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エルフの“奥様”は、世界最強の魔王様でした  作者: XMEGA
第二章 魔王城シル・バイオレンス
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76、大将軍就任式

 タールニの首席大将軍就任式は、万の魔物が見つめる中、魔王城シルヴァレンスで最も宏壮な宴会場――「万魔殿」にてついにその幕を開けた。


 穹窿の上では無数の魔晶石で構成されたシャンデリアが幽玄な紫の光を放ち、広間の一切を神秘的かつ威厳のある色彩に染め上げている。長い宴会テーブルにはビロードのクロスが敷かれ、魔界各地から取り寄せられた珍味佳肴と芳醇な美酒が並ぶ。魔王軍で名の知れた文武百官が今や一堂に会し、彼らはあるいは小声で語り合い、あるいは静かに酒を飲んでいる。だがその全ての視線は宴会場の最も上座にある主位へと意図的か無意識にか注がれていた。


 魔王シェリスが自らこの式典を執り行っていた。彼女は簡素でありながらも威厳を失わない黒い礼服をまとい、華麗な玉座からゆっくりと立ち上がる。その手には血のように赤い酒が満たされたグラスが握られていた。


「諸君」


 彼女が口を開くと騒がしかった宴会場は瞬時に静まり返った。全ての魔物が畏敬の眼差しで彼らの最高統治者へと一斉に向き直る。


「今日ここに集まってもらった理由は皆も承知のことだろう。そうだ。本日の主役は我が魔王軍の新任首席大将軍――タールニである」


 シェリスの視線が場内を掃き、最終的に主位で緊張のあまり触手まで硬直させている、ピンク色の髪の少女の上で止まった。


「皆も彼女のことはとうに知っているだろうが、余は改めてここで宣言する。今この瞬間より、彼女は大将軍となり、タヴァル参謀と並び立つ、魔界において余に次ぐ存在となる。つまり彼女はお前たち全ての上官である。彼女の命令はお前たちにとって絶対遵守の軍令だ。日頃より彼女の采配に従い決して逆らってはならん」


「御意! 我ら必ずや大将軍様のご命令に従います!」


 部下たちの声が一つになり、その声浪は宴会場の天井さえも吹き飛ばさんばかりだった。 シェリスは満足げに頷きそして視線を本日の主役へと移した。


「さあ、タールニ。首席大将軍としての最初の命令を下すがいい」


 瞬間全ての視線がタールニの身に集中した。彼女は極度に緊張し酒杯を持つ手さえも制御不能に震えている。無数の目が自分を突き刺しているのを感じる。その眼差しには敬服、警戒、疎遠、そして隠しきれない恐怖さえもが含まれていた。だが彼女が最も渇望している――心から「友人」として受け入れようとする感情だけはどこにもなかった。


そう、それも仕方ない…。誰が「怪物」と友達になりたいと思うだろうか… たとえあの血に飢えた魔物たちから見てもタールニは紛れもない「怪物」だったのだ。


 彼女は言いたかった。「皆と…皆と、友達に、なりたいです」と。だがこのような荘厳な場所で、このような息詰まる威圧の下その言葉はどうしても口から出てこない。魂の奥底から湧き上がる臆病さと自信のなさが彼女を恐慌させ、結局は最も無難で最も間違いのない命令を選ばせた。


「そ…それでは…皆様…乾杯…」


 彼女の怯えた声は暖炉で燃える炎の音にかき消されそうだった。 しかしとうに飲みたくてたまらなかった部下たちにとってそれは紛れもなく天上の音楽。彼らは即座に地鳴りのような歓声を上げ、新任大将軍の最初の命令に従い、宴を始めた。


 ただ一人、隅の席に座るタヴァルだけが終始一言も発さず、杯を上げることもしなかった。彼はただ沈黙し無表情に目の前の酒と肴を見つめている。まるで自分の妹のために開かれたこの盛大な祝宴が彼とは何の関係もない退屈な茶番であるかのように。


 その時、蛇の尾を持つ魔物が酒杯を手にタヴァルのそばへ寄り満面の笑みで追従の言葉を述べた。

「参謀様、おめでとうございます。これで参謀様も妹君も我が魔王軍の大人物となられましたな。今後とも我々をお導きください! いやはやこれほど優秀な妹君をお持ちとは実に羨ましい限りですぞ!」


「……」


 しかしタヴァルはゆっくりと顔を上げ、モノクルの奥にある氷のような眼差しで彼を淡々と一瞥した。 その視線に言葉はない。だが魂さえも凍てつかせる殺気が込められていた。その眼は「黙れ」と無言の警告を発していた。 あの魔物は瞬時に背筋が凍り顔の笑みが引き攣り冷や汗が額から滑り落ちた。彼は萎縮しそれ以上一言も発することができずそそくさとその場を退散した。


