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ep.2

転生前、レティシアは日本の一般企業に勤務する会社員だった。

ブラックとは言わないが残業が多く気力も体力も擦り減る日々を過ごしていた。

そんなレティシア(転生前)の日々の癒し・栄養・活力といえば、リアルでもフィクションでも構わない、他人の幸せな恋愛模様を見守ることだった。


「両片思い、最高……!!」


少女漫画や恋愛小説を読んでは、映画やドラマを観ては、職場で同期や後輩の恋路を目撃しては、それが成就し幸せなカップル誕生となるまでを見守り、誕生したら盛大に(個人的に)祝うのが常だった。

幸せなカップルは自分の心を潤してくれる、カップルを見守りたい、いっそもう結婚式場かウエディングプランナーに転職するべきではと真剣に考え始めたころ、帰宅途中に飲酒運転のトラックに跳ねられ亡くなったらしい。

らしい、と言うのは死後に出会った今生世界の原初神曰くなのだが、実際レティシア(転生前)が生前最後に見たのは、迫りくる大きな影と目が眩むような光。

聞いたのは耳をつんざくクラクションとブレーキ音。

感じたのは自分の身体がどこか遠くへ飛ばされるような衝撃。

覚えているのはそれだけで、仕事帰りの疲労した脳みそでは何が起こったのか把握できていなかった。


――そこのお嬢さん、ちょっとうちの世界に転生しない?


気が付けば薄暗いような仄明るいような、なんともはっきりしない明るさの空間にいた。

そして目の前にはレティシア(転生前)の身長の倍はある高さの扉があり、その傍らに男が一人立っていた。

その男――異世界の原初神と名乗った――から己は事故で死んだのだとを聞かされたとき、レティシア(転生前)は、それはもう怒りに怒った。


「はああああぁ!? 飲酒運転!!!? ふざけんなよクソが!! 今日は『サトウさんとシオミくん』の新刊かつ最終巻発売日だったんですケド!!!? 最終回は本誌でリアタイしたけど書下ろしのその後を楽しみに今日まで生きてきたんだが!!!? 幸せなサトウちゃんとシオミくんを見守るために定時ダッシュキメてきたのにこの仕打ち!!!?」


運転手クソだろお前が死ね! 地獄に落ちろ!と異世界の神を前に呪詛に近しい暴言を吐き出した。

楽しみにしていた漫画の最新刊にして最終巻。

推しカップルの行く末を書下ろしで見守り尊ぶために、真面目に働きタスクを片付け定時出社をした自分に何の罪があったというのか。

神の前だろうがお構いなしに荒ぶるレティシア(転生前)をどう解釈したかはまさしく神のみぞ知るところだが、原初神から次いで出た言葉にレティシア(転生前)はぴたりと止まった。


「じゃあ、純愛と結婚の女神の加護を付けてあげるよ」

「……はい?」


だから転生しない? と繰り返す原初神とやらに、そういえばさっきも転生がどうとか言ってたな、とふと我に返ったのだった。

死んだ実感は湧いてこないが、夢だろうが現実だろうがこの神の話を聞かないと事態は動きそうにもないのだな、とレティシア(転生前)はどこか冷静に判断した。


「……その加護をもらって転生するメリットは?」

「加護を持ってると国にもよるけど優遇も受けられるし、何より聖職者になった場合出世しやすいね」

「いや聖職者に興味はないんですけど……」


転職するなら結婚式場かウエディングプランナー検討してたし、と聖職者に難を示すと、原初神はチチチと指を振った。

そのしぐさが妙に人間臭いなぁ、こいつ本当に神かなぁとジト目になるレティシア(転生前)だったが、次の言葉でそれはあっさり翻った。


「出世したら結婚式執り行えるよ」

「結婚式!?」

「うん。しかも純愛と結婚の女神の加護ならあやかりたいカップルは多いんじゃないかなぁ? キミ、にカップルを幸せにしたいんでしょう?」

「幸せにし隊というか見守り隊です!!」

「あ、うん、まあどっちでもいいんだけど……」


質問に食い気味に答えたレティシア(転生前)に若干引きつつ、原初神は続ける。


「この世界は多神教で様々な神がいるんだ。自然神から今言った純愛や結婚を司るような女神もね。聖職者も男女の貴賤はないし、今の教皇は男性だけど女教皇の事例もあるよ」

「つまりは幸せなカップルに幸せな結婚式を提供できるということですね!?」

「……ウン、そういうことだネ」


幸せなカップルを見守るだけではなく、幸せな結婚式まで導くことができる。

レティシア(転生前)にとってはそれはまさしく天啓だった。

某支部や動画サイトで「#教会が来い」などというタグを見る度に赤べこのごとく全力で首を振り下ろしたこともあれば、自らそのタグを付けに行ったこともある。


(そうだ、結婚式場やウエディングプランナーじゃなくてもいい。なんで気づかなかったの自分! 私が教会(式場)になるんだよ!)


そうと気づけば、あとは実にシンプルだった。


「んん、最低でも助祭になれば結婚式を行う資格はあるよ。最初は修道女、しかも見習いからになるけど加護を持っていれば早い段階で叙階されるはずだか、」

「アッハイ、転生します!」

「決断早いね!?」


まだ説明途中なんだけど、と原初神は口元を引きつらせるが、レティシア(転生前)に迷いなどなかった。

ここへきてもなお自身の死の実感は湧かないが、異世界でカップルを見守りゴールインまで導ける存在になれる、そのことの方がレティシア(転生前)にとっては重要だった。


「転生してくれるならこっちとしてもありがたいけど……キミ、本当にカップル好きだねぇ」

「不倫二股浮気DVモラハラは地雷です」

「……アッハイ」


真顔で答えるレティシア(転生前)に、加護を付ける予定の女神と気が合いそうだ、と原初神は苦笑する。


「そうそう、純愛と結婚の女神……ユール・キアナっていうんだけど、加護の話はつけておくから。生まれ変わったら必ず毎日祈りを捧げt」

「捧げます!!!!」

「ウン、いいお返事だ」


もはや遮る勢いのレティシア(転生前)に、原初神は呆れるように、けれど慈しむように笑った。

そして、扉に手をかける。


「じゃあ、いってらっしゃい!」


開いた扉から目映い光が視界いっぱいに広がる。

生前最後に見た光とは違う、あたたかく、胸が躍るような光だった。


「いってきます!」


レティシア(転生前)はためらうことなく、扉の中へと飛び込んだ。



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