表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼女  作者: I
2/6

鬼女

平家の怨霊と単独で公家の血を求めて鬼女は獲物を探して、安倍四天王と三鬼神と苦戦をしていた。

 そして、誰にも氣づかれずに、道子を攫い去り寝殿の屋根の上で道子の口を糸で縫い合わせ後に、茂子は、催眠の術をとき、懐刀で頬に向かって口を大きく裂いたが、道子は口が糸で縫われている為に、痛み叫ぼうが声が出せずに、唸ることしかできなかった。

 「うーうー…………」

 辺りは、静まり返っていた。下で寝ている姉妹たちは、全く氣づかずに寝入って、警備の者たちも静まり返っている夜に、氣が緩み居眠りをしている者もいた。屋根の上で残酷な殺戮をされていることに、誰一人氣づく者はいなかった。道子は全裸にされて陰部と肛門も糸と針で縫われて、生き地獄であった。

 繁子は道子の美貌にうっとりしながら云った。

 「恐怖を与えると。血が数段と味が美味くなる」

 道子は、痛みで氣絶すると茂子は、母の姿に化けて、母の声色を使い耳元で囁き目覚めさせては、痛みを加え氣絶すると目覚めさせていた。生き地獄の繰り返しであった。道子は、あまりにもの苦しみに、何かを云っていたか、口が縫われている為に、訴えることができなかった。そこで、道子は自分の體に、自分の血で『殺してほしい』と書き訴えた。道子は、余りにもの苦痛に死を選択した。

 その文字は、月明かりでもはっきりと見えた。

 「死にたいかー!」

 「ウー。ウー」

 茂子は、何重も重なる掠れた声で道子の顔の側で話し、茂子が声を発する度に、白い煙と黄色い唾液が道子の柔肌に付着し爛れさせた。

 「ウー。ウー」

 その黄色い唾液までのが、道子に激痛を与えた。茂子は、道子を痛め続けていた。

 「………」

道子の寿命が短くなってきた。

 茂子は舌打ちした。

 「ちっ」

 道子の命の光が消えかかり、意識が遠ざかり拷問に飽きた時。茂子は、喉に目掛け刀を突き刺し、恨みを晴らすように怨念を懐刀に込めて、刀をグルグルと抉り回した。道子の裂けられた口の横からは、血が滔々と溢れだし、血液が氣管に入り込み息ができずに、踠き苦しみ目を見開き窒息死した。茂子は苦しむ表情を見て、茂子は道子の苦痛の顔を見て、鬱憤が晴れて快感に感じていた。

 「ほー。何と美しいー。表情じゃー」

 そして、首を一文字に刎ねた。その頭部を掴み天に翳すや、滴る血を飲みだし、頭部の血を飲み干すと體を持ち上げて、首のところから滴る血を飲みだした。

 ゲブッ!

 「じゃー。美味じゃー」

 怨霊が、茂子の耳元で囁いた。

 〈美味しいか茂子! その道子の頭を平安京の鬼門に置き鬼門を汚せ!〉

 血を一滴も残さずに飲み干すや、その頭部は平安京の鬼門に置き、體は屋敷の四つ足門の前に捨てた。

 「くれてやる」

 茂子が、道子の屍に近寄る魑魅魍魎に云うと、屍に群がり人間の腸を貪り食った。

 平安京の鬼門を穢し、鬼を呼び込み、人間の生き血を飲み浴びることで、茂子は顔が赤くなり頭から二本のが生えてきた。そこにいる茂子は、平家の怨霊の一部でなく、人間を捨てた鬼女に堕落していた。鬼女は、太く重なりあった悍しい声で咆哮すると、の屋根から屋根へと飛び、築地塀を飛び越えた。大きな體であったが、身軽に路に着地し、風を切り東京極大路を北に上がり走り去った。屋根の上で鬼女が咆哮し、その咆哮の声に屋敷が揺れた。初めて聞く得體のしれない音なのか怒号の声に、九条家の家司たちや侍女たちが、吃驚して飛び起きた。

 「道子さまが…。道子さまが、おられません!」

 道子が、寝ている横の部屋で警備をしていた侍女が慌てていた。家司たちは、道子がいないことに氣づき、家司の警備官たちが屋敷の中も外も隈無く捜したが、一向に見つからなかった。

 東の空が、赤く染まり屋敷の外が慌ただしく烏が騒いでいた。家司たちは、屋敷の四つ足門の前に道子の遺體を見つけた。烏たちは屍に群がることなく穢れた屍の回りで鳴き騒いでいた。その屍は、鬼女が血を飲んだだけであったが、鋭い牙であらゆるところを食い千切られた跡が、多数あり腕や足が引き千切られて肉片が散らばっていた。道子は、刺殺されて数時間しか経っていなかったが、遺體は数日経った遺體のように、死臭が辺りに漂い。蛆が湧き、腸が飛び出て噛み千切られたところから汚物が排出されており、より一層の異臭を放っていた。道子の遺體とは別に、巡回から戻らない兵のバラバラ遺體が京の町に散蒔かれ烏も野犬も穢れた肉に近寄らなかった。そして、道子の頭部は、屋敷の回りでは見つからなく平安京の北東(鬼門)、一条大路と東京極大路が交わる路の真中に杭が打ち付けられ、その上に首が置かれていた。道子の頭部だけは、腐敗はしていなかったが、口を縫われて頬に向かって裂かれ、目線が平安京の鬼門を守護しているの方角を瞠目していた。見つけたのが、季弘と廣基であった。

 ふたりの陰陽師が、祝詞を唱えて穢れた鬼門を清めた。

 「駄目か!…」

 ふたりは、鬼門の方角を見ていた。ふたりの目には、鬼門が開いているのが、はっきりと見えていた。

 「鬼が、町に流れたか…」

 廣基は、一羽の烏の式神を呼び延暦寺の貫主に状況を説明するように伝えに、比叡山に向かって飛んでいった。

 「頼みは、だけだ!」

 季弘も、一羽の白い鳩の式神を呼びだした。

 「廣基殿。もうひとり、この門を閉ざす者が、おりますぞ!」

 「泰茂殿か?」

 「いいや! 鞍馬寺のじゃ!」

 「会ったことが、あるのか?」

 「あー。手前が、まだ七歳の頃。父上(泰親)と鞍馬の山で修業をしているときに出会い剣術を習った。父も幼い時にあったらしく、歳はいくつかわからんが? 兎に角、鬼門はふたりの力を借り。陰陽師は、京内に雪崩れ込んだ鬼を全力で叩く! そして、我ら安倍四天王は鬼門を穢した者を捕縛に入る」

 季弘は、道子の首の切り口を見ていた。

 「首の切られた切り口は、刀によるものだが…。相当な剣の使い手だな! 鬼の仕業か? 人間の仕業か? あの時の怨霊が、人に取り憑いたのか? また、近々人を襲うだろう…。今度は、裏鬼門の門を開けるために…」

 「そうであろう! また、人を襲う」

 廣基は、道子の首と置かれていた杭のところを興味深く調べていた。

 「季弘殿。杭の回りと道子様に血が一滴も落ちていない。それに、この杭! 杭の頭が潰れていない。何回も打ち付けてない。一氣に杭を打ち付けている。頭蓋骨を貫通している力。木の杭で…。相当な怪力の持ち主だ!」

 「今回だけは、死人が沢山でるぞ」

 季弘は、何かに取り憑かれたように、無表情で、ぼそっと呟いた。

 「えっ!」

 廣基は、季弘が無表情で呟いた時に云う、言葉は吉凶に関わらず的中していた。

 ふたりは、大きく開いた鬼門の奥を見上げていた。その門の奥は、暗闇で数万の死霊や鬼たちが平安京に向かってきていた。

 オオオォォ~。

 ふたりは、動じることはなかった。山の頂から日輪の光が溢れだし、鬼門を照らすと鬼門の奥まで日輪の光が降り注ぎ、光を嫌う鬼たちは地獄の奥へ追い遣った。

 「日が暮れるまで、間に合えばいいが…」

 「あーっ」

 陰陽寮の中でも神眼を使える者は少なく、安倍一族でも六人だけであり、季弘の父である泰茂と縁戚である廣基。廣基の五女、雅子。残りは者も縁戚である貞光であったが、門外不出の秘蔵の『五行大義』を九条兼実に渡し一族からの縁を切られていた。

 その時。馬の蹄の音が季弘と廣基に近づいて来た。

 「季弘殿! 廣基殿もおられたか! 火急のことうえ、上から御免! 至急に、兼実邸にたれたし」

 馬に跨がれし、その初老の者は、九条家の家司長官である高倉範季であった。範季は、季弘が持っている道子の頭部を見て哀れな姿に瞠目し、片手で合掌をし静かに目を瞑り念仏を唱えた。

 「南無阿弥陀仏…。姫様! 成仏してくだされ…」

 範季は、手綱を引き馬の向きを返て、二人に振り返り云った。

 「季弘殿! 廣基殿! 太政官に火急の用があるうえ、これにて御免!」

 「道子姫の首は、手前が責任を持って届けます」

 「頼み、申した」

 範季は、大内裏に向かって走り去った。

 ふたりは、道子の首を抱えて兼実の邸宅に、馬に乗り向かった。

 兼実邸の周りには人集りができ近衛兵が、屋敷の周りを囲んでいた。そして、門の前で探索をしていたのがいた。季弘と廣基は、屋敷の手前で横に並び季弘は左に、廣基は右に馬を歩かせた。季弘の左には道子の瞠目した儘の首を抱えていた。その季弘の光景に人集りが戦き、門前にいた人々は道を開けた。開いた道の両方には人集りができ、物珍しい物を見るかのように頭と頭の隙間から覗き込むように見ていた。中にはな姿に氣を失う者が続出していた。鬼女は、十日間に一回は公家の娘の血を啜って美貌を保っていた。


 一二七四年

 疫病も治まり、人々の昼間は賑わいがあり陽の氣が流れていたが、夜間は鬼女の目撃もあり、陰の氣がながれ、中でも公家の娘は厳重に警備し、公家だけでもなくても家の中で息をひそめていた。

 (はぁっ!)

 三人の陰陽師は微かな邪悪な氣を感じたのか、馬を止め、ふたりは神通力で話した。

 〈季弘殿! この中に鬼がおりますぞ!〉

 〈まだ、日が高いのに…。廣基殿の方の野次馬から感じますぞ!〉

 廣基は右側の野次馬に向かって、妖術を使った。

 「ハァーッ!」

 右側にいた野次馬たちが、バタバタと失神し倒れ込んだ。

 「そなた。鬼であろう」

 ひとり廣基の術に、掛からない者がいた。

 その者は、虫のれを垂らした華奢な婦人であり、この者が鬼とは到底考えられないほどであった。だが、ふたりの陰陽師の神眼は真実の姿を見ていた。

 「ホホホホッ。妾が鬼! よく見破った。ククククッ。クククククッッハハハハッ」

 その婦人の声は、最初は女性の声であったが、次第に太く厚みのある声に変わると、體が馬に乗っている。ふたりより大きく、毛むくじゃらの鬼の姿になった。

 廣基は、鬼の姿になった時に一瞬の隙を見つけ、太刀を抜き鬼の首に向けて斬り込んだ。無駄のない動きに、ぶれることもない剣先が躱すこともできずに、腕と引き換えに片腕を落とし、倒れ込んだ野次馬を飛び越えて廣基から距離を保った。季弘側の野次馬たちが初めて見る鬼の出現にパニックになり逃げ惑っていた。季弘は、廣基の邪魔にならないように、逃げ惑う人々を妖術で體の自由を奪い金縛りの術をかけた。

 「なんと、美しい剣だ。このような技を使う者が、倭の国にいるとはなぁ! 俺の名は、酒女好童子だ。また会おうぞー」

 「おい待て、太陽が昇っていのに、なぜ平氣なのだ」

 「おれは、かつて大日如来に帰依していた。だが、人間は信仰するところか堕落している。おれは、その堕落した生き血を啜る度に力を増すことをしった。だから、信仰心のない人間を襲う」

 「人は、堕落はしていない信仰心はある」

 鬼は反論した。

 「善悪を云っているは、地獄霊だけ。天使は物理の方程式で頭が一杯だ」

 廣基も反論した。

 「天使も人間にテレパーシーで方程式を送り、善を方程式で解いている」

 鬼は、云った。

 「今は見てみろ、人と人が殺し合い。陰の氣が増し、疫病を流行りだした。そして、神が弱まり地震が起きるぞ」

 鬼は、空中に静止した状態で止まっていた。

 「今晩。腕を取りに来る。待っていろー」

 「お前が、来る前にこの腕を呪術にし、俺に使役したがるだろ」

 「当たるか。ボケ!」

 「何ー。今直ぐ使役にしてやる」

 鬼は、平安京から出て洛西まで逃げて点で見えるほどであったが、矢は失速するどころか加速し、鏃は鬼の尻に刺さった。

  グッゲッ!

