前篇
この作品には〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。
自室にて雨音を子守唄に瞼を落としてはうとうとと微睡み、眠っているとざわりと空気が震えた。なんだと薄らと目を開ける。
「いい眺めだなぁ、ライ?」
「ゼウス様・・・・・どうやって・・・」
入ってきたのだと、イタリアンスーツに身を包んだ美丈夫を警戒しつつ見上げた。仮にも神の暮らす庵だ。周囲には結界が張られ、従者も居る。それを掻い潜ってここまで来るのは容易ではないはずだ。そう易々と入り込める場所では無かったはずだ。それをこの男神はあっけなく破ってきた。
「俺を誰だと思ってやがる・・?」
「・・・全知全能の神と仰りたいんでしょう?」
分かっていたがこうもあっさり攻略されてしまうとこちらの立場が無いと溜息をつく。いつまでも畳に伏せているわけにもいかず身を起こし、乱れた着物の裾を正し、ぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整える。もったいねぇなぁとのたまうゼウスを一睨みした。
「最高神なら無断でよそに入っていいってのは理由にはならんでしょうが。少なくとも玄関から入るっていう礼儀ぐらい弁えていただきたいんですがねぇ?で、何の用ですか?」
「返事は?」
「またそれですか?・・・“いいえ”ときっぱり断ったはずですが」
「いいえだぁ?馬鹿言うんじゃねぇよ。俺はYES以外聞かねぇつったろうが・・・・なぁ、いい加減に俺のモノになれ」
好きだろう?俺のこと、と偉そうにいっそ清々しいまでに言い切った。その目には獰猛な光が宿っていた。嫌な目だと思う。上に立つ者独特の傲慢さが滲み出るどころか、溢れ返っている。
「好きなわけ無いでしょう。第一、何回も言ったと思いますがね、俺は不倫はしない主義なんですよ。正妻どころか愛人も五万といるような方のところへ行く予定は無いんで、さっさと諦めてくれやぁしませんか?」
何百年と同じ内容を言い続けることにうんざりする。なんでこんなことになったのだろうと深い溜息をついた。
時をさかのぼること事、人の世では群雄割拠して、多くの者が我こそはと自らの覇を貫かんとしていた時のことだ。外国から宣教主と呼ばれる者たちが入ってきた。そこで会ったのだ、後々の頭痛の種に。
物珍しい品々が並び、見慣れぬ格好をした人々が歩き回っている。その喧噪の中を男が歩いていた。成人しているだろうに髷の結わず、だらりと長い髪を下の方でまとめている。そんな奇妙な男を生真面目そうな男が後を追っていた。
「主様、あまり一人で出歩かないでください」
「んー・・・」
「聞いていらっしゃいますか!?」
「そう気を張り詰めなくともいいだろう。なぁ?梅吉」
「そうですね!松助さんは心配しすぎですよ」
カラカラと彼らより幼い顔立ちをした男が笑う。
「しかし、最近見慣れぬ者がこの国に入り込んだと聞きます。用心に越したことはありません。」
「ああ、外国の神かでうすとか言ったか?向こうの最高神だそうだ」
「ですから気を付けて」
くどくどと続く小言は右から左に抜けていく。この時、もう少し松助のことを聞いていれば少しは状況は違ったかもしれなかった。
ぼんやりと月を見上げ、酒を呷る。人の賑わう町は今、魍魎や妖で賑わっていた。楽しそうな事だと天守閣から下を見下ろす。
「ん?」
ゴロゴロと空が鳴った。雷光が夜空を走る。建御雷は訝しげに空を見上げた。今、この地で自分以外に雷を鳴らすような神はいなかったはずだ。じっと空を見上げていると影が見えた。その影めがけて雷を放つ。
「避けられたか」
雲は見事に割れているが、肝心の影の主が見えない。どこだ、と探していると後ろから物凄い力で屋根に引きずり倒された。
「・・・・ッ・・」
「あ?・・・てめぇも神か?」
「誰だ・・」
「俺を知らねぇとはとんだ田舎者の神も居たものだな」
金の髪に深い青い目をもつ男神は嘲笑う。
「・・・ああ、最近入ってきた神か。たしか・・でうすか?」
「この国の人間はそう呼ぶな、だがゼウスだ。全知全能の神、最高神であるゼウスだ」
覚えとけ、と言うが早いか雷が建御雷に落ちた。
さっきまでやたらと雷が鳴っていたが自分の主人に何かあったのかと思っていると、ドンドンドンと戸を叩く音が聞こえてきた。あわてて玄関へ向かい、鍵を開ける。そして絶句した。
「今、帰った」
「あ・・主様ッ・・・!」
長く艶やかな黒髪は所々焦げていたり、ザンバラに短くなっており、服もあちこち破けている。なにより血臭が彼の身体から漂って来ていた。
「何があったのですか!」
「あー・・・お前が気にすることじゃねーよ」
「しかし!」
「気にするなと言った。それよか明日の早朝に天照の所へ出掛ける。」
風呂は沸いているか?と中へ入っていく建御雷に唇を噛む。
「ちょっと、ボロボロじゃないですか!」
「ボロボロって言うんじゃねーよ。そんなことより風呂沸いてるか?」
触れるなと言われれば自分はそれに従うしかない。それが松助には非常に悔しかった。しかし、それをぐっとこらえると主のために動き出す。
「沸いているわけ無いでしょう?今、何刻だと思っているんですか」
「お、俺入れてきます!」
「藤丸か月白に手伝ってもらいなさい。それから小萩に此方へ来るようにと」
分かりました、と梅吉が風呂場の方へ走っていく。ふぅ、と一息つくとぼんやり空を眺めている主に向き直った。
「主様」
「ん?風呂か?」
「いいえ、風呂は今、梅吉たちが準備しているところです。」
「松助さん、お呼びですか?」
「風呂より先にそのみっともない髪をどうにかしましょう」
「・・・はぁ・・」
湯船に浸かり、ほっと息をつく。熱い湯に傷口がピリっとしみた。それに伴い先ほどまでの攻防を思い返し、顔をしかめる。
「ゼウスねぇ・・・」
あの強さは反則だろうと思う。最高神という地位に就いていたとしても、こちらも軍神として闘いで遅れを取るつもりはないし、なによりここは自分の領域であったのだ。向こうにとって力を出しにくい土地であったはずだった。それなのにお互いに本気で無かったとはいえ、負けずとも勝てなかったのは問題だった。これを聞いて天照はどう動くだろうか。
「タケミナカタは五月蝿いだろうな」
高天原に居ないことを願った。
現時点でくっつくかくっつかないかは決まっていません。それに他の神様もだしたいなぁ・・・
誤字脱字ありましたら遠慮なく指摘ください。ここまで読んでいただきありがとう御座います。