69、激震の女神祭 母と娘の衝突
「ん……頭痛い……湿った綿でも詰め込まれたみたい…」
「ここ…どこ? すごい、うるさい…」
微かな呻き声の中、二人のギャルの同級生は二日酔いのような激しい頭痛に耐えながらゆっくりと目を開いた。女神祭で賑わう人々の流れと色とりどりの提灯が飾られた街道が、まるでピントの合わない映像のように徐々に彼女たちの視界ではっきりとしていく。
気がつくと、自分たちは少し人通りの少ない場所に置かれた長椅子に並んで座っていた。そしてその隣にはローランが座っており隠しきれないほどの心配と極度の疲労を浮かべた眼差しで、静かにこちらを見守っていた。彼女たちが目覚めたのを見て、ローランはどこか力なく声をかけた。
「よぉ…やっと起きたか…」
「ローラン? あたしたち…どうしてここに?」
「そうだよ、確か…変な鉄仮面を被ったすっごい怖そうな大男が、無理やりあたしたちに何か買わせようとしてきて、それで…それで何も覚えてないんだ」
二人は意識を失う前の出来事を必死に思い出そうとする。あの混乱しぼやけた記憶の中から何か手がかりを探そうとするが、頭の中には空白の断層があるだけだった。
彼女たちの記憶はあの大男に会った後、まるで分厚く通り抜けることのできない濃霧に覆われてしまっている。その後に起こったいかなる出来事も、ましてや自分たちの手で、同級生をあの周到に仕掛けられた罠へと導いてしまったことなど、全く覚えてはいなかった。
「仮面の大男?」
ローランは表情を変えずに首を振り、あの壮絶な遭遇を巧みに現実から消し去った。
「あたし、そんな男見てないけど。用事を済ませて、あんたたちを探しに戻ってきたら、二人してこの長椅子に寄りかかって寝てたんだよ。よだれ垂れそうになってたし。てっきり歩き疲れて甘いもの食べ過ぎて、血糖値上がって眠くなったのかと思ってた」
「そうなの? 変なの…全然覚えてないや…」
二人の同級生は顔を見合わせ、その目には互いに説明のつかない困惑の色が浮かんでいた。
「とにかく道端で寝るなんて…ふぅ…」
「あれ?」
その時彼女たちは、ようやくローランのただならぬ異変に気づいた。
彼女の額には細かい汗がびっしりと浮かび、汗で濡れた金色の髪が数筋乱れて頬に張り付いている。そのせいで元々白い顔がさらに青白く見えた。彼女の呼吸は少し荒く、その胸は肉眼でもわかるほどの頻度で上下している。いつもきちんとアイロンがけされたエルフ族の民族衣装も、今やどこか乱れ皺が寄っていた。その全身からまるで森全体を一周走ってきたかのような目に見えるほどの疲労感が漂っていた。
「ローラン、どうしたの? すごい汗だし、顔も真っ青だよ。もしかして熱中症?」
「ん…? …いや平気だ」
ローランは彼女たちの問いに直接は答えず、ただ手で汗を拭うと長椅子からゆっくりと立ち上がった。そしてこれまで一度も見せたことのない、疑う余地のない真剣な口調で彼女たちに言った。
「いいかあんたたち、今すぐに家に帰れ。それとこれからは覚えておけ。軽々しく知らない奴に話しかけるな。特に仮面なんかで顔を隠してるような奴は絶対に、絶対にろくな者じゃない。わかったな? あたしはまだ用があるから先に行く…」
「あ、ローラン!…」
そう言うと、彼女は身を翻し去っていった。
彼女の同級生たちはその険しく真剣でそして深い疲労が刻まれた横顔を見て、一瞬それ以上何も言えなくなってしまった。それは普段のあの強く自信に満ち、どこか余裕さえ感じさせるローランとは全く違う雰囲気だった。その中に含まれる何か重いものが彼女たちに本能的な畏怖と不安を感じさせた。
二人のギャルは身の回りの金品を確認し、特に失くなったものはないようだった。ただ少し土埃がついているだけ。それに安堵の息を漏らす。ローランの遠ざかっていく背中を見つめながら、彼女たちは今日という日がローランを遊びに誘うには、あまり良い機会ではなかったことを知った。
まあ、また今度にしよう…。
♦
