7、娘たちの質問
「へへ……ママ、あったかい……」
ベッドの上。ランシェは母シェリスに抱きつき、幸せそうな吐息を漏らす。母娘は二人とも寝間着に着替え、布団の中に潜り込んでいる。ランシェのベッドはそれほど大きくないが、シェリスの体格も小柄なため、二人で寝てもまだ余裕がある。
「いい子だ。一日授業を受けて疲れただろう。ゆっくり休むといい」
シェリスはランシェの金髪を繰り返し撫でながら、優しい声で語りかける。ランシェは目を閉じ、心地よさそうに「くぅ……」と猫のような寝息を漏らす。
「気持ちいいか? すぐに眠れそうだな…。ランシェ、子守唄でも歌ってやろうか?」
「うん……聞きたい……」
「よし、じゃあ歌うか……」
コンコン。
しかし、シェリスが歌い始めようとしたまさにその時、不意にドアをノックする音が響いた。邪魔されたシェリスは、少し不機嫌にドアの外へ声をかける。
「今夜は相手をしないと言っただろう。しつこいぞ」
「あの……お袋……あたしだよ、オヤジじゃない……」
「え? ローラン?」
意外にも、聞こえてきたのはクルイではなく、ローランの声。シェリスは訝しげにドアを開ける。案の定、寝間着姿のローランが枕を抱えて立っている。
「どうした? こんな夜更けに寝ないで」
シェリスはローランの様子を見て、不思議そうに尋ねる。ローランは、ややもじもじしながらも大胆な要求を口にした。
「お袋……今夜、ランシェと一緒に寝るって聞いて……その、あたしも混ぜてもらえないかな?」
「え? お前も一緒に寝たいのか?」
ローランはこくりと頷く。
「それは……」
娘の頼みを無下に断りたくはないが、ローランの要求はあまりに唐突だ。それに、ローランは体が大きい。ランシェの小さなベッドに三人で寝るのは、さすがに窮屈だろう。
だが、部屋の主であるランシェは不満を見せるどころか、大歓迎の様子だ。
「いいよ! あたしも、お姉ちゃんと一緒に寝たい!」
「うーん………ランシェがいいなら……まあ、入れ」
仕方なく、シェリスは道を開け、ローランを部屋に入れる。ローランは小さく礼を言うと、枕を抱えてランシェの部屋に入った。
……
「……やっぱり、ちょっと狭いな……」
「平気、あたしはこれで」
「いや、そういうことではなく……というか、これはどういう状況だ?」
シェリスは少し困惑して言う。
部屋に入ったローランは、ベッドに潜り込むと、遠慮がちにベッドの端に寄り、中央のスペースを空けた。明らかに、シェリスに真ん中に寝ろということらしい。シェリスが横になると、左右から娘たちが同時に抱きついてくる。ローランは腰に、ランシェは肩に。
娘たちにぴったりとくっつかれる感覚は悪くない。それに心地よい香りも漂ってくる。だが、シェリスはやはり少し落ち着かない。どう考えても、この状況は奇妙だ。
(この子たちは、こんなに私に懐いていたか?)
シェリスは自問する。前回会った時は、こうではなかったはずだ。子供というのは、大きくなるほど幼くなるものなのかもしれない。
(まあいいか……母親たるもの、子供の甘えくらい受け止めねばな……おやすみ、娘たち)
だが、こうなってしまっては仕方ない。シェリスは観念して両腕を広げ、左右の娘を同時に抱きしめる。
「……」
「……」
眠いのか、二人とも返事はない。ただ、シェリスの腕の中で、穏やかで規則正しい寝息を立てている。
(もう寝たか。やはりまだ子供だな……)
娘たちの健やかな寝顔を見て、シェリスは微笑む。そして、天井を見上げ、しばし物思いにふける。
そうして、静かな時間が流れていく――。
「………お袋、ランシェ。…寝た?」
どれくらい経っただろうか。寝たはずのローランが、不意に声を上げた。まだ起きていたシェリスはすぐに答える。
「まだだ。どうした、寝ないのか? ローラン」
半ば眠っていたランシェも、目をこする。
「どうしたの? お姉ちゃん」
「ちょっと、タイミング悪いかもしれないけど、ちょうど三人いるし……ずっと気になってたことがあって、聞きたかったんだけど、なかなか機会がなくて……」
「また何かあるのか。言ってみろ」
「なんて切り出したらいいか、わからないんだけど………」
ローランはごくりと唾を飲み込み、意を決したように、長年の疑問を口にする。
「お袋って……人族で、その、エルフのこと嫌いじゃないか……それなのに、どうしてオヤジと知り合ったんだ? なんで結婚したんだ?」
「えっ?」
「あ……それ、私も気になる……どうしてなの? ママ」
ローランの問いはシェリスにとって全く予想外だったようで、ランシェも隣で相槌を打つ。三兄妹は皆知っている。母シェリスはエルフ族の父クルイと結婚しているが、エルフ族そのものを見下していることを。同じエルフである子供たちにとって、それは何とも言えない気持ち悪さがあった。だが、シェリスは子供たちを溺愛しており、エルフの森で何か問題を起こしたこともない。父に理由を尋ねても、いつも言葉を濁されるばかり。だから子供たちは、エルフ嫌いの母がなぜ父と結婚したのか、知る機会がなかったのだ。今、その謎が解けるかもしれない。二人の娘は眠気も忘れ、ベッドの上で体を起こし、期待に満ちた目でシェリスを見つめ、答えを待っている。シェリスは少しどもりながら言う。
「そ、それを…今、聞くのか?」
「うん」
「今、話してよ、ママ。寝物語だと思ってさ」
「お前たち…父親には聞かなかったのか?」
「聞いたけど、オヤジ、何も教えてくれない」
「いつも、適当にはぐらかされちゃう…」
「いや、話しても構わないが…今は二人だけだろう? ダッシュもいる時に、まとめて話してやるから…」
「兄貴にはあたしが後でちゃんと伝えるから、今はいいよ」
「お兄ちゃんが一緒に寝なかったのが悪いの…」
「……」
ローラン一人ならともかく、ランシェまでこうなると、さすがに逃げ場がない。娘たちは、まるで面白い噂話を聞くみたいに、キラキラした瞳でこちらを見ている。言い逃れの口実もなく、娘たちの真剣な眼差しに抗うのは難しい。ついに、シェリスは観念してため息をつく。
「…わかった。じゃあ、話してやろう…」
「やったー!」
「やっとパパとママがどうやって会ったか聞ける…楽しみ…」
娘たちの期待の視線を受け、逃げ場を失ったシェリスは、ついに重い口を開く。
「私とお前たちの父親が初めて会ったのは…もう二十年以上も前のことだ…」