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『心のコンパスが示す道』  作者: 縁川 香
第3章:旅する詩人
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3.2:生き方の問いかけ

ピアノは、好きだった。鍵盤に触れるだけで、世界が広がるような気がした。でも、それはあくまで「自分だけの世界」だった。人前で弾くようになると、周囲の評価が気になり始めた。技術が上達するにつれて、もっと上手な人がいる現実を突きつけられた。


「あなたの音楽は、型にはまっていないね」 「もっと感動を表現しなきゃ」


悪気のない言葉だったかもしれない。でも、その一つ一つが、彼女の心に深く刺さった。 「音楽には、絶対的な『正解』がない」。 それが、彼女の心を苦しめた。どんなに頑張っても、答えが見つからない。誰かの心を動かせたのかどうかもわからない。それが怖かった。


一方、エンジニアリングの世界には、明確な「答え」がある。コードが正しければ動くし、間違っていればエラーが出る。その明確なゴールが、当時の彼女には安心だった。だから、音楽から逃げるように、エンジニアの道を選んだのだ。


「…ずっと、人前で弾くことをやめていました」


気がつけば、心音は自分の過去を詩人に話していた。初めて、自分の心の奥底にあった感情を、素直に言葉にできた。


詩人は、ゆっくりと、しかし確かな声で語り始めた。


「僕もそうだよ。僕の言葉も、誰かにとってはただの雑音で、誰かにとっては意味をなさないかもしれない。でも、それでも僕は詩を創り続けるんだ」


詩人は、言葉を紡ぐこと、そしてそれを歌に乗せることの試行錯誤が、決して終わりが見えない旅のようだと語った。それでも、誰かたった一人でも、自分の言葉で心が動いてくれるなら、それでいいのだと。


「音楽も、詩も、生き方だ。正解なんてない。…でも、君は、正解を探すことに疲れてしまったんだね」


その言葉が、心音の心に深く響いた。それは、彼女自身が目を背けてきた真実だった。詩人の言葉は、彼女の心の奥深くにあった「音楽は諦めたもの」という硬い殻を、ゆっくりと溶かしていくようだった。


その生き方、その考え方が、心音にはとても眩しく、そして格好良く見えた。正解のない世界で、自分だけの「正しさ」を信じて、表現し続ける姿。


詩人は、立ち上がった。そして、彼女との出会いを歌にしたという。


「これは、君との出会いの詩だよ」


そう言って、帽子を少しだけずらして、彼女に微笑んだ。その顔には、過去の困難を乗り越えた強さと、今を生きる優しい光が宿っていた。


詩人が歌いだした。それは、彼女がこれまでに聞いたどんなメロディよりも、優しく、繊細で、そして力強い歌だった。


彼の歌声は、風に乗って遠くまで響き渡った。その歌は、彼女の心に、希望の光を灯してくれた。


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