そしてローランは、賑やかな街道をふらふらと歩いていた。一歩踏み出すごとにまるで分厚い綿の上を歩いているかのようで足元が覚束ない。彼女の体力は既に底を尽き、四肢からはだるく力が入らないという抗議が聞こえてくるようだった。
彼女は心の中で激しく後悔していた。
(クソ…! やっぱりまだあの技を上手く使えない…! なんて失態だ)
正直に言えば、あの仮面の男を倒すだけならローランにとって何の労力も必要ない。むしろ赤子の手をひねるより簡単だ。あのレベルの相手が何人来ようと、ローランは意に介さない。
彼女をこれほどまでに消耗させた本当の原因は、最後に放とうとし、そして相手の奇妙な逃走によって空振りしてしまったあの「奥義」にあった。
あれは彼女の体内の全ての生命エネルギーを狂ったように吸い上げる、諸刃の剣。彼女の奥の手であり、これまで誰にも見せたことのない最終手段だった。
ローランが初めてあの技に触れた時、ただ発動しようと試みただけで、危うく体力が一瞬で空になり、気絶しそうになったほどだ。今では数え切れぬほどの秘密の練習を経て、多少は扱いに慣れてはきたが、それでもあの津波のように押し寄せる巨大な副作用を避けることはできない。一度あの技を使えば、たとえ相手に命中せず、ただ発動しただけでも、その後一週間ほどローランは極度の虚弱状態に陥り、二度目を放つことは不可能となる。
本来ローランはこの技であの仮面の男と、その背後にいる謎の組織に一生忘れられない見せしめを与え、その魂の奥底から本当の恐怖とは何かを理解させ、二度と自分や家族に手出しできないようにしようと考えていた。だからこそあの奥義を使う決断をしたのだ。
だがまさか相手があのような魔法のような奇妙な方法で逃走し、この力を溜めに溜めた全てを賭けた一撃が完全に空振りするとは。実に…無様極まりない。
それだけでなく、彼女は二人の同級生をあの林から引きずり出し、彼女たちが目覚めるまで看病しなければならなかった。いくらなんでも親友を道端に放置するわけにはいかないだろう。それが既に疲労困憊だったローランの体にさらに追い打ちをかけた。
(これからはこんな一時的な感情で突っ走るのはやめよう。もっと慎重にならないと。相手の手の内がわからないうちは、軽々しく自分の切り札を見せるべきじゃない…)
ローランは心の中でそう自分を戒めた。「相手に本当の恐怖を見せつけてやる」などと、これ以上このように慢心し油断することは許されない。
「…はぁ…はぁ…はぁ…やば…」
歩いているうちに、極度の疲労がローランの視界を何度も暗転させ、足元がふらつき、その体は制御不能に前へと倒れ込んでいく。体力の消耗は彼女の想像を遥かに超えていた。
そして彼女が硬い石畳の道と親密な接触を果たそうとしたその時、一本の力強い腕が側面から伸びしっかりと彼女を支えた。
「え…?」
彼女は必死に顔を上げ、その目に映り込んだのはあのずっと探していた、それでいて今この瞬間非常に複雑な気持ちにさせる顔だった。
他の誰でもない、彼女の母親・シェリスだ。
「ローラン?」
シェリスは娘のこの倒れそうな様子を見て、非常に驚いているようだった。
「どうしてここに? すごい顔色じゃないか。お前は父さんやソラたちと一緒に中央広場で花火を見ていたのではなかったのか?」
その言葉を聞き、ローランの胸に一日中溜まっていた怒り、悔しさ、恐怖と不安が、まるで決壊した洪水のように瞬時に爆発した。彼女は激しく母親の手を振り払いそれどころか母親の襟首を掴み、全身の最後の力を振り絞り嗄れた声で問い詰めた。
「お袋…! それどういう意味だよ!? よくもそんなこと聞けるな!? あたしたちが邪魔だからまた置いていくつもりだったのかよ!?」
シェリスは一瞬呆気に取られたが、すぐに彼女特有の落ち着きを取り戻した。彼女は穏やかに感情的になっている娘を見つめ尋ねた。
「何を言っているのかわからん。ローラン、手を離せ。一体何があった?」
「とぼけんな!」
ローランはさらに激しく反論した。その目の縁は激情に急速に赤くなっていた。
「わかってるんだぞ! あんたまたあたしたちに黙って行こうとしてたんだろ!