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鬼女  作者: I
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鬼女

平家の怨霊が妖怪化し邪悪な鬼が出現。舞楽曲と巫女たちが、神楽舞を踊り神氣を増幅していた。

 「なんと…。すばらしい!」

 簀の子に出てきた者たちは、鬼神の姿に力強さと甲冑の装飾に魅了されていた。その甲冑は、其処にいた者たちには、初めて見る文明の装飾が施されてあった。ギリシア、北欧、ケルト、メソポタミア、ペルシャ、エジプト、インド、中国、マヤ、アステカ、インカなどのルートに古代倭人や五色人の様々な文明が集結させ呪術を施し造ったり国々の能力者たちが、甲冑に文様と独特な装飾をいれ世界の神々の分身が甲冑に集結していた。

 「綺麗。それに、鬼の邪悪な氣が感じない! それどころか…。神の氣を発している」

 能力者である泰茂親子は勿論のこと、泰茂邸に仕える小姓や腰元の目にも眩い放射光が、はっきりと見えていた。背は見上げるほどになり、能力を持っていない者までもが見える程の力は、能力者の神眼には世界の太陽神が姿を現わしていた。

 (大日如来。日光菩薩。天照大神…。何処かの国の太陽神だ!始めてみる神だが、神々しく日輪の神だ! 力は地獄にいる全ての鬼より遥か彼方に力を増していた)

 追帳鬼神は、自分に漲る力に驚愕していた。

 「この力なら、どんな鬼なら子よ」

 泰忠が知っているインドから渡ってきた密教や倭の国の神道の神々は、姿を見て知っていたが、追帳鬼神の背後にはエジプトの太陽神ラーやアテン。ギリシァの太陽神アポロン。メソポタミアの太陽神シャマシュ。インカ神話に登場するインティ。ケルトのベルヌス。中国の義和や火烏。ペルシアのフワル・フシャエータ。北欧のソール。メキシコのウィツィロポチトリなど初めて見る世界の神々の姿を見せて守護していた。

 鬼神の兜は、原形は西洋の形をとっていた。装飾は、インドの冠のようで正面には、昼間と同じ色をした日輪が光っていた。

 「なんじゃー」

 「キャー!」

 見たこともない甲冑に、築地塀から上半身が食み出した九尺の鬼の鬼神の姿に、民の者たちは戦き、京に集まってきた武将たちが、弓を引き鏃が童子に向けられていた。

 「待って! この童子は、手前の式神にて仏に帰依した者也!」

 泰忠は鬼神の肩に乗り、矢を放たないように云ったが、鏃は童子がいめ方向に向けられた儘であった。

 「やめーいー」

 泰茂邸に近くにいた。九条良経が止めにはいった。

 「泰忠。お主の式神か」

 「はぁっ!」

 「心強い仲間が増えた。頼んだぞ。今晩の指揮は、この良経が大将となり指揮をとる。頼んだぞー。泰忠!」

 良経は、慌ただしく大内裏とを行き来していた。兄の九条良通は、昨晩の童子たちの戦いにて、深傷を負い。動ける状態ではなかった。その傷が、原因で病弱になり三年後の一一八八年、二十二歳の若さで亡くなることとなる。

 そして、嫡男として良経が家督を継ぐことになった。

 泰茂の妻、が僧侶二人に冷たいお茶と饅頭を出した。

 「遠い所から大変でしたね。さぁー。お饅頭でも、どうへぇっ」

 小坊主は、横にいた若い僧侶を見上げ、あどけなくいった。

 「兄さん。食べてもいいか?」

 若い僧侶は、優しく微笑み云った。

 「戴きなさい」

 「弟さんですか」

 「はい。九月で五つになります」

 「そうなの。ゆっくりしてくだされ」

 貞子は、優しい目で見ていた。

 「美味しいかへぇー」

 「うん」

 運海は無邪氣に頷き、饅頭を美味しそうに食べた。

 「……」

 泰茂は、行覚の身の熟し仕種で、位の高い身分の子と直ぐに分かった。だが、泰茂は、詮索はしなかった。この時代、父が戦で敗北し、子の命を助ける変わりに寺に預けられていた。

 「そうじゃのうー。もうすぐ、日は暮れる。今晩は、どうなされる。都は、危なすぎるからのうー」

 「心配には、及びません。もし、遅くなれば、今晩は、清水寺にお世話になるように云われております」

 山に隠れようと大きく染まった夕焼けに、影が長く伸びだした頃に、荷車を引く僧侶たちが、泰茂邸の門の前に止めた。荷車のに一人、左右のには四人、後ろを三人で押していた。僧侶たちは、汗だくになり車に體を預けてヘトヘトになり暫し門の前でほんの少しであったが休憩していた。

 「よし! 金棒を中に運びますぞー」

 若い八人の僧侶たちは、氣持ちを切り替え、體中の筋肉が張り、疲労した重い體に鞭を打ち、重い腰を上げた。

 「ひー。ふう。みーのよっ!」

 疲れきった體では、金棒を落ち上げることが出来なかった。金棒から発する氣を感じた追帳鬼神は、泰忠を肩に乗せた儘、屋敷の築地塀を跨ぎ、僧侶がいる門に回りこんだ。

 そして、泰忠が僧侶たちに声を掛けた。

 「どうされました!」

 八人の僧侶は、見上げ神格化した追帳鬼神を見て、吃驚していた。

  おー!

 驚く僧侶の中に、ひとり驚くことなく平然と見上げ、泰忠の守護神を神眼で見ていた。

 (この善鬼は、甲冑を纏えたか? ん! あの子の守護神は、毘沙門か! どれだけの能力者か試してみるか?)

 泰忠は、追帳鬼神の肩から飛び降りた。

 (はぁ! 十一面千手観音菩薩!)

 泰忠は、神眼を使うことなく、その僧侶の後ろに金色に輝く菩薩の姿を見ていた。と、いうより見せられていたのだ。泰忠は、その僧侶の目を合わせると、僧侶の意識の中に入り清澄した心を見せられた。

 「なんと清々しい心なんだ!」と、泰忠は思わず呟いた。

 「手前どもは、音羽山・から参りました。手前は、でございます。この金棒を善鬼に! 武器が、なければ戦えませんぬ。この金棒をお使いくだされ」

 「辱ない」

 追帳鬼神は、金棒を手に取り軽がると持ち上げた。泰忠や僧侶から少し離れた所で、確かめるように金棒をひと振りした。

 追帳鬼神の素振りは、風をおこし三条大路に、風が突き抜けた。

 「重さといい、手にしっくりくるぜ!」

 泰忠の神眼で、今の追帳鬼神の強さと暴れ者の童子たちの強さと比べていた。

 (地獄の鬼とは相手にならないが、一番手強い邪氣童子とは、ほんの少し力が上回っているだけか…。一対一で戦わして、残りの童子をどうして倒すか? 次男は、時眉鬼神と戦い。破魔矢がどれだれの威力を発揮するかだ?駿足童子を魔羅鬼神にして…。うーん。 な兼吉様が、加勢してくれるが??)

 泰忠が、鬼女と五人の安倍の者と強さの天秤にかけているときに、泰茂が醍醐寺の僧侶と外に出てきた。泰茂は、清水寺の僧侶に声をかけた。

 「あっ! 熱かったでしょう。中で、冷たいお茶でも飲んで行かれよ」

 「日が暮れますので、和多志どもは、これにて失礼いたします」

 「では、ここで喉を潤してから行かれては、いかがかな?」

 「では、お言葉に甘えて戴きます」

 清水寺の道曠の側に、運海が近づいてきた。

 「兄上」

 「元氣にしていたか、運海。行覚」

 清水寺の道曠と醍醐寺の運海と行覚は兄弟であり、運海と行覚と同様に寺に預けられた。道曠が兄弟に近づくと、行覚の背後には千手千眼観音菩薩。運海の背後には、文殊菩薩と大威徳明王が守護し偉大な姿を現わした。

 (この者たちは、金と権力、汚職に手を汚すより、僧侶となり人々を助けるために輪廻した。これが、この者の宿命か!)

 清水寺の僧侶たちは、お茶で乾いた喉を潤すと、醍醐寺の行覚に運海と共に清水寺に帰っていった。


 日が沈み、雲ひとつない空に、臥し待ち月が現れた。

 追帳鬼神が、纏っている甲冑の装飾の文様が動きだし全く違った異国の甲冑に変化した。甲冑は、月のように月光を放ち、辺りを青白く照らしていた。その甲冑を纏った時眉鬼神の背後には、太陽神に変わり月神が現れた。インドのソーマ。倭の国の月読命。エジプトの月の牡牛神トート。ギリシァの太陽神アポロンと双子の月の神アルテミス。インカ神話に登場するコニラヤ。ケルトのアリアンロッド。中国の太陰星君。ペルシアのマナート。北欧のマーニ。メキシコのウィツィロポチトリ。アラビアのチャンドラプラパー(月光菩薩)など世界の神々の姿を見せていた。

 (時眉鬼神。神の域に近づいているが、童子だったころのに流れる血は穢れている筈。神の氣で鬼神の體がいつまで持つのか?)

 泰忠の側にいた泰茂は、鬼神の體を心配して見ていた。泰茂は、泰忠と童子にも忠告をした。

 「泰忠。追帳鬼神も聞いてくれ! その甲冑、確かに童子の力も瞬発力も十倍も上回る。いや、二十倍も上回る。長男の力は、どの位のものか分からないが、戦った兄弟の中で邪氣童子が強かったが、今の追帳鬼神の強さでは、同じ強さ…。いや…、一歩、秀ででいる」

 「はい。確かに、この甲冑に纏ったオイラには、邪氣兄貴に勝てる自信があります。だが、この甲冑は陰の血を吸収し力に変えるかわりに寿命は短くなる。次男の邪悪兄貴の強さは、三人の兄弟の話によると三人の兄弟が束になっても歯がたたないと聞く。だが、この甲冑は、未だ未だ未知の部分が沢山ある筈。纏うと力が漲る!」

 泰忠は、二人の鬼神の體を心配していたが、言葉につまった。

 「……だが…」

 泰茂は、予知能力で追帳鬼神の末路、未来を見ていた。

 (どうすればいいのだ! あの甲冑を纏えば、勝てる確率も上がるが、追帳鬼神の命を短くする。仏に帰依したというのに、これも宿命なのか…。神の氣が、追帳鬼神の邪悪な血を蒸発させている。今も穢れた血を蒸発させている。追帳鬼神の體は麻痺し、全く感じていない。いや、戦いでも相手の打撃でも體が麻痺して痛みも感じないだろう。そして、全てを消滅させる)

 泰茂も二人の鬼神を心配し発云した。

 「追帳鬼神は、相手の動きを止めるだけでいい。止めは、我らが地獄に帰し封印する。戦闘が終われば、直ぐにも甲冑を解いてほしい。纏う時間は、短めにすること。戦闘でない限り、この甲冑を纏うな。いいな! 泰忠からも、きつく云ってくれ!」

 泰忠も、戦いがない限り、甲冑を纏うのをやめさせた。追帳鬼神は、甲冑を元の大きさの一尺の置物に変え掌に乗せていた。

 追帳鬼神の甲冑が、掌の上で月光を放っていたが、日輪と比較すると光が弱く、光の届かない真っ黒な闇の場所もあった。その闇からは、夥しい数の魑魅魍魎の目が人間の弱い心を乱れさせた。その心を餌に涎を垂らしながら見ていた。魔性の者たちは、闇の中で人間の隙を狙って今か今かと飛びかかろうと機会を狙っていた。

 平安京は、闇になると同時に、あらゆるところに松明を上げた。平安京は、松明で明るくなった。源氏と平家の戦いが終結を迎えて束の間、再び京は目の見えない相手や鬼に魔性との戦いとなった。そして、平安京は戦場となり、平安京が巨大な陣と化した。安倍四天王は、四方に分かれ追徴鬼神は、朱雀門の前で仁王立ちをしていた。兼吉の姿はなく、酩酊状態で屋敷の中で、酒に酔い鼾をかきながら寝ていた。

 こんな慌ただしい中、大将が急遽変わっていた。九条兼実は、二人の娘を亡くし、嫡男は深傷を負い。それ以上、自分の子供たちが、命を奪われるのが我慢できなかった。兼実は、対立している兄・松殿の子である、、藤原に出陣を命じ大将を嫡男である師家に命じた。

 この時、師家は十三歳。隆忠は、二十二歳。家房は、十八歳。庶子であった隆忠と家房は、松殿家を継ぐことを許されなかった。その為に、年下の師家が嫡男となっていた。兼実は、嫡男でない隆忠に、正五位下侍従が叙せられ激しく抗議し怒り兄弟に一段と深い亀裂が入っていた。

 平安京には、戦場になり民は平安京から離れた寺に、貴族や武家は別邸や山荘に逃げ込んでいた。平安京には、武将たちと一握りの公家に、結界に囲まれている内裏の中にいる北極星・帝と身の回りのお世話をする者だけであった。

 帝も民の為に、聖徳太子の祝詞で祈っていた。

 平安京のあらゆるところには、松明が上げられ火を絶やすことなく燃え続けていた。その巨大な要塞の様子を行覚と運海は、清水寺の舞台から平安京を見下ろしていた。

 (この上なら、鬼の姿も一目瞭然。清水の聖域なら闇の者たちにも邪魔をする者もいない。絶好の場所だ。童子の邪悪な氣も、いち早く察知できる)

 二人の兄弟の側には、清水の随一の能力者・僧侶のが来た。

 「運海! 本堂で清水の僧侶とともに祈祷を手伝ってきなさい」

 「はい!」

 「天明殿。運海を頼みます」

 「分かりました兄上!」

 行覚ととは、腹違いの兄弟であり父が処刑され、天明は、義兄である道曠とともに清水寺に預けられ出家した。

 「さぁー。運海、本堂へ行いましょう」

 ふたりは、本堂に向かい。行覚は、清水の舞台に残り平安京を監視し、上から見ていた行覚からには、陣の配置も分かった。時眉鬼神の情報で、童子たちは平安京の中にいる魑魅魍魎でなく、京郊外から来ることが分かった。住処は、て父の酒呑童子の城であることろに住み着いていた。だが、式神に偵察に行かせたが、蛻の殻であり人間と獣の死骸が転がっていた。

 兵法に詳しい行覚は、興味深く陣の配置を見ていた。

 (人間相手なら、これ以上ない兵法だが、鬼相手に何処まで通用するか? 安倍四天王とあの鬼神が、どれぐらいの力を発揮するのかが、勝因の鍵だ! 義経様と義経四天王が揃い。十二の神将が揃えば…。集まるまで平安京が持てばいいが!)