 「あっ! 落ちた」

 鬼は尻にを刺さった儘、大枝の山に落ちた。

 「アウッチッ! アウッチッ!」

 鬼は矢を抜こうとしたが、激痛が全身に走り抜けなかった。鬼は、矢を抜こうとしたが鏃が赤くなり鬼の尻の筋肉を焼いた。

 泰忠は、神通力を使い鬼と話した。

 〈俺の式神になるなら、その矢を抜き、腕をつけてやる。善鬼として人々に愛されるぞ〉

 〈お前は、誰だ!〉

 〈俺はの子孫で、安倍の孫の安倍だ。覚えとけ、このタコやろう!〉

 〈その声は…。まだ、子供だなー。泣かすぞー、このクソガキ。生意氣なガキがー。嫌だと云ったらぁっ〉

 〈云ったら……。云ったらこうやぁー。食らえ!〉

の守護神である。真云を唱えた。

 「オン マイシラマナヤ ソワカ」

 矢は、真赤になるり高熱を発し、鬼の體全身を熱し悪念を浄化し體から黒い煙がでていた。

  ウゲッ! アチッ! ギァーー

 洛西の方角からするように、鬼が叫ぶ声が微かに聞こえていた。

 「そのくらいにしなされ。従う者も、従わなくなるぞ。逆に恨むぞ、泰忠!」

 季弘は、術を止めさせた。泰忠とって、使役する式神がいなく、初めての捕縛でもあった。泰忠は、元服もしていない十二歳の子供であったが、安倍四天王のひとりで泰茂と同様に平安京の東を守護していた。

 麻理亜は泰忠の側で物語を見ていたが、泰忠の姿を見て桔梗の前世と直ぐに分かった。

 (性格が、そっくり。クスクスッ)

 泰忠は術を止め、従うように九割強制的にいったが、鬼は強制的な泰忠のやり方に不服があり思わず舌打ちをした。

 〈ちっ!〉

 〈あっ! 舌打ちー。今、舌打ちした。何、その態度〉

 泰忠は、再び印を結び真云を唱えて、術をかけた。

  ギヤァー!

 大枝の山から悲鳴が、谺していた。

 「これ! 泰忠。やめなさい」

 季弘がめ、無茶する泰忠に苦笑いをしていた。

 〈我が使役となれ〉

 酒女好童子は、悪念が少なくなり善鬼になりそうになっていた。

 〈分かった。分かったから、やめてー〉

 〈泰忠の式神になってくれるのか?〉

 〈あなた様の式神になります。だから許してくだされー〉

 酒女好童子は渋々に、泰忠の式神になること決めた。

 〈俺の屋敷に来い。矢を抜いてやるろう。名も悪い太陽の日を怖がらない鬼は初めてだ、そうだな、また大日如来に帰依して追帳鬼神とのるがよい。善人の守護となれ。お堂を造って祀っやるから信仰するねのには、背中を押してやれ〉

 身軽な泰忠は、屋根から飛び降りると、ふたりの馬の前に着地した。

 「叔父上! 父上のおかげで、泰忠にも式神ができました。ありがこうございます。泰忠は屋敷に戻り、酒と女好きの鬼に刺さった矢を抜きに帰ります。それでは、父上。廣基様。バイバイ…」

 季弘と廣基は、泰忠の後ろ姿を見ながら首を傾げていた。

 「バイバイとは、どういう意味じゃー。時々、訳の分からないことを云うのうー。あの子わ? 未来が見えるのか予云することがある。疫病もこの件も当てているからな」


 季弘と廣基は、馬から降り屋敷の中に通された。

 屋敷の中は、悲しみで口を閉ざし項垂れ静まり返り、話す者は誰もいなかった。聞こえるのは、啜り泣く声とふたりが歩く廊下の板がむが、悲しげに聞こえて耳に残った。道子のバラバラになった體は、廣基の五女、がによって手足や飛び出た腸を戻し縫合され、首のない儘に、遺體は蒲団の中に寝かされていた。季弘と廣基のふたりは、道子の御寝の間に入った。北枕に寝かされている道子の遺體の側には、父である九条兼実。嫡男である、次男の。安倍に、廣基の五女の雅子、浄土教の法然が其処にいた。雅子は、十四歳で神社の巫女でもあり、特殊な能力をもっていた。

 ドドドタッ! ドドドドドタドタッ!

 ふたりが、御寝の間に足を踏み込んだ途端に、蒲団の中に寝かされていた。首なしの道子の遺體が、手足を足掻き、體が反り返り、床に體を叩き付けて動き出した。蒲団が、捲り上がり激しく動いていた。九条家の者たちは、目の前の摩訶不思議な出来事に驚き引いていた。

 「泰茂殿。どっ。どうなっているのじゃ」

 泰茂は、膝をついた儘に静かに道子の屍に寄り、右手の人差指だけで、首なし遺體の胸に触れると動きが鈍くなり、手足が微妙に動くだけになった。

 雅子は、暴れる遺體に向かって、優しく云った。

 「頭じゃな! 直ぐに戻すから成仏しておくれ」

 法然が云った。

 「南無阿弥陀仏。阿弥陀様が現れたら後をついていきなされ」

 季弘は、道子の顔を自分の胸に向け両手で抱えていた。そして、抱えていた首を持ち上げ成仏をするように諭した。目は瞠目した儘、眼球は生きているかのように動いていた。

 「雅子。縫合を頼む」

 雅子は、道子の首と體と合わせると縫合を始めた。その縫合中にも眼球が動き、手が微妙に上下に動いていた。首の縫合を終えると口を縫われた部分を抜糸した。

 そして、道子の遺體の側にいた安倍の者たちで、東西南北に座り真云と僧侶のお経で半時ほど魂魄に呼び続けて、漸く魂魄は肉体と慣れ瞠目した目が瞑り、肉体は永遠の眠りに入った。

 …但し、肉体だけである。

 法然は云う。

「魂は、極楽浄土にいけてない。どかで怨霊として、あるものに地縛している。阿弥陀様の力でも成仏できない。どけだけの者が操っている」

 安倍の者たちには、道子の魂魄が肉体の側で立っており、その姿は、傷ついた儘で、自分の肉体を悲しみと怒りに満ちた目つきで見ていた。道子の魂魄が、安倍の者の神眼には見えていた。その姿は、成仏をしている姿でなく、恨みに満ち、殺された時の姿の儘であり、切られた首が落ちないように両手で支え、口は糸で縫われていた。安倍の者たちが、神通力で話しかけても話すこともできずに黙っていた。

 「様。道子殿を殺した者は、怨霊に取り憑かれた者。ひと太刀で首を刎ねております」

 「男か?」

 「分かりませぬ? 女でも子供でも怨霊に取り憑かれれば、例え女でも大人の男以上の力をだすことができす。一つ分かっているのは、刀を持っている者! それも快刀と思われます」

 (九条家に、恨みを持つ者か?)


 その時。ビジョンが止まり人々の動きが、一時的に静止のスイッチを押したように場面は止まった。麻理亜は感じていた。悲しみと恐怖の波動を感じとっていた。麻理亜は、屋敷内にある別の寝殿の西のから悲しみと恐怖に怯える氣を麻理亜は、と感じていた。麻理亜の意識とは別に、場面が変わり女性だけの部屋に、ビジョンが変わった。母親だろうか両横には、幼い少女がいた。麻理亜は、母であろう女に触れると女の記憶が麻理亜の中に入り込み、女の意識の中に麻理亜が重なり入った。

 (はぁっ! この人。兼実の妻・藤原だわ!)

 麻理亜は、兼子の意識の中に入っていた。右側には、震えている娘がいた。その娘の手を握り記憶を読み取った。

 (九条? 道子に晶子。歴史上に、存在しない名ね? この子、震えているわぁ……。心にショックを受けている……。九条家は天皇の嫁を選ぶ家柄だけど)

 麻理亜は、より深く記憶の中に入り込んみ事件があった時刻。麻理亜は、晶子が寝る側でビジョンを見ていた。怨霊に憑依された茂子は、屋敷に忍び込み道子の體臭の匂いを辿り探していた。ある寝の間に忍び込んだ茂子は、寝ている少女の側に音も立てずに寄り顔を確認した。

 「ちっ! 妹の晶子か……」

 茂子は、ぼそっと云った。

 「えっ!」

 晶子は、微かに聞こえた声と氣配を感じて、目を開けた。ぼやけた視界が鮮明になり、目の前に悍しい顔をした茂子の顔に、驚き声を上げようとした。

 「ギ………」

 茂子が、鋭い爪に大きい手で口を塞ぎ押さえた。晶子の首筋に顔を近づけ、匂いをクンクンと匂いを嗅いでいた。

 「道子と同じ匂いがする。道子の血が美味なら、お前の血も戴こう」

 晶子は、恐怖で震えていた。

 「いい匂いがするのうー。恐怖に怯えた血が美味しそう」

 鬼女は晶子の顔に近づけ、首筋を嘗めるように匂いを嗅いでいた。

 「美味しそう……」

 この世の者でない声と茂子の恐ろしい目つきが、晶子の脳裏に焼き付き、徳大寺則子同様に精神は破壊され言葉を失った。茂子は、寝の間を出て、道子の寝の間に忍び込みい、血を啜り飲み、鬼女に落魄れた茂子は、晶子の寝の間に戻ってきた。

 「お前の姉の血は、美味じゃった。朝が近い、近々お前の血を戴く。ククククッ」

 晶子の顔に近づいた鬼女の顔が、灯火に浮かび上がり、鬼女の口から滴り落ちる血の臭い。鬼女が持っている道子の生首が、瞠目した目で晶子を睨み付けていた。晶子は恐怖に失神し、鬼女は、晶子を寝かせると、平安京の鬼門を穢すために寝の間から出ていった。

 麻理亜は兼子の意識と重なり、震える晶子を見ていた。晶子は、昨晩の出来事で、言葉を失い恐怖に怯えていた。

 麻理亜は、サイコメトリーで感情を読み取った。

 (この子。脅かされている。裏鬼門を開く生け贄だわ! この子。殺されることを知っているわー)

 晶子は、恐怖で胸が苦しく、喉が異常に渇き極度の緊張であった。その感情は、麻理亜にも伝わっていた。麻理亜は、分かっていた。物語を変えることができないことを…。麻理亜は左側にいる少女の手に触れて、記憶を読み取った。

 (この子が、ね! のちの天皇に嫁ぐのね)

 九条任子は、歴史上の人物として残っていた。任子が、十八のときに後鳥羽天皇に入内することとなる。

 ビジョンが変わり、元の道子が眠る寝の間に変わった。静止していたビジョンが、再び動き出した。


 (やっぱり九条家に、恨みを持つ者か?)