 ♦


 タールニの元には多くの魔物たちが列をなし次々とこの新任の首席大将軍に祝福を捧げていた。


「タールニ様、ご就任誠におめでとうございます!」

 屈強な体つきの片腕の老魔物が真っ先に進み出た。彼は既に引退した前任の大将軍カロンだった。

「老兵が申した通り貴女様の力は老兵を遥かに凌駕しております。貴女様が私の跡を継いでくださること老兵心より納得しております。魔王軍の未来お任せいたしましたぞ」

「い…いえ恐れ入りますカロン将軍…」

 タールニは慌てて応じた。


 続いて紫金の鎧をまとった竜族の魔物の首領も鄭重に彼女へ一礼した。

「タールニ様、我が竜の郷の全族を代表し改めて貴女様に心からの感謝を。先日の我が郷での反乱の儀実にお世話になりました」


 数年前、竜族魔物の故郷「竜の郷」で内乱が勃発した。反対派の首領である黒炎魔竜は異常なほど強く、竜族の内部にさえ彼に対抗できる者はなかった。竜の郷がまさに崩壊の危機に瀕した。その時偶然通りかかり、ただ書類を届けに来ただけのタールニが助け舟を出した。彼女は容易くその裏切り者の命を絶ち、あの凄惨な反乱に終止符を打ったのだ。 まさしくその日から「タールニ様の触手は軽く一巻きするだけで、最上位魔竜の頭蓋骨を固い鱗ごと首から引き抜いてしまう」という伝説が軍内で語り継がれるようになった。


「ご安心ください。今後我ら魔竜一族は貴女様が率いる触手魔物一族と引き続き最良の同盟関係を維持いたします」

「あ…あの…実は…」


 雷鳴のような賛辞と感謝に対し、タールニはただ気まずく、どうしていいかわからずに応対するしかない。だが彼女の胸中は言葉にできない恐怖と苦痛で満たされていた。

 彼女があの反乱を起こした魔竜の首領を殺したことは確かに事実だ。だがそれは断じて「偶然通りかかった」わけでも、ましてや彼女が望んでそうしたわけでもなかった。


 あの時彼女は任務で竜の郷へ行ったのではない。ただ一人の同級生、学生時代唯一の友人に会いたかっただけなのだ。しかし彼女の、その竜族の女友達は反乱のせいで混戦に巻き込まれ、タールニが彼女を見つけた時には既に虫の息だった。

  怒れるタールニは生まれて初めて勇気を振り絞り、あの首謀者に「罪のない平民を戦争に巻き込むのは間違っている」とただそれを言いたかっただけなのだ。だが相手は彼女の忠告を聞かないばかりか邪魔だと言って彼女をその場で殺そうとした。

 タールニは極度の混乱と恐怖の下ただ本能的に触手で抵抗した…。そしてかつてあれほど猛威な魔竜の首領は冷たく歪んだ死体となった。彼の手下の反乱軍の将軍たちも一人残らずタールニの手に掛かって死んだ。


 たとえ当時タールニが既に「四天柱」の一人であったとしても、それは単なる名ばかりで、彼女は一度も本当の戦争に参加したことはなかった。自らの手で他者を殺したことに彼女は骨の髄まで染みる後悔と罪悪感を覚えた。その後彼女は生き残ったあの同級生の顔を見ることさえできなくなった。友情を渇望するタールニにとってそれは疑いようもなく重い打撃だった。

 彼女がその心の傷に完全に押し潰され壊れてしまう寸前だった時、彼女を励まし慰め立ち直らせてくれたのが魔王シェリスだった。 まさしくシェリスのその期待と信頼に応えるためシェリスが彼女に「次期首席大将軍になる気はあるか」と尋ねた時、彼女は内心この上なく緊張し恐ろしくはあったがそれでも頷いたのだ。


 だがそれと同時に、タールニが大将軍になりたかったのは、もう一人の人物に認めてほしかったからでもあった…。


 そうこうするうちに、次にタールニへ祝辞を述べる魔物の番がタヴァルに回ってきた。 いつの間にかタヴァルは音もなくタールニの目の前に立っていた。どこか自分の思考に沈んでいたタールニを見て、タヴァルはそっと咳払いをした。

「こほ…」

  その軽い咳払いがまるで雷鳴のように、瞬時にタールニを現実へと引き戻した。彼女は慌てて顔を上げ、タヴァルがすぐ目の前にいることに気づくと、無意識にどこか喜びと幼い子供のような憧れを込めて叫んだ。