 陣の配置は、朱雀門に本陣大将の陣があり、左近衛府には、左近衛中将の家房が陣を構え、右近衛府には隆忠が陣を構えていた。嫡男である師家を支えていたが、只の飾りで動きもせず指示も出さず。妖怪退治の陰陽師・安倍季弘が、実質の戦法を一手に握っていた。

 そして、兼実の呼びかけに近隣諸国から集まってきた豪族たちが集まり、平安京の四方を、守護していた。七町離れた所に、大路と平行に外側に向いて横三列に整列させた。二十四本の矢を差いたると繁籐の弓を引っ提げた弓隊が並び、その後ろには槍隊が控えていた。力自慢の兵士たちが集まった槍隊が、弓隊の後ろを横一列に並んでいた。その槍隊の後ろには、この一方だけを仕切る。陣頭指揮をする一族の大将がいた。そして、平安京の中にも帝を守護する六衛の兵士が巡回し、安倍四天王や式神たちが目を光らせていた。兵士の刀は、すべて神氣を放っていた。


 全兵力 四万人。


 白虎守護  兵力三千也

 近江国蒲生郡佐々木庄 佐々木一族

 近江国蒲生郡木村   木村一族

 近江国浅井郡野村庄  佐々木氏族 野村一族

 

 青龍守護  兵力五千也

 近江国浅井郡山本   山本一族

 近江国浅井郡塩津郷  熊谷一族

 近江国栗太郡小槻   小槻一族


 玄武守護  兵力七千也

 河内国        水走一族

 大和国平野椿井荘   椿井一族

 

 朱雀守護  兵力一万也

 河内国河内郡桜井郷  蘇我一族の桜井一族

 大和国十市郡桜井郷  坂上氏流の桜井一族

 大和国平群郡生駒   生駒一族


 北極星守護 六衛兵力一万五千也


 源義経軍も京に向かい。全国からも名のある豪族たちが京を目指していた。

 そんな騒々しい平安京を行覚は、清水の舞台から陣形を見ていると陣形が変わった。

 (ほうー。始めてみる陣形だな? 弓隊が九列? その後ろに、槍隊? 騎馬隊がいない? なるほど、馬はびびって使い物にならないからなぁ。兵士の武器すべてに神氣を放ち魑魅魍魎が近寄れない。あの力はの力だ。お手並み、拝見といきましょうか!)

 夜が、深けても鬼や魔性の者も一向に姿を現れなかった。

 (まだ、現れないのか? 丑三つ刻は、過ぎているが…)

 誰もが、そう思っていた。だが、魔性の者は邪悪な氣を、改心されようとしている地蔵菩薩の力で掻き消し、既に動いていた。

 平安京の大路に、黒い影が地面を疾走し衣笠山に向かっていった。

 「影か?」

 何かの氣配を感じた衛兵の兵士が、振り返ったが、其処には誰もいなく松明に火に揺らめく自分の影であった。兵士は、前を向いて歩き出した。

 (あんなところに、影があったか??)

 不自然な影に、氣になり目線を影の方に戻した。

 (あれ??)

 寸秒であったが、影がなく、よくよく考えてみれば影ができる光の方向が違った。兵士は止まり、辺りを目を凝らし見ていた。

 「工藤殿。どうなされた?」

 「いや! 何もござらん。目の錯覚でござった!」

 そして、兵士は大路を巡回し、その場から離れた。影は、山の西南麓に所有していた徳大寺実定の別邸の門の手前で止まり中の様子を伺っていた。別邸にも近衛兵が派遣され厳重な警備がされていた。その影は、人の視覚に入らないように影が地面を駆け走り、物陰に隠れ、屋敷内の庭を動き回り軒下の中に入ると四つん這いになり這いずり回った。若い公家の娘の血を嗅ぎ分け、物狂いの則子には、全く興味がないのか別の血を求め捜していた。

 (若くて、美味しそうな匂いがするのうー)

 鬼女の、好みの血の匂いがする寝の間の真下で動きを止めた。

              

 刻は、丑四つ刻。

 清水の舞台から眺めていた行覚が、鬼の邪悪な氣に氣づき、神通力を使い安倍四天王のひとりひとりに伝えた。

 〈西の方から一體の鬼が…、北の方の船岡山の麓から二體の鬼が現れ、鬼の回りには魑魅魍魎たちが…。何という数だ!〉

 平安京の四カ所に散らばった安倍四天王に直接、脳に聞こえた。西を守護していた泰茂が、白虎の大将であるに伝えられ弓隊が構えた。そして、泰茂と同様に北を守護する廣基も玄武の大将・に伝えられ弓隊は構えていた。その鏃は、邪悪な鬼どもが現れた途端に、白い微かな光を放ち出した。

 行覚からも、その光と菩薩の力を感じていた。

 「あの光は、八幡大菩薩。なるほど、考えましたね。少しでも敵の力を弱め、そして安倍四天王が叩く。鬼どもも出てきた場所が、不運だったな。玄武の大将、水走康忠と隠居した父・。神社の神職でありながら武装集団の長。そして、同じく玄武の武将の椿井一族。八幡大菩薩の神劒一振りを賜り、二羽の白鷺に導かれ、神亀元年九月、近江国伊香乃弥山に住む大蛇を退治した椿井右中将懐房の子孫。白虎を守護する大将の佐々木定綱を引き入る一族。こっちに勝算があるかも!」

 この佐々木一族には、平家物語や源平盛衰記、歌舞伎の鎌倉三代記にも登場する佐々木や、その弟であり歌舞伎のに登場する盛綱の姿もあった。

 西の方位から邪氣童子が、北からは邪悪童子と百目鬼童子が魑魅魍魎どもを引き連れてきた。黒い雲の中から夥しい数の魑魅魍魎が、平安京に向かって疾走し、兵は矢が届く所まで、鬼たちを十分に引き付けた。

 「構え!」

 八幡大菩薩の矢や槍に触れている者たちには、童子だけでなく魑魅魍魎の姿をもハッキリと見えていた。その悍しい姿に、臆することなく兵士たちは、矢を射る機会を狙っていた。

 「前三列。構え。一斉射撃! 矢を放て!」

 矢を放つ音が、無数に聞こえた。

 前三列が、矢を放つと後ろに回り、次の三列が矢を放った。これを矢が、なくなるまで繰り返した。三列三段射撃と名付けていた。一斉に放たれた矢は、抛物線を描き童子や魑魅魍魎どもの邪悪な氣に吸い込まれるように追跡し、弱い魔の者から矢に浄化された。逃げ回ろうが、その矢は邪悪な氣を放つ者に刺さるまで追跡を止めなかった。何千何万という矢が、地面に落ちることなく魔性の者たちを射った。

 「放て!」

 童子も夥しい数の矢を、それぞれの持ち前の邪悪な力で、矢の神氣の力を掻き消したが、童子の死角に入った矢は、童子の固い甲冑を貫いていた。矢は體に刺さり、童子たちの邪悪で穢れた氣を吸収したが、致命傷をあたえるものではなかった。

 「生意氣な虫螻が!」

 百目鬼童子は、肩に刺さった矢を無理矢理に引き抜いた。

 グアァー。

 矢は、尖り矢で左右に張った鋭い鏃が、童子の體深く入り込み、抜くと筋肉を痛め穢れた血が噴き出した。童子の肩からは血が流れ、激しい動きの度に血飛沫が飛び散った。

 しかし、童子の血飛沫が神矢に付着すると、その矢は神氣の光が失われて失速し、地面に刺さっていた。

 (なるほどなぁ! 俺の血で、矢の力が失われたか!)

 邪氣童子は、神通力で矢の弱点を兄弟たちに伝えた。邪悪童子は、口から毒を吐き矢の力を奪い、失速させ地面に突き刺さっていた。邪悪童子は、自慢の力で巨大な剣で矢の節を切り落としていた。駿足童子は、自慢の足で躱しながら両手の鋭い手刀で節を切り捲った。

 「弓隊! 下がれ」

 箙の中の矢を全部放った弓隊は、素早く槍隊の後ろに回った。

 「槍隊。構え!」

 槍隊は構えていたが、いつもの構えと全く違った。その構え方を見た行覚は、何をする分かり、戦いぶりを上から見ていた。

 (なるほど、あの槍を喰らえば童子とて、一溜まりもない)

 槍は特注に造られ、鑓穂は二尺。柄は一間の長さがあった。槍と違ったのは、柄の矢と同じ遣り羽が付けられていた。鑓穂も鏃と同様、八幡大菩薩の神氣が入っていた。その槍を槍投げの要領で童子に向かって投げだした。

 (だが、当たればの話しだが…。重さも相当な重さになる筈だ。槍を飛ばすような道具がないと無理だ…。人間の力ならもっと軽く、重心を考えないと駄目だ!)

 槍隊の前列が、動き出した。

 (投げるか)

 槍隊は、氣合いとともに槍を投げたが、槍自體が重く矢のようには飛ぶことができずに、失速した状態で童子をフラフラと追跡をし始めた。その槍の動きは、人間の動體視力でも子供でも捕まえられる程の速度で、童子を追跡し始め、悉く圧し折られた。

 「どいつも、こいつも、だらしない奴め。よく見とけ!」

 佐々木高綱が、特注の槍を持ち槍隊の前に肩をならしながら現れた。

 「兄者。水走殿が苦戦している。盛綱は、子の方の童子に向けて投げ込んでやる」

 高綱と盛綱は、助走を付けて現代の陸上競技の槍投げと同じ投げ方で氣合いとともに投げ込んだ。

 「オリャー」

 「ふん! どこ狙ってねんだ!」

 槍は、天高く上がり線を描き落下しだし、段々と速度が増すと地面擦れ擦れの速度を維持して、槍は童子たちの方に追跡を始めた。童子たちが、ついている間に、兵を後退させた。そして、兄弟の童子の洞察し、弱点を探していた。安倍四天王のひとりの季弘が指示を出した。

 「泰忠。時眉鬼神を邪氣童子と闘わせ、我らは邪悪、百目鬼童子の動きを止める! 決して大内裏の中に入らせるな!」

 泰忠は、時眉鬼神に変身するように命令した。

 「追徴鬼神。甲冑を纏え!」

 追徴鬼神は、掌に乗せている甲冑を月に翳すと、月光の光を吸収した甲冑は、青白く輝き甲冑は六つの光に分かれると、変化童子の體を包み込み、月光の甲冑を纏った変化童子が現れた。

 「泰忠様。お任せください」

 「頼んだぞ」

 季弘、泰茂、廣基は、十二體の鬼神を呼び出した。

 「十二月将。半分に別れ、西と北の雑魚どもを浄化せよ!」

 「泰忠。参るぞー」

 安倍四天王は、重たい鎧兜を着込んだ儘、超人的な跳躍をし宙を翔走り童子に刃を向けて、変化童子は駿足童子より速い速度で近づき、駿足童子と同じ速度で追跡している槍を片手だけで捕まえ槍の動きを止めた。

 「おー。酒女好じゃないか! 助かったぞー。その動き、力を付けたな。今まで何処にいていたのだ?」

 駿足童子は、追徴鬼神に近づいてきた。

 「何処だっていいだろうー」

 「何?」

 追徴鬼神は、持っていた槍を下から振り上げた。

 「何しやがる!」

 駿足童子は、油断していたこともあり、辛うじて避けたが頬に傷を負い血が滴り落ちた。

 「酒女好。てめぇー」

 「俺は、酒女好じゃない。てめぃーらとは、縁を切る。俺は、安倍泰忠様の式神となり仏に帰依した。再び人の味方になった。追徴鬼神という名を戴いた」

 「貴様! 人間のになり果てりやがってぇー。この、クソガキがぁ」

 激怒した足疾童子は、髪の毛を逆立ち激しい戦いが始まった。

 二人の鬼に動じることなく二人の僧侶がいた。ひとりは、雅なを着こみ。もう一人は黒い衣體であった。

 泰親は、二人の僧侶を見た法力の力に感じて高僧を見て泰忠に指示した。

 「泰忠。その破魔矢を、あの僧侶に」

 泰忠は、その僧侶を見て初めて会うが誰かとわかった。

 「弘法大師様、日蓮様」

 泰忠は、弘法大師に向けて破魔矢を投げた。最初は、ゆっくりの回転だったが、力が強い僧侶の襲うとしていたが破魔矢の回転力が増し、力の強い僧侶を狙う魔者を一瞬にして瞬殺し、弘法大師の手に握られた。

 「に、人間のくせに…」

 弘法大師は、破魔矢を構えると大人が使うほどの大きさになった。弘法大師は、駿足童子に向けて射った。矢は駿足童子の體にめり込み不動明王の炎に包まれた。駿足童子は、善の氣が強まり叫んだ。

 「おれは、不動明王に帰依したる魔羅鬼神となる」

 追徴鬼神と時眉鬼神は、叫んだ。

 「我は、三鬼大権現だ。天狗ともよ。人間の生霊、悪霊、怨霊から守る」


 激しい戦闘が、始まった頃。

 徳大寺別邸では、軒下で息を潜めていた鬼女が、動きだした。人の血を飲む度に、魔性の力が増した鬼女は、いろんな姿に化けることは勿論のこと、どんな隙間でも侵入することができた。鬼女の體は、影となり床板との継ぎ目、畳との継ぎ目から侵入し薄っぺらい暗黒の影が、徳大寺実定の五女・の寝の間に現れた。燈心からの灯火が、ユラユラと揺れ影を揺らしていた。その薄暗い寝の間には、蚊帳の中で蒲団の中に入りし信子が、眠りについていた。その信子が寝ている蚊帳の外には、懐剣を懐に忍ばした武家の娘が、お互いに向かい会うように座り、姫の側で警護をしていた。この二人りの娘は、徳大寺家の侍女でなく、警備の為に武家の娘を集められた者たちであった。そこに、姫の警備をしている二人の娘の間に、畳の縁と縁の隙間から薄っぺらい黒い影が立ち上がると、人の形になり、白装束の姿に頭から雅な被衣を被り、妖艶な茂子の姿になり現れた。

 「天女…!」

 茂子の美しさと、ふたりの警備の武家の娘に向けられて送られる秋波に、ふたりの娘の見とれ心を惑わしていた。

 「はぁっ!」(この者、どこかで……?)

 ひとり娘が、茂子の顔に見覚えがあった。

 「其方。三条家の侍女の者であろう!」

 茂子は、妖艶な魅力を振り回し、舞いを舞うように體を回転させ被衣を投げ捨てると、懐刀の柄を右手で持ち、目にも止まらぬ速さで、ひとりの娘の首を刎ね。床に転がると、茂子の顔が般若の悍しい顔に変わった。

「魔性の者か!」

 武家の娘は、懐から懐剣を取り出し、剣を向けて構えた。

 「出会え! 曲者じゃー。出…」

 鬼女の顔になった茂子は、懐刀を持ちかえて左手に持ち。懐刀で、娘の右肩から左下に向けて斬り込んだ。だが、娘は、武家の娘。懐剣で払い除けた。

 「ほうー。懐剣で払い除けるとは、中々な腕前。その身の熟し! 氣に入った! 貴様の首を刎ね、その魂を妖刀の一部になるがいいわー」

 武家の娘は、鬼女の攻撃を受け止めたが、鬼女の妖刀は、懐刀の刀身を斬り落とした。

(一體何者…。剣筋といい。折られたのではない。刀身を斬った!)

 娘は、妖刀に目をやった。

 (そんな馬鹿な! 刃毀ひとつしていない? なんだ、刀に漂うあの黒いは?)