 実際に、九条家と対立をしている者は多かった。実の兄弟である、・親子は大変に仲が悪かった。のとも対立し、後に長官であるとも対立することになり関白を罵免され、娘の任子が後鳥羽天皇の中宮であったが、源通親と高倉範季の娘が後鳥羽天皇の女院であり、親王を授かった。力をつけた通親と範季は、九条兼実を失脚させから追放し、子が授からなかった娘・任子を中宮から引き摺り下ろされ、女院となった。

 麻理亜は思っていた。

 (道子さんを殺した者の魂をあの世に落とさない限り、道子さんは永遠に、この世に留まり、今はこの屋敷に縛られているが…。道子さんを殺した者が見つからないと、魂は怨霊になり、この世を彷徨い続け犯人に似ている者に取り憑き殺すであろう…。あの世は天国も地獄もないから同じレベルの者たちが集まるところに行く。残念だけど…)

 季弘は、兼実の心情を思えば、口には出せなかった。当然、安倍の者たちも現状を分かっていて、誰も云わなかった。

 「この二、三日の間に若い女を襲うでしょう。今度は、裏鬼門を穢すでしょう………。警備は、厳重にお願いします。陰陽寮も全力で警備にあたります」

 ここにいる安倍の者たちは、嫌な予感を感じていた。

 (怨霊に加え、鬼門から逃げた鬼か! 怨霊をこの世に引き上げた者を捕まえないと鬼門から餓鬼がたくさんでる)

 道子の魂魄は、妖刀の一部に成り果ていた。父・兼実は、穢れを避けて道子の遺體を、もせずにいた。道子はに埋葬をした。

 この日から、夜間から明け方に掛けて警備を厳重にし、とを増員し、安倍系の陰陽師に賀茂系の陰陽師も警備に当たった。

 安倍の者たちは、屋敷から出ると丑寅の方角を見上げた。

 「時間が掛かりそうだな。今晩は覚悟をして、警備にあたらないと駄目だな」

 穢され開いた鬼門は、そう簡単に閉まるものではなかった。能力者の目には、鬼門の扉が少し開いた儘であった。

 雅子は加茂御祖神社に戻り、安倍の男たちはに戻り、陰陽師たちを集め会議をした。この頃には、安倍系の陰陽師の方が、位が高く、陰陽寮の長が安倍家になることが占めていた。


 会議は、日が傾くころまで行なわれた。大内裏から出てきた頃には、西の明星が輝き、薄暗く鬼門の扉は閉ざされようとしていたが、少し開いていた。日輪の光がなくなり門の隙間から夥しい数の目が平安京の町に歩く人々を美味しそうに眺め見て、門の隙間から鋭い爪をした指が門を開けようとしていた。鬼門が見える者は、日輪が沈んでも鬼門の様子を心配そうに見上げていた。完全に日輪が沈み闇の者が活動する時に、門は徐々に締まり固く閉ざし、能力者たちは安堵をしていた。

 「間に合ったか! 僧侶も法力で、なんとか閉まった…」

 だが、鬼門は一向に消えず閉じた儘の門が、現れた儘であった。

 (なぜだ? まだ呪縛が完全に消えてないのか)

 天高くに、巨大な黄泉の国の門を屋敷の庭から季弘は、見上げていた。

 (なぜ、消えぬ!)

 その時に、僧正坊が放った一羽の鳩型の式神が遣ってきた。僧正坊は、式神に口寄せをし、式神は一方的に話しだした。

 「季弘。久しぶりじゃなぁ。たまには、顔を見せに来い。千手観音の神眼を借り京の町を見ているが、女のケツばったり追わずに、落ち着け。嫁を泣かすなよ!」

 そこには、キジ鳩に叱られ、頭を下げている滑稽な季弘の姿があった。

 「ところでじゃー。季弘! 二回表鬼門を穢された鬼門の扉を締めることはできたが、未だに鬼門が消えない。少なく見積もっても、そうじゃーなぁー、鬼門を消すのに四日かかる。その四日間、裏鬼門を守ってほしい。裏鬼門が穢されると、表鬼門の扉は、再び開き表と裏が繋がり京の町に鬼が傾込むだろう。裏鬼門を絶対に穢されるな! いいな! 頼んだぞ。今回の表鬼門が穢されて、夥しい数の鬼が京に逃げている。質の悪いのが、酒呑童子の息子たちだ。高次元の六人兄弟が裟婆に出てきた。泰忠が、捕縛し心を善にした追帳鬼神は、六人兄弟の六番目だが、他の兄弟は桁違いの強さだぞ! 氣をつけるんだぞ。悪に落ちた善鬼も善鬼にして戦え。重要なことが、あと一つある。消えた怨霊たちだ。確かに怨霊は、人に取り憑いている。だが、京に住む能力者でも魔性の力に氣づかなかった。手前もだが、昨晩に起きた惨殺も、鞍馬寺の僧侶も延暦寺の俊円殿も東寺の大僧正殿も氣づいた者はいなかった。何かで、魔性の力を掻き消している。丑三つ刻に、本性を現わすはずた。氣配でなく、目で確かめろ! その者は、姿形も醜い者になっているだろう…」

 鳩型の式神は、消えて一枚の桃の葉がユラユラと落ちた。

 茂子は、怨霊と鬼に心を支配されて鬼女となったが、夜のことは鮮明に覚えていた。そして、朝を迎えて鏡を覗き込むと自分の変貌した姿に驚いていた。茂子の肌が白になってきたのだ。髪の毛は、艶のある黒髪になり顔の骨格も変わっており、體格の変わり女子らしくなっていた。


 日輪の光が、東から昇り西に沈む頃。

 日輪は消えることなく、巡り巡って東から昇り、繰り返した。

 一日が、過ぎ……。

 二日が、過ぎた。

 鬼門から逃げた鬼は、質の悪い兄弟を除くと雑魚ばかりで人を脅かすだけで襲うことはなかった。幸い兄弟は、闇に潜め人間を襲うことはなかった。

 血を飲み三日後に、茂子のに異変が現れた。髪や肌の色や顔の骨格や體格が戻りつつあった。鏡の前で、自分の姿を見て手で顔を触り動揺していた。

 「どうして……。一回のほうが長く姿を保っていたのに」

 茂子は、心の中で叫んでいた。

 公家の血を飲んでいたが、美貌を保つのが短くなっていた。

 (嫌じゃ。嫌じゃ。あの醜い顔に、戻りたくない。どうしてなの!)

 そこに、茂子を悪の道へ引き摺り込もうと、茂子の體の中に住み込んだ平家の怨霊たちが耳元で囁いた。

 〈綺麗になりたかったら、もっと公家の血を飲めば、美しくなるぞー。公家の娘の血が絶えたら、源氏の血をのめ〉

 〈維持する為に、血を飲み続けなければない。さぁー! 血を飲め!〉

 茂子の回りを怨霊たちが周り、茂子を誘惑し続けた。

 〈血を飲め! 美しくなるぞー〉

 〈血を飲め! 醜女と後ろ指を指されたいのか? 血を飲み続けなければ、もっと醜くなるぞ。クククククッ〉

 無数の声が、同じことを繰り返し茂子の耳元で囁き、暗示を掛けていた。

 〈血を飲め!〉

 〈また、元の姿に戻りたいのか? 美味しかっただろうー。血の味わ! ヒヒヒッ!〉

 〈お前が、敬慕している明子を嘲罵した公家に、仕返しをしたいだろう〉

 〈血を飲め! 飲むのじゃ!〉

 茂子は知らぬ間に怨霊と同じように、繰り返し繰り返し云っていた。

 「血を飲めば、美しくなる。血を飲めば、美しくなる」

 茂子も自分に云い聞かせるかのように、繰り返し繰り返し自分に暗示を掛けていた。

 「血を飲めば、美しくなる」

 〈そうーだ。血を飲めば、美しくなる! ヒヒヒヒッ〉

 怨霊の声は、耳元で無数の声が聞こえ、何回も繰り返すことで段々と自分のしていることが、正しいと暗示にかかり、自分からも正当化するようになってきていた。誘惑に負け目は吊り上がり、口は裂け、血の味に飢え、涎が畳に落ちると煙とともに畳を焦がした。

 そして、再び茂子の中の鬼女が覚醒し、鏡に写った自分を無氣味に微笑み見ていた。


 六月十八日。居待ち月。曇り

 この日は、鬼が到る所で人々を驚かしては喜んでいた。人は、戦き逃げ回り、家の中で震えていた。季弘兄弟と廣基は、雑魚の鬼どもには、全く目に触れずに相手にしなかった。穢す魔性の者に備えていた。

 夜は、深まり闇になると魔物の動きが活発に動き始めた。二条大路と大路が交わるに、巨大な鎧を纏い、その者の背丈よりも大きな剣を軽々と振り回す巨大な鬼が現れた。ひと振りで町屋を破壊し、踏み込む度に地震のように揺れ町屋が崩壊した。鬼の咆哮する声は、魔物の者までもが戦慄し息を潜めていた。その咆哮は、突風と共に人間の心に恐怖を与え、恐怖という重圧に息を潜め人々は夜明けを待っていた。鬼は、その人間の恐怖の圧縮された重圧を餌にしていた。

 「怯えろ人間ども! その恐怖が俺の血となり肉になる。そして、人と人で妬み、恨みを云い続けろ。この世、悪念で充満している。これでは善神も弱るだろう」

 だが、勇敢な武将たちや兵衛府の兵士たちは、巨大な鬼を見ても怯むことなく取り囲み斬りかかった。異様な妖術と巨大な剣で武将の命を奪うと、その鬼は武将の體を引き裂き人肉を貪り食い、人間の血と肉に舌鼓を打っていた。兵士たちが死ぬ間際、死を覚悟したが、瞬間に心の奥底に恐怖心が生まれ、その恐怖の芽を餌に鬼の體が成長しより巨大な姿になり、力をつけていった。

 「俺は、父・童子。母・童子の三男。童子だ! 地獄から這い戻ってきた。人間どもー。これからは、鬼一族がー、この世の主だー。従わない者は、殺し俺たちの食料にしてやるわー」

 右大将であった九条が武装し、兵を引き連れ二条大路と道祖大路が交差するところに陣をとった。そして、良通の弟であり左衛中将である九条と政争では九条兼実に近く、歌人でありながら武術にも秀でているの藤原は、二条大路と西京極大路が交わるところに陣にとり、木辻大路と二条大路を交わった路を北に上がった大路の交わる路には、左近衛中将の藤原と兄であるが陣とり、そして南に下がった三条坊門小路には左大臣藤原の嫡男である右少将の藤原が陣どった。兵の肉を貪り食い、見上げるほどの剛力童子に怯むことなく四方八方に兵で囲み町屋の屋根にも兵が、弓を引き鏃が黄色い肌をした剛力童子に向いていた。