「に、兄さん!?」

  本来タールニは兄が今回の式典に来るはずはないと思っていた。だがまさか目の前にいる。あるいはこの機会に兄にずっと胸の内に秘めていたことをいくつか話せるかもしれない…タールニは思わずそう期待してしまった。


 だがタヴァルはその「兄さん」という呼びかけに応じなかった。彼はただあの氷のような一切の感情を排した目でタールニを冷ややかに見つめ、そして極めてよそよそしく極めて儀礼的な公的な口調でゆっくりと言った。

「就任おめでとう。タールニ将軍。今後の日々において我々が互いに協力し合い、陛下の覇業のために道を切り開けることを願っている。君の武勇も私の知謀も陛下にとっては欠くことのできない重要な能力だ。だが将軍閣下、このような重要な場で上の空とは感心しないな。真の戦場で、敵を前にした時にも今のように上の空にならぬことを願う」


 兄の言葉を聞き、タールニの胸中にあったあのわずかな喜びは、瞬時に氷のような失意へと取って代わられた。彼女は理解した。彼は断じて「兄」として自分に話しかけているのではない。ただ「同僚」として自分に釘を刺し警告しているのだと。

  タールニは内心深く傷つきながらも、必死に彼と同じように儀礼的な口調を取り繕って応じた。

「わ…承知いたしました参謀閣下…。今後は気をつけます」

  その後タヴァルは振り返ることもなく手を振り、彼女から離れていった。もう一度も彼女を見ようとはしなかった。


 ……


 やがて参列した全ての魔物の幹部たちがタールニへの挨拶を終えた。シェリスの采配で宴は続けられる。幹部たちは飲み食いを続け、一方のタヴァルはすぐに「緊急の公務がある」という理由でシェリスに早退を申請した。

  シェリスはタヴァルを見た。彼が結局は出席し妹のために体面を保ち祝辞を述べたことを彼女も知っている。これ以上彼を引き止めるのも酷だろう。そこで彼女はタヴァルの申請を許可した。


 だがタヴァルが早退を申し出たのはタールニの目の前だった。タールニは当然兄がそうする意図をはっきりと理解し、思わずうつむいてしまう。

  そばで明らかに落ち込んでいるタールニを見て、シェリスはその場を取り繕うしかなかった。何しろタヴァルに出席を命じたのは彼女自身なのだから。

「気にするな。お前の兄も内心ではお前のことを喜んでいるはずだ。だがお前たちは一人は首席将軍一人は首席参謀。二人とも我が魔王軍の最高指揮官だ。彼がこのような公の場で儀礼的な言葉を使うのも仕方のないこと。何しろあれほど多くの部下たちが見ているのだ。彼はわざとお前を遠ざけようとしているわけではない」


「…存じております、陛下…」

 タールニは口ではそう言った。だがその伏せられたまぶたとわずかに震える唇が彼女の内心の傷ついた気持ちを隠しきれてはいなかった。

「……」

  タールニは何も間違ったことはしていない。タヴァルが一方的に、そして意図的に自分の妹をこのような重要な場所で辱めたのだ。そのことはシェリスもよくわかっている。だが彼女もまた単純に全ての責任をタヴァルに押し付けることはできなかった。


 何しろシェリスはよく知っているのだ。タヴァルがかつて彼らの家族の後継者争いにおいて徹底的に、そして屈辱的にタールニに敗北したことを。

 長男である彼は生まれつき戦闘に関する才能を一切持たず、幼い頃から両親や親族に軽蔑されてきた。たとえ彼が幼い頃から常人を遥かに超える強力な分析力、学習能力、観察力と推理能力を見せ、極めて高い知能を持っていたとしても、あの力を崇拝する触手魔物の一族には認められなかった。

  そして彼の妹、タールニは触手一族百年に一度の奇才であり、史上最強の触手魔物と謳われていた。 幼い頃のタヴァルはずっと妹のあの眩いばかりの影の下で生き、他人から妹と比べられ、「妹にも劣る無能な肉塊」と皮肉られてきた。当然のことながら、彼らの両親が亡くなった後家族の後継者の地位もタールニの手の内へと転がり込んだ。

  そしてタヴァルはそれ以降、徹底的に自分自身の触手魔物としての身分と、自分自身の家族と境界線を引いた。二度と妹と比べられることを避けるため、彼は政治と謀略を専門とし、それどころか秘術を用いて自分自身のあの家族の血脈を象徴する触手を切り落とし、二本の脚と交換した。最終的に魔王シェリスの最も有能な腹心となり、完全に自分の頭脳だけで、現在の地位と尊敬を勝ち取ったのだ。


