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エルフの“奥様”は、世界最強の魔王様でした  作者: XMEGA
第一章 エルフの森の魔王様
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73、家族と別れた魔王 第一章終

 女神祭の喧騒と花火は、やがて記憶の中の暖かくも遠い輝きへと変わった。三日後の早朝、薄霧がまるで軽やかな紗のようにエルフの森を覆い、空気は土と草木の湿った香りを帯びていた。

 シェリスは既にその簡素な荷物を手に、村の東側にある分かれ道の前へ来ていた。ここは外界へと通じる起点であり、また一つ、別れの終点でもあった。


 家族全員が彼女を見送りに来ていた。誰も言葉を発しない。沈黙した空気の中には抑えつけられた、ほとんど触れられそうなほどの、名残惜しさが満ちていた。

 だが来るべき時は必ず来る。シェリスは今回帰郷し森に一週間以上も滞在した。そろそろ帰る時だ。

 子供たちは自分を納得させ受け入れようと努めていた。何しろもはやかつてのように親に無邪気に甘えられる年頃ではないのだから。だがその顔には隠しきれない失意の色が浮かんでいる。そしてクルイもまた同じだった。


「さて…ここまででいい」

 分かれ道へ来た時、それは一家が別れる時でもあった。去り際にシェリスは既に子供たちに多くのことを語っていた。だがそれでも母親として、彼女はついもう一言二言言いたくなってしまう。


 シェリスはまずダッシュの方へと歩み寄った。彼女は自分よりも背が高くなった長男を見つめる。その精悍な顔からは少年の幼さが消えどこか落ち着きが増していた。それどころか初めてシェリスが出会った頃のクルイの面影さえある。

 ダッシュについてシェリスは非常に安心していた。彼の真面目さは臆病さではなく慎重さからくるもの。だから三人の子供の中で最も成熟し落ち着いている。

「ダッシュ、お前は長男で心も成熟し冷静で手際もいい。子供たちの中でお前が最も物分かりがよく私が最も安心できる子だ。私が家にいない間も、そしてお前自身の未来も、お前なら全てのことをうまく処理できると信じている。だから私から特にお前に言うことは何もない」

 その心からの高い評価にいつも落ち着いているダッシュでさえも、少し照れくさそうに顔を掻き耳の付け根がわずかに赤らんだ。だがシェリスはすぐに声を低めその体をわずかに前に傾け、どこか神秘的な口調で付け加えた。

「だが一つだけ気をつけろ。それは友人を慎重に選ぶことだ」


「え…どういう意味ですか?」

「お前の周りにはいくつかの良くない考えを持った女がいるようだ。お前は彼女たちにもっと注意を払うべきだ。売られてもまだその金を数えているような間抜けにはなるな」

 シェリスの眼差しは鋭くなり、まるで人の心を見通すかのようだった。

 ダッシュは即座に母親のあの独特でどこか言いにくい趣味を思い出し、彼は少し躊躇ったがそれでも探るように尋ねた。

「母さん…まさか俺に男と付き合えと言っているのでは…」


「馬鹿者」

 シェリスは咎めるように指を伸ばし、軽く彼の額を弾いた。

「私がどれほどBLを好もうと、自分の趣味を自分の子供に押し付けることはない。お前が男と付き合おうと、女と付き合おうと好きにすればいい。だがお前という子は性格があまりにも素直で真面目すぎる。悪意を持つ奴に騙されるのではないかと心配なのだ。特にあのラルヴィという女、私は彼女をよく知っている。あれは決してまともな奴ではない。もし彼女と付き合いがあるなら必ず警戒しろ。あの女はお前をただの労働力として使うかもしれん。それとあのヒロカという先輩もだ。もし彼女がお前に給料を支払わないのであれば、必ず縁を切れ。いいな?」


 ダッシュはそれを聞き、顔にどこか困ったような苦笑いを浮かべ、正直に言った。

「実は…昨日編集長から連絡がありまして、彼女は女神祭の夜、花火で魔力を使いすぎ今もベッドから起き上がれないそうです。だからいくつかの緊急の原稿を手伝ってほしいと…」

「行くな」

 シェリスの答えは断固として、そして決然としており、一切の交渉の余地もなかった。あの役立たずの魔女は以前から彼女をひどく悩ませていた。彼女は自分の子供までが彼女の世話係になることを許しはしなかった。