 良通が馬に股がった儘に、弓を上に構えるや、引き目を放ち、引き目の音が闇の京に響き、兵たちは、攻撃の合図に一斉に矢を放つた。

 「矢を放て!」

 前方にいる兵士たちが、剛力童子に向け矢を放ち、後方にいる兵が上空に次から次へと矢を放つと剛力童子の頭上に向け降下し始め、雨のように降り注ぐ矢の雨が、容赦ない矢風と共に夥しい数の矢が、剛力童子に向かって落下した。だが、剛力童子の固い鎧兜を貫くとこはできなかった。東寺の三門と同じぐらいの高さの剛力童子にとって人間が使う矢など棘に刺さるようなものであった。全ての矢を放ち終えると、前方の兵が刀を抜き、童子に向かって氣合いと共に斬りかかってきた。

 「この俺様に、刃向かうかぁー」

 剛力童子は、従わない人間に怒り巨大な剣でひと振りすると何百人の兵が斬られ、剣風で屋敷は崩壊し、ひと振りで兵力は半減した。童子の剛力に恐れをなし逃げ出す者も多く、残ったのは名のある武将たちに六衛府の数人の中将だけであった。童子は二条大路を東に移動始めた。

 「どけ虫螻!」

 良通が引き入る兵たちも、壊滅状態であった。残るは、高倉範季とだけであった。西側からも剛力童子の後ろからも攻撃をしたが、斬りかかるまでに、剛力童子の巨大な剣で一瞬にし斬られていた。その兵士の残骸を貪り食い、剛力童子の體は益々大きく能力も増していった。

 その頃。安部季弘が引き入る能力者たちは、鬼門を穢した者を捜し指定の持ち場にいた。

 〈叔父上! 鬼が暴れております。この儘では、都が壊滅しされ鬼に都を奪われます〉

 〈泰忠。来たのか?〉

 〈手前も、安倍四天王のひとりです。手前も戦います。どうして、あの童子と戦わないのですか?〉

 〈我々は、鬼門を穢す者を捕獲することに集中する〉

 〈でも……〉

 安倍四天王は、神眼を使い殺戮の現状を見ていた。

 〈泰忠。まだ、動くのではない。もうすぐ丑三つだ〉

 指揮は、季弘が握っていた。季弘と貞光は、左京四条大路から北側を守護。泰茂は、左京四条大路から南側を守護。為成と廣基は、右京四条大路から北側を守護。泰親と泰忠は、右京四条大路から南側を守護していた。巨大化した剛力童子の姿は、この安倍四天王からも顔と巨大な剣が見えていた。

 じわりじわりと東に前進し、傷ひとつもない剛力童子とは対照的に、兵士は傷つき壊滅状態で剛力童子の正面にいた大将は深手を追いつつ剣を振るっていた。

 〈兄上! ヤツの狙いは、内裏だ!〉

 剛力童子の近くには、廣基がいた。

 〈廣基殿。あの童子の動きを止められるか? そこを為成に任す〉

 近くにいた廣基には、童子の桁違いの強さが分かり、剛力童子の強さと自分の強さとを秤に掛けていた。

 〈あの童子の力…。我ら一族が束になっても無理だろう。人間の血と肉でできた童子の體を法力で消し、本来の姿ででも六人が掛かっても五分五分…。てっ、ところだなぁっ!〉

 (…どうする。疫病で穢れていたに行かせた鬼神を戻すか……。民が怯え陰氣が充満し、陰の氣も吸収してやがる)

 季弘は、迷っていた。鬼門を穢す者か、内裏を守護し、直ぐにも剛力童子の動きを止めるか迷っていた。季弘は目を瞑り冷静に考え、内裏が狙われている現状に剛力童子とするとに仕方なく判断し神通力で話した。

 〈強いが、まだ、あの鬼は未発達だ。残りの兄は桁が違う強さだ。あの童子を捕獲するぞ! 式神して味方に加えるぞ〉

 安倍四天王が持ち場を離れ動いたとき、童子は大内裏の西南の方角、裏鬼門を破壊しようと氣合いと共に巨大な剣の刃が狙った。

 「グッリャアー。くっ!」

 大内裏の築地塀を破壊するどころか傷ひとつ付けることもできずに、目に見えない壁に阻まれ巨大な剣を跳ね返した。剛力童子は見えない壁に怒り狂い、何度も何度も打ち付けたが築地塀を破壊することができずに、巨大な剣を跳ね返した。

 「おい! 鬼っ子! お前程度の剣など、内裏の鬼門封じの結界は破壊できない」

 近くにいた廣基が、剛力童子が氣づくことなく後方にいた。その姿は、武装もせずに神剣にだけの軽装備であった。その声に反応した剛力童子は、少し顔を横に向け大きい眼光が、廣基の姿が視界に入ると振り返り様に、廣基に剣を向けた。

 「小賢しい人間どもがー」

 廣基は剣をふわりと躱し、縄がスルスルと伸び上がり続けた縄が、剛力童子の剣を持っている右手首に巻き付き剛力童子の右腕の自由を奪った。

 (大将は、どこだ?)

 廣基は、剛力童子の右腕の動きを止めるだけで、精一杯で渾身の力で剛力童子の體を止め、良通を探していた。

 (良通様!)

 良通は、深く傷つき出血が酷く、定家と同じ馬に騎乗し定家の前で、グッタリとしていた。

 「定家殿。ここは手前どもが、食い止めます。早く屋敷に! 雅子を行かせます。動ける者は、都の警備に当たってくだされ! ここは、我ら安部四天王にお任せあれ! 平安京の鬼門は開いている。まだ、他の童子が現れて内裏を破壊し鬼門が穢す者が現れるかもしれぬ! 警備を頼む!」

 武将たちの支持もあり兵の大将は、良通の弟である良経に委ねられ都の警備に戻った。剛力童子は、右手首に巻き付いた縄と、ちっぽけな人間に身動きを封じ込められついていた。左に剣を持ち替え、縄を断ち切ろうとしていた。

 「無駄だ!」

 は、剛力童子の剣を不浄の物と判断した注連縄は、剣を跳ね返した。廣基は、體全體を使い仁王の如く立ち、全身に力が入り、體が微妙に震えていたが、静かに剛力童子に云った。

 「神が宿りし、この注連縄は、人間の血と怨念に満ちた不浄の剣など、切れる注連縄ではないわー!」

 (案外、勝てるかも?)

 「虫螻一匹が、何ができる。右腕一本を封じ込むだけで、息が上がっているだろがー」

 確かに廣基は精一杯で、右腕の動きを止めていた。廣基の筋肉を震え足腰も踏ん張り、両手の掌の皮膚が捲れて血が滴り落ち、渾身の力は超えていた。これが鬼と人の力の差であり、人間の限界であった。

 「縄が切れぬなら! 踏み潰してやるわー。この虫螻がー」

 巨大な剛力童子の足が、廣基の頭上に足底が近づいたが、廣基は瞬きも微動にもせずに、注連縄を離さずに右腕の動きを止めていた。

 「儂が、死んだとて! この注連縄だけは、絶対に離せん!」

 「廣基。待たせた。今までよくやった」

 四カ所のを警備していた。残り三人の安倍の者らが、注連縄で剛力童子の腕や足を完全に奪い動けなくした。注連縄を持った儘、泰忠が東に、泰茂が西に、季弘が南に、廣基が北に陣とり結界をつくった。十二歳の泰忠も凛々しく大人たちに、負けないほどの特殊能力の発揮していた。

 廣基は、泰忠が術を使い。剛力童子を捕縛したときに、泰忠の能力を見て元服前ながらにして、まだまだ玉石混交でもあるが大人以上の頭脳と特殊な能力を見て、十二歳にして安倍四天王として認めていた。

 「泰忠! 雅子の婿にならないか! 雅子のことが好きなことは分かっているぞー それに式神を探していたな、どうだこの童子も追帳鬼神と同様に式神にしてはどうだ」 

 泰忠は、赤面し鼻の下を伸ばし結界が乱れだした。

 「泰忠! 結界に集中せよ。まだ、使役になっていない。泰忠と使役になる契約をするのじゃ。もとは、三鬼権現のひとり、少しは善の欠片を持っている。その善を増幅させ、善神にいしらどうだ」

 剛力童子の目には泰忠の後ろには、優しい顔の菩薩が剛力童子をみており、泰忠は優しく云った。

 「童子よ。お前の心の中に善を感じる。お前の名は」

 剛力童子の顔が、一瞬、優しい顔に戻った。

 「…。俺の名は…。剛力童子だ」

 「剛力童子よ。お前は、太陽の光が苦手か」

泰忠の服従の術にかかり話し出した。

 「そうだ。太陽の光に触れると皮膚は爛れ、灰となりなくなる。死ぬわけではい地獄で體は復活し、この世の悪事、悪行、嫉妬を餌に大きくなる」

 「俺に、名を名乗った。おれの式神になった。再び鬼神と名乗り、人から生霊、悪霊、悪鬼から守れ」

 時眉鬼神の背後に虚空菩薩があらわれ、帰依した。

 時眉鬼神は、片膝を地面につけて一礼した。

 「時眉鬼神よ。また、お前の悪心を焼き切り善鬼になれ」

 「はい。わかりました」

 「今まででもない痛みを感じるぞ。いいんだな」

 「泰忠様の使役になれるなら、耐えてみせる」

 その時。魔性の者が動いた。京にいる能力者たちにも怨念に満ちた念と邪悪な氣配を感じていた。だが、その邪悪な氣配は一瞬にして消え去った。

 「はぁっ!」

 安倍四天王にも、體を刺すような凄まじい念は感じていた。

 「この念は! 動きだしたか」

 「急いで、この童子を浄化するぞ」

 時眉鬼神の頭上には、虚空菩薩が見守っていた。

 北の廣基が、持国天印を結び真云を唱えた。

 「おん ぢりたらしゅたら らら…」

 廣基の額に、持国天の梵字であるヂリの文字が現れ、尊天と一體化した。

 そして、残りの者たちもそれぞれの守護神の印を結び尊天と一體化した。南の季弘は増長天に、西の泰茂は広目天に、東の泰忠は多聞天と一體化し四天王の甲冑の姿に変わった。捕縛した注連縄が、童子の體を締め付け體に減り込んでいた。

時眉鬼神は、痛みに叫んだ。

 「うおぉー」

 時眉鬼神は、余りにも痛みに耐え切れずに叫んでいた。追帳鬼神の固い鎧を砕き、體を締め上げ、殺した人間の血を吐き出した。

 「ウッゲェ~」

 噴水のように滔々と人間の血を吐き出し、巨大な體と巨大な剣は元の大きさに戻ったが、それでも人間の五倍ほどの大きさがあった。

 一方の四天王の注連縄は、人間の血と鬼の血で注連縄の力が失われた。

 虚空菩薩は、時眉鬼神に右手に宝剣、左手に如意宝珠を与えた。


 その時。茂子は、見る見る心も體も醜くなり鬼女になった。

 (早く少女の血を飲まないと、また、あのめが始まる。美しくいたい)

 三条家の築地塀を飛び越え、姿を隠すように、頭から被衣を被り、次第に鬼女は、ぼっかぶり(ゴキブリ)のような手足に変形して、醜い人間離れした姿になり果てた。地面を四つん這いになり、路をぼっかぶりのように素早く掛け走り、再び兼実邸の屋根に體を低くしていた。そににいる魔性の者は、人間の動きでなく、害虫であるやのような跳躍力と俊敏性を持ち合わせ、人間を稲に見立て食い荒らそうと狙い。ぼっかぶりのように天井や壁など関係なく這うことができ、姿を見せずに氣持ちの悪い音をたてながら屋敷の中へ忍び込んだ。もう、茂子の心の中に人間の心は捨てていた。