 だが今、あの彼がずっと避け続けてきた妹が再び彼の人生の中に現れ、そして彼と肩を並べ、同じ地位と賛美を受けている。そうなれば、他人から妹と比べられ、皮肉られる…これらタヴァルにとってトラウマとも言える悲痛な過去が、おそらく再び目の前に浮かび上がってくるだろう。

  タヴァルが妹の功績と地位を認めたくないのは当然のことだ。タールニはほとんど何の努力もせず、容易く自分と同じ地位を手に入れた。それはこれまで必死に努力し、それどころか自らを傷つけてまで這い上がってきたタヴァルにとって、きっと巨大な、受け入れ難い打撃に違いなかった。


 シェリスでさえも思わず考えてしまう。自分のこのような采配はあるいは少し軽率だったのではないかと。彼女は元々タールニとタヴァルこの兄妹が武将と謀臣として、共に自分を補佐するという調和の取れた光景を示すことで、魔王軍の士気を高めようと思っていた。だがこの触手兄妹にとっては、それは完全に逆効果だったのかもしれない。

 自分が以前タヴァルに語ったタールニを任用する理由は確かにシェリス自身の道理にかなっている。だがそうすることが必ずしも完璧な結果をもたらすとは…今となっては断言することは難しかった。


 最後の躊躇いとして、シェリスは再びタールニに尋ねた。他の者には聞こえない囁き声でそっと確認した。


「…本当にこれでいいのか? タールニ。私がお前にこの大将軍になるように言ったが、お前にはまだ最後の拒否権が残っている。私はお前が戦いを好まず他人が傷つくのを見たくないことも知っている。もしお前が本当に心の底からこの仕事を嫌悪しているなら拒否すればいい。今ならまだ間に合う。お前が一言『やりたくない』と言えば、私はすぐにこの命令を撤回し、他の者を選ぶ」


 タールニは少し考えた。彼女は一瞬遠くで高らかに語り合っている将軍たちを見、また先ほどの兄のあの冷たい眼差しを思い出した。だが最終的にシェリスのため、そして今日のこの盛大な宴会のために、彼女はやはり歯を食いしばった。


「わ、わたくし諦めません!」

 その声はまだ少し震えていたが、その眼差しはこの上なく固かった。

「これがわたくしが考えうる陛下を最も良く補佐できる方法です! 陛下がこれほどわたくしを信頼してくださりこのような身分を与えてくださったのです。わたくしは絶対に陛下の期待を裏切ってはなりません! たとえ…たとえわたくしが確かに暴力的な場面を見るのがあまり好きではなくとも…。ですが陛下の御命令とあらば、それが誰であろうと、わたくしはその者を殺します!」


「……そうか」

 この無邪気で、善良で、内向的な少女が自分のためにあえて「他人を殺す」などという心にもないことを口にしなければならない。本来なら魔王として部下の忠誠を喜ぶべきシェリスも、今この瞬間どこか罪悪感と居心地の悪さを感じていた。

  だがタールニが既に覚悟を決めた以上。シェリスもまた彼女のこの忠誠を無下にするわけにはいかなかった。

「それならばせいぜい励むがいい。まずは兵法だ。私が以前読むように言った兵法書、二三日後にお前の理解度を試す」

「はい!」


 タールニが後悔しないことを確認した後、シェリスはこの就任の宴を続けさせた。酒杯を口元へと運び仰向けに紅酒を一口飲む。


 ……

 その瞬間、一つの新しい考えがシェリスの脳裏に浮かび上がった。

 タヴァルは自分が自ら任命した首席参謀。タールニも自分が自ら任命した首席大将軍。ならばシェリス自身には当然この二つの決定がもたらす結果を引き受ける責任がある。

  もしタヴァルとタールニの関係が悪いのであれば、ならばこの魔王の手でこの兄妹の関係を修復させ、彼らをかつてのあの仲の良かった兄妹に戻せばいい。もし彼らの間に何か矛盾があり、何か誤解があるならば、それらを解いてやればいい。親族の間で話せないことなど何もない。乗り越えられない壁などない。親族の間の絆は、決してそれほど脆いものではないはずだ。 シェリスは信じていた。

 自分は必ずこの兄妹を再び手を取り合って、共に笑い合えるようにできると。 その日こそが、魔王軍の軍心が徹底的に安定し、二度と揺らがされることのないその日となるのだ。


 この時から、シェリスは自分の脳内で、「タヴァル兄妹修復計画」という新しい章を考え始めていた。

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