 ダッシュは苦笑いを浮かべて頷きわかったと示した。ヒロカの仕事はまあ金にはなる。ラルヴィは一銭も払わないどケチだ。彼ももちろん行きたくはなかった。


 ダッシュへの言い付けを終え、シェリスはランシェの方へと向かった。彼女はしゃがみ込み、自分の視線を末っ娘と同じ高さに合わせ、優しく彼女のその柔らかな髪を撫でた。

「すまないランシェ。母さんは非常に重要な用事があり、再びここを離れなければならない。だが私が昨日お前と約束したように、母さんは必ずまた帰ってくる。そしていつでも、どこでもお前たちのことを思っている。だから寂しがることはない。母さんの心は永遠にお前と共にある」

 その声には隠しきれない申し訳なさが満ちており、一言一言が非常にゆっくりと紡がれた。

 ランシェの目の縁には既に水晶のような涙が溢れ、まるで二つの溢れ出しそうな泉のようだった。だが彼女はそれでも必死に泣くのを堪え、ただ力強くそして固く頷いた。彼女は行動でママに自分はもう大きくなったのだから安心してほしいと伝えたかったのだ。

 シェリスは娘のあの健気に強がる様子を見て胸が痛んだ。だがそれでも言い付けを続けた。

「お前はあまり友人を作るのが好きではないようだが、それは構わん。だが父さんや兄さん、姉さんには何も隠す必要はない。彼らはお前の最も堅固な支えだ。皆全力でお前を助けてくれる。何か困難があれば何でも言えばいい」


「うん…」

 ランシェは数日前に森で意識を失ったことを思い出した。あの冷たく闇に飲み込まれるような感覚は、今でも彼女を恐怖させる。だが母親の温かい手のひらと固い眼差しが彼女に力を与えた。ママだけではない。お父さんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、皆ランシェを深く愛している家族だ。

 ランシェはシェリスが帰ってきたばかりの頃、どこか偏執的にシェリスの愛を独占しようとしていた。だが今の彼女はもう知っている。自分と兄や姉は競争関係ではないのだと。彼女は素直に頷いた。自分がより物分かりがよくなったことを証明するために。


 最後にシェリスはローランの前に立った。彼女はこの最も自分に似て、そして最も彼女を心配させる娘を見つめた。その金色の瞳には決して負けないという炎が燃えている。彼女はほとんど対等な戦友に何かを託すかのような口調で言った。

「ローラン、母さんが家にいない間、父さん兄さんそして妹を守る任務はお前に任せた。母さんはお前ならできると信じている」


 ローランは何でもないように手を振り、いつもの自信に満ちた口調で言った。

「心配すんな。あたしはあんな烏合の衆など、怖くもなんともない」

 その言葉は嘘ではなかった。シェリスもまた「魔王の力」を覚醒したローランが並の相手に敵うはずがないと信じていた。たとえ相手が百人を超える兵を送り込み、ローランを包囲したとしても、彼女はおそらく容易くそれを打ち破るだろう。だがシェリスはまたどこか以心伝心のような、彼女たち二人だけが理解できる眼差しで、彼女を見つめ、その声をさらに低めそっと言った。

「必要な時は手加減するな。だが分をわきまえろ。軽々しく行動し自分を不利な状況に陥れるな。いいな? 似たような過ちは母さんも昔犯したことがある。危うく大惨事を引き起こすところだった。勝利を保証できる前提の下でできる限り慎重に軽挙妄動はするな」

 二十年近く前、シェリスはかつて未熟な奥義への盲信から自分自身が危うく永遠に力を失うところだった。彼女は娘のローランにも同じような目に遭ってほしくはなかった。

 それは娘の安全を思う気持ちからでもあり、同時に最大の楽しみを失いたくないという気持ちも少しはあった。ローランが最終的にどのような高みに達するのか、魔王はこの目で見届けると誓ったのだ。その前に彼女は自分の楽しみが軽々しく奪われることを望んではいなかった。


 ローランはその意図を察した。彼女は母親に自分が掌握した奥義のことを話したことはない。ローランから見ればそれは魔王の力などではなく、自分自身が偶然触れた一つの独特な境地に過ぎない。あるいは母親はその豊かな経験と洞察力でその点に気づき、ここで意図的に自分に忠告しているのかもしれない。

 軽々しくまだ完全に使いこなせない奥義を使い、結果として体力を消耗し尽くし気絶してしまった。あの虚弱と無力感、ローラン自身もまたその欠点を深く認識していた。彼女は真剣にそして固く答えた。