 鬼女は一回忍び込んだ屋敷には、いとも簡単に忍び込むことができた。屋敷の中に入ると、兵の動きの隙を見ては、動き回り、音も立てずに屋根裏に忍び込み、晶子の寝の間を天井の隙間から覗き寝の間の様子を見ていた。寝の間は、八畳の広さで、壁に寄せて蒲団を引き、その横には二人の侍女が向かい合って座り、三方にある襖や遣り戸にも侍女が座り交代で、夜通し警備をしていた。屋敷の中には、兵衛府から派遣された武装した警備兵が屋敷内や屋敷外にも兵がおり厳重に巡回をしていた。

 「美味しそう……」

 獲物をチラチラと見ながら獲物を狙う鬼女は、ブツブツと呟き涎を垂らしていた。涎は天井の板から滴り落ち侍女の前に落ちると、涎が氣化すると侍女たちは力を抜けるように崩れ深い眠りに入った。

 「侍女は寝たか」

 鬼女は、寝の間の中に入り晶子の柔肌を恨めしそうに眺めていた。

 「この柔肌が、妾の物になる。クククククッ!」

 鬼女は、誰にも氣づかれずに晶子を攫い。屋敷の屋根の上で、晶子を寝かせると、鬼女の體が音を立てて変形し初めた。四つん這いの化物の姿から人間に近く醜い鬼の姿に変わった。顎の関節を外し、裂けた口を大きく開け、口の中に手を突っ込むと口の中から妖刀を取り出した。晶子が瓦に寝かせられている側により、赤子を優しく抱くように、首と體を左腕だけで支え上半身を軽く持ち上げると、鬼女は左足だけを正座をし、その左足を晶子の頭に当て、右足は片足立てていた。深い眠りの晶子を母親の声を真似て、晶子を起こした。惚ける視界が徐々に鮮明になった。目の前にいる鬼女に吃驚してパニックになり、声を出そうとしたが言葉を失っており、声を出すことができなかった。

 「………」

 晶子は、體も動かすことができないことに、パニックになり心拍が速くなり鼓動も強く恐怖に怯えていた。

 その鼓動の音は、鬼女の耳にも届いていた。

 「血が流れる音。いい音色じゃー。少女の恐怖の血。美味しそう」

 鬼女は、晶子の鼓動に聞き惚れ、うっとりしていた。晶子は怯え、眼球は動いたが、自分の體でないような、體が麻痺しているかのように痺れて、指一本動かすことができなかった。鬼女は、拷問を楽しむように道子同様に、糸と針で口を縫い終わると、鬼女は、声がでなかった声がでるように術を解いた。だが、口を縫われ喚くことも叫ぶことができずにいた。その苦痛の表情と唸り声が、鬼女にとって堪らなく快感でった。そして、妖刀を鞘から抜くと平家の怨霊たちが浮遊しだした。

 「公家の血が耐えたら次は源氏だ。茂子よ。もっと力をつけろよ。クククッ」

その怨念は、大内裏で戦っている安倍四天王たちにも怨霊の念と鬼女から発する鋭い念が突き刺さるよに伝わっていた。

 (はぁ! 兼実様の屋敷で誰かが餌食に!)

 安倍四天王たちは、九条兼実邸に駆け付けることがでなかった。季弘は、神通力で心を繋いでいた。

 〈兼実邸に出たか!〉

 〈なんという夥しい数の怨霊の中に、あの時の邪悪な氣が…!〉

 〈残りの安倍の者よ。今すぐに兼実邸に入れ〉

 安倍四天王たちは、兼実氐に向かい。指定の場所に陣をおいていた。為成、貞光、泰親が兼実氐にはいった。

 季弘は、式神を呼び出そうとした。短冊に向けて、五芒星を書き込み。式神を呼び出そうとした。

 

 そんな四天王が不利な時に、酒呑童子の次男が現れ咆哮のように吠えた。

 「剛力! 酒女好! 人間の使役になったか。だらしないぞ!」

 「兄者! 俺は、もう一度、人間に期待したい。善に生きる。兄者は間違っている。そしてに、また、俺は名を戴いた名は、追帳鬼神だ」

 呆然と新たな童子を見上げていた。

 (そんな……)

 「虫螻どもがー。このじゃ次男の邪悪様が、踏み潰してやるわ!」

 追徴鬼神と時眉鬼神が四天王や如来と菩薩の善の氣を吸収し邪悪童子と同じ大きさになった。

 「邪悪がー、例え次男の力とて、俺の足下でおとなしくしとけば、いいものの。痛みつけてやるー。お前たちこそ、覚悟しろ」

 広目天と一體化し、神格化した泰茂と、多聞天と一體化した泰忠とで組み邪悪童子に仕掛けた。

 「泰忠。行くぞ!」

 「はい。」

 季弘と廣基と組み、追帳鬼神に息を付かせぬように、連続技で斬りかかった。邪悪童子の怒号の声と剣と神剣が打ち合い火花を散らしながら金属音が鳴り響いていた。安倍四天王はふたてに分かれて、泰茂と泰忠は、今までよりも激しい運動量で攻めていた。

 泰忠、腕を切り、滴る血を追帳鬼神に血を舐めさせた。

 「我が血は、神仏の血、お前に力を与えてくれる」

 追帳鬼神は、泰忠の一滴の血が口の中に入り、力が漲り邪氣童子と體の體格差は邪悪童子の方が三倍の差があったが、手と手を合わせた力比べには、互角であった。

 「追帳鬼神。いけるか」

 「いつも、弱く。虐めれていた俺が兄者と互角。これが、善の力か。日が沈んで間がないが日の出まで一刻、明るくなってきた。大日如来に帰依しただけで太陽を操れるようになったか。太陽の力でより強力になる」

 次いで、地震が起き地割れの底から四男の白い鬼。百目鬼童子が現れた。

 「おれの相手は時眉鬼神が根性を叩きなおしてやる」

 時眉鬼神は、百目鬼童子に云った。

 「もうすぐ、夜が明ける。俺は、虚空菩薩の力で日を浴びても大丈夫だが兄者は大丈夫かな」

 百目鬼、怒号にいった。體中に目が百個あった。

 「この百目には、お前の動きなど赤子よ」

 泰茂は、自ら腕をきり一滴の血が時眉鬼神の口に入り善鬼になった。

 時眉鬼神の體は、光に包まれて必要のない筋肉が落ちた。

 百目鬼童子は、時眉鬼神の體を見て云った。

 「我らの筋肉は、鋼に近い。そんなやせ細った筋肉で勝てると思っているのか」

 時眉鬼神は、勝てる自信があった。

 「でわ、まいる」

 時眉鬼神の動きが早すぎて、體の目を一瞬にして二十個切り潰した。

「今まで、俺ではない。いらない筋肉を落とすことで速さが増した。威力も増しただろう。俺の體術と剣術の一太刀見えなかっただろう」と余裕に時眉鬼神は云った。

 山と山の間から太陽の光が明るくなっていた。

 「お前とは、兄弟の縁を切る。朝が近い地獄に戻り、傷を再生させる」

 邪氣童子と百目鬼童子の真下に魔方陣が現れ、太陽の光に浴びても大丈夫な鎧を身につけた。


 九条兼実邸の屋敷の上では、鬼女の梟雄は続いていた。頬に向かって口を切り裂き、晶子は激痛に瞠目し、失われた言葉の記憶が、蘇り痛みに発狂していた。

 「夜が明けるのが早いのね。きれいな顔をしているわよ。そのきれいな、柔肌と血を貰うわー」

 鬼女は一瞬であったが、茂子の顔に戻した。晶子は、鬼女の正體を知り、どうにかして助かりたい一心で晶子は、必死に命乞いをしていた。縫われた口は、言葉を発することできず、籠もった声で命乞いをしていた。

 「ウ~。ウー。タゥア。スウゥ。ンケェ。ンテェ。ウーウ~」

 「三条家を愚弄する者は殺す! 明子様を愚弄する者も皆殺す!」

 生きた儘、頸部の動脈を斬り、噴き出す生き血を貪るように飲みだした。

 晶子の血を飲まれ、意識が遠退き重度の貧血状態になり氣を失っても、鬼女は晶子の生き血を、音を立てながら啜り飲み、血の香りを楽しみ、血を口に含み舌で転がしながら味わい飲み続けた。

 静寂な京の夜なら、屋根の上の少しの物音でも聞こえていたが、この夜は、鬼どもが京の町を荒らし暴れ、屋根の上での物音を掻き消されていた。魔性の者より、民の者たちは、今は町屋の屋根より大きな顔を出す邪氣童子・百目鬼童子に、恐れ、怯え、小物の魔性の者など忘失していた。同時に、追帳鬼神の姿に手を合わせる人々が多く、人々の念仏の心の力に、邪氣童子の力を少し押していた。

 「ふぁー。ゲ~ゲップッ!」

 鬼女は、晶子の血を飲み干すと、妖刀で首を刎ねた。首は、左手で髪の毛を鷲掴みして持ち、上半身は晶子の右足首を持っていた。その體を兼実邸の屋根から平安京の東南の方に、肉の塊を荒っぽく放り投げ捨てた。鬼女は、屋根の上から東南の路に転がる首なしの遺體を見ていた。朝に関わらずに晶子の屍の回りには、魑魅魍魎が人肉欲しさに続々と集まってきたが、鬼女の唾液がついており魑魅魍魎たちは近寄らなかった。

 「美味しそうな人肉が、落ちているぞ~。食べていいのかな? ダメだ鬼の獲物の者だ合図があるまで肉を食べれない」

 だが、魑魅魍魎は人肉に手を出さなかった。魑魅魍魎どもは、腹を空かせ涎を垂らしながら、鬼女からの合図を待っていた。

 「好きにしろ!」

 魑魅魍魎は、晶子の屍に群がり肉を貪り食いだした。鬼女は白装束の上に被衣を着込み妖刀を鞘に収め、妖刀を飲み込み鬼女と怨霊の邪氣が掻き消された。

 (また、氣配が消えた!)

 屋根に鬼女を貞光が見つけ、矢を放ち命中したがを溶かし、傷口を治癒していた。為成は、身軽に屋根に飛び、一足で鬼女の間合に入り、胴體を切った。

 「手ごたえあり」

 鬼女は、重なる声で云った。

 「自分の刀を見よ。そんな刀で妾が切れるるとも…。晶子の首は貰っていく」

 為成の目には、鬼女の動きが見切れづ、見失った。

 為成は、刀を見た。

 「なんだ、この刀は,聖剣なのに溶けている」

 平安京に住む特殊能力者や平安京周辺の寺院仏閣の特殊能力者たちは、鬼女の邪悪な氣と妖刀の妖氣を完全に見失った。そして、鬼女が持っている生首の側には、晶子の魂魄が悲しそうに自分の屍を見ていた。鬼女は、その魂魄に呪いをかけた。

 〈お前も道子同様に、首は體を捜し、體は首を捜し、都の町を未来永劫、彷徨い歩き続け! くくくくっ!〉

 朝焼けが、段々と雲が広まり雨が降っていた。

 鬼女の骨格が変形し、四つん這いになると、晶子の生首の乱れた髪の毛を口に銜えて、屋敷から九条大路に飛び降り、西の方角へ走り消え去った。鬼女も體は濡れていなかった。

 鬼女は、美しい茂子の姿で平安京の南西の隅に、ひとり薄暗い路に立っていた。その場所は民家もなく松の木だけが植えられていた。その暗闇の中を照らすように回りを青白い鬼火が、辺りを青白く照らしていた。前日の朝に、茂子の姿で西市(市場)の帰りに南京極大路付近に杭を隠していた。その杭で、平安京の南西(裏鬼門)に杭を打ち晶子の生首を杭の上に置いた。

