表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/67

7、娘たちの質問

「へへ……ママ、あったかい……」

 ベッドの上。ランシェは母シェリスに抱きつき、幸せそうな吐息を漏らす。母娘は二人とも寝間着に着替え、布団の中に潜り込んでいる。ランシェのベッドはそれほど大きくないが、シェリスの体格も小柄なため、二人で寝てもまだ余裕がある。

「いい子だ。一日授業を受けて疲れただろう。ゆっくり休むといい」

 シェリスはランシェの金髪を繰り返し撫でながら、優しい声で語りかける。ランシェは目を閉じ、心地よさそうに「くぅ……」と猫のような寝息を漏らす。

「気持ちいいか? すぐに眠れそうだな…。ランシェ、子守唄でも歌ってやろうか?」

「うん……聞きたい……」

「よし、じゃあ歌うか……」


 コンコン。


 しかし、シェリスが歌い始めようとしたまさにその時、不意にドアをノックする音が響いた。邪魔されたシェリスは、少し不機嫌にドアの外へ声をかける。

「今夜は相手をしないと言っただろう。しつこいぞ」

「あの……お袋……あたしだよ、オヤジじゃない……」

「え? ローラン?」

 意外にも、聞こえてきたのはクルイではなく、ローランの声。シェリスは訝しげにドアを開ける。案の定、寝間着姿のローランが枕を抱えて立っている。

「どうした? こんな夜更けに寝ないで」

 シェリスはローランの様子を見て、不思議そうに尋ねる。ローランは、ややもじもじしながらも大胆な要求を口にした。

「お袋……今夜、ランシェと一緒に寝るって聞いて……その、あたしも混ぜてもらえないかな?」

「え? お前も一緒に寝たいのか?」

 ローランはこくりと頷く。

「それは……」

 娘の頼みを無下に断りたくはないが、ローランの要求はあまりに唐突だ。それに、ローランは体が大きい。ランシェの小さなベッドに三人で寝るのは、さすがに窮屈だろう。

 だが、部屋の主であるランシェは不満を見せるどころか、大歓迎の様子だ。

「いいよ! あたしも、お姉ちゃんと一緒に寝たい!」

「うーん………ランシェがいいなら……まあ、入れ」

 仕方なく、シェリスは道を開け、ローランを部屋に入れる。ローランは小さく礼を言うと、枕を抱えてランシェの部屋に入った。


 ……


「……やっぱり、ちょっと狭いな……」

「平気、あたしはこれで」

「いや、そういうことではなく……というか、これはどういう状況だ?」

 シェリスは少し困惑して言う。

 部屋に入ったローランは、ベッドに潜り込むと、遠慮がちにベッドの端に寄り、中央のスペースを空けた。明らかに、シェリスに真ん中に寝ろということらしい。シェリスが横になると、左右から娘たちが同時に抱きついてくる。ローランは腰に、ランシェは肩に。

 娘たちにぴったりとくっつかれる感覚は悪くない。それに心地よい香りも漂ってくる。だが、シェリスはやはり少し落ち着かない。どう考えても、この状況は奇妙だ。

(この子たちは、こんなに私に懐いていたか?)

 シェリスは自問する。前回会った時は、こうではなかったはずだ。子供というのは、大きくなるほど幼くなるものなのかもしれない。

(まあいいか……母親たるもの、子供の甘えくらい受け止めねばな……おやすみ、娘たち)

 だが、こうなってしまっては仕方ない。シェリスは観念して両腕を広げ、左右の娘を同時に抱きしめる。

「……」

「……」

 眠いのか、二人とも返事はない。ただ、シェリスの腕の中で、穏やかで規則正しい寝息を立てている。

(もう寝たか。やはりまだ子供だな……)

 娘たちの健やかな寝顔を見て、シェリスは微笑む。そして、天井を見上げ、しばし物思いにふける。

 そうして、静かな時間が流れていく――。


「………お袋、ランシェ。…寝た?」

 どれくらい経っただろうか。寝たはずのローランが、不意に声を上げた。まだ起きていたシェリスはすぐに答える。

「まだだ。どうした、寝ないのか? ローラン」

 半ば眠っていたランシェも、目をこする。

「どうしたの? お姉ちゃん」

「ちょっと、タイミング悪いかもしれないけど、ちょうど三人いるし……ずっと気になってたことがあって、聞きたかったんだけど、なかなか機会がなくて……」

「また何かあるのか。言ってみろ」

「なんて切り出したらいいか、わからないんだけど………」

 ローランはごくりと唾を飲み込み、意を決したように、長年の疑問を口にする。

「お袋って……人族で、その、エルフのこと嫌いじゃないか……それなのに、どうしてオヤジと知り合ったんだ? なんで結婚したんだ?」

「えっ?」

「あ……それ、私も気になる……どうしてなの? ママ」

 ローランの問いはシェリスにとって全く予想外だったようで、ランシェも隣で相槌を打つ。三兄妹は皆知っている。母シェリスはエルフ族の父クルイと結婚しているが、エルフ族そのものを見下していることを。同じエルフである子供たちにとって、それは何とも言えない気持ち悪さがあった。だが、シェリスは子供たちを溺愛しており、エルフの森で何か問題を起こしたこともない。父に理由を尋ねても、いつも言葉を濁されるばかり。だから子供たちは、エルフ嫌いの母がなぜ父と結婚したのか、知る機会がなかったのだ。今、その謎が解けるかもしれない。二人の娘は眠気も忘れ、ベッドの上で体を起こし、期待に満ちた目でシェリスを見つめ、答えを待っている。シェリスは少しどもりながら言う。

「そ、それを…今、聞くのか?」

「うん」

「今、話してよ、ママ。寝物語だと思ってさ」

「お前たち…父親には聞かなかったのか?」

「聞いたけど、オヤジ、何も教えてくれない」

「いつも、適当にはぐらかされちゃう…」

「いや、話しても構わないが…今は二人だけだろう? ダッシュもいる時に、まとめて話してやるから…」

「兄貴にはあたしが後でちゃんと伝えるから、今はいいよ」

「お兄ちゃんが一緒に寝なかったのが悪いの…」

「……」

 ローラン一人ならともかく、ランシェまでこうなると、さすがに逃げ場がない。娘たちは、まるで面白い噂話を聞くみたいに、キラキラした瞳でこちらを見ている。言い逃れの口実もなく、娘たちの真剣な眼差しに抗うのは難しい。ついに、シェリスは観念してため息をつく。

「…わかった。じゃあ、話してやろう…」

「やったー!」

「やっとパパとママがどうやって会ったか聞ける…楽しみ…」

 娘たちの期待の視線を受け、逃げ場を失ったシェリスは、ついに重い口を開く。

「私とお前たちの父親が初めて会ったのは…もう二十年以上も前のことだ…」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