平和の約束忘れた
初めて書きました。
楽しんでいただけたら何よりです。
四島亜希子は焦っていた。
午前8時前のニュースは良くない事件の方が記憶に残りやすい。それでも四半世紀前から使い続けてるテレビから目を逸らすわけにはいかなかった。
キャスター「…昨夜未明、女性を刃物で殺害したと見られる男性は現在も逃亡を続けており、近隣区域の住民に警察は…」
背後から気怠げな声が届く。
沙織「おはよ、母さん…起きてたんだ。」
パジャマ姿の沙織があくびをしながら洗面所に向かう。珍しく挨拶を返さなかったことにムッと来たのか、少し立ち止まったのが伝わる。
キャスター「たった今入った情報によりますと、現在犯人は、赤松区にて目撃情報があり潜伏していると見られております。では次のニュースです…」
張り詰めた空気はどこへやらと言わんばかりにニュースは唐突に興味のない株と為替の話へと切り替わる。ため息をついてテレビを消す。
近頃輪をかけてこの手のニュースは全国の犯罪件数の増加と共に報道が大雑把になってきた。
さりとて切り替えが重要なのは私も同じ。
そろそろ娘が学校に行く時間帯だ。
家計ギリギリを攻めた野菜を刻んだサラダと牛乳にスクランブルエッグ、そしてシリアルのセットをちゃぶ台に置いて床に仰向けになる。緊迫した空気が続くと昔からどうにも怠くなる。
ー最近沙織の帰りが遅い。信じたくないが夜遊びでもしてるのだろうか
…私の職業柄、娘に「変なこと」がどうだとか夜の街は危険だとか言えたもんじゃないけど…
仰々しく説教できるのならしておきたい。是が非でも今のうちに言って聞かせたい。こんな仕事だし…私と同じ轍は絶対に踏まないでほしい。
沙織はまだ少しフラついた足でちゃぶ台に向かい無言で塩だけがかけられたサラダを気怠げに頬張る。
ーおいおい、いただきます言いなよ…。
そういや今塩とドレッシングどっちが高いんだっけ。めんどくさいからいっつも添加物は除いた塩を買ってるけど、転売や副業をしてても家計にはキツいんだよなぁ…。
亜希子「…沙織、今日は夜遅くなるの?」
目の下に少しクマができた沙織は淡々と返す。
沙織「うーん、今日も先生と夜までお勉強かなー。最近は『実験』が忙しくて大変でさ…」
夜まで先生と何をしているか気になったが、それ以上に気になることが一つあった。ちゃぶ台に置かれたコップの水を飲みながら問う。
亜希子「…実験?何の実験?」
沙織「人体実験。」
耳を疑うより先にブブォッと水を勢いよくクラシックな芸の如く吹き出す。とても娘の口から出てくるワードとは思えない。
沙織「うわ、きたな…タマゴにかかってるかも。咽せないようにゆっくりって言ったでしょ。もう34なんだし。」
今はそんなことどうでもいい。咽せそうだったが何とか呼吸を整え急いで口を拭って問いただす。
亜希子「…は?今なんて…。」
沙織「人体実験だよ。治験とかそういうのじゃない。けどまぁどっちかと言うと治験に近いかなー。あ、これ美味しい。」
飄々と何を言ってるんだオマエは…治験だと?詭弁もいいところだ。法律に詳しいわけではないが、基本的に人体実験は許可なく執り行うものだろう。明らかな違法だ。
もし娘の言ってることが事実なら…。
亜希子「あんた…まさか、他の地域みたいに変なこと始めたりしてないわよね…?」
沙織「あー、福岡と北海道みたいな?」
もぐもぐ。もぐもぐもぐ。
沙織はサラダを口に運ぶ。
童顔の私とは対照的なクールな容姿に似合わない頭の悪そうな若者言葉が次々と娘の口から出てくる。自分こそアラフォー間近に関わらずこの手の若者のテンションについていけていることに辟易する。
仕事の為にも身につけないといけなくなったのだろうが。
引き締まったプレイの時しか使わないシリアスモードで娘に問う。
亜希子「沙織ちゃん、よく聞いて…いい?今、日本は各地で生物兵器を使った戦争が起ころうとしてるのよ?あんたまさかだけど人体実験って、戦争の兵器を作ることに…」
沙織「ないね。」
きっぱり。ついこの前まで中学生だった娘を前にしているのに、切れ長のまつ毛から覗かせる大人びた視線にこれ以上聞くなと圧をかけられ、今その通りに服従されそうになっている。
だからといって聞かないわけにはいかない。
亜希子「…貴方と東京に引っ越したのだって、ここなら貴方を戦争に巻き込まなくて済むからって…他の三つの地域は大変なことになってるのよ?戦争なんて始まってもしここが征服されでもしたら…」
こういうことはよく分からないが、少なくともすぐ軍事裁判が始まることくらいは目に見えている。
そうなると娘はどうなるか。
沙織「じゃ、何でここに引っ越したの。
どうせここが狙われてることくらい薄々気づいてたんじゃない?今更でしょ。日本のどこに逃げようが。」
亜希子「それは…」
…2050年、令和32年を迎えた日本は現在大きく四つ、東京と三つに分かれて膠着状態が続いていた。唯一の安全圏は東京のみ…
北海道、福岡、京都…それぞれの地域に3人、
支配者が現れ突如として生まれた生物兵器を使い「町」を形成、支配し、中立の立場である東京を狙って睨み合っていた。
厳密には生物兵器には名前があった気がする、思い出せないけど。
しかし東京は…何故か襲われないのだ。
ーこの町なら襲われない。だとすると戦争に巻き込まれる可能性も低くなる。それを利用して(金の力と親のコネで)私はこの町の市民権を13年前漸く手に入れ京都からやってきた…
平和な暮らしをやっとの思いで手に入れることができたのだ。ここなら戦う必要もない。
「きっと娘と二人で静かな暮らしができる!」
先程まではそう思っていたのに。
そんな私の実の娘が戦争に加担しようとしている。「平和な筈のこの町」で、「勉強を教えるはずの学校」でだ。まさか、娘以外の他の若者たちも…?