「わかった」


「ああそうだ」

 そしてその時、シェリスは荷物の中から一枚のきれいに畳まれた服を取り出した。それは一枚の彼女が帰ってきた二日目に買った布地を使い、深夜の時間を利用し、一針また一針と夜を徹して作り上げた新しい服だった。一枚のデザインはシンプルだが、どこか格好良さを感じさせる金色の風衣。その背中には銀色の絹糸で一つの奇妙で神秘的な、まるで燃える炎のような紋章が刺繍されている。

「これは母さんがこの数日間で縫った服だ。言っただろう、お前にきれいで暖かい服を作ってやると。受け取れ」

 ローランはあの朝の光の中で柔らかな光を放つ風衣を見つめ、胸の中に言いようのない暖かさが込み上げてくるのを感じた。母親から贈り物をもらうのは非常に珍しいことだ。ダッシュやランシェでさえもが非常に羨ましそうに自分を見つめている。シェリスは申し訳なさそうに、彼らに残りの布地が足りなかったと示した。次回は必ず埋め合わせをすると。

 ローランは非常に感謝していたが、その口からはどこか本心とは違う、少しツンとした言葉が出た。

「これ…あたしのファッションスタイルとはちょっと合わないかもな…」


「いつも着ろとは言わん。ただこれが母さんの気持ちだと覚えておけばいい」

「うん…」

 ローランの胸は暖かかった。彼女は服を受け取り、直接その身に纏った。サイズはぴったりだ。風衣の布地は太陽と母親特有の微かな香りを帯び、彼女にまるで温かい抱擁に包まれているかのような感覚を与えた。彼女は少し照れくさそうに頭を下げて言った。

「…ありがと、お袋…」

 少し大きめに見えるが、この服はローランの身によく似合い、彼女のあの冷たい外見と相まって非常に様になっていた。シェリスは思わず自分の腕前と、ローランのこの強烈なオーラを褒め称えた。それらはどちらか一方でも欠けてはならない。シェリスはローランの肩を叩き彼女に祝福を贈った。

「次に帰ってくる時、お前がもっと成長しているのを見られるといいな。それと、もう兄さんや妹を連れて勝手に森を出るなよ」


 ローランの頬がわずかに赤らみ、彼女は少し恥ずかしそうに、ほとんど聞こえないほどの小さな声で呟いた。

「もうしないってば…うるさいな…」

 どうやらあのこっそりと兄や妹を連れて家出したことは、しばらく母親に言われ続けることになりそうだ…。


「ぎゅーっ」

 そしてその時、シェリスは大きくその両腕を広げ、ローランを、この自分よりも背の高い娘を固くその胸に抱きしめた。

 ローランの体は一瞬硬直し、少し慌てた。だがすぐに彼女は力を抜いた。一つの酸っぱいような感情が制御不能に鼻の奥へと込み上げ、彼女の目の縁は少し潤んでさえいた。一晩中抑えつけていた感情がついに抑えきれなくなり、彼女もまた逆に力強く、母親を抱きしめ、その顔を彼女の肩に埋め大声で泣いた。

「クソ…! だから言っただろ! あんたが何の用事で忙しいのか知らないけど、用事が済んだら早く帰ってこいよ! お袋! あたしたちアーシュ家は永遠にあんたを待ってるんだからな! あたしたちをあまり待たせるなよこのババア!」


 シェリスは答えず、同時にダッシュとランシェにもその腕を伸ばした。シェリスの意図を察した二人はすぐにシェリスの胸に飛び込み、ついに堪えきれず泣き出した。

「母さん!お大事にしてください!」

「ママ! 行かないで!」

 どれほど大人ぶっても、強がっても、子供はやはり子供だ。母親の前では、その素顔をさらし、自分自身の弱く敏感な部分をむき出しにする。

 だがそれでいい。これ以上に良いことはない。

 シェリスもまた思わず二筋の涙を流し、彼女は固く自分の三人の子供たちを抱きしめ、彼らの息遣い、彼らの温度、彼らの全てを深くその心に刻み込んだ。

「すまない…だがいつの日か我々一家は必ず再会し、二度と離れない」

 シェリスは子供たちにいくつかの嘘をつき、いくつかの事実を隠してきた。だが、ただこの言葉だけは、絶対に嘘ではなかった。


 背後で、この固く抱き合う母子四人を見て、クルイもまたいつの間にか音もなく泣いていた。

 妻がどれほどの時を経て、再び帰ってくるのかわからない。子供たちがまたどれほどの年月、母親のいない生活を耐えなければならないのかわからない。だがクルイはシェリスを恨むことはできなかった。たとえ彼女が終始自分の国を征服するという目的を諦めていないとしても同じだった。

