている建御雷を見降ろしてクラオカミは言った。

「浮気症で妻子持ちが問題なんだろうが」

「へぇ・・・じゃあ、他はいいのね?」

念を押すように言うと建御雷は押し黙った。どこか苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「つーか・・よく知らねぇんだよなぁ・・」

「はぁ・・?500年以上もあんな・・」

「うーん・・・犯された記憶と迫られた記憶とそんくらいか?・・・どういう奴かって知る間も無ねぇな」

「・・・・・・」

言葉も無かった。

「どうした?」

「兄さんは・・・それでいいの」

「・・・・・さぁ・・?」

「兄さん!」

焦ったようなクラオカミに建御雷は薄く笑みを浮かべる。

「そろそろ帰るわ」

体を起して乱れた着物の裾を整えると、追及から逃げるように言った。そして、さっさとクラオカミを置いて玄関へ向かった。

「お帰りですか?」

「邪魔をしたな」

「いいえ、我が主は貴方様が訪れると嬉しそうになさいますから、もっとゆっくりなさっていけばよろしいのに」

「また来る」

建御雷はそう言うと、帰って行った。









「はぁ・・」

クラオカミの屋敷からの帰り道、建御雷は後悔をしていた。あんな事まで言うつもりではなかったのだ。いらん事を言ってしまった、と溜息をつく。そして、気づけば行きしなに見かけた紫陽花の咲く通りにまで来ていた。しかし、今度は女の姿は無かった。代わりにゼウスが待ち伏せるように立っている。

「よう、ライ」

「・・あんたは紫陽花みたいな方ですねぇ」

「はぁ?」

訝しげる男に建御雷はなんでもないと笑う。

「ところで、たまには趣旨を変えて酒でも飲みませんか?」









雨は上がり、夕日に照らされ紫陽花はキラキラと輝いていた。



クラオカミ:貴船神社に祭られている龍神様


物語は梅雨ですが、夏真っ盛りですね。強い日差しに汗が止まりません。あの豪雨はなんだったんだと言わんばかりの快晴です。


誤字脱字ありましたら遠慮なく指摘ください。ここまで読んでいただきありがとう御座います。

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