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8、二十年前の魔王、すべての始まり

「…これなのか」

「はっ、魔王陛下。しんが観測いたしました異常な魔力波は、この場所から発生しております」


 その身には不釣り合いなほど巨大な黒マントを羽織った、幼い少女。その足跡が、山頂の雪の上に点々と刻まれていく。少女の後ろには、長い白髭をたくわえた竜族の魔物がついていく。

 少女こそ、魔王シェリス・ツィンテルバス。

 数日前、彼女は魔法研究部の部長――すなわち、後ろに従う竜族の魔物から、緊急報告を受けていた。彼の魔力観測装置が最近異常を示しており、調査の結果、正体不明の強大な魔力が装置の正常な動作を妨害していることが判明した、と。その強大な魔力の発信源が、この山の頂上だというのだ。

 念のため、報告を受けたシェリスは自ら調査に赴くことを決めた。

 二人が山頂に到着すると、目の前の空間に奇妙な物体が浮かんでいる。赤い宝石のような見た目で、その周りは、まるで蜘蛛の巣のように裂けている。裂け目からは、絶えず不吉な気配が漏れ出している。

「空間の裂け目、か…。原因は何だ?」

「そ、それが…まだわかっていません…」

「ふむ…」

 部下はこの現象を観測し場所を特定しただけで、実際に接触したわけではない。詳しいことはまだわかっていない。より深く知るためには、もっと何かする必要がある。

 シェリスは興味深そうに赤いオーブと空間の裂け目を見つめ、ゆっくりと近づいていく。そして、オーブへと手を伸ばした――


 バチッ!


 次の瞬間、空間の裂け目から何本もの稲妻が飛び出し、シェリスに襲ってきた。

 魔王が攻撃されるのを見て、部下は慌てて叫ぶ。

「魔王陛下!!」

「問題ない。傷はない」

 さすがは魔王。何本もの稲妻をまったく動かずに受けても、全然平気だ。シェリスは手首を軽く振り、ふっと笑う。

「フン、どうやらこいつは、少なくとも友好的な存在ではないらしいな」

「はい、その通りです…」

「裂け目からは強大な力を感じる…。我が軍の役に立たないのなら、破壊するだけだ。こんなものを放っておけば、いつか我が軍の脅威になるかもしれない。今は我が軍が勢力を広げ、敵国へ攻め込む大事な時だ。邪魔されたくない…。おい、少し下がっていろ」

「はっ」

 部下が距離を取ったのを確認し、シェリスは右手を掲げる。強大な魔力が凝縮され、その手の中で黒い炎が激しく燃え上がる。

「はあっ!」

 炎が最も激しく燃え盛った瞬間、シェリスは鋭く右腕を振り抜き、一撃を放つ。

 ゴォォォォン!!


 ものすごい音と一緒に黒い煙が上がり、山頂から空へと突き抜ける。遠くに離れた部下でさえ、思わず両手で口と鼻を覆うほどだ。


 だが……。

「ふむ、なかなかしぶといな」

 煙が晴れると、赤い宝珠はまだ傷一つなくそこに浮かんでいる。二人が予想したように、灰になっているわけではない。

「防御障壁か。こんな物が自衛の術まで持っているとはな」

 シェリスは自身の攻撃が命中する瞬間、確かに見た。赤いオーブの前に突如として赤い障壁が出現し、まるで防御魔法のようにオーブを守ったのを。自分の攻撃は障壁に阻まれ、オーブ本体には届いていない。

「ならば、壁ごと本体を吹き飛ばすだけだ」

 一発で倒せなかったので、シェリスはすぐに第二撃の準備に入る。

 両腕を高く掲げると、莫大な黒い魔力が少女の体を焼くように覆い尽くし、ゆっくりと天に掲げた両手へと集束していく。

 やがて、シェリスは左腕をゆっくりと水平に下ろす。見ると、先ほどの黒炎を遥かに超える温度を持つであろう、鮮やかな紅蓮の炎が火球となってその掌に浮かんでいる。依然として高く掲げられた右の掌には、雷が激しく明滅し始めていた。

 途端に、強大な力が周囲へと拡散し始める。地面が震動し無数の亀裂が走ると同時に、大気が悲鳴を上げ、空間そのものが引き裂かれるように歪み、シェリスを中心に波紋のように広がっていく。

 魔法開発部の部長である部下は、シェリスが何をしようとしているのかすぐに理解した。

「魔王陛下! そ、それは…まだ完成していない魔法ですぞ! 無理に使えば…!」

「だからこそ、これで一気に仕留める」

 未完成の技さえ躊躇わず使う。魔王は本気だ。

 ついに、荒れ狂っていた魔力が静まり、雷光と火光がそれぞれシェリスの両手に収束する。

「エンペラーズ・エンド!」


 技の名を叫ぶと同時に、シェリスは稲妻を宿した右手を鋭く前方へ突き出し、同時に炎を宿した左手を後方へ引く。稲妻が推進力となり炎を包み込み、巨大な魔力の奔流が津波のように空間の裂け目へ襲い掛かる。