 「さぁー。その憎しみの目で、裏鬼門の結界を穢せ!」

 生首が、瞑っている目が瞠目し、平安京の裏鬼門を守護しているを睨み付けた。

 「この都を魔都に、変えてやるわー。さぁー、鬼門よ。開け! 死霊どもよ。都を魔に変えよ! ヒヒヒヒャヒャヒャッ!」

 〈白蛇大神よ。注連縄に宿り給え!〉

 その時。松の木の上から蛇がクネクネと、くねるように注連縄が、茂子の白い柔肌の手首に鞭のように打ち叩き、茂子の肉と骨を裂いた。

 「誰じゃー。妾の邪魔をする者は?」

 美しい茂子の顔から鬼女の顔になり、反射鏡のような目が松並木を照らし、鬼火は注連縄が伸びてきたと思われる松の木の方を照らし、鬼女の鋭い眼光を向けていた。

 「お主は何者ぞー。姿を現わせ!」

 鬼女は裏鬼門から離れ、鬼火が照らす松の木に寄った。

 だが、その松の木には誰もいなかったが、枝の上には、空っぽになった瓶子と盃が残されていた。

 「姫の首は、貰ったぁー」

 注連縄は、の生首に巻き付くと、その男の手元に戻った。その瞠目している晶子の目が、静かに目を閉じだした。その者は、晶子の生首に注連縄でグルグル巻きにして、眉間の辺りに、お札を貼り、魔性のの者や魑魅魍魎が触れることができないように聖なる術をかけた。

 (少し裏鬼門が穢れた。今は清めの酒がないが、この低度なら、あとでも、十分間に清めることができるだろう)

 「それにしても季弘の奴。ヘマしやがったかー」

 男は、全身をバリボリと音を立てて體を掻いていた。

 「痒! 痒!」

 男は、鬼女を現れるのに待ち草臥れて、清めの酒に手を出し、余りにも美味しい酒に、一口が二口、三口と進み止まらなくなり全て飲み干し、ついつい酒を飲み過ぎていた。酒が回り、體温が上昇し二酸化炭素を吐き、汗とともに分泌されたL―乳酸に刺激された蚊が集まり、全身を蚊に刺されていた。

 「痒! 待ち草臥れて、酒を飲み過ぎたじゃないか! 痒!」

 その男は酔っていたが、鬼女が現れると一変にして顔つきが変わりの顔になった。男は、鬼女が向いている向かいの松の木の上から猫や虎のように軽々と飛び降り着地した。男は人間離れした動きと蛇のような冷たい赤い目で鬼女を見ていた。

 「何者じゃー。このままで、済むと思うな!」

 男の氣配を感じた鬼女は、後ろにいた男を見返り鬼の形相で、睨み付けていた。

 「も、妖怪か?」

 「この俺が、妖怪だと! おまえと一緒にするなぁ! この醜い鬼の出来損ないがぁー」

 鬼女は男の赤い目を見て、男の腕に巻き付く白蛇を見ていた。

 「お前は、白蛇に憑依されているのか?」

 「ほうー。俺の守護神の使役の白蛇が見えるのか? 身も心も鬼女になり妖術を身に付けたか!」

 男と鬼女が話している間に、鬼女の手の甲の砕け散った骨や肉が再生していた。

 「の仲間なれば、命を助けてやる」

 男は、無防備で、構えることなく自然體で立っていた。注連縄は蛇のようにを巻き、先端が鬼女の方に向き、猛毒のコブラのように威嚇をしていた。

 「弁財天の使いの白蛇が、てめぇーを敵と判断した。捕縛して俺の手柄にする」

 鬼女は、乱れた髪の毛を掻き上げた。

 (ん? 傷が治っている!)

 男は、注連縄を持っている手首を微妙に動かした。男の無防備な態勢に鬼女は油断して躱す間がなかった。

男は、傷が治癒したところを再び、肉と骨を砕いた。男は、鬼女の傷を負った手の甲を興味深く見ていた。

 「へぇー。再生するとは…。貴様は、トカゲの尻尾か?」

 鬼女の手首は、血が止まり肉も骨も再生した。

 「よくも妾の體に傷をつけたなぁー。お主は、一體何者ぞー」

 「魔性の者が、俺にく話しかけるなぁ。下郎、退治してくれる」

 男の神眼は、鬼女が纏っている被衣の胸の辺りに、仄かな小さい光りを見つけた。

 (うむっ! なるほど! あの光が、魔性の氣を掻き消していたのか! それで、俺たち能力者に氣づかれずに、動けたのか…。倭の八百萬の神か異国の仏か神か、そのを剥げば、分かること。ん! この匂い……。麝香の香りか? 高価な麝香に、あの雅な被衣? どこかの公家の娘か?)

 鬼女は、妖刀を口から出し鞘から剣を抜くと、夥しい数の平家の郎党たちの怨霊が、鬼女の體の回りを浮遊していた。

 「この妖刀の一部にしてやるわぁ~」

 男は、夥しい数の怨霊を見ても動揺しなかった。

 「なるほどな平家の亡霊か! 人を捨て、鬼女に落魄れたかぁ。この外道がー。首は、三条河原に首を曝して、てめぇの魂魄の行き先は決まっている。地獄の閻魔に裁かれ底無しの地獄に落ちればいいわー」

 男が持つ注連縄が、自由に伸び縮みし、自由自在に操れる鞭で、鬼女を斬るのでなく捕獲にする戦法をとった。男が放つ鞭のような撓る音が、鳴り響き鬼女を襲った。男は動くことなかったが、鬼女も動くことはなかった。

 「ホホホホッ。妾の體に傷ひとつ、つけることはできぬわ!」

 注連縄は、小さな光に不浄な者として鬼女を判断せずに、怨霊だけにに攻撃を仕掛けていた。

 (なぜ、本體に攻撃しない? あっ! あの光か!)

 鬼女の被衣から発する光に守られ、鬼女から発する妖氣を被衣の襟から発する神氣が掻き消していた。鬼女は、天狗の隠蓑のように邪悪な姿を消し、神氣の光を利用していた。

 (白蛇大神が敵と見做さないなら、この俺が斬ってやる)

 動かなかった男が動きだした。右には白蛇大神が宿る注連縄を持ち、左には神社の水神が宿る神剣を持ち、怨霊を斬り裂いた。

 「クククククッ! 行け、怨霊ども」

 怨霊は、真っ二つに切り裂かれていたが、痛みを感じていなかったどころか、無氣味に笑っていた。水神が宿る神剣に裂かれた怨霊だったが、鬼女の神の光に怨霊は、元に戻りひとつになった。そして、再び男に襲いかかってきた。

 (浄化できない! ………これも、あの光の仕業なのか? 切りがないぞー)

 鬼女は、妖刀から新たに怨霊を出した。その怨霊は、実體があるかのように見えいた。血に染まった真赤な甲冑を纏い、血が滴り、血の生臭い匂いも鼻にさした。右手には錆た刀を携え、顔の肉は、腐敗し蛆が湧き、地面に蛆虫が落ちていた。

 白蛇が宿った注連縄は鞭の炸裂音のように、を斬り凄まじい音が響き渡った。

 「南に方から、何か音がしているぞー」

 近くにいた兵衛府の兵の耳に、鞭の炸裂音が届き、馬を走らせ男に助勢に向かった。この男の耳にも、何十頭のの音が近づいていることがわかった。

 (ちっ! いが、きやがったぁっ!)

 男は、怨霊を剣と注連縄で攻撃を続けながら兵衛府の兵士に静止を求めた。

 「来るな!」

 だが、兵衛の兵士たちの耳には、男の声が届いていなかった。

 「ちっ! 来るな!」

 「助太刀いたす!」

 兵士は馬を止め、男の顔が見える距離まで近づいてきた。

 「安倍様!」

 その男の名は、東北の陰陽師、奥州安倍氏の安倍兼吉という。

 「来るな。お前たちに敵う相手ではない。怨霊に取り憑かれるぞー。直ちに立ち去れ」

 「でも。しかし…」

 兵士には、鬼女の姿だけで怨霊は見えていなかった。

 「来るな! 若造がぁ!」

 兼吉は酔ってもおり、口調が荒かった。

 パッシッ!

 兼吉は、注連縄で馬の手前に鞭のように激しく打ち、馬は怯え、後退しながら暴れていた。

 「下がれ! 下がれと云っているのに! この若造がぁ!」

 兼吉は、怨霊たちが兵士たちに取り憑き、自分に襲いかからないように兼吉は怨霊を打破する注連縄で四方に囲み、怨霊たちを結界の中に閉じ込めた。注連縄は、無数の白い蛇となり結界の中の怨霊は纏っている甲冑が、溶けだし苦しみいていた。兵士の目にも、結界の中を浮遊する怨霊が、兵士にも見えるようになった。

 「お主らに、敵う者ではない。さぁー。今のうちに、早く行け!」

 兵士たちは、この世でない者を初めて見て混乱していた。だが、鬼女は兵士たちを利用して、怨霊を兵士たちに憑依させてお互いに斬り合った。

 「逃がすか」

 「あの兵士たちも利用して、お互いに切り合え!」

 鬼女は、妖刀から再び夥しい数の、中央に対する怨霊たちを続々と出し、兼吉や兵士たちに襲い掛かった。その怨霊の體は、透き通っていたが、兵士たち目にも、しっかりと見えており、触られると感触もあった。だが、兵士たちの刀では、怨霊を斬れることなく何回斬っても手応えもなく、何もない幻を斬っているかのように無駄に體力を消耗していただけであった。馬の目にも怨霊が見えており、怨霊に怯え震え、暴れだした馬から兵士たちが、落馬し兵士を残して馬は逃げ去った。兼吉は、右で注連縄を持ち結界を形成している為に注連縄を離すこともできず、左に持っている神剣だけで怨霊を斬って斬って斬りまくっていた。その怨霊は、実體があるかのような甲冑を纏い。剣を振りかざし、貞兼吉や兵士たちに襲い、夥しい数の怨霊に囲まれていた。この数の多さに兼吉の左一本では、斬れる数も限られ苦戦を強いられていた。兵士たちが助に来てから状況が変わり、兼吉にとって不利であった。

 (斬っても再生するか! やつらを甘く見ていた。この怨霊は、平の将門の怨霊ではなく、源氏に滅びた平家の怨念だな)

 怨霊は、水神が宿る神剣で斬られ、痛みに叫び、痛みに転がりもがいているが、鬼女の被衣から発する光が、怨霊を包み徐々に魂魄を再生し、痛みと苦しみを受けていたが、生前に受けた憎しみと兼吉に対する恨みが、一層に恨みが増し、悍しく恨みに満ちた声で叫んだ。その恨みに満ちた声は、兼吉の心に届いていたが、兼吉の心は、無の境地にあり、鏡のように怨念を跳ね返していた。だが、兵士たちの心を凍らし、兵士の動きが鈍くなり怨霊に囲まれていた。ひとりの兵士は、斬っても斬れない得體のしれない者ちに、恐怖し我武者羅に刀を振り回していた。

 「来るな~。来るな~」

 兵士は、ガタガタと震えながら刀を振り回していた。

 (傷は浅いが、この儘だと、妖刀の一部に成り果てる。コイツらには悪いが見捨てるか!)