 もし妻の目的が達成されるその日が一家が永遠に再会するその日であるならば、クルイはそれは悪いことではないのかもしれない…と思っている。これはエルフとしては非常に危険な考えだ。だがクルイは思わずそう考えてしまう。

 本当の大義名分など、すでに曖昧だった。


 子供たちがようやくシェリスを離すと、シェリスは身を翻し、クルイのそばへやって来た。まるで長年の旧友のように力強く彼の肩を叩き、全てをこの自分が最も信頼する男に託した。

「子供たち、そしてアーシュ家を頼んだぞ。我が一家の大黒柱よ」

 クルイは涙を拭い、簡潔で、そして非常に固い口調で答えた。

「心配するな。俺は永遠にお前を待っている」

 短い言葉だったが、そこには言葉にできない暗黙の了解があり、それは夫婦二人だけが知っていることだった。

 家族たちの手を振る別れの中、シェリスは最後に一度振り返り、彼らの姿を深くその心に刻み込み、そして毅然と身を翻し、荷物を持ち振り返ることなく外界へと通じる朝霧の中へと消えていった。


 ♦


 帰路の途中、シェリスの姿は荒野を一人歩いていた。その脳裏にはまだ今回の短い帰郷の旅が繰り返し再生されている。家族たちの笑顔と涙、初めてソラとキアナに会った時の面白い出来事、ラルヴィとの再会…。その全てが彼女に万感の思いを抱かせていた。今回の帰郷は彼女の収穫が本当に非常に大きかった。

 だが最大の収穫と言えば、やはり彼女がついにあのエルフの森を守る、百万年にも及ぶ結界の秘密を掌握したことだろう。ただこの秘密は少し厄介で、それどころか彼女の意表を突くものだった。


「まさかこのような展開になるとはな…」

 歩きながら、シェリスは一人呟き、そして顔をしかめた。

 女神祭のあの夜、自分のあの魂さえも凍てつかせる死の脅威の下で、あの口先ばかりの愛、平和、決して同胞を裏切らないなどと正義ぶっていたエルフの貴族たちが、ついに涙と鼻水を流しながら、あの最高等級の機密を吐露したのだ。

 結界の力はエルフ族の聖女フレイル、そしてフレイルが持つ生命の宝玉と森のどこにある生命の樹が生み出す共鳴に由来する。結界を解くためには、エルフ族の聖女を殺すか、あるいは生命の宝玉と生命の樹を破壊するしかない。そして聖女フレイルの行方についても、エルフの貴族たちは既に洗いざらいシェリスに告げていた。


 しかし運命は彼女に大きな悪戯を仕掛けた。皮肉なことに、フレイルは実は女神祭の二日前の夜既に老衰で、大往生を遂げていたのだ。

 そうだ。エルフ聖女フレイルは既に死んでいた。

 聖女の死によって、生命の宝玉の継承問題もまたエルフの貴族たちをひどく悩ませていた。何しろそれは森全体を守る結界に関わることなのだから。だがフレイルは死ぬ前に遺言を残していた。「女神アビオン様が私に神託を与えられた。私の使命は既に終わったと。私の任務は既に次代の聖女に受け継がれた」と。

 その新しい聖女が一体誰なのかについては、フレイルは口にする前に息を引き取っていた。

 つまり、今生命の宝玉の行方はエルフの貴族たち自身でさえもまだ掌握してはいなかった。あの日彼らが迎賓館に集まり、会議を開いていたのは、まさしくこの差し迫った問題をどう解決するか、どう新しい聖女を見つけ出し、森を守る結界を引き続き自分たちの支配下に置くかを話し合うためだった。だがシェリスが会場に乱入するまで、彼らはいかなる有効な対策も見つけ出せてはいなかった。


 シェリスは彼らの記憶を消去した後、会議室内の文書も詳細に調査した。あの貴族たちは嘘をついていなかった。フレイルは確かに既に亡くなっており、彼らが新しい聖女を見つけたことを示すいかなる文書もなかった。

 それがシェリスを少し後悔させた。九仞の功を一簣に虧くとは、おそらくこのような感覚だろう。もし自分が一日早くあの貴族たちを脅していれば…もしフレイルがもう二日遅く死んでいれば、あるいは自分は今、本当にエルフの森の生殺与奪の権を完全に掌握していたかもしれない。

 そして現在、新しいエルフ族の聖女の手がかりがなく、シェリスもどう調査を続ければいいかわからず、とりあえず魔王城へ戻り今後改めて考えるしかない。あるいはもう少し時間が経てば、新しい聖女が彼らに見つかるかもしれない。その時改めて調査しても遅くはない。