 妖刀から発する黒い靄が娘の體を包み、恐怖に體が震え、声もでなくなったいた。

 「あっ…。あああっ」

 鬼女は、一瞬にして娘に間合いに入り、首を刎ねられた。首からは、大量の血が噴き出し、せに倒れて即死であった。魂魄は、妖刀に吸い込まれて、怨霊の仲間とされた。

 鬼女は、武家の娘の血など目にも入らず、蚊帳の方に振り替えると、蚊帳を斬り裂いて、獲物の信子を睨み付け涎を垂らしていた。 信子は、蛇に睨まれた蛙のように恐怖に震えて恐怖が頂点にたっし氣を失った。

 「姫様!」

 近衛兵が、鎧の金具と金具が擦れる音をさせ、信子の寝の間に駆け付けた時には、真赤に染まった畳に、二人の武家の娘の遺體が転がっているだけで、信子の姿はなく屋敷の中や付近は騒然としていた。

 もう其処には、鬼女と信子の姿はなく衣笠山の峠から平安京を見ていた。その鬼女の足下には、信子の屍が転がり、鬼女の白装束の胸元は、信子の激しく吹き出た血で、白い着物は真赤に染まっていた。人間の血を飲むのを繰り返す度に、人の心がなくなり心も鬼になり鬼に支配されて、鬼女の姿は悍しく醜い姿になっていった。その醜い姿で、平安京の方を見下ろし邪悪童子の戦い振りを見ていた。


 半分は鬼神になり戦う安倍四天王は、両者引かずの激しい戦闘になっていた。

 時は、一刻一刻と流れ、鬼の怒号と剣と剣が、激突する金属音が、京に響き渡っていた。

 〈何だ! こいつら、前より強くなっているぞ!〉

 安部四天王が、弱くなった訳でなかった。泰親が、安倍四天王のために拵えた四つの鎧兜を纏い、粟田口国友・久国・国清・有国・国綱の五兄弟が造り上げた名刀を手にして、力も術も増していたが、の力も安部四天王は圧倒的に押されていた。

 (まだ、どこの村を襲い。人の血肉でも、喰らったか!)

 童子たちの力が、一日経っただけで力を増し、相手の弱点を探し、弱点だけを攻撃し続けた。力を増していた童子たちは、剣や金棒で圧倒させ、安部四天王は打ち返すことも儘ならなかった。

 日の出も近い頃。安倍四天王は、體力の限界に達していた。

 〈泰忠。動きが、見切られているぞ!〉

 安倍四天王の中でも、幼い泰忠は、身を守る鎧兜であったが、重たい鎧兜に動きが鈍く、體力の限界に入っていたのと、戦闘の経験不足による無駄打ちが多く空振りが體力を奪った。

 〈相手の動きと間合いを、よく見ろ!〉

 (駄目! これ以上、動けないよ…)

 そんな弱氣になりだした。泰忠の動きにも敵味方関係なく、動きが急激に鈍くなったことが分かった。

 「このチビガキ! 動きは、見切った」

 邪氣童子は、巨大な剣を振り回し、泰茂親子も剣圧を受けとめるのが精一杯であった。

 「泰忠。もう直ぐ日の出だ。持ち堪えろ!」

 泰親は、思わず声に出した。

 邪氣童子は、相手の體力を考えていた。

 (こいつら、相当バテている)

 「その身を守る。甲冑が仇となったな!」

 (このチビならやれる。このチビの血と肉を全部食べ、力の呪術も増してやる。泰忠が死ねば、式神になった酒女好も我らの許に!)

 その時。邪氣童子と追徴鬼神の戦いは、断然、追徴鬼神の有利であった。

 「兄貴! 戦いをやめないか!」

 「怖氣付いたか」

 「無駄な戦いをしたくないだけだ。今までの罪を懺悔し、鬼女を倒し、地獄へ帰ろう」

 「だからお前は、甘いんだよ!」

 邪氣童子は、追徴鬼神に向かって金棒で殴り掛かってきたが、追徴鬼神は、いとも簡単に躱し、相手の顔をおもいっきり拳で殴った。

 「こら! 兄者に向かって殴るとは、この愚か者がぁー」

 「や、鬼女とつるんでいるのでは、なかろうなぁー。つるんでいるなら、直ぐにでも、縁を切れ。利用されているだけだぞー」

 「誰のお陰で、あの息苦しい地獄から抜け出せたと思っているのだぁー。んぅ~。いいぃ~。反吐が出る甲冑を纏いやがってぇー。もう、手加減しねぇー。てめぃーが、あの息苦しい地獄に帰してやるわー」

 追徴鬼神は、足は速かったが金棒を振る力は、邪悪童子により劣っていたが、風を発生させるほどの剣圧であった。

 「遅いんだよ! 振り回すことらな人間の赤子でも、できるぜー。相手を良く見なぁ!」

 追徴鬼神は、怒り目が血走り攻めに攻め防御することはなかった。

 「てめぇー! 後悔するぞー。この、小便たれがぁー」

 邪氣童子は自慢の足で、追徴童子の動きを封じ込めようとした。邪氣童子の周りを走りだし、徐々に速度が増していった。次第に邪氣童子の周りには、竜巻が発生しあらゆる物を巻き上げた。

 「貴様に、俺の動きが見えるかぁー」

 「見えるさー。止まってね。回っているだけか? 攻撃しないと意味ないよ」

 「なら、掛かって来いや!」

 「では、遠慮なく」

 追徴童子は、持っていた八幡大菩薩の神氣が入った槍を竜巻の中に突き刺した。

 「ここは、あなたがいる場所ではない。地獄に帰りなさい」

 竜巻の風は弱まり、邪氣童子の左側の肋骨に、槍が刺さっていた。

 「貴様… ゼェーゼェー」

 邪氣童子は、肺を刺され息ができずに苦しそうに、口から血が滴り落ちていた。

 「あなたの弱さに、ガッカリだ」

 追徴鬼神は、徐々に力を入れて深く刺しながら抉った。

 「一足先に、帰ってください。邪悪と百目鬼は後から地獄に送ります」

 「嫌だ! 嫌だ! 折角、裟婆に出てこられたのに…」

 邪氣童子は、左側から肺に刺さった槍を抉るように深く刺し、心の臓を刺され、八幡大菩薩の神氣が心の臓を消滅させた。槍の八幡大菩薩の力で、追徴鬼神の體は、ドロドロと湯氣を上げながら血肉を溶かし、大きい骨格は、人間の物と似ていたが、頭蓋骨には二つの角があった。その頭のすぐ上には、小さな小さな螢のような仄かな光がユラユラと天に向かって昇っていった。

 「追徴の魂か!」

 月光からは、死神が現れ追徴鬼神の魂魄を迎えに姿を現わして、その魂魄を鋭い鎌で突き刺そうと舞い降りてきた。

 「はぁっ!」

 追徴鬼神は、天に上がる魂魄の行く方を見ていたが、突然に方向を変え消えた。

 「何処にいった?」

 追徴鬼神も死神も魂魄を見失っていた。

 「ぶつぶつぶつ…」

 死神は、上空でぶつぶつと独云を云うと、辺りをキョロキョロと見渡すと月の中に帰っていた。

 (足疾の魂は、この世に留まっている。宮島のお堂に帰ったな)

 時眉鬼神は、追徴鬼神の魂魄を氣にしていたが、主人である泰忠が、苦戦しており助太刀に向かった。

 「泰忠様! 後ろ!」

 泰忠が氣づいた時には、邪悪童子の剣が背後に迫っていた。

 (避けきれない…)

 この時だけは、泰忠の時間がゆっくりと一齣一齣流れているように、相手の剣筋が、はっきりと分かり見えていた。でも、思うように體が動かずに邪悪童子の剛剣の威力に泰忠の剣は振り回されていた。泰忠は、邪悪童子に背後を取られ覚悟を決めたのか目を瞑った。

 (體が、動かない…。避けられない。もう、駄目か!)

 「そのおもちゃの矢ごと、叩き斬ってやる」

  ズッドン!

 「えっ!」

 自分の體に、衝撃もなく何も起こらなかった。そして、何かが倒れる音と地面が揺れ、泰忠は目を開き後ろを振り返った。

 (はぁ! 神氣が感じる…。これは、明王の力が感じる。これは、五大力さんの力だ!)

 背中に背負っていた弓ともう一つの破魔矢が、赤い光に輝くと共に、邪悪童子の剣を跳ね返した。力づくで跳ね返す威力を止めようとしたが、跳ね返す威力が勝っており、邪悪童子は仰向けに倒れ込んだ。

 「力が、漲ってきた。息も整っている」

 泰忠の鎧兜は、火焔光に包まれていた。そして、破魔矢は赤く輝いた弓矢を持ち、魔羅鬼神に向けて弓を引こうとした。

 「かてぇ~。びくともしない。主人として認めてくれないのか」

 〈泰忠様。口密を!〉

 破魔矢から声が聞こえた。

 〈えっ! 五大明王の印も真云も知らないよ!〉

 〈大丈夫です。和多志が教えましょう〉

 〈その声は、行覚殿!〉

 泰忠の心と行覚の心を重ね合い。行覚が印を結ぶと、泰忠の手が勝手に動き同じ印を結び、行覚が真云を唱えると泰忠も声を出し同じ真云を唱えた。泰忠の心の中に、真云を唱えた不動明王、降三世明王、軍茶利明王、大威徳明王、金剛夜叉明王の姿が現れ泰忠の體の中に入神した。矢と破魔矢は、明王の迦楼羅焔に包まれていたが、泰忠には全く熱くなかった。

 〈お見事。泰忠様〉

 〈ありがとう。行覚殿〉

 邪悪童子が、跳ね返さ倒れていた時。魔羅鬼神は、甲冑が変化してのように、風の如く走り西から北へ平安京を飛び越えた。大内裏と内裏の二重の結界は、魔羅鬼神を魔物と見做さなく、結界の中を通らした。

 (泰忠様。泰忠様に助太刀に行きたいが、邪悪童子が、邪魔だな)

 〈季弘様。廣基様。邪悪童子から離れてくだされ〉

 時眉鬼神から一番近く、邪魔な存在であった邪悪童子に、先に狙いを絞った。

 〈金棒よ。我の手に、戻れ!〉

 邪悪童子の背後に氣配もなく現れた時眉鬼神は、頭に向けて振子打法で、相手の腹部を完璧に捕えた。

 「邪魔!」

  ウゲッ!

 邪悪童子は、大きな體を空中に浮かべ勢いよく飛び、勢いは衰えることなく、その儘の勢いで、地面を擦り続け、土煙を巻き上げながらも、一本の道を作りながら漸く止まった。暗闇と土煙で邪悪童子の姿は、全く見えなかったが、氣配はあったが動く氣配はなかった。

 (氣でも失ったか? それとも術で惑わしているのか?)

 時眉鬼神は、追うこともなく、苦戦をしている主人を思い、百目鬼童子に戦いを挑んだ。

 〈泰忠様。泰茂様。時眉から離れてくだされ!〉

 そして、移動しながら金棒を太刀に変化させた。その太刀の厚みは、日本刀の十倍、幅が一尺、全長が三間の長さもあった。

 〈金棒よ。太刀に変化せよ!〉

 刀身は、月の光を反射して見事な輝きを放っていた。一方の百目鬼童子が使う、剛剣にも引きをとらない日本刀であった。

 「氣づくのが、遅いんだよ。百目鬼の兄貴!」

 俊足で邪悪童子の背後に現れた天狗たちが、後ろで声を掛けるまで、時眉鬼神の氣配に全く氣づいていなかった。邪悪童子は、声の方に一瞥すると、一瞬にして間合いを測った。間合いが近く、両者とも右足を大きく退いて、間合いをとると、お互いに脇構えで腰を落とし、刀と剣を水平に構えていた。お互いに隙もなく睨み付けていた。

 「俺の真似か? 剣術は、俺が教えてやったからな!」

 (剣の腕と力では、ヤツが上。速さと精密さなら、俺の方が上回っている。それに、この刀の性能…。俺の方が数段も上。ヤツの剣を折るか…)

 時眉鬼神は、刃を上に向けた。

 (いっちょ。誘ってみるか)

 時眉鬼神は、左肩と手元を微動に動かした。

 (来るか! 剛力。なら、こっちから仕掛けてやる)

 邪悪童子の誘いに乗った時眉鬼神が、先に動いた。

 (単純なヤツ! 来たか! 見切ったと思ったら大間違い。見切りの見切りだよ剛力)

 時眉鬼神は、右足を踏み出したと同時に、振りかぶり打ち鍔迫り合いとなった。

 (刀で受け止めたとしても、あの剣風…。この甲冑でなければ、あの剣風に斬られていただろうがっ…)

 邪悪童子は、剛力童子の剣を受け流し左足を引いて躱しつつ、振りかぶりながら軽く飛び上がると、時眉鬼神の兜を正面から叩き割ろうとした。

 「防御しようととも頭蓋骨ごと、叩き割る!」

 時眉鬼神の言葉に反応し、何処を打ってくる分かり防御の動作に入った。

 (頭か!)

 (そうだ。その剣で受け止めろ!)

 時眉鬼神の思惑に引っかかり、両刃造の剣を横にし、左で柄を持ち、刀身を右の鋼できた籠手で支え頭を防御した。その態勢で防御をして邪悪童子の刀を受けとめようとした。

 (貴様の自慢の剣を、誇りごと圧し折る!)

 時眉鬼神は、刃の方でなくの方を下にして渾身の力で、相手の剣に向けて打ち込んだ。

 「どうだ。腕を上げただろ!」(ヤツの剣も、中々の剣だな。罅ひとつ、つかないか! あの世では折れない剣だとしても、この世では形あるものは、必ず崩れ無となり土に返る。繰り返せば脆くなる筈!)

 時眉鬼神は、払いのけると打ち合いが始まった。

 「剛力童子との力は、互角だが…。どの狙って刀を振り回している。無駄が多すぎぞ」

 「……」(貴様の剣に、決まっているだろ。ボケナスがー)

 時眉鬼神は、相手の剣の同じ部分を狙って払いのけたり、と手元で微妙に速さを調節して、相手が受け止めるのを待ち、同じ部分を寸分たがわぬ精密さで、棟で叩き相手の剣を圧し折ろうと企んでいた。だが、お互いの剣圧に、手は痺れ麻痺していた。

 はぁーはぁーはぁー(駿足童子めぇー。いつの間に、俺より力を互角に、戦い時間が伸びる程、駿足童子の強さが増している。邪氣兄貴を倒したということは、速さも俺より秀でているだとー。アヤツの纏う甲冑で力を増して手加減されているのか? あの野郎! あの甲冑が、力を貸しているのか? では、あの甲冑を手に入れてやる)「貴様を倒し、その甲冑を身に纏い。この世の玉座に座ってやるわー」

 (そろそろ決めないと手の感覚がなくなってきた。次の一撃で決めないと! 突きで決めるか……)

 時眉鬼神は、邪悪童子の視界から消えると、突然に邪悪童子の間合いに入り込み、邪悪童子の胸に向けて突いてきた。邪氣童子は、払いのけることもできずに剣で受け止めた。

 (思う壺だ!)