 兼吉は、體全身に傷を負い。布衣が、ズタズタに斬られ血で赤く染まっていた。

 (三合の酒が、仇になったか…。だが、酔えば酔うほど強くなる。痛みなど感じるか)

 確かに傷は、浅かった。が、酒と激しい運動量に出血が酷く、足に力が入らなく、體勢が崩れ右膝を地面についた。怨霊たちは、一斉に兼吉に覆い被さり體の中に憑依した。

 「ぐわー」

 兼吉は、反狂乱になり右に持っていた注連縄から手を離すと結界の中にいた怨霊たちが兵士たちに憑依した。

 兵士たちも憑依され、顔はどす黒く、頬は痩けて闇に浮かぶ白い瞳をしていた。

 「中々。いい體じゃないか」

 「俺の體も、中々の者じゃー。俺は、に一ノ谷合戦にて殺された。これからはとして、源氏や土肥家を祟り続けてやるわー。ヒャヒャヒャッ!」

 「どうだ。兼吉の體は?」

 兼吉は目を瞑り、下を俯きジッと立ちんでいた。

 「……」

 「おい! どうした?」

 (しゃないなぁ! 龍神を出すか!)

 兼吉の肉体に怨霊が入っていたが、神氣に満ちた體には憑依されていなかった。

 「はぁー」

 兼吉は、自分の體の中に入った怨霊を、自分の手で掴み取り無理矢理に引き摺りだした。

 「お、俺が…。白龍神と一體化した俺に、低度の低い怨霊に、この體を乗っ取ることなど、有り得ぬわー」

 兼吉は、顔を上げ龍の目のように、怨霊に睨み付けた。

 (この失態。アイツらに押しつけることが出来なくなったかぁ…。ちっ!)

 兼吉は、白龍神と一體化になることで神氣を放ち、季弘たちに自分の行動を知られてしまった。

 「南無九頭龍弁財天様よ。注連縄に宿り、妖怪化した怨霊たちを浄化し給え」

 兼吉の體内に残る怨霊を、九頭龍弁財天の神氣に触れ、一瞬にして消し土に返し兵士は、その場に倒れた。そして、雷の轟音のように咆哮した。

 「南無九頭龍弁財天様よ。もっと兵士に憑きき、怨霊を取り除き土に変え給え!」

 その九頭龍の姿は、光輝を放ち巨體な龍は、大内裏付近で戦っている童子にも安倍四天王にも見える程の大きさであった。その龍は兵士の體に向かって突進して、長い體をくねらせ兵士の頭から食いつくと怨霊だけをえ、兵士の肉体と離した。怨霊の魂は黄泉み国に送ることもなく、土に返し無にした。九頭龍は、怨霊を睨み付けると怨霊の霊體は、火に包まれ霊體は土となった。怨霊は、魂は永遠なものと信じていたが、無になることを知った怨霊は、九頭龍から逃げ惑った。

 「おのれー。兼吉めぇ~」

 鬼女は、妖刀である懐刀から長い太刀に変化させた。激昂した鬼女は、毛を逆立ち、剣を振り上げ龍でなく、九頭龍を操る兼吉に襲いかかってきた。

 「貴様!」

 (出血が酷い。血が足りぬ。目が霞んできた。もう、夜が明けているのに、どこから、あのような力がでる。丑三刻ならどれだけの強さなんだ。だが、完全に鬼女の魔力も弱くなっているはずだ!)

 東の空が段々と明るく、烏が騒がしく鳴いていた。

 「九頭龍よ。穢れし者の肉と魂を九頭龍の胃の中で浄化せよ」

 九頭の龍は、鬼女に目掛けて四方八方から突進していった。

 「どうした。九頭龍!」

 九頭龍は、寸前なところで動きを止めた。鬼女が纏っている被衣の胸から放つ微かな光に九頭龍は、動きを止めた。

 「九頭龍!」

 (また、あの光か…。神氣か…。どこかの能力者か)

 兼吉は、無理矢理に九頭龍を従わせ鬼女に攻撃を仕掛けた。

 「九頭龍よ。行け!」

 九頭龍は、鬼女に牙を向けた。

 鬼女は、妖刀を振り回し龍の首を狙い妖刀を振り下ろしたが、龍の固い鱗に阻まれ跳ね返した。

 (もう少しで、山から太陽が見えてきた。鬼女も大分、力が弱まっているはずだが、あの妖刀! 龍の固い鱗と刃を合わしたというのに、刃零れひとつしていない!)

 妖刀が、大太刀から元の懐刀になり、姿も鬼女から茂子に戻りつつあったが、まだまだ、醜い魔性の姿をしていた。

 (やはり、人に取り憑いた魔物か)

 「九頭龍。行け!」

 龍が牙を剥き出しにして、鬼女の體を噛み殺そうとした時に、眩い光と共に地蔵菩薩が現れ、地蔵菩薩の力に九頭龍の姿が透けだし、徐々に姿を消すと九本の注連縄に戻り地面に落ちた。

 「地蔵菩薩か……。なるほど!……。地蔵菩薩は、鬼女となった女を救いたいのか!」

゜「地蔵菩薩の光明で、酔いが一氣に目が覚めたわ」

 兼吉は、動ける状態でなく倒れ込むように意識をなくした。

 「ちぃっ! 時間切れか」

 茂子に戻りつつある鬼女は、東の空を見上げると、新鮮な血を飲んだ茂子は美人になり、その場から慌てて逃げ去った。

 「兼吉殿!」

 狂喜に戻った兵士たちが、兼吉の側に近寄ってきた。

 「………。うっ…。晶子姫の首を兼実様の許に……」

 「分かり申した。兼吉殿、残りの者がの所へ送りましょう」

 「俺は、大丈夫だ」

 兵衛の目には、見えていなかったが、兼吉の體には都に住む弁財天の使いである白蛇が、ルビーのような目を光らせて、兼吉の體に群がり、傷を癒し掻き消した。

 「もう、傷は癒えた! 鬼女は、血か欲しく夜になるまで、現れない……。この戦いで力を使って十分な血が足りてないだろう」

 何処と無く現れた霧が、見る見る全身を包み、兼吉は姿を消した。

 鬼女が逃げ去った後。追帳鬼神と邪鬼童子と安倍四天王が加わり戦いの音は、都に轟き民の者は、一睡もせずに家の中で籠もり恐怖に怯え耐え、いつ戦いが終わるか戦慄して、民の者たちは震えていた。

 「ちょこまか、ちょこまかと動き回りやがって。この虫螻がー!剛力も、俺と力、速さが互角になるまで上げたな」

 「泰忠! 太陽の光が少し顔をだした。もう少しだ。がんばれ!」

 追帳鬼神が云った。

 「おいらの鎧は、太陽の光から體を守っている。力は変わらないです」

 「ハァーッ…ハァーッ…」

 泰忠の心臓は激しく鼓動を打ち、呼吸も荒くなっていた。

 「クソガキがぁー。ちょこまかと動きやがってぇー」

 不意に現れた素早い動きの新たに現れた童子に、不意をつかれた泰忠は、脇腹に蹴りを食らい地面に叩き付けられた。

 「クソガキァー。こんな相手に、手子摺るとは、情けないぞ」

 地面に魔方陣が現れて、酒呑童子の五男、黒い肌の駿足童子が地獄の底から現れた。

 「兄者!」

 泰忠は、右脇腹に正拳があたり、地面に叩き落ちた。ダメージが大きかった。

 「泰忠! 大丈夫か!」

 泰茂が、泰忠が心配になり寸刻の間であったが、泰忠の方に目線を向けた。

 「大丈夫じゃない!」

 泰忠は、脇腹を押さえ口から血を吐き地面には、血溜まりができていた。

 「泰茂! 後ろ!」

 泰忠を狙う駿足童子に目線を向けたとき、新たに現れた童子は、泰茂の隙を見逃さなかった。

 「捕まえた!」

 新たに現れた童子は氣配もなく、泰茂の背後に突然として現れ、甲高い声で耳元の側で囁き、泰茂の右足首を掴むと、物のように振り回し、地面に向けて投げ込んだ。泰茂は、頭を下に落下していったが、體を回転させ着地したものの、童子の力の強さに足を踏ん張り低い體勢の儘、後ろに勢いよく後退し、二条大路には二本の筋が朱雀門の前でま伸びていた。とを焦がして、漸く止まった。

 「弱い! こんな相手に手子摺るとは、情けないぞ」

 新たに現れた青い童子は、人間と同じ程の身の丈であったが、父と同じ三つの目を持っており、獲物を狙う瞬発力は、肉食の昆虫であり、尊天と一體化した人間の動きなど、止まって見えていた。新たに現れた童子は、大きく息を吸い込むと都の者たちに対し怒号した。                                                    「俺は、酒呑童子の長男。童子だ! また、明日の晩に人肉を戴きに来る。夜まで恐怖に怯えるがよい。その恐怖が、俺たちには絶好のご馳走だからな。ハハハハァッ」

 その怒号の声は、平安京に響き渡った。兄弟の童子は、昼間の光を避け黒い影が逃げるように住処がある洛西の大枝に帰っていった。

 「泰忠!」

 泰茂が、泰忠の側に近づいたが、泰忠の回りには白蛇が體を覆い隠し蠢いていた。

 「これは、兼吉殿の式神?」

 白蛇が、形を変え白い球體になると、泰忠が痛めた部位に集まった。そして、負傷した部位が治癒すると、シャボン玉が弾けるように音をたてて消えた。白い球體が潰れて消える度に、泰忠の血色が良くなり、全身の七つのチャクラが、満開の蓮華を咲かし、回転するように光っていた。

 「泰忠!」

 (疲れて、寝たのか!)

 泰忠は、疲れ深い眠りについていた。童狩衣の頸上から一匹の白蛇が顔を出した。

 〈泰茂殿。息子は、大丈夫だ〉

 その声は、兼吉の声であった。

 〈兼吉!〉

 〈礼を云ってほしいところだが、まぁー。いいか! 大分苦戦したようだが、南西の隅でる。裏鬼門を穢す魔性の者を見つけた。人を捨て、鬼女になった者だ。残念だが、晶子姫の首を持って現れた。民が怯えている陰の氣が充満している陽の氣が満ち溢れれば式神・善鬼の力となる〉

 〈そうか、陽の氣か…。被害が増えたか晶子姫が!〉

 季弘は、悔やんでいた。

 〈裏鬼門を守ることができたが、晶子姫が無惨な姿にされ、魂になっても首と體は離され首は體を捜し続け、體は首を捜し続けている。鬼女に呪いをかけられたのであろう。肉体は、鬼の類に食べられ、この世には少しの肉の塊が残っている程だ。魂は永遠に、この都を彷徨い捜し続けるだろう。鬼女を倒すしか、魂を救うことはできないだろう。で……、季弘。お前が動かずに、待ち場を離れなければ、このような失態にならなかっただろう。このことは、兼実様に報告させてもらうぞー〉

 〈云えばいい。云い訳もせぬ。その鬼女の正體は? 情報を知っているいるだろう。教えろ!〉

 〈教えてもいいが、お前たちに捕まえることができるかな! いいだろう。分かったことだけ教えてやろう。何か外道な行ないをして、人から鬼女に落魄れたのであろう。平家の血を吸い込んだ妖刀を持ているということは、源氏側の武将の娘か、縁のある女か?あの京友禅の上品な柄の被衣… 高貴な身分であろう! なのは、被衣の胸の辺りに地蔵菩薩のお守りを忍ばせ、天道の地蔵、人道の地獄、地獄道の地蔵、修羅道の地蔵、餓鬼道の地蔵が、鬼女や怨霊を守っていた。鬼女に攻撃を仕掛けても掻き消される。多分あのお守りは、六地蔵のお守りであろう。あのお守りを持っている限り倒すことができない。それに鬼女の體から麝香の香りが、仄かにした! あと一歩で鬼女を倒すことができたが、兵衛の若造どもが、自分の力を過信しすぎ、逆に怨霊に取り憑かれよって、馬鹿どもがぁ。責任は、兵衛の若造にある。まぁ。邪魔が入らなかったら捕縛していたがなぁっ! 今晩もでると睨んでいる。まぁー。がんばれよ 季弘!〉