「全く、あと一歩だったとはな…。ところで新しいエルフ族の聖女…生命の宝玉の継承…生命の樹…」

 自分が掌握している情報を整理しながら、シェリスは思わず呟いた。

「………ところで、ランシェは…」

 同時に、一つの不吉な予感がまるで黒雲のように、シェリスの心に湧き上がった。女神祭の二日前、聖女フレイルが亡くなった日はちょうどランシェが森で失踪した日だった。そしてランシェの首の後ろの、あの神秘的な烙印のような印も、その日にシェリスが発見したものだった。

 あるいは…まさか…

「いや、あり得ん。考えすぎか」

 だがシェリスはすぐに首を振り、その心臓を締め付けるような推測を強引に振り払った。この世界にそんな都合の良いことがあるはずがない…自分は馬鹿なことを考えるべきではない。


 目下彼女がすべきことは、魔王城へ戻り、自分の魔王としての生活を続けることだ。魔王軍と人間軍エルフ軍の戦争は一時休止しているが、まだどの陣営も正式に停戦を宣言してはいない。自分にはまだ多くのやるべきことがある。

 いずれにせよ、シェリスの目標は世界を征服し、エルフの森、人間王国、そしてその他の大小様々な国々を全て掌中に収め、この世界で最も至高の存在となり、一切の生死を支配すること。

「首を洗って待っていろ、人間ども、そしてエルフども。この魔王様の牙が必ずやお前たちを一片残らず殺し尽くし、お前たち敗者の鮮血で、我が偉大さと恐怖を語り継がせてやる…」

 そう考えると、シェリスの顔にまたあの陰鬱で自信に満ちた魔王としての冷笑が浮かんだ。


 ♦


「パリン」というガラスが砕けるような乾いた音と共に、魔王城門前の広大な黒曜石の路上で、空間がまるで目に見えない巨大な手に引き裂かれ、底知れない大きな穴が現れた。そのまるで深淵のような空間の裂け目の中から、シェリスの姿がゆっくりと現れ、自分の雄大で荘厳な城の前へとやって来た。

「急げ! この荷物をあちらへ運べ!」

 ただ、彼女が出てきた時ちょうど魔王城門前は非常に忙しく、様々な魔物が慌ただしく出入りし仕事をしている混乱の光景にぶつかった。翼を持つ伝令が空を旋回し、巨大な攻城兵器が武具庫へと運ばれ、異なる制服を着た将校たちが足早に行き交い、城全体がまるで蜂の巣をつついたようだった。

 シェリスは非常に奇妙に感じた。彼女が去る前全ての仕事は自分の首席参謀であるタヴァルに任せたはずだ。タヴァルは非常に有能な知恵袋であり、軍を率いるにせよ、内政を治めるにせよ常に整然としており、最も精密な機械のようだった。なぜ今このようになっているのか。


 その時一人の魔物がシェリスに気づいた。彼は魔法開発部の部長であり、年老いた徳の高い竜族の魔物。二十年前にシェリスと共に世界の最高峰へ調査に向かったあの魔物こそが彼だった。彼はシェリスを見ると、即座に慌てて竜の翼をたたみ降り立ち、恭しく礼をした。

「陛下! ようやくお戻りになられましたか!」

「何があった? タヴァル参謀は?」

「陛下、実は参謀様ですが、一週間ほど前に突然高熱を出され、今も床に伏せっておられます! 参謀様の補佐が尽力して仕事を引き継いでおりますが、多くの緊急の案件が処理しきれておりません! 多くの仕事が止まってしまっております!」

「何?」

 彼女の印象では、あのまるで仕事の機械のようで、どこか非情でさえあるタヴァルが病気になったことなど一度もなかった。どうしてこうなったのか。


 だが彼女が深く考える前に、年老いた魔物は既に部下に指示し、反重力魔法で小山のような大量の書類と資料を運んできて焦って言った。

「陛下、これらは全て本日中に処理しなければならない緊急の公務でございます!」

 山のように積まれ、自分よりも数頭分も高い書類の山を見て、シェリス、この先ほどまで世界の格局、娘の運命を考えていた史上最強の魔王は、今、愕然とし信じられないという思いで一滴の冷や汗を落とした。

「……嘘だろ…」

 本来なら魔王城へ戻った後数日はゆっくり休めると思っていたのだが…。

 今見てみると、どうやらその機会はなさそうだ。

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