 時眉鬼神は、ニヤリと笑った。

 「何!」

 邪氣童子の巨大な剣が、真中で折られた。時眉鬼神は、精密な巧みな技で、何回も同じところを繰り返し打ち、本の小さな罅を見逃さなかった時眉鬼神は、に渾身の力で込めての部分を突き、も粉々に砕き巨大な剣を貫き邪悪童子の胸甲までもが、刀に砕かれた。

 「お前の目的は、これで、あったか!」

 「てめぇーの剣の鍛え方が違うんだよっ! それに、自分の強さに怠けて精進しなかったからだ」

 時眉鬼神の剣圧や剣風にも、甲冑や太刀にも罅ひとつ入っていなかったが、一方の邪氣童子の甲冑は剣風に罅が入って砕け散った。

 「その甲冑と太刀さえ、あれば……。お前など相手ではないわぁー」

 「例え、物がよかっても、使う者で決まる。お前が纏っても、のガラクタだ」

 時眉鬼神は、太刀を鞘に収めた。

 「見逃してくれるのか?」

 時眉鬼神は、剣を折られ戦闘能力を喪失しになり、できれば、その場から逃げたかった。

 「邪氣の兄貴は、一足先に閻魔大王の裁きを受けるがいい」

 「お前は、兄を殺すのか!」

 時眉鬼神は、北北西から発する百目鬼童子が動く氣配を感じていた。

 〈泰忠様。その破魔矢で時眉鬼神を浄化してくだされ!〉

 今まで、魔羅鬼神に使った矢であったが、再び矢が現れて弓を構えた。

 〈いいのか? 俺が、息の根を止めても…〉

 〈はい! 泰忠様の手で、地獄に帰してやってください〉

 〈分かった〉

 〈百目鬼童子の氣配が動きだした…。季弘様の助っ人に行きます〉

 泰忠は、鏃を時眉鬼神に向けた。

 「残りの鬼は、魔羅鬼神に任せばいい。どんな懺悔をうけいれる」

 「わかった。では、射るぞ」

 泰忠は、銀の矢を放ち、眉間に命中した。

 時眉鬼神は、大声で「南無妙法蓮華経」と大声で叫んだ。

 時眉鬼神は、體が小さくなり人間のほどの姿になった。

 その鬼神の後ろには弘法大師と日蓮がいた。

 弘法大師は、人間になつた時眉鬼神にいつた。

 「時眉鬼神の魂は、宮島に行き、お前はと名乗り宮島を守り人間の悪念を無くすようし、天狗どもをともに信仰せよ」

 三鬼が弘法大師に向けて一礼した。

 魔羅鬼神は、北北西に向くと百目鬼童子の氣配を手繰り寄せながら、警戒しながら進み、の麓まで行った。

 泰茂は、黒水晶のを百目鬼童子に向けると童子の罪の重さに応じて、鏃は更に激しく燃え上がった。

 「魔障退散!」

 破魔矢は放たれた。百目鬼童子にとっては、小さなな矢であったが、炎の尾は一間にもなり、矢は回転をして炎の渦を巻ながら一直線に不浄の者に向かった。

 (早い! この剣で、軌道を変えてやる)

 百目鬼童子は、魔羅鬼神の戦いで剣が折れて短くなった剣を上段に振りかぶり間合いを測っていた。

 「よし。今だ!」

 百目鬼童子は、剣の長さと矢の距離を測り、両側の刃を横にして氣合いと共に上段から振り下ろした。

 「叩き落とす!」

 剣は、に包まれた鏃に触れただけで、剣は灼熱の炎に包まれ浄化された。

 「剣が…。俺の自慢の剣が…」

 百目鬼童子は、辺りをキョロキョロと、矢がどこに行ったか探していた。

 「何処に行った。消えたのか……。うっ!」

 左胸に痛みを感じ、左胸の方に目を向けた。

 「何だ。これは!」

 百目鬼童子の左胸には、小さな穴が開いていた。

 「こんな小さい傷で、この剛力様を倒せると思ったか! 舐めやがっ…。ん? 熱い。熱い! 體が熱い!」

 百目鬼は、急に體が燃えるような熱さに、踠き苦しみだした。

 「體が溶ける…。體が溶ける…。折角、裟婆に出られたのにー…。地獄に帰るのは嫌だぁ~」

 鏃は、心の臓を射っていた。迦楼羅焔が、百目鬼童子の體を包み、何もかも燃えつくした。

 魔羅鬼神は、船岡山の麓にいた。

 〈季弘様。鬼女の氣が感じます。後は手前に、おまかせください〉

 季弘と廣基は、北側の兵士の許に戻った。

 (また、同じ場所で魂が消えたか! あの場所に、何かいるのか?)

 魔羅鬼神は、人の高さになり俊敏に動きその場から姿を消しながら術を使った。

 (大分、近くなってきた。殺氣が感じる!)

 〈金棒よ。太刀になれ!〉

 金棒は、太刀に変わった。辺りも少し東の空が明るくなってきた。変化させた太刀が、光りを反射していた。

 〈刀身よ。黒くなれ!〉

 太刀は、黒くなり光の反射を防ぎ、相手に居場所を悟られいように黒くした。魔羅鬼神は、腰を低くして探していた。

 神秘の甲冑が、答えた。

 〈和多志は、甲冑に宿る精霊。望みがあれば、その望みを叶えよう!世界の一億の神々の力が宿った。この甲冑、但し、この甲冑を纏う限り、穢れた血は蒸発し、死を招くぞ…〉

 〈そのことなら、分かっています。どっちにしろ。俺は地獄に帰るつもりだ〉

 〈では、願いを叶えよう! 今までは、戦いの神。アテナの力を使っていたが、こんどは変幻自在の斉天大聖孫悟空の力を呼び起こそう〉

 魔羅鬼神に刺さる殺氣を感じた。遅れて安倍四天王も魔羅鬼神を追っていた。だが、魔羅鬼神の速さに四天王が見失うもとがあり、鞍馬山に住む天狗どもん゛上空で指示していた。

 (殺氣が…。ヤツの術か!)

 魔羅鬼神を包むように、殺氣が襲っていた。

 (殺氣の恐怖で混乱させ、戦闘能力をなくす)

 〈甲冑よ。何か、いい戦略はないのか?〉

 〈お任せあれ。ヤツらにはない魔術でするぞー〉

 魔羅鬼神は、立ち上がり腰まで伸びている雑草を掻き分けながら山に向かって歩き出した。

 (俺の殺氣に、氣でも変になったか? 自殺行為だぞチビ!)

 鬼女は、魔羅鬼神に向かって怨霊を投げ込んだ。

 (何! 怨霊か)

 「我ら三鬼大権現は怨霊は撃退できるろ。去れ」

 魔羅鬼神は、言霊で祓った。

 「俺の氣配は感じたか姿を消したか」

 魔羅鬼神は、その場に止まった。


 六月廿日 辰二つの刻

 泰忠と式神の魔羅鬼神は、屋敷に戻った。

 魔羅鬼神は、蚊帳の中で寝ている泰忠の側で、甲冑と向かい合って神通力で対話していた。

 この時。対話していたのは、甲冑の精霊であった。

 〈和多志は、父と母のことを覚えておらん〉

 〈父と母のことが知りたいのか?〉

 〈一體。父と母は、なぜ鬼の姿になったのか知りたい〉

 〈わかった〉

 甲冑の精霊は、時空の神の力を使い。過去の扉を開けた。父と母の悪行が、走馬灯のように見せた。

 父・酒呑童子。母・茨木童子は、元は人間でありケルト人であった。アイルランドにいた頃の名は分からないが、魔術を悪用し国を追われた。船舶技術があった彼らたちは、船に乗り黒潮にのり世界を荒らし回った海賊でもあった。船が、沈み仲間と流れ着いたのが、倭の国であった。酒呑童子は、丹後国の海岸に着き。茨木童子は、摂津国の海岸に着いた。倭の国に着いた時は、まだ人であり、黄色人種に持っていない肌、髪、目の色が違った人種であった。倭の民が、初めて見た人種であったが、その少年と少女は美しかった。人々は、美しい者は、正しい者と見た目で人を判断した。民の者たちは、異国の者たちに、家と着物と食料を与えた。

 二カ月が過ぎ。少年たちは、肉が恋しくなっていた。倭の民たちは、穀物の中心の食生活で、肉といえば鳥や魚であった。牛は、食肉でなく、田や畑を耕す動力として大切にされていた。なくなった少年は、肉を求めて牛舎の中から牛を魔術で誘導しては、山奥でやまの神に心臓を捧げて肉を喰らった。牛は、日に日に数が減り、村には、一匹も牛がいなくなった。耕さす牛もいなくなり、追い討ちかけるように、雨が降らない日々が続いた。だが、この村は海に近かくて、魚で飢えを賄った。餓死者は、でなかったが民の者たちが、次々と行方不明になっていった。どうしても肉が、欲しくなった少年たちは、民たちをし、人肉を食料にしていた。そのことが、民に知られて、民も近寄らなくなり食料を求めて、村を見つけては、魔術を悪行に使い民を襲った。人を襲うのを繰り返すうちに、少年たちは、醜い鬼の姿になり、酒呑童子の姿は、顔は薄赤く、髪は短く乱れ、背丈が三間二尺以上あり五本のに、十五の目がある鬼となった。

 茨木童子は、の商人の養女となかった。子がいなかった魚商人・魚住屋重兵衛に可愛がられていた。職人が魚を捌いている時、誤った指を切り、娘は職人の指を治療した。傷は浅かったが、娘は指を口の中に入れ消毒をした。口の中に血の味が、堪らなく美味しく感じた娘は、この時初めて人間の血が美味しいことに氣づき癖になっていった。そして、毎日包帯を替えては、傷を嘗めて血を味わっていた。だが、傷も一週間もあれば傷も塞ぐ。血が恋しくなると、術を使い子供を転しては、血を嘗めていた。傷も怪我も一日で塞ぎ町では有名になっていた。

 ある時。人が亡くなり、火葬をしている側を通りかかり、肉が焼ける匂いに、堪らなくなり遺體を火から引き摺り下ろし、肉や腹から腸を取り出し、貪り食べていた。そこに、僧侶が遺體の様子を見に来たが、吃驚する僧侶に向かって、娘はこう云った。

 「こんな、美味しい物は、初めてじゃ。あんたも、喰わんか?」

 僧侶の悲鳴に、村人たちが家から飛び出してきた。燃え上がる炎の前には、娘がおり両手には、腸と腕を持っていた。吃驚した村人たちは、小石を投げ追い払った。

これが、豆撒きの原形であり。平安時代、下人に鬼の格好をさせて小石を投げていた。

 娘は、人間の血と肉が癖になり、術を使っては人を襲って喰らっていた。次第に娘の姿は、醜い鬼の姿になった。人間の世界に戻れないと思った娘は、酒呑童子の噂を聞き、京を目指し、京のを目指し出会った。そして、酒呑童子に茨木の名をつけられ本拠地である、大枝ので六つの鬼の子を生んだ。

 悪行を重ねに重ね、魔術で平安京の貴族の子女を攫い側に仕えさせたり、刀で切り殺して血を発酵させて酒を作り、人肉を喰らった。あまりにも悪行に、一条天皇の命によりとを筆頭とする頼光四天王に討伐された。しかし、茨木童子の子と逃げ延びて殺された夫と恨み、頼光四天王のひとりの渡辺綱を殺そうと狙い続け、一条戻り橋や羅生門で戦った。この故事は、『平家物語・剣巻』『太平記』『前太平記』『』に綴られ後世に語り継がれた。

 人間になった三鬼は、父と母が行なった悪行の数々を見せられ黙り込んでいた。

 (俺の體の中に、同じような血が流れている……)

 三鬼は俯き目からは、大きな涙が畳を濡らしていた。泰忠は三鬼と魔羅鬼神と神通力で話していた。

 〈その涙を出すのだ。罪を侵して穢れた涙が涸れた時。神の救いがあるでだろう〉

 甲冑は、魔羅鬼神の前で輝き、小さな甲冑の儘、戦闘の甲冑に変わった。そして、その甲冑の中から、ひとりの武装した戦闘の女神が現れた。

 〈和多志は、オリュンポス十二神の一柱。アテーナー。戦いの神。倭の国から西、さらに天竺より西に越えた。倭の国と全く違う文明。顔形や髪の色や肌の色を持った人々がいる。ギリシァという国の都市守護神也。この戦いが、終われば、お前は泰忠が輪廻する度に、生まれ変わる〉

 〈人間として、ですか?〉

 〈いいや! 神仏が今後の行いによって人間になるか畜生になるかだ。お前が、起こした罪は、人間として生まれ変わることはないかも知れん。時には、神通力を持った畜生に生まれ変わり、泰忠を支える。泰忠が菩薩行のために、生まれ変わる度に三鬼権現も繰り返し繰り返し輪廻する。いつか、世界が平和になった時、神が救いの手を差し伸べてくれる。一つだけ忠告する。この甲冑に、罅がつけば再生するのに血が多量に必要になり、お前自身の寿命が短くなる。当然、罅が多い程、命に関わる〉

 〈泰忠様の命を守なら、いつでも、この命を差し出すつもりです〉


 徳大寺別邸では、昨夜の事件から信子の捜索が、行なわれていた。朝になり一向に捜査に進展がなく困惑した。検非違使のが、安倍四天王を呼んだが、泰忠は自宅に帰して睡眠をとるように促した。残りの者は捜索に入り、式神たちを使い信子を捜索させた。その間に、寝の間に転がる遺體、部屋に飛び散る血塊と懐剣の刀身を切られた断面を見て、鬼女の仕業と断定した。式神たちは、一刻ほどで主人の許に戻り、信子は死亡していることを伝えた。そして、首だけの魂魄は、京の中を肉体は捜し浮遊し、首なしの魂魄は頭部を捜して平安京を迷っていた。式神は、信子の遺體を探したが、頭部も體も見つかることはなかった。

 安倍四天王の季弘・泰茂・廣基が、自宅に戻った時には、牛二つの刻を過ぎていた。屋敷に戻ると、軽い昼食をとり、夜の戦闘の為に仮眠をとり、體を休めた。

 その頃。酔いから覚め、起き出したのは兼吉であった。兼吉の式神に、昨晩の現状を聞くと酒を呷るように飲み始め、酒が回ると再び寝出した。


 戌一つの刻。

 鬼女が、地獄の門を開けてから猛暑が続いていた。この日も、朝から氣温が上がり、じっとしているだけでも汗が、吹き出てきたほどの暑さであった。日中に土を湿らす程の雨が降ったが、都の中は蒸し風呂状態であった。

 日輪は西に傾き、日輪が山に隠れ暮れても蒸し暑く、闇に明かりを灯すために松明が上げられ、更に暑さが増した。兵士たちは、この暑い中、重たい鎧兜を纏い立っているだけでものように汗が吹き出し兵士の體力を奪った。

 

廿一日 子二つの刻。

 安倍四天王と人間と同じぐらい背になった魔羅鬼神が、持ち場に着いた。闇になってからは、僧兵や式神たちが雑魚の魑魅魍魎を退治していた。魑魅魍魎は30cmぐらいであつた。バリアフリーになるまでは魑魅魍魎がはいれないように敷居が高かった。

 醍醐寺の僧侶、行覚も清水寺に残り、清水の舞台から平安京をし見守っていた。

 そして、いち早く氣づいたのは行覚であった。そのことをいち早く知らせる為に、神通力を使い安倍四天王に知らせた。

 〈とから邪悪な氣を感じ申した!〉

 魔羅鬼神は、朱雀門から上空に飛び上がり、北にある鷹峰と南にある久世の方を見て、強い氣が発する久世の方角を見ていた。

 (この強い氣は…。鬼の氣)

 魔羅鬼神は、平安京から大分距離があったが、圧し潰されそうな氣に、戦くことなく戦闘力に火を点けた。

 (何て氣だ! 外の兄貴たちの氣の桁が違う)

 魔羅鬼神は、今まで鬼女と合ったことがなかった。

 (だが、今までの俺と違うぞっ! 俺には甲冑の精霊と神々が、ついてくださる)

