初任務
side ディアナ
闇の館作戦室(私が勝手に呼んでいる砦の地下室)は、今日も程よく薄暗くていい感じだ。
円卓。壁一面の地図(お祖父様の昔のやつを流用、大きくて闇の結社っぽいので)。
そして、椅子にちょこんと座る銀髪獣人ショタのクーガ。
……よし、絵面は完璧。
「クーガ、待たせたわね」
ローブの裾をひらりと翻しながら入室すると、クーガがぱっと立ち上がる。
「ノクス様!」
目がキラキラしている。かわいい。いや、違う。ここはボスの威厳を保つところだ。私は椅子に腰を下ろし、わざと少し間を置いてから口を開く。
「……闇が、またひとつざわめいているわ」
言えた!! 一度やってみたかったやつ!!!
「……闇が……ざわめく……」
クーガが真剣な顔で復唱した。
あれ? 今の完全に言ってみたかった厨二台詞なんだけど。もしかして、意味を考えてる? 考えなくていいのよ、雰囲気なのよそれ。
「ノクス様。闇は、何を告げているのですか?」
「えっ」
何も告げてない。言いたかっただけ。しかしここで詰まるわけにはいかない。闇の結社のボスたるもの、常に一歩先を読んでいる風でなければ。
私は魔眼にそっと手を当て、いかにも“見えている”風を装う。
「……この辺境で、ゆっくりと歪みつつある理の揺らぎよ」
言ってる本人もよくわかってないけど、言葉の並びはそれっぽい!。
「理の……揺らぎ……」
クーガの耳がピクッと動く。やだ、メモ取りそうな勢いで真面目に聞いてる。かわいい。
「つまり、悪いことが起きそうってことよ」
最終的にざっくりと要約した。だいたい間違ってない。世界なんていつだって悪いことが起きそうだし。
「……さすがです、ノクス様。そんな細かい異変まで感じ取れるなんて」
待って、今の異変扱いでいいの? ただの雰囲気発言だったんだけど……。この子才能があるわね!
「さて、今日からあなたには本格的な任務を与えるわ」
「任務……!」
クーガがぐっと背筋を伸ばした。セドリックに仕込まれた礼儀作法のおかげで姿勢がきれいね。
うちの教育係有能。
本格的な任務と言っても、今日の予定は市場に買い出し行って、ついでに街の様子を見てきてね、なんだけど。
このまま言うと、ただのおつかいを頼むだけ。
それはなんだか嫌だな。
せめて雰囲気だけでも「暗躍」してもらいたい。
「クーガ。街へ行ってもらうわ」
「……偵察任務ですか?」
えっ、早い。察しが早いすぎよ。
「え、ええ。そうね。偵察任務よ」
私は指先で机を軽く叩く。すごい深刻な作戦を伝える風に、低めの声を意識して。
「表向きは、ただの買い出しに見せかけるの」
実際、ただの買い出しなんだけど。
「しかし、真の目的は」
ない。けれど、ここで止まると全部バレる。ここは勢いだ。
「この領都の空気を読むことよ」
「空気……?」
「ええ。人々の顔色。物価の揺れ。兵士の出入り。些細な変化こそが、闇の予兆になることもあるわ」
自分で言いながら、我ながらそれっぽいな? クーガの瞳がさらに真剣になる。
「……僕に、そんな大事な役目を?」
「あなたにしか頼めないわ」
荷物持ち的な意味で。
「銀の獣人というあなたの容姿は、この辺境では珍しい。目立つけれど……同時に、目撃された情報が残りやすい」
「……それは、不利なのでは?」
「だからこそいいのよ。目立つ者は記録に残る。裏から事象を追う時、そうした表の記憶は貴重な手がかりになるわ」
苦し紛れの後付け設定、決まった……!