ーそれ以外に何か気づくべきことに気づけていない気がするんだけど…
亜希子「あ、もしかして私の聞き間違い?高校生あるあるかしら。戦争なんて液晶越しの違う世界の話だと思ってるから、そういう変な遊びでも流行ってるの…」
沙織は大きくため息をつく。普段物静かな彼女でもここまで大きくはない。
沙織「あのね、母さん。戦争なんて他人事でもなくなってきてるから、うちらも強くならないといけないの。一応戦争とかじゃなくてあくまで護身用程度の兵器の開発だと思ってくれていいから。」
亜希子「そう言う問題じゃ…。」
沙織「この実験はこの国と人の役に立つんだよ。付かず離れずの状況も、緩衝地帯の崩壊も時間の問題なわけ。わかる?ちょっと隙を見せたら、向こうは言いがかりつけて襲ってくる…つーかさ、お母さんこそ…」
言いかけて沙織は気づいたのか気まずそうに喋るのをやめる。この話題を意図せず無意識に持ってきてしまうのは聡い娘であれごく稀にある。
私に気を遣っている。
言いかけた私のコンプレックスだけは絶対に刺激しまいと…
沙織「あ、そういや、最近テストの点が良くなったんだ。赤点は回避できるのが当たり前になってきた…よ。」
苦しそうに下手くそな嘘なんかついちゃって。あんた元から成績そんなに悪くないじゃない。
私は古着屋で買ったズボンや下着で散らかった床を片付け始めた。よいしょ。GWが過ぎ去った
4月のカレンダーなんかに用はない。
亜希子「そう、よかった。ね。」
沙織「うん。」
気まずい空気が流れる。狭い家で争うのは基本的にデメリットしかない。
互いに干渉し合うことのないこの時代なら尚更自分の居場所や行く場所は限られる。
私は当然として、娘も変なところで不器用だ。このやり取り一つに戸惑うあたり、
私も娘も「ナンバーワン」には程遠いだろう。
そんなの沙織に与えたくないが。
沙織「…行ってきます。」
制服を着た沙織はドアの閉まる音と共に去る。
ガチャッ…。
…
……
………。
亜希子は服をどさっと置いて、ちゃぶ台に負傷しない程度に力をこめゴツンと叩く。
あーちくしょう。
こんなことなら今のうちにもっと聞いとくべきだった。
…娘が人体実験をしていた。しかも学校で。
どういうことなの。
東京は中立圏だったはずじゃ…
いや、そんなことより娘は学校で何をしてるの。
何をしようとしているの。
夜遅くまで、先生と一体何を…。
学校に潜り込んででも、確かめるべきかしら。
…いやいや、待って。一旦落ち着いて。
亜希子は深呼吸をする。
亜希子「あーーーー…このカレンダーまだ裏紙として使えるかな…」
なんにもわからん…。今日の仕事パスしようかしら。
亜希子「…帰ったらゆっくり話し合おう。そんで私も…今からでも勉強始めようかな。沙織ちゃんと一緒に。もっと情報が欲しいな…」
この言い訳がましい目標宣言も、次似たような
ことを掲げてる時に娘の方は言わずして結果を残してることが多い。
そしていつも自分だけ何一つ達成できずに置き去りにされる。
昔からそうだった。
本当に我ながら…不器用ながらもやればできる我が子に、誇らしくも惨めになる。
そしてこの時は気づけていなかった。娘がもっと重大な問題を抱えて帰ってくることを…。
亜希子の箇条書きのメモ
・日本、四つ、戦争
・娘、変なこと、学校、夜遅く
・「何か」おかしい←それが何かがわからん!
…ちなみに亜希子はこの箇条書きを3分近く書いてましたが、結局破り捨てて二度寝に移りました。