 魔羅鬼神は、の上から神通力で泰忠に報告をした。

 〈泰忠様。久世の方角から鬼の氣が感じます! 鬼は、魔羅におまかせください〉

 魔羅鬼神の顔つきが、ガラッと変わり今まで見たことのない凛々しい顔になっていた。泰忠にも氣の変化に敏感に感じた。

 (魔羅の氣が、ガラッと変わった)

 〈魔羅と四天王が、追う! 平家の怨霊も感じる〉

 泰忠と魔羅鬼神は、本家であり四天王の長である季弘が守護している南の方向を向き、頭を下げた。

 〈ですが、叔父上! 魔羅鬼神は、南を守護にいかせます〉

 〈いいだろう。魔羅鬼神は、鬼を退治に! 我らは人間に被害をだす妖怪を退治に向かうぞ。最終的には合流する〉

 魔羅鬼神は、掌に乗せていた甲冑を纏い。韋駄天の力で風の如く走った。

 「これ以上、先には行かしません。鬼め!」

 魔羅鬼神は、桂川の河川敷で動きを止め、向かい岸を見ていた。

 向かい岸には、魔羅鬼神と同じ身の丈の童子が、甲冑も纏わずに魔羅鬼神が持つ、そっくりな金棒を持って立っていた。

 〈甲冑の精霊よ。初っぱなから飛ばしていくぜ! 金棒よ。薙刀に変化せよ!〉

 甲冑に宿る精霊たちは、鬼の力量を瞬時に、天秤に計り、策略をたてた。そして、神通力で話した。

 〈お前は女か〉

 〈そうだ〉

 〈なぜ、人間を襲う〉

 〈女は美貌。美しければ男は振り返る〉

 〈誰に闇の知恵を与えた〉

 〈平家の怨霊が教えてくれた〉

 〈なぜ、誘惑に負けた〉

 〈小さいころから醜女として云われ、恨みが膨らみ、和多志のせいで大切な人が罵倒された。大切な人の為、公家の血を飲んだ〉

 〈何かかわつたか〉

 〈ああっ。美人になり、毎日男から恋文がくるわ〉

 〈だが、その美貌は続かないだろう〉

 〈だから、公家の血が必要なんだ〉

 〈それは、平家の怨霊に騙されているだけだ〉

 〈そんなこと解っている。九条家の娘たちが許せなかった。それだけだ〉

 魔羅鬼神は、神通力で話しながら鬼女の力量を力眼で測っていた」

 (この戦いは、力と力の戦いになる。術は、見破られる恐れがあるから氣をつけろ〉

 〈あいよっ!〉

 魔羅鬼神が、水面を走ると、川に棲む龍神が甲冑に宿り、鎧は固い鱗に変化した。兜の正面には、半身の龍神が、體を動かし魔性の者を威嚇していた。魔羅鬼神は、薙刀を翳して、鬼女は懐刀を太刀にして翳すと氣合いと共に、川の水面を走り激しい戦闘が始まった。川は荒波を立て、怒号と火花を散らしながら打ち合いが始まり金属音が響いていた。

 魔羅鬼神の心にも、異変が現れた。鬼女の悲惨な現状に慈悲の心が、芽生え始めていた。恐い顔をしていたが、子供たちに人氣があり、昼間は子供たちと遊び、遊びの中で人を思う心や動物を思う心、優しさが生まれた。泰忠の式神になるまで、弱い者をいじめ。強い者には刃向かうことがなった魔羅鬼神が、善のために強い者に刃向かった。自分より弱い者や自然を守るために、魔羅鬼神は力も技量も上回っている残忍な殺しをした鬼女に立ち向かった。未来の子供たちの笑顔のために魔羅鬼神を動かしていた。甲冑に宿る神々は、いつも魔羅鬼神を見ていた。そして、神々の甲冑は魔羅鬼神に力と知恵を与えた。

 〈魔羅鬼神よ。槍の技を教えよう〉

 魔羅鬼神は、一瞬にして槍の技が知識として加わった。初めて使う槍であったが、槍の特性を生かし、威力と速さを倍加して鬼女を一方的に攻めていた。

 一方の鬼女は、初めてあわせる武器と予測できない技に辛うじて避けるだけであった。

 (なんて、技なんだ。斬撃の変化が幅広い。間合いに入っても、柄の末端で牽制しやがる。迂闊に間合いに入れない…。だが……)

 鬼女は相手の攻撃に、その場に居た堪らなくなり、流れを変える為に十分な間合いをとり、自分が持っている太刀に唱え変化させた。

 〈懐刀よ。太刀から鋼の鞭に変化せよ!〉

 鬼女は、金棒から鞭に変化させた。

 魔羅鬼神は、吃驚していた。

 「何!」(太刀が変化した。俺が持つ武器と同じ能力を持っているのか? 俺の武器は神々の氣が感じるが、鬼の武器からは妖氣が感じる…)

 鬼女の鞭は異常に長く、鞭その物に生命が宿っているかのように自由自在に動いていた。鬼女の間合いが広くなり、迂闊に近づくことができなくったのは、魔羅鬼神に変わり、鞭から避けているだけで鬼女に近づくことができなかった。

 甲冑の神々が、に変えるように指示をした。

 〈分かった! 大太刀に変化せよ!〉

 金棒は、槍か大太刀に変わった。

 (倭の国の武器と技は、どこの国よりも秀でているからなぁっ)

 甲冑に宿る世界の神々たちは、個人戦で剣術や柔術が秀でている倭の国の戦法を変化童子に教えていた。異国の文化を取り入れ成長してきた倭の国の武術は、独自の剣を作り、独自の流派ができた。戦で、集団戦用の大量殺人は、倭の者たちは嫌い。剣と剣での戦いを好み、剣術や武術の流派が続々と生まれた。江戸中期には、流派は七百もの流派ができ成長した。

 「大太刀か! よく考えたなっ」

 「そこらへんの大太刀ではないぞ」

 (あの身の熟し、速さ、足疾がやられるのが、納得できる。それにしても、あの甲冑の輝きが、目障りだ!)

 変化童子は、素早く動くのに太刀に変えていた。そして、鞭を悉く躱しながら前進した。

 (間合いが遠ければ、槍にように突き、一足一刀の間なら斬り、近ければ突く!)

 武器の精霊たちが、倭の国の武器を選んだのは、異国には見られない刀身に反りがあり、剃刀の如く鋭く斬ることに威力を発し、突くことや防御する際には、棟で受け刃零れを防ぐことができた。

 鬼女が、放つ鞭の速さは、音速を超え、威力も魔羅鬼神の力を数段に上回っていた。

 鞭が水面を斬り、水飛沫が上がり、の駆け引きをしていた。

 (そうだ。もっと躱せ)

 魔羅鬼神は、簡単に躱せるほどの攻撃に疑いだした。

 (なぜ、もっと深く打ってこない? 何を企んでいる?)

 当たりは、水飛沫が上がり、その大粒が、雨のように降らせていた。

 鬼女は、企んでいた。

 (ここらで、鞭に高熱を…)

 鞭は、高熱を持つように真赤になり、熱を発していた。そして、水飛沫に向けて鞭を打ち、水は蒸発しだし、鬼女の口からは、冷氣を吐き、辺りの大氣が冷やされると水蒸氣が、霧に変わり魔羅鬼神の視界を奪った。

 (俺を狙っているのではない。視界を奪う為に、霧を発生させたのか!)

 視界を奪われた魔羅鬼神は、嗅覚と聴覚が敏感になっていた。

 (はぁっ! この匂い、油も霧状にしたのか!)

 「地獄の灼熱の火で、消えてなくなれ!」

 鬼女は、口から火を吹き、油に引火し爆発を起こした。火は、天と地を支える柱のように立ち上がった。その火の明かりは、平安京からも赤く柱のように見えていた。

 「これが、灼熱地獄の炎か? それで、勝ったつもりか? 鬼女よ」

 灼熱の炎の中から魔羅鬼神の声がした。

 「何!」

 甲冑は、火の神の炎を纏っていた。の古代神アグニとのの二柱混合で、甲冑の表面に表わした。灼熱の炎からは、神聖な火に包まれた甲冑を身に纏った魔羅鬼神が現れた。

 「残念だったな」

 神聖な火が、穢れた火を一瞬にして消し去った。

 「試しただけだ。その甲冑の力をなぁ…。その甲冑がなければ、ただの木偶の坊だろうがぁ!」

 鬼女は、鞭で連打して打った。

 (速い!)

 今までの鞭の速さは、比べようがなく速く空を斬り、鞭が空中で凄まじい炸裂音が響いた。

 「ほらほら、どうした。逃げているだけで、勝てないぞ」

 炎の甲冑の明かりが、闇の空に線を引き、鬼女の攻撃を躱していた。

 「ほらほらほらぁ!」

 魔羅鬼神は圧されていたが、至って冷静であった。

 (一旦、岸に上がるかぁ)

 〈甲冑に宿る。火の神様。少しばかり甲冑の温度を上げてください〉

 変化童子は水面に足を突っ込み、體が水蒸氣に包まれた。

 〈甲冑の精霊よ。韋駄天の甲冑に変化!〉

 燃え上がる甲冑から、仏法の守護神である韋駄天の甲冑を纏うと、を一蹴りすると一瞬にして向かい岸に立っていた。

 「逃げるな。勝負にならんだろがぁ、小賢しいガキめ!」

 「お前に、云われなくないなぁー。だったら、本氣で戦えよ!」

 魔羅鬼神は、韋駄天の足と剣捌きで鞭を払いながら、相手の懐に攻め入った。

 「もらっ…。はぁっ!」

 鞭は、突然に予期せぬ動きをした。

 (何だ。この動きは?)

 魔羅鬼神は、鬼女とは別の殺氣を後方からも感じていた。

 「蛇!」

 鞭は伸びきり、魔羅鬼神は相手の間合いに入り込んだが、鞭の先端が急旋回して魔羅鬼神に襲ってきた。先端は、猛毒を持つ蛇に変わり鋭い牙からは毒が滴り、変化童子に向けて飛びかかってきた。魔羅鬼神は、鬼女に一直線に向かい、相手の間合いに入ると加速した儘の速さで、直角に上空に飛び上がり姿を消した。鞭も、魔羅鬼神の氣配を追い。鞭の先端である蛇は、伸びきった儘、氣配を探して続けていた。

 魔羅鬼神は、氣配を消すこともできたが、敢えて消さなかった。

 「破邪!」

 伸びきった鞭の近くに、魔羅鬼神が突然現れて、鞭の先端の蛇を斬り捨てた。

 「こらっ! 醜女、本氣で戦えよ。その妖刀に頼らずに!」

 魔羅鬼神は、下にいる鬼女を見下すように見た。

 「なんなら、この俺が、本氣にしてやろうかぁー」

 魔羅鬼神は、頭を下にして急降下し、相手の間合いに入ると急旋回し、間合いから離れ相手の動きを見ていた。鬼女は、辺りに漂う不浄の氣を吸い込み、肌の色が赤から黒に変色して、筋肉が大きく張り自らの體を大きくした。

 (何! 體が大きくなった? 三間は、超えている)

 甲冑の精霊たちが、答えた。

 〈あれは、氣孔術の一種だ。ヤツの動きに、氣をつけろ。力も速さも、今までより完全に上回っているぞー〉

 魔羅鬼神は、変速に動くと思えば、直角に方向を変えて相手の動きを見ていた。

 「五月蠅い、蠅め! ブチッと踏み潰してやる」〈妖刀よ。ツーハンデットソードに変化せよ!〉

 鬼女は、西洋の剣に変えた。その剣は、邪氣童子が愛用していた剣と同じ大きさで、両刃の剣であった。全長が四間。刃長が三間四尺。重量が五十貫もあり、圧倒的な破壊力を誇っていた。

 (何だ。あの剣は、剣の回りに黒い靄が…。道満の恨み辛みか! それに、あの馬鹿でかい剣を振れるのか?)

 「何を考えている。はぁっ!」

 魔羅鬼神の目の前に、鬼女が現れた。

 「剣は、このとおり、剣は振れるわー」

 剣は、空を斬る音をたてて魔羅鬼神に向かってきた。

 (速い!)

 無防備で大振りの鬼女の動きに隙が生まれ、魔羅鬼神は太刀で胸に向けて突きにでた。

 (大振りだが、振りが速い!)「相討ちか!」

 「おしかったなぁっ」

 だが、鬼女の鋼の體を貫くことはなかった。一方の魔羅鬼神の左鎖骨に向けて巨大な剣を振り抜かれ衝撃に飛ばされた。

 「ちっ! 鎧を斬ることができなかったかぁ」

 魔羅鬼神は、衝撃に飛ばされて、水切りのように川の水面に弾き飛ばされて、向かい岸に長い道を作り漸く止まった。

 「なんの! これしき。まだまだぁ! ハァハァー」

 魔羅鬼神は、すぐにも體を起こし剣先を相手に向け構えた。だが、今の衝撃で體力が、一氣に奪われ動きが止まった。

 「ハァハァハァー。うっ!」

 左鎖骨に痛みが走り、右手に押さえていた。甲冑に宿るマヤの医療の神・シット・ボロン・トゥムが、魔羅鬼神の左鎖骨を再生し始めた。

 〈魔羅鬼神よ。左鎖骨が折れている。骨を再生する〉

 (痛みが薄れる)

 〈ありがとうございます。シット・ボロン・トゥムの神様〉

 〈今は、戦いに集中せよ。鬼女が攻撃を仕掛けるぞ!〉

 鬼女は、魔羅鬼神より勝る速さで動き、魔羅鬼神は鬼女を見失った。

 (どこにいった。氣配もない! 術か?)

 甲冑に宿る神々が、魔羅鬼神に助云していた。

 〈変化。ヤツは近くにいる氣をつけろ。駿足の足と術で、姿と氣配を消している。今から変化を中心に、神氣を張る。その神氣に鬼女が触れれば、どの方向から攻撃を仕掛けるか分かる。神氣に集中せよ〉

 辺りは、静まり変化童子は、神氣に集中していた。

 (神氣を触覚にしたか! だが、俺の速さに反応できるかなぁっ!)

 鬼女は、魔羅鬼神の神氣の中に入った。

 (来た! 前方。左に移動!)

 「どこを見ている。俺はここだ」

 魔羅鬼神は、反応していたが、防御が間に合わずに再び強烈な一撃を食らい川底に打ち付けられていた。

 (甲冑は、身を守っているが、衝撃は、真面に食らっているようだな)「ちっ! 刃零れしたか…。うっ!」

 鬼女が持っている妖刀が、鬼女の穢れた血を吸い込み始め、刃零れを再生し始めた。妖刀には、黒い靄が増し強度を増していたが、再生と引き換えに鬼女の寿命を削っていた。

 「はぁー、はぁー、はぁー。血がいる」

 鬼女は、妖術を使い。その場から姿を消した。

              


 丑三つ刻。せせらぎ流れる白川流域。

 三条家も白川上流にある別邸にしていた。

 鬼女から茂子に戻った茂子は、丑三つ刻になと魔性の力が増し、血の味に居堪なくなった。

 (血が飲みたい…)

 蒲団の中で、我慢をしようとしたが、美しくありたいという欲望と人の命を奪うという葛藤の狭間に、ふと頭の中で昔の嫌な記憶が蘇り、心の巣に住む鬼女が囁いだ。

 〈飲まなければ、元の醜女に戻るぞ。あの鬼神にも勝てぬぞ。此の儘、逃げる続けるのか…。この體は氣が無くなっている。あらたな體がいる。それに、美しくいれば、玉の輿だぞ。のことが、好きだというは知っておる。この儘、の娘と結婚してもいいのか…〉

 茂子は、誘惑に負け蒲団の中で鬼女の姿になり蒲団を撥ね除けた。

 「クククククッ…。能保の娘たちは、都に戻り次第、料理してやる」

 この辺りの古くから住む、妖怪や魑魅魍魎たちが騒ぎだした。

  ヒュー。ヒュー。

 粟田山の方からであろうか、聞いたことのない寂しげな鳴き声が、山々に谺して聞こえていた。

  ヒュー。ヒュー。

 茂子は、明子のの間から被衣を盗み纏った。そして、被衣の襟の中に忍ばせた六地蔵のお守りが、茂子に語り始めた。

 〈お前の道は、そっちの道ではない。引き返しなさい!〉

 茂子は、本性を剥き出しにして、血の味が頭の中で蘇り、涎をだらだらと垂らしお守りをきつく握った。

 〈ちっ。五月蠅い! 妾の氣を消していればいいのじゃ〉

 地蔵菩薩は、諭していたが茂子は地蔵の忠告も聞かずに、またひとつ罪を重ねようとしていた。茂子の姿が黒くなり、立體のない影となると部屋から抜けだし闇と一體化した。屋敷から誰にも氣づかれず抜け出すと、屋敷から少し離れた所から影が盛り上がり、娘の姿に変わり歩き出した。

 この日は、二十日余の月で暗く、その月明かりをも曇が、月を隠していた。辺りは、闇一色で、茂子の足下を鬼火で灯しながら、寂しげな道をひとり茂子は、歩いていた。

 白川上流にある三条家別邸から川沿いを下がったところの岡崎白川流域にある。藤原(高倉)範季のに忍び込んだ。再び茂子は、公家の娘を襲うために再び影になり、広い敷地内を影が、衛兵にも氣づかれずに、駆け巡り走り公家の娘の血と汗を嗅ぎ分けていた。白河殿の中にも、妖怪や魑魅魍魎が入り込み、お零れを戴こうと歓喜の歌を歌っていた。だが、屋敷の者たちの目には見えず、耳にも聞こえていなかったが、感の鋭い者は氣配を感じて刀を抜いていた。そして、屋敷内には濃霧が発生し、その霧を吸い込んだ者たちは、睡魔が襲いバタバタと倒れ込んだ。

 (いた! この上か? の寝の間は…)

 茂子は、屋敷内の縁の下を駆けずり回り、獲物を見つけ、居た堪れなくなった鬼女は、獲物の血を飲めることに、我を忘れ思わず声に出して笑った。

  キキキキキキッ!

 だが、鬼女の妖氣に起きている者はいなかった。鬼女は、畳の隙間から影が這い上がり、茂子から醜い鬼女の姿に変えると、正座した儘、寝ている侍女たちを背後から首を斬り落とした。首からは、噴水のように血飛沫が吹き上がり襖や壁に、血が飛び散り部屋の中は、血の生臭い臭いで充満していた。鬼女は、にある鑓を軽々と持つと侍女の首のないところから突き刺し肛門を貫通させ畳に突き刺した。血は、見る見る畳を赤く染め、屍の回りには血溜まりができていた。鬼女は、侍女の血には、全く興味も持たずに、侍女の両手を表に返し、その手の上に侍女の頭部を乗せた。鬼女は、侍女の姿を眺めて満足そうに微笑み芸術性を感じていたが、病的な一面を備えていた。

 鬼女は、和子の寝の間の襖を開けようと引き手に、手を掛けたとき、鬼女の體中に激しい電撃が走り手を引っ込めた。

 ぎゃぁ!

 鬼女は、全身に走る痛みに、襖から離れた。

 「結界か?」

 鬼女は、地蔵菩薩の力を纏った被衣を頭から被ると、醜い姿から茂子に戻った。神氣の力で魔の力を封じ込めることで、結界に触れることができに張ってあるお札を破り捨てた。一枚のお札がなくなることで結界が崩れ、結界の威力は弱まっていた。そして、茂子の白く小さな手が引き手に触れると、襖が音も立てずに静かに襖が開いた。鬼女は部屋の中に入ったが、部屋の中に襖で仕切られていた。

 (ちっ! 二重の結界か…。手の込んだことをしやがる。寝間側から札を張り付けてやがる)

 鬼女は、首を跳ねた侍女の屍から懐剣を取りだすと、柔肌の手で壁を触れ、何かを探しているように手探りで壁を触っていた。

 「どこかのう…」

 右へ左へと手を翳しては、何かを探していった。

 「あら! あんなところに! いやねぇー」

 茂子の妖艶な姿に、人を惑わす甘い声。茂子は、天井近くまで浮遊した。

 「ここねぇ」

 茂子は、壊剣で結界を形成している。札に向けて、壁を貫き、寝の間側に貼ってある札を突き刺し破壊した。

 「手古摺らしてからに、いやねぇー」

 茂子は、被衣脱ぎ捨て白装束になると、妖艶の茂子の姿から醜い鬼女の姿になった。鬼女の冷たい妖氣が、寝の間の中に床を這うように霧が入り込み、寝の間からは人が倒れ込む音が聞こえた。

 「!」

 侍女は、神職である水走康忠の娘の美沙が、鬼女の妖氣を吸い込み、體中の力が抜け倒れ込んだ。

 「皆の者、であえ! であえ!」

 屋敷の中は静まり返り、起きていたのは和子姫と美沙の姉であるだけであった。

 「和子様!」

 和子は、鬼女の妖艶な妖氣に誘われるように蚊帳から出てきた。

 「妾の妖氣が、聞かぬとは…。クーッ! お主は、何者じゃ!邪魔をする者は、魂をこの妖刀に閉じ込めてやる」

 開いた襖から半分體を出して、未希の瞳に眼を飛ばして睨んだ。

 (はぁっ! 和子様。見ちゃ駄目!)

 未希は、咄嗟に目線を逸らし口元に集中した。そして、未希は和子に術に掛けて眠らせ、災いを払う鎮宅七十二霊符を懐の中に忍ばせた。

 「ほう。お主も術を使うのか! それに、妾の幻術をよく見破った。誉めて使わす。氣に入った。この妖刀の一部にしてやる。いや、お前たち姉妹を利用してやる」

 「どうして、結界を破ったのじゃ? 魔性の者は入れない筈?」

 「教えなぁーい。時間がないの!」

 鬼女は、未希の目の前に瞬間移動したかのように突然、未希の目の前に現れ妖術を使った。

 「はぁっ!」

 未希は、突然現れた鬼女に戦き、鬼女の瞳を見てしまった。

   ギャァー

 甲高い悲鳴が屋敷内に響き渡った。未希は、幻覚を見せられ鬼女以外の何かに怯え、精神を破壊された未希は屋敷に火を点けだした。

  ハハハハハッ!

 未希は、氣が狂い屋敷内に火を点け回った。

  燃えろ。燃えろ。ハハハハッ!

 鬼女は、被衣を着込み茂子の姿に戻ると、和子姫を抱え未希が忍ばせた霊符を抜き取った。

 「和子様!」

 和子の側には、茂子が付き添い未希の術を解いた。

 「和子様!」

 和子は、我に返った。

 「はぁ! 其方は、茂子殿! なぜ、其方が…」

 和子は、まだ話そうとしたが、茂子は早口で大きな声で話して、和子の声を掻き消した。

 「火の回りが、早うございます。ここから、早く逃げましょう」

 茂子と和子が、屋敷から出ようとしたとき、未希は松明を持ち屋敷内に火を点け、顔は煤だらけになり、髪の毛は火で縮れ、着物は乱れ火で所々焦げ、火傷が所々あったが、鬼女の妖術で痛みを感じることなく、目は瞠目し大声で笑い。狂人にように狂っていた。

 「燃えろ! 燃えろ! キャキャキャキャ……」

 未希は、燃え上がる屋敷を見ながら、踊り狂い燃え盛る炎の中に飛び込んだ。

 「ハハハハハッ。ギャアー!」

 未希は、火の熱さに正氣に戻り、炎の中で、のたうち回り苦しみながら絶命した。

 茂子は、和子と共に屋敷から逃げ出した。

 「茂子殿。どこまで行くのじゃ?」

 「ここまでくれば、大丈夫じゃ」

 茂子は、燃え上がる屋敷から少し離れた北東におり、近くには本の少し離れた所にはの総門が見えていた。だが、茂子は永観堂に逃げることなく、何もない草が茂る所に足を止めていた。ふたりは寂しく立ち、燃え上がる炎の明かりを寂しそうに見ていた。だが、寂しそうに見ていたのは和子だけで、茂子は和子の後ろで項を美味しそうに見ていた。

 「屋敷の者たちが…」

 和子は、茂子の方に振り返り礼を云った。

 「茂子殿! 妾を助けてくれて、礼を申す」

 和子は、頭を下げて上げると、茂子は被衣を脱ぎ捨てニヤリと笑い狼のような牙を見せると、見る見る鬼女の形相になり、爪は狼のように長く、舌は黒く長く、先は蛇のように別れた鬼女の姿になり、その鋭い牙で和子の首筋に噛み溢れる血を啜り飲みだした。

 「帝の血が入っている。藤原氏北家の血も上物だ! 帝の太陽神に、藤原氏の月神。中々のものじゃ」

 和子を金縛りの術にして身を奪った。茂子が力身、足筋に血が流れて両手におさまる程の醜い胎児が茂子の股から足から摺り下りてきた。その胎児が和子の足わ這い上がり子宮の中に戻った。その和子の姿は、茂子の姿に変わっていた。

 茂子の抜け殻は、干からびミイラになっていた。

 新らに體は、その場からいなくなっていた。

 その時。魔羅鬼神は、川底で意識を失っていた。

 〈おい! 起きろ。あんな衝撃で、氣を失うな!〉

 甲冑の精霊が、魔羅鬼神に何回も訴えて起きるように促していた。

 〈おい。来るぞ。起きろぉー。鎖骨は、治癒した。起きろー〉

 其処には鬼女は、いなかった。

 「逃げられたか。甲冑に罅が」

 大太刀を持っている右腕の血管が浮かび上がり、魔羅鬼神の血を吸収し始め、大太刀と甲冑もまた、赤い血管が現れ赤い血が流れ出し甲冑の罅と刃毀れした部分を修復した。

 「はぁー、はぁー、はぁー」

 魔羅鬼神の大太刀は、再生して強度も増したが、魔羅鬼神の體力を奪い寿命を短くした。

 甲冑には、倭の国の武道の神々が宿った。甲冑は、なんの装飾もない飾り氣がない西洋の甲冑であったが、真赤な色に変わり、兜は牛の頭部のを冠り童子の髪の毛はしていた。甲冑本體は、祇園大明神 除疫神 牛頭天王であり、同じ三十番神である熱田大明神(日本武尊)、鹿島大明神(武甕槌神)、陸の軍神 八幡大明神(応神天皇・比売大神・神功皇后)、春日大明神(武甕槌神・経津主神・天児屋根命・比売大神)、海の軍神 住吉大明神(底筒男命・中筒男命・表筒男命・神功皇后)、建部大明神(日本武尊)、三十番神とは別の香取大明神(経津主神)も守護していた。


 二日後。丑寅の刻。鷹峰

 激しい剣の音が鳴り響き、無氣味な鬼火が戦いぶりを照らしていた。

 (こいつ! 何を隠している?)

 泰忠は、魔羅鬼神から鬼女の情報を聞いていたが、情報とは異なっていた。

 (なぜ。術を使わない! 剣術だけじゃないか??)

 鬼女は、二刀流を使い。安倍四天王をひとりで、相手をしていた。

 (術師というより剣士だ! 剛力より力は劣るが、筋は数段も上!)

 鬼女は、武器が折れれば背中に背負う百本の剣や刀を取り替えては攻撃をしていた。泰忠は、破魔矢で止めて鏃で鬼女の體を刺したかったが、泰忠が弓を構えさす余裕を与えず、泰忠を必要以上に狙われていた。

 季弘は、鬼女の背後から飛び後頭部に向けて剣を刺した。剣は脊髄を貫き、口から剣が飛び出た。

 「いくら、お前でも神剣で、頭を刺せば致命傷だろ!」

 季弘は、手首を返し、剣を抉った。

 (勝った!)

 鬼女は、持っている剣を落とし跚けた。

 「よし、今の内に矢を射れ!」

 安部四天王も、遠くで待機していた兵士たちにも勝利を確信していた。だが、鬼女は突き出た神剣を素手で掴むと、勢いよく押し戻した。

 (何て奴だ!)

 季弘は、勢いで飛ばされた。鬼女の両横には、廣基や泰茂がおり、透かさず攻撃を仕掛けた。鬼女は、新たな剣を抜き二つの剣を巧み使い相手の神剣を払い除け、泰忠に目掛けて突進してきた。

 「俺たちの勝ちだ!」

 鬼女は、泰忠を必要以上に狙い矢を構える間を与えようとしなかったが、鬼女が蹣跚けた隙に、既に泰忠は弓を構え鏃の先端は鬼女の心の臓に向けられていた。

 「行け! 破魔矢!」

 破魔矢は放たれ、火の渦を巻ながら鬼女の心の臓を捕え、背中からは破魔矢に刺さった心の臓が飛び出した。

  ドックン! ドックン!