「……ノクス様は、本当に先の先まで考えておられるのですね」
やめて、そんな尊敬の眼差し向けないで。八割勢いだから。
◇
「出発の前に、ひとつ、術式をかけておくわ」
「術式……!」
クーガが緊張で喉を鳴らす。……やばい。言ったはいいけど、何も考えてない。
とりあえず私はローブを翻し、クーガの前に立つ。
「目を閉じて。……これは、闇の契約を深めるための儀式よ」
「は、はい!」
クーガがぎゅっと目を閉じる。まつ毛が長い。かわいい。(二回目)
私は両手を彼の頭の上にかざして、低く呟いた。
「……深淵を歩む、小さき影よ。我が名のもとに、戻るべき場所を刻みなさい」
テキトーにそれっぽいこと言ってるけど、今やってるのは。
掌に、ほんの少し魔力を込める。
私が得意なのは闇属性と、あと鑑定と……それから。
ただの遠見魔法。
可愛い子を遠くから眺めることができるって最高よね。
森で迷子にならないよう、お祖父様に教えてもらった初歩中の初歩。
私の魔力に慣れたものには、ここが安全地帯ですよって教えるための、ちっちゃな灯りみたいな魔法だ。
でも、演出次第では、掌から、淡い紫の光がふわりとこぼれ、クーガの胸元に吸い込まれていく。
「……うわ……」
クーガが息を呑む気配がした。よし、視覚効果はバッチリ。
「これでいいわ。あなたがどれだけ遠くに行っても、闇はあなたの居場所を忘れない」
要約:家に帰ってくる時ちょっと楽になるだけです。
「……すごい……」
クーガが目を開け、ぽつりと呟いた。
「僕は、ノクス様の闇に、繋がった……」
待って、それ言葉としては最高にカッコいいんだけど、実際やってるの道標魔法だからね!?
「これで……たとえ世界のどこにいても、僕はノクス様のもとに戻れる……」
「えーと、まあ。方向音痴にはならないわね」
「方向音痴をも凌駕する、次元を越えた繋がり……!」
そんな大層なもんではないけどね。
「最後にひとつだけ、覚えておいて」
私は立ち上がり、クーガの肩に手を置いた。
頭目っぽく、しっかり目を見て。
「あなたが見るもの、聞くもの、感じた違和感。全部、私に教えて。闇の結社は、あなたの目と耳を通して世界を視るの」
ようは帰ってきたら今日の出来事を報告してね、っていう話。
「はい……! 僕の全てを、ノクス様に捧げます!」
言い方!! なんかとても危ない忠誠が完成しつつあるんだけど!
クーガは、まっすぐで、ひたむきで。たぶん、自分がどれだけ重いことを言ってるか、あんまり分かってない。でも、その真剣さが嬉しくもある。
「ふふ。じゃあ、初任務ね。頼んだわ、クーガ」
「はいっ!」
ぱたぱたと尻尾を揺らしながら、クーガは勢いよく部屋を飛び出していった。
扉が閉まるのを見届けてから、私は椅子にもたれかかる。
「……はぁぁぁぁ……っ、緊張した……!!」
さっきまでの闇の魔女モードはどこへやら、心臓バクバクである。
「理の揺らぎ」とか「深淵を歩む影」とか、よく口が回ったものだ。
でも――。
「……クーガ、本気で信じてるんだもんなぁ……」
だからこそ、適当で済ませたくはない。ごっことか設定とか言ってるけど、私が選んだ“闇の結社”は、私にとって本気の遊びで、本気の居場所だ。
「……よし」
私は立ち上がる。
「クーガが闇は優しいって信じてくれるなら、ちゃんとそういう闇でいてあげないとね」
厨二病でもいい。ごっこでもいい。でも、そのごっこを本気で信じてくれる子がいるなら。
「闇の頭目として、全力でがんばらなきゃ」
私はローブの裾を払い、円卓に積み上げた書類……もとい、お祖父様から回してもらった本物の情報資料に目を通し始めた。
ディアナ・クローバーとして、領主の妹として。
そして、ノクスとして。闇の結社のボスとして。
すれ違いながらも、本気で信じてくれる闇の使徒のために。