 先ほどの一撃を遥かに凌駕する凄まじい爆音が、部下の鼓膜を破らんばかりに山頂に響き渡る。地響きと共に、目を開けていられないほどの強烈な閃光が絶え間なく炸裂する。


 エンペラーズ・エンド…それはシェリスが全身全霊の魔力を込めて放つ、魔王である彼女だけが使用可能な奥義。それは、太古に小惑星の衝突が引き起こした生物大絶滅を参考に、同様の事態に備えるべく考案されたもの。最大の威力はその大絶滅を起こした小惑星さえ砕けるという、まさに禁忌の領域の技だ。シェリス自身、この技は構想段階であり、実戦投入は初めて。それを今、彼女はこともなげに放ったのだ。

 部下はシェリスの方向を不安そうに見ていた。もしこの技が制御を失い暴走すれば、世界そのものが消滅しかねない、と。だが、彼にシェリスを止める術はない。ただ遠くへ離れ、危険地帯から身を守るしかなかった。


「……陛下?」

 彼は、この一撃で赤いオーブも空間の裂け目も完全に消滅すると思っていた。しかし、凄まじい爆音と空気が引き裂かれるような轟音は、いつまでも止まない。

 部下は恐る恐る目を開け、そして目の前の光景に言葉を失う。

「……なっ?」

 エンペラーズ・エンドがオーブに命中する寸前、その莫大な魔力は拡散し、空間の裂け目の中へと吸い込まれていく。まるで、空間の裂け目が自らエンペラーズ・エンドを吸収しているかのようだ。星をも砕く魔力でさえ、裂け目に吸い込まれた先、虚無の彼方へと消えていく。どれほど激しい攻撃を注ぎ込んでも、その空間を満たすことはできない。


 だが、シェリスはそれを認めないかのように、攻撃を止める気配がない。魔力は依然として彼女の手から目標へと流れ続け、まるで空間が破裂するまで攻撃を続けるつもりのようだ。部下はその様子を見て、慌てて制止の声を上げる。

「魔王陛下! 攻撃をお止めください! 術が空間に吸収されています! このままでは何が起こるか…!」

「私…だって、そうしたい…!」

「え?」

「だが……止められないのだ!」

 魔王であるシェリスさえ、この時は冷や汗を流す。

 攻撃を止めようにも、技を収束できない。制御不能となった莫大な魔力が体から噴き出し、まるで何かに引かれるように流れ出していく。攻撃に使っていた腕だけでなく、シェリスの全身から魔力が溢れ出す。地震のように激しく揺れていた山は、さらに凄惨な悲鳴を上げる。

 やはり部下が心配した通り、未完成の技はその恐るべき副作用を見せ始めていた。


 そして、ついに臨界点が訪れる……。


「まずい……っ」

「陛下! お止めください!」

 体内の魔力の異変に気づいたシェリスは、次に何が起こるか、彼女にはわかっていた。だが、部下に避難を促す間もなく、その結末は訪れた――


 ドゴォォォォォン!!!


 その日、最大規模の爆発が、山頂で巻き起こった。


「陛下!……」

 部下は叫びながら、シェリスに近づこうとする。だが、強烈な爆風に枯れ葉のように吹き飛ばされる。遠くの地面に激しく叩きつけられる。その衝撃で、部下は一瞬にして意識を失った。


「……うぅ、今の、は……。ご無事ですか? 陛下……」

 どれほどの時間が過ぎたのか。部下はようやく頭を押さえながら、雪の中から身を起こす。彼は無意識に主の姿を探す。しかし、再び山頂へと戻った時、思わず目を見開いた。


 赤いオーブの周りにあった空間の裂け目は消え、オーブだけが静かにそこに浮かんでいる。それだけでなく、オーブが放っていた赤い光も弱まっている。そこからは、もう魔力を一切感じない。正体不明のそれを破壊することはできなかったが、シェリスは一時的にそれを封印したようだ。


 だが、肝心のシェリス本人の姿がどこにもない。

 山頂にあるのは、例のオーブと、爆発で地面に残した巨大な穴、そして吹き荒れる吹雪だけ。

 それ以外には、何も存在しない。


「陛下!? 陛下!? いずこにおられますか!? お答えください! 陛下!!!」


 部下がどれだけ叫んでも、ただ虚しいこだまが雪山に響き渡るだけだった。


 その日、魔王シェリスは行方不明となった。

 魔王城、魔王軍、ひいては魔界全土が、深い混乱に陥ることになる……。

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