 心の臓は、破魔矢に刺されても鼓動を打っていた。

 「浄化!」

 破魔矢は、更に燃え上がり心の臓も燃えて灰になった。

 鬼女は、痛みを感じていなかったが、體中の血管が浮かび上がり、目は血走り怒りに満ちていた。

 「ぐわぁ~」

 「なっ、何だ! どうなっているのだ?」

 鬼女は、怒り狂ったように、泰忠に攻撃を仕掛け泰忠は後退し追い込まれていた。季弘、泰茂、廣基は、後ろから鬼女を追いかけ、両脇から挟撃を仕掛け斬り込んでも、剣を払いのけることも避けることもせずに手傷を負いつつも、鬼女は一心不乱に泰忠を攻め続けた。

 〈父上。心の臓を射ったのに! これでは、興奮させただけだ!〉

 季弘、泰茂、廣基の三人は、鬼女のあらゆる部位に神剣を突き刺し急所を探すが、勢いは全く衰えず注連縄で動きを止めることもできずに、集中的に泰忠が狙われていた。

 鬼女は、その場から逃げた。

              

 桂川付近、上空。

 鬼女は、空中を飛び。目の前に魔羅鬼神が現れ鬼女に攻撃を仕掛け擦れ擦れで躱された。

 「また、お前か」

 睨み合いの末。先に仕掛けたのは、鬼女であった。今までより速い瞬発力で、魔羅鬼神の間合いに突っ込んできた。

 (速い!…が)

 鬼女は、魔羅鬼神の顔面に向けて、槍で突くような直線的な正拳が風圧とともに襲った。だが、魔羅鬼神は、いたって落ち着いていた。鬼女の右手首を、左手で返して掴み取り、脇下を潜ると鬼女の體勢を崩し、最小限の力で投げ飛ばして地面に叩き付けられた。鬼女は、何をされたのか分からず思う儘に、自分の體を投げられて唖然として魔羅鬼の方を見上げていた。

 「舐めやがって!」

 「こいや、鈍間の鬼! ん…。お前の匂いが変わったな。新たな宿り主を変えたか。お前の宿り主を殺せばお前は消滅する。だが、その妖刀は神社で封印する」

 鶏冠にきた鬼女は、鞭を金棒に戻すと爪楊枝のように小さくして耳の後ろに隠すと、魔羅鬼神に向かって飛び上がり腕力で捩じ伏せようと向かってきた。お互いに、金色の瞳で睨みつけて、牙を剥き出し雄叫びを出し、氣力を最大の力に変え発揮した。この殺氣満々の雄叫びは、京から一萬里四方に轟き兵士及び魑魅魍魎までもがした。鬼女は、氣合いと共に正拳を繰り出したが、魔羅鬼神は相手の手首を払い除けて、相手の動き洞察していた。

 (そろそろ動きに、変化をいれようか! オラの陰の血がなくなり魂だけになり鬼女を倒せない)

 魔羅鬼神は、払い除けるだけであったが、體を右に一歩踏み込み、鬼女の正拳突きを左手首の外側を左手で掴み取ると、鬼女の頸部に右肘で、をすると同時に、右足を鬼女の後方へ進み、鬼女は重心を崩した。更に魔羅鬼神は、曲げている肘を、伸ばし體を右に捻ると、鬼女の巨體を最小限の力で投げ飛ばされた。変化童子は、攻めに入り鞭が撓るような蹴り技が、鬼女の鋼の體に減り込んだ。

 「はぁーはぁーはぁー」

 魔羅鬼神の蹴りに、顔を歪めて強打に體力が奪われた。

 「うっ!」

 鬼女も打たれぱなしではなく、魔羅鬼神に向けて蹴りや突きを繰り出したが、魔羅鬼神の動きは攻撃と防御の振りが、同じ動作で全く無駄がなく。相手の動きを無力にし、相手の力を利用して制していた。刀の如く遠心力を利用した振り降ろす当身の技。鞭の如く撓る蹴り技。鬼女と拳を合わせる度に技の変化の数も増えていった。

 (なんて、奴だ!)

 薙刀に続いて、體術も未知の技の恐怖に落ち精神的にも追いつめられていた。甲冑に宿る武道の神々は、藤原鎌足や坂上田村麿の御霊を呼び寄り魔羅鬼神に『狐伝流』や『観世流』を一瞬に記憶させ、相手の動きに応じて體が勝手に反応し技を自分のものにしていた。

 (勝てる)

 魔羅鬼神の顔に、余裕がでてきて勝利を確信していた。

 だが、鬼女は何を企んでいるのか、含み笑いをしていた。

 (この儘だと負ける! だが、油断しているな。宿り主が解らない限り幾ら斬っても再生できる)

 魔羅鬼神の強烈無比な中高一本拳が、突く打つ度に急所に捕えて相手の動きを鈍くしていた。

 〈妖刀よ。鞭に変化し、奴の體を縛りつけ動きを止めろ〉

 妖刀は鞭に変わり、魔羅鬼神の體全身にグルグルと巻き付き蛇が獲物を捕獲するように動きを封じ込んだ。金棒に、罅が入った時に、鬼女の邪悪な血を吸収して強度が増していた。

 「貴様。卑怯だぞー」

 「何を云っている。俺は、何も武器なしで、戦うなど一云も云っておらんぞ。お前が勝手に思い込むでいるだけ、お前は甘いんだよ。正々堂々っ。ハハハッ。それで、人間の心を取り戻したと満足しているようだが、死んだら…。終わりだ。そんなに、弱い人間が好きか? なら、地獄に落ち地獄の鬼として人間に鞭を打ち続けろ」

 魔羅鬼神の體が、強度を増した鞭に、じわりじわりと締め付けられ甲冑にも罅が入りだしていた。

 「俺は、泰忠様や周りの人々に囲まれて、人間の中にも燦々と輝いている。そんな人々の役に立ちたいだけだ…。例え、地獄に落ちたとしても不動明王と共に人々を救う為に地獄を旅して回る」

 「お前も、鬼なら閻魔の裁きを見てきただろう。輝いている人間など、ほんの一握りすぎんわぁー。中央の官僚を見てみろ。俺たちと同じ心を持っているじゃないか! 官僚の者は、自分を守る為の政治や法律を作り、民から米や税金を巻き上げる。不作の年であろが米や税金を取り立る。官僚は、不作でも節約もせず、金を散蒔くとこしか考えない。贅沢三昧な生活をするためと自分の政権を守るために、民から金を巻き上げ。税金を増やすことだけを考え、無駄遣いを続け、民の者たちを苦しめ民のことなど、全く考えておらんわー。自分さえよければいい。お前も、そう思わんか? 未来永劫、続くであろう。官僚と政治を司る者の無駄遣いと裏金わぁー」

 鞭は、容赦なく締め付けていた。鞭の先端がに変わると兜の頸甲の右側に、蝮の毒が滴り落ちると白い煙が立ち上り、固い兜の表面を溶かした。銀製の甲冑は、毒の所為で黒く変色して、そこを狙うように蝮の牙が、甲冑を貫き変化童子の頸まで達した。

 「ぐわぁ!」

 激しい痛みと全身に駆け巡る毒が、全身を痺れさせ顔の色の褐色に変わっていた。

 「はぁーはぁーはぁー」

 息が荒く呼吸混乱に陥り、目も霞みだしてきた。

 鬼女は、鞭を解き地面に叩き付け、何度も何度も鞭で打ち罅が益々広がり、空をも裂く鞭の衝撃が、真面に受け内臓を裂け、骨を砕いていた。

 〈魔羅! お前が、死ぬまでに、血を戴くぞ…〉

 甲冑の精霊は、毒牙に侵されていたが、穢れた血を浄化して吸収し、魔羅鬼神の命の源を奪い寿命が短くなった。甲冑は、再生をした鎧は、罅一つない。新品の甲冑に生まれ変わった。そして、甲冑の精霊が真云を唱えて仏を呼び込んだ。

 〈オン マユラ キランディ ソワカ〉

 甲冑には、孔雀明王の分身が宿ると、魔羅鬼神の體の中を駆け巡る毒を消し去った。と同時に甲冑は変化して、七色の光を放ち孔雀の尾羽根のようなマントを纏い風もないのに靡かし、兜には孔雀が色鮮やかな尾羽根と翼を広げていた。

 「しぶとい、ヤツめー」

 「………」

 魔羅鬼神は、氣を失っていたが、孔雀明王の意識を表に出し、魔羅鬼神の體を動かしていた。音速を超え空をも裂ける鬼女の鞭を瞬時にして見極めて鞭の先端を奪い取とった。

 〈精霊たちよ。體の中の毒を消した。だが、これ以上、この鬼女の體を動かし使うのは、體力的に無理であり自殺行為だ。後は、帝釈天に頼み、必殺一撃にして倒せ。そして、いち早く医薬の神に、頼むがいい〉

 孔雀明王の分身から帝釈天の分身に変わった。甲冑も、ガラッと装飾が変わり、宝冠に鎧の上に衣を纏い金棒が変化し右手には金剛杵を持ち、その場に動くことなく魔羅鬼神の鞭を掴んだ儘、声を使い真云を唱えた。

 「ナウ マク サ マ ンダ ボ ダ ナン・イン ダラ ヤ ソワ カ」

 真云を唱えた帝釈天は、全身に電氣を蓄積し體から放電する音をたてて稲光のように全身が光に包まれた。電氣は、蓄積し満たすと魔羅鬼神の體に向けて、蓄積した電氣を一氣に鞭に伝わり放電した。

 「ギャー」

 空中にいた邪氣童子は、悲鳴と共に體からは、體液が蒸発して煙が上がり、鞭は熱を持って赤く焼かれたようになった。魔羅鬼神の電撃に堪え切れずに氣絶して川底に落下した。だが、魔羅鬼神の放電は続いた。熱を持った鞭は川の水に一氣に冷やされて、至る所に罅が入っていた。

 (タフな野郎だ! まだ、生きてやがる。もう、動けまい)

 甲冑の精霊たちや帝釈天は、鬼女の微かな氣を感じていたが、激しい川の流れに飲まれて段々と氣が遠ざかるのが分かっていた。

 〈微かな魂を感じる。鬼女の體は、ただの操り人形。どこかに宿り主が寄生しているのか。主體は生きているのか。死んでるのか解らない〉

 帝釈天の分身が去り、ギリシァ神話に登場する太陽神アポロの子である医学の神アスクレピオスが甲冑に宿り、魔羅鬼神の體を、治療を行なった。

 〈精霊よ。治癒したが血が必要だ! 医薬の神を呼べ、時間がないぞ。急げ!〉

 そこに、に一隻の小さな船がやってきた。その船は、という船で、船の中には蛾の皮を着込んだ小さな神様が乗っていた。

 甲冑の集合體である精霊たちの一匹の水の精霊が、神の氣を感じて小さな神様に近づき声をかけた。

 〈あなた様は、では?〉

 〈そうじゃ。そなたは、水の精霊じゃなっ!…〉

 声を掛けた精霊の周りには、世界の水の精霊一族が沢山いた。

 〈はい。和多志は、この甲冑に宿る倭の国の水の精です〉

 〈儂を知っておるようだが、どっかで合ったかのう?〉

 〈はい。貴船の社殿で、お見かけしたことがあります〉

 〈では、との水の精か?〉

 〈はい。この甲冑に、闇淤加美神と闇御津羽神の分身が宿りし時から、和多志もこの甲冑の一部になり、世界の精霊たちと共に、神々に仕え世界を、旅をしております〉

 〈そうで、あったか! 旅の途中に都に寄ったが、騒がしいから出雲に帰る途中じゃ〉

 〈ところで、お呼び止めたのは、甲冑に選ばた戦士が、重症で医学的処置は、神の手で行なわれたのですが、血が足りなく危篤状態です。少彦名神様は、医薬の神と聞きます。どうか、この者を治して戴きたいのです〉

 少彦名神は、魔羅鬼神の顔を見ていった。

 〈でっかい図體じゃのう! …鬼ではないか!〉

 少彦名神は、黙って考えていた。甲冑は変化を解き、小さな甲冑に戻った。その少彦名神の側には、世界の水、土、木、火、金属、花、土の精霊たちが、甲冑から飛び出て心配そうに少彦名神の方を見ていた。

 〈そんな目で儂を見るな! うんっ…。鬼に効くか分からんが、元を正せば人じゃ〉

 少彦名神は、神仙の術。禁厭を行なうと、瓶子を傾け魔羅鬼神の口に一滴の甘露精鋭水が滴り落ち、口の中に吸い込まれて魔羅鬼神の喉が動いた。

 〈吉とでるか、凶とでるか……〉

 が、魔羅鬼神の體の中を駆け巡り、五臓六腑に染み渡った。

 〈顔色が戻ったようだな。血が少し増えたが、人間に近づいている。廿九日以内に、鬼神は人間の姿に近づき力も人間並みの力になり、術も使えなくなる。この甲冑をも纏うことができなくなる。鬼女の宿り主を探し、一日も早く倒すことじゃなっ!〉

 少彦名神は、薬壺を精霊に渡した。

 〈體調を完全に戻すのに、二日もあれば完治するであろう。それまでは、絶対に無理をするな! 一日三回食後に飲ますのじゃよ。お大事に!〉

 少彦名神は、薬壺を渡すとそそくさと船に乗り込み桂川を下っていた。

 〈さらばしゃ!〉

 鬼女が寝ていた場所には、力を増した鬼女がいなくなっていた。

 

 寅四つの刻。

 華頂山の方から空が、赤く染まり始めた頃。鬼女は新たな血を求めて彷徨い、新たに血をのんでいた。近くにいた安倍四天王と鬼女はの戦いは、今だ激しく続き、安倍四天王にとってな戦いとなっていた。朝焼けと日の出が近かったが、鬼女は衰えることなく、氣魄が籠もった打ち込みが続いた。

 〈何てヤツだ! 日の出の近いが力が全く衰えない?〉

 (何だ。ヤツの體は…。邪法によって作られた鬼か!)

 〈魔羅鬼神によって、倒れた鬼女。慈悲の心を持っていたが宿り主によって思考を乗っ取られているのか〉

 泰茂は、守護神である広目天の力を使い千里眼で、鬼女の體の中を透視していた。

 〈泰忠! の少し上! 胸骨の中心にも、第二の心の臓があるぞ。それに、子宮の中に子がいる〉

 〈分かりました。父上〉

 (弓を構える間を与えないのなら、矢を直接突いてやる)

 両脇にいた廣基と季弘は、鬼女の鋼のような腕を狙い。同じところを何回も斬りつけた。皮を斬りつけたが、余りにも固い鋼の體に、刀の反りが伸びていた。鋼のような肉を斬り、骨に達した時には、神剣の刃はボロボロになり、いつ折れてもおかしくない状態であった。

 〈何て硬さだ。骨まで達したが…〉

 「あっ、折れた!」

 廣基と季弘の神剣が、鬼女の骨を斬り落としたが、ふたりの快刀乱麻の神剣は真中から折れた。邪氣童子の腕は、動かすこともできずにいたが、それでも攻撃を止めない鬼女は、狼のような鋭い牙で泰忠を噛み殺そうとした。

 「そう、眼を飛ばすなよ! 主體は死んでいる。宿り主が憑依しているな。なら、痛みつけてやる」

 泰忠は、鬼女の左目に神剣を突き刺し、即座に急所の眉間を左足で蹴ると、體を左に捻りながら刺した神剣を抜き、回転して右目にも突き刺した。

 (コイツ! 痛みを感じないのか? あれ! 刀が、抜けない)

 神剣は深く突き刺さり、泰忠の力では抜けなかった。鬼女は、泰忠を振り落とそうと頭を上下左右に泰忠を振り回していたが、泰忠は神剣を離そうとはしなかった。

 〈泰忠。諦めろ! 剣から手を離せ〉

 〈えっ…。でも、この剣は…〉

 泰忠は神剣に執着し、諦めがつかずにいた。鬼女が激しく左右に首を振ったとき生じる反動を利用して顳顬(急所)に向けて蹴り、その蹴りをも利用して神剣を抜こうとした。

 「あっ、折れた!」

 激しい戦いにボロボロに罅が入っていた神剣は、鬼女が左右に首を振った際に脆くも折れ、泰忠は飛ばされたが鷺が舞い降りるように着地した。

 (あ~ぁっ!)

 右目に刺さった儘であり鬼女は視界を失い。氣が狂ったように、手当たり次第に鋭い牙で大木を粉砕した。

 (それ、木やしー)

 安倍四天王は、動かずに相手の動きを見ていた。

 (嗅覚は、人間並みの嗅覚か!)