 一匹の白い蛇は、小娘に化け軽く会釈すると瓶子を抱えて南西に向かっていった。

 「兼吉様の託けがあるので、失礼いたします」

 小娘は、穢れた裏鬼門を清めの酒と盛り塩で裏鬼門を清め沈めた。


 六月十九日 。

 この日は、朝から日差しがきつく、異常発生した蝉が激しく鳴いていた。都のには、散らばった人間の血と肉の腐敗臭が都に充満していた。兼実邸前に捨てられていた少量の肉片があったが、腐敗も激しく男とも女とも性別も分からなく、晶子とは誰も氣づかれないほどに変貌した。遺體は、無縁仏として葬られた。大臣の対応も早くバラバラの遺體を焼き、に手厚く葬られた。陰の氣で都は、腐敗からの原因である疫病を阻止することができなかった。

 季弘は、兼実邸に向かい。残りの安倍四天王は、屋敷に帰り昼まで睡眠をとっていた。季弘は、兼実に対面を求めたが、二人の娘を失い屋敷は静まり返り、兼実は一云の話すこともなかく、たる涙を流し続け、目は腫れ寝床から出るともできずにいた。人と対面することもできない状態であった。季弘は、門の前で帰され季弘邸へ帰っていった。季弘は、屋敷に戻ると明日香に偵察を行なっていた式神たちを全て呼び戻した。

 実は、この時。明日香村や南都では、作物が不作で虫を食べ新たな病魔がると当時に飢餓も流行し多くの者が亡くなった。式神の報告では、このした飢餓も怨霊の仕業であることがわかった。そんな最悪な中、兼実の命令で式神たちを引き上げた。

 三条邸では、茂子は鏡を見て自分にうっとりし、艶のある髪に櫛を通していた。以前の茂子とは、比べようにならないほど美人になり、肌は透き通るような白い肌になり、三条家の者たちも驚くほどであった。屋敷の者が、町中で出会っても分からないほどに変貌した。こんな美形を男は、ほっておくわけがなかった。前日、名高い人物が訪れて恋文を渡した。ほかの侍女からは、いじめは治まらなかったところが、美しく変貌した茂子に嫉妬し、陰険ないじめの対象になった。美しさによる嫉妬と、茂子は心の中で勝ち誇り相手にしなくなっていった。茂子は、血の味が癖になり、そして、いつまでも美しくありたいという氣持ちが、夜になると鬼女に支配され理性で止めることもできずにいた。茂子は、平家の怨霊に利用させて、もう後戻りできない。完全な鬼女となり、血がないと依存できない體になった。自分では、止めることができずに鬼女の本性で動いていたのだ。茂子の心の中では永遠に若く、美しくありたい、慈悲の心もなくなり、他人が犠牲になってもいいと残忍な鬼が棲みついた。

平安京では、民の者たちが朝からちする者が増えだしパニックになっていた。事の始まりは、公家や武家の者たちは、帝が内裏にいる限り都を離れることができず、娘たちを別邸に隠し、平安京から出ていった。それを見ていた民の者たちが近隣諸国に逃げ始めたが飢餓で余所者に与える食料はなかった。


 日が、少し傾き出した頃。

 そんな騒々しい都に、熟睡していたのは徹夜で戦っていた六衛府の兵士たちと五人の安倍の者たちだけであった。そして、近隣諸国の豪族たちが、平安京に続々と集まってきた。

 「五月蠅い。外が、騒がしいー」

 馬の馬蹄で目が覚めた貞光が、式神の目を使い外の様子を見ていた。

 「ちっ! 近江の佐々木一族か… 腕を上げようと息巻いているが、お前たちが敵う相手でないわー」

 兼吉は、外の騒々しさに眠ることができずにいた。

 「酒でも飲むか」

 近くには、二匹の式神、白蛇がいた。

 「おい、お前ら。酌をしろ! 蛇の儘では酒がくなる。女に化けて、酌をしろ!」

 白蛇は、二人の女性に化け、式神の白蛇を相手に、盃を口に運んでいた。

 「兼吉様。こんなに時に、こんなに飲んで、大丈夫ですか?」

 酒は、式神を含めて三人で二升を超えていた。

 「季弘たち四人が、束に掛かっても、相手にならない。あの兄弟の童子たちにあの鬼女。無能な武将たちが、童子の力も知らずに、自分の力量も分からずに童子や鬼女に立ち向かうだとー! 馬鹿どもがぁ! 足手纏いになるだけで、命が幾つあっても足りぬわー。兼実も腑抜けなり役にたたぬ。ここは、義経の力も借りないと無理じゃ」

 酒は、進んで三升も飲んでいた。貞光は、まだまだ酔ってもなく、底なしのであった。この男、大酒飲み也てを好み、琵琶の名手でもあった。

 「兼吉様」

 源義経に平安京の状況を伝えていた式神が、兼吉の下に帰ってきた。

 「おっ! どうじゃ。そちらの様子は?」

 「はぁっ。義経様は、平家の捕虜と共に尾張に入られ、京に向かっております」

 「尾張か。早くて廿一…廿二日か…。分かった上がって酒でも飲め」

 先に飲んで、女に化けていた式神は、元の姿の白蛇の姿で、仰向きになり鼾を立てて酔い潰れていた。

 「さぁさぁさぁー。駆けつけ三杯」

 大きな大杯に酒を並々入れ、式神は呻るように一氣に飲み干した。

 「いい飲みぷりやー。もう一杯いこー」

 兼吉は、義経や義経四天王が京に入るまで、動く氣は全くなかった。

 「あっ! 酒がない」

 大樽の酒を飲み干した。

 「寝るか! ×◎☆c……」

 酒がなくなり、呂律が回らなくなり、酔いが回ると寝床に入り高鼾で寝出した。


 日が茜色になった頃。

 兼吉は、大の字で寝ていた。

 そんな時。泰茂邸では、若い僧侶と小坊主が訪ねてきた。

 「から参りました。手前は、。この者は、と申します。座主・様から泰忠殿に、お届け物がごさいます。是非とも、お目通り戴きたい」

 その若い僧侶は、この時代には珍しく身の丈が六尺あり、背中には胴體と同じ程の木箱を重たそうに担ぎ、小坊主は、抱えている物に、べそをかいた顔をし、胸に大事そうに風呂敷に巻いた物を重たそうに持っていた。

 侍女の者が、対応し屋敷の中に通した。中では、泰茂と泰忠が戦の準備をしており、鎧兜を着込み上座に親子が座り、下座に僧侶が座った。そして、ふたりの僧が持ってきた。醍醐寺の宝を渡しに来たのであった。

 そこには、人と同じ背をした追帳鬼神がいた。

 「これを勝賢様から泰忠殿にお渡しするように頼まれました。これは、今から三百年前に渡来人の修験者の者が、醍醐山の地を訪れ、開祖 様が、その修験者と導かれるように出会い醍醐寺に迎え入れた。ふた月、醍醐寺に滞在され、山を降りる前日の夜に、聖宝様に、この二つの甲冑と破魔矢と手紙を添えて寺の宝として授かりました。手紙には、昨日の日付が書かれており、この日に手紙を読むようにと、そして、手紙の封印が解かれました。その手紙の内容としては、この世が乱れ、恨みに満ちた怨霊たちが群がる晩に、魔性の者が生まれ、人間を襲い、食い、地獄図の如く都は地獄になるだろう。その魔性の者たちに立ち塞がるように三鬼大権現が現れ魔性の者を倒すと、その大権現のひとりとして酒女好童子が大日如来に帰依したる追帳鬼神が装備すると倍の力をますが陰の血を吸い込む為に命をおとす。その童子に、この甲冑を授けるようにと、書かれておりました。破魔矢は、高僧が使ってください。もう一つの甲冑は、時眉鬼神の甲冑です。これは、夕方の明けの明星が輝くころ神氣を放し装着できます」

 行覚は、絹に包まれた破魔矢を泰忠に渡した。

 「これが??…」

 泰茂や泰忠の神眼でも、ただの置物としか見えなかった。

 「これで、鬼を倒せるとな?」

 その破魔矢は、弓が二尺で、矢が一尺しかない飾り物としか見えなく、こんな物で鬼に敵うなどと、半信半疑であった。泰忠は、矢を通し、庭に向けて弓を引こうとしたが、弦が固く引くこともできなかった。

 「魔性の者が現れた時に、高僧がその弓を引くことができません」

 行覚は、横に置いていた木箱を正面に置き直し、側面の蓋を引き上げ中の甲冑を取り出した。

 「これは、鬼だけが纏うことができる甲冑でございます。泰忠殿の使役の鬼神に使ってくだされ」

 木箱からは、純銀製の甲冑を取り出したものの、その甲冑は置物のような子供も纏うことができない一尺程の大きさで、九尺ある鬼神には着込める物ではなかった。

 (小さ過ぎる…)

 「泰忠殿。まずは、童子を出してくだされ」

 泰茂と泰忠の神眼は、甲冑から発する神のオーラを感じ取っていたが、半信半疑に泰忠は式神を呼んだ。

 「で、では…」

 泰忠は、五芒星の印が入った短冊を右手の上に静かに乗せた。泰忠のひとつひとつの動作が、舞い舞うように動く仕種の中に秘められている優しさが、その動きに滲み出ていた。短冊を乗せた右手を右側に静かに移動させると泰忠の手からは、短冊が離れ、ひらひらと舞い踊り。部屋から出て庭に向うと、短冊の形が崩れだし白い紙の人形になると、徐々に人形は大きくなり九尺を超える童子の姿になった。

 〈お呼びでございますでしょうか? 泰忠様!〉

 善鬼と名を変えた時眉鬼神は、片膝立の姿勢で現れ、泰忠に向けて頭を下げていた。

 「泰忠殿。この甲冑は、今だ使ったことがなく未知数なことが多々あります。吉とでるか? 凶とでるかも分かりません」

 鬼神が現れ、甲冑は神氣のオーラを発すると左右に揺れ出すと、甲冑の中から穢れを祓う無数の鈴の音が鳴り出した。

 「さぁー。泰忠殿。鬼神に向けて翳してくだされ」

 行覚が、泰忠に手渡した。見掛けよりズシッと重い甲冑を両手の上に置き部屋から簀の子まで出てくると、泰忠は童子に向けて翳した。

 (これは、人が造れる代物ではない。いや! 物でもない…。命が宿っている。ひとつの生命體だ! この神氣…。人が、纏える代物ではない。例え人が、纏えたとしても精神が破壊され癈人になる!)

 童子に翳した時に、茜色の日輪が甲冑の中に吸収し銀の甲冑から茜色に光輝する甲冑に変わった。

 「うっ! 眩しい!」

 甲冑の中に吸収された日輪の光は、一氣に放射された。甲冑の間近にいた泰忠もだが、回りにいた者たちも、余りもの眩しさに目を瞑り背けた。だが、その光は目が眩むような強烈な光ではなく、どこか暖かさがあった。

 (光が??…)

 巨大化した追帳鬼神が日光の光背に、目蓋を通し目の前は、赤く見えていた。光源が、徐々に弱まると、目を瞑っている者たちにも、光が弱まっているのが分かった。泰忠は、凛々しい二重瞼を開け目の前に立つ童子の姿は、仏教に帰依した鬼神の姿になっていた。部屋にいた者は、光に誘われるように簀の子までに出てきて、仏の化身になった鬼神を見上げ鬼の形相だが印を組み大日如来と重ねて見ていた。

初めての小説ですが最後まで読んでいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