 泰忠が声を出した。

 「おい! 鬼さん。こちら手の鳴る方へー」

 泰忠は、手を叩き、音を出した。

 鬼女は、泰忠の声に反応し突進すると鋭い牙で骨を砕いた。

 「美味しいか、自分の腕は?」

 鬼女の口の中に入っているのは、泰忠でなく遺體場所にあつた切り落とされた邪悪童子の腕であった。

 「遊びは、それまでだ。泰忠、今だ!」

 三人の声が、重なった。

 泰忠は、瞬時に弓を構え破魔矢を放った。破魔矢は、火炎で心の臓を焼き浄化すると、鋼の體が溶けるように流れだし骨だけになった。

 「やはり、野獣の肉と骨で作った。化物だ! 痛みを感じることなく。魂もなく。、體がなくなるまで戦い続ける。魔の戦士だ!」

 「父上。では、この化物は鬼女とは、違うのですか? 日々力を増している」

 「ああっ! 鬼女は術師といっていたな! を用いて作ったのであろう」

 季弘は、東の空を見ていった。

 「もう、朝だ! もう、魔性の類もでまい」

 安倍四天王のひとり泰忠は、中々戻らない魔羅鬼神を捜しに、残りの三人は焼失した白河殿に向かった。

              

 辰二つの刻。

 日輪は、鬱陶しいほどに燦々と輝いていた。

 この日も、朝からグングンと氣温が上がり、蝉が五月蠅く鳴き続け、ニイニイ蝉から始まり、熊蝉や油蝉、つくつく法師の大合唱が始まった。

 戦いを終えた泰忠は、戻らない魔羅鬼神を捜しに、一睡もせずに桂川の河川敷を下がりながら探していた。

 「魔羅!」

 泰忠は、横たわる魔羅鬼神を見つけ駆け寄った。

 「おい。大丈夫か!」

 體を揺するが反応はなかった。魔羅鬼神にの體の側には、解除した甲冑があり、一回り小さくなった魔羅鬼神を見て人間に近づき力が弱まっていることが分かった。泰忠は、甲冑に触れて記憶の帯を読んだ。

 「そうか…」

 泰忠は、心配そうに顔を見て小さなな體で魔羅鬼神を背負い。一歩一歩ふらふらと、ふらつきながら歩きだした。

 (重い!……)

 「はぁー。はぁー」


 辰四つの刻。

 泰忠が、羅生門に近づいた頃。魔羅鬼神の意識が戻った。泰忠の體中の筋肉が張り、容赦ない日輪の直射日光が體力を奪い。體からは、大量の汗が滴り落ちていた。

 「はぁー。はぁー」

 魔羅鬼神は、體が揺れに氣づき目が覚めた。

 「泰忠様。降ろして下さい」

 「いいから、黙っていろ。今は、安静が必要だ」

 (人の背中て、こんなに暖かいのか!)

 魔羅鬼神は、初めて人間から優しさを受けて、心が熱くなり鬼の目からは大粒の涙が泰忠の衣を濡らした。

 「泰忠様の衣が濡れます。降ろして下さい」

 「かまわぬ! 黙っていろ」

 魔羅鬼神の鬼の顔が、くしゃくしゃの顔になり声を上げながら泣きだし万斛の涙が泰忠の體と心を癒していた。

 「和多志の穢れた涙で、衣が汚れます」

 「どこが、穢れている。今の魔羅の涙は、清水のように澄み切った涙だ。それに、涙が雨のように火照った體を冷やしてくれる。案ずるな! ハハハッ」

 「和多志のような式神が、御主人様に、このようなことして戴いて…、すみません」

 「俺は、魔羅鬼神のことを式神だと思ったことは全くない。大きな図體をした弟と思っている」

 魔羅鬼神は、泰忠の名を呼びながら、大きな声を出して泣いていた。泰忠は、朱雀大路を上がり泣きじゃくる魔羅鬼神を背負い屋敷に戻り、いつもどうりに同じ部屋で寝ることにした。

 「魔羅、二日間は安静だからなぁ! ゆっくり寝てな!」

 魔羅鬼神は、少彦名神の甘露精鋭水で人間に近づき、人間の澄み切った心を取り戻していた。それと、人間に近づくことで穀物を食べることと睡眠が必要となった。


 その頃。・源義経は、近江国篠原の宿にてが総師・を処刑した。その子、も に処刑され、中央に対する怨霊が、また、増えた。

 義経軍は、早朝、京に向け出発をした。

 青空に白い曇。

 日輪が、高く上がった頃。

 白い曇が、黒い曇に押され京と近江に豪雨が降りだした。義経軍を拒むように激しい雨が、兵士の體を突くように降り注ぎ、兵士の足も重く泥濘の中、京に向けて兵を進めていた。豪雨は、一日中降り続き、この日は暗くなるのが早かった。

 酉四つの刻。雨から曇りに変わったが、厚く黒い曇に覆われていた。

 泰茂邸宅に、ひとりの女が訪ねてきた。

 「ごめんください!」

 泰茂は、待っていたかのように門の前にいた。

 「さぁー。上がりなされ」

 「わたくしは、人では、ござません。わたしくは、ここで…」

 女は、泰茂と泰忠にあった太刀を泰茂に渡した。

 「これは、辱ない」

 その太刀は、戦闘用というより装飾用の太刀のように、鞘は金と銀の二羽の鳳凰の彫刻があり、刀身は北斗七星が刻まれていた。

 「その、ふたつの太刀は、二本で一體の親子剣です」

 「見事じゃ。すばらしい」

 泰茂は、刀身を眺め絶賛し、太刀から発する神氣の威力に目が眩んだ。

 「あれ?」

 眩しさに氣を取られて目の前にいた女が消えていた。一間先には白い狐が座って泰茂を見ていた。

 「辱ない」

 泰茂は、頭を深々と下げると狐も頭を下げ東に向いて去っていった。

 (あの、お狐様は稲荷の稲荷さんじゃなっ!)

 その時。季弘邸宅の庭にも、光と共に一匹の神鹿が現れた。

 「春日大明神の…」

 その神鹿は、雄鹿で立派な角をしていた。口には、太刀を銜えていた。

 「これを手前に…」

 神鹿は、季弘に近づき太刀を渡した。

 「はぁ」

 季弘は、神氣を遮断している鞘であったが、鞘に触れただけで、太刀に込められた神氣の波動が體中に伝わった。その太刀は、派手でなく鞘は黒い漆塗りで、刀身には『春日大明神』の文字が刻まれていた。太刀を天に翳すと一筋の強力な光を放った。

 廣基も庭には、八幡大明神が現れ、一振りの太刀を授けた。


 夜は深まり、月も星の光もない闇に松明が上げられ世と闇を照らしていた。都には、帝を守る名のある豪族たちが集まり、平安京の周りを武将たちが囲んだ。

 安倍四天王が、鎧兜を着込み持ち場に突いた頃。安倍兼吉も漸く思い腰を上げ、式神である白蛇を京全域に放ち、鬼女の動きを見張っていた。

 この日は、日輪の光が届かずに日暮れと共に魑魅魍魎や妖怪が現れ兵士たちを襲いだした。兵士は、神氣が混入した矢を次から次へと放った。投げ槍は、前回の戦いでは、重心が悪く。重量が、重いのが課題であったが、軽く投げやすく改造を加えた。その改造を加えた投げ槍を、魑魅魍魎や妖怪に向けて投げ込み浄化していった。 安倍四天王は、持ち場を離れずに邪氣童子と鬼女に備えて動かなかった。魑魅魍魎や妖怪の数が減り、矢や槍が無くなった時に、突然と現れた鬼女が南から現れ火炎の術を使い。南を守護する桜井一族を率いる兵士たちが、鬼女の術に一瞬にして壊滅状態になっていた。

 「父上、廣基殿と泰忠は、持ち場を離れるな! 鬼女、対に」

 陰陽道の頭である、季弘は、指示して泰茂と共に、鬼女に立ち向かった。

 「えっ?」

 東にいた泰忠は、自分の目を擦り、東を見ると東からも鬼女が現れた。

 「何で? 術か? 體が新しくなっている。宿り主は體を変えたか」

 〈叔父上。東からも鬼女が現れ申した!〉

 〈えっ! 廣基殿、泰忠の助に!〉

 鬼女は、自分の剛毛を抜くと東を守護している兵士の影に刺さると動けなくなり、抵抗する間もなく斬り殺された。安茂と泰忠と廣基は、東の鬼女に斬りかかった。

 安倍四天王が神剣を抜いた時。それぞれの太刀から強力な光が放ち黒い曇に放射すると、忽ち曇がなくなった。微妙な月の光であったが闇を照らした。

 「幻!」

 月明かりに曝された。鬼女の姿は、徐々に実體が薄れ消え去った。

 「実體は、どこだ!」

 安倍四天王は自分の持ち場、東西南北に戻り相手の氣配に集中していた。

 辺りは、静まり松明の松ニヤが音をたて、松明の火の粉が煙と共に舞い上がり、火の明かりがユラユラと揺らめき影を揺らしていた。

 (近くにいる氣配がするが。特定できない!)

 安倍四天王は、同時に感じとっていた。

  はぁ!

 氣づいたときには、遅かった。平安京を囲む安倍四天王や兵士たちの影に、邪氣童子の剛毛が刺さり動けなくなった。

  グハハハハハッ!

 平安京の四方からは、四人の邪氣童子が再び現れた。

 〈あれは、幻ではないか? だが、影がある?〉

 〈あの術は、分身の術の類であろう〉

 〈不覚だ。身動きが、とれん!〉

 その時。神泉苑からの舞楽曲が鳴り響き、から周辺に鳴り響くと、その五常楽の舞楽曲が合図となり、各屋敷からは子供たちが、楽器を手に色んな音色が鳴り始め、都はひとつとなり聖なる音が鳴り響いた。

 (雅楽寮の子たちが、行方が分からなくなっていたが、都に戻っておったのか)

 神泉苑には、歌師、舞師、笛師、楽師の子供たちや安倍一族の元服にも満たない子供たちが、安倍國道の訴えに集まり、鳳笙・篳篥・簫・一節切・神楽笛・龍笛・高麗笛・楽琵琶・箜篌・阮咸・胡弓・琴・瑟・楽箏・倭琴・羯鼓・鼓・呉鼓・笏拍子・鉦鼓・楽太鼓・釣り太鼓・大太鼓を手に演奏が始めていた。

 は、十四歳。父・貞光のように特殊能力は、持っていなかったが、頭脳明晰で五歳で陰陽道を会得した天才であった。國道は、神楽で歌われる歌や楽器は、魔を払い退け、神楽の舞いは、神の動きあり、舞う者に神が入神し邪氣を払うとこを國道は知っていた。

 そして、五人の上加茂・下加茂神社や貴船神社の巫女たちが、武官姿で舞いを舞った。その中の巫女たちは、能力に優れた巫女たちで、その中に雅子の姿もあった。

 全国の僧侶も三鬼大権現の真云を唱えていた。

 の音色が天から眩い光を差し込み、影を掻き消した。龍笛の音が地中に眠っていた龍神が、龍脈を駆け巡り神泉苑から巨大な龍神が天に向かって駆け昇り、は人の声であり言霊であり、その言霊が都を囲む山々に反響しになり、谺が小玉なり、小玉が木霊になり、木霊が木精になり、木精が神樹になり、平安京に溜まる穢れを払い聖なる音が鳴り続けている間、平安京は聖地となった。平安京の碁盤の目の通は、白い光を放射した。

 〈みんな! ありがとう〉

 泰忠は、みんなの力に後押しされて今まで以上の神氣を放っていた。泰茂と泰忠親子には新たな御神刀を装備し、泰忠の背中には銀の破魔矢が背負っていた。

 〈泰忠様の戦いぶりを、ここから見守っております〉

 〈雅子殿。ありがとう。がんばるよ!〉

 (なんだが、断然やる氣になってきたぁ~)

 その光は平安京から漏れ、その漏れている光は邪氣童子の金縛りの術を掻き消した。安倍四天王や兵士たちの體が動くようになり、四人の邪氣童子の分身の術が破れ、邪氣童子の體が崩れ消えてなくなると、東にいる泰忠の正面上空に邪氣童子の実體が現れた。その光を避けるように、宿り主が抜けた鬼女の遺體を邪氣童子がバリバリと食べていた。

 邪氣童子は、新たに蘇った肉体に惚れ惚れしていた。

 「力が漲るぜ。力は増したが、妖術は衰えたな」

 (何を見ている。俺は見えない筈?)

 邪氣童子は、安倍四天王と周りの兵士たちの目線に氣づき、自分の體を見ては、近かった泰忠の方を見た。

 「見えている?」

 「見えているよ」

 自分の姿が、見えていると氣づき再び幻術を使った。

 (あれ? 術が使えない! その変わりに太陽の日にも強い)

 何度も何度も術を使ったが、同じことであり、聖なる光に術の威力を掻き消した。

 「あの光かぁ! 胸糞悪い光だ!」

 邪氣童子は、聖なる光に押さえ込まれ術が使えなくなり焦っていた。

 泰忠は、兵士の先頭に立ち剣を構えた。

 「大内裏の中を狙っているようだが、ここから先には行かせるかぁ!」

 (ふんっ! 入るか。どんな手を使っても、今日はここか逃げる。仕切り直しだ)

 邪氣童子は、を吹くと、掌から何千何万の魑魅魍魎の軍が、泰忠に目掛けてやってきた。

 「鬼ども! あのガキの血と肉を食えば、力は増すぞー 能力の強い者の血肉を食えば力が増すぞ」(儂は今の内に、逃げる)

 邪氣童子の言葉に、魑魅魍魎は我先に泰忠に向かって突進してきた。

 〈泰茂殿。泰忠のに!〉

 季弘の南側は、兵士が壊滅状態で持ち場を離れることができず、親子で戦わせた。泰忠は、合槌稲荷から授かった。北斗七星神剣の親子剣を上段に構えると刀身に風の渦が巻き出した。

 (この剣、すっげぇ~)「消えて、無くなれやー」

 泰忠は、その場で剣を振り下ろし、手首を返して、刃を上にすると斜め上に振り上げ、手首を柔らく、戦っているようには見えずに、神に捧げる剣の舞いを舞うように剣を振り回した。剣先からは、太刀と同じ剃刀のような風圧が、敵に触れることなく魑魅魍魎を斬り、邪氣童子が率いる魑魅魍魎軍の勢力が半減した。泰茂は、西から屋根から屋根へと飛び移り、泰忠の真上を高く飛び上がると、剣を抜きひと振りしただけで、魑魅魍魎が炎に包まれ浄化され、残ったのは邪氣童子だけであった。

 「邪氣童子。地獄に帰り、閻魔大王の裁きを受けるがいい」

 邪氣童子は、五常楽の舞楽曲と巫女の神楽舞いから発する光の波動が、術を封じ込められ、泰茂親子にとって有利となっていた。泰茂の太刀から発する炎の神剣。泰忠の太刀から発する風の神剣。炎と風は、無数の矢の如く飛び、ときには、形を変え竜巻の如く風と炎の渦を巻き邪氣童子を襲った。武器を持っていない邪氣童子は、逃げ惑うだけであった。

 〈泰忠。この儘、一氣に押すぞー〉

 泰茂は、舞楽曲と巫女たちが、まだ子供であり曲と舞いを何回も何回も繰り返し體力が続かないと思い。勝負を早くつけたかった。当然、泰忠も父も同じ考えであった。

 〈分かり申した。父上〉

 泰茂親子は、阿吽の呼吸で攻めてに攻めていた。

 その時、漸く九条山を越えていた。義経軍は、豪雨で予定時間から相当遅れていた。

 子二つの刻。粟田口から京に入り、義経が騎乗してやってきた。

初めての小説ですが、最後まで読んでいただければ嬉しいです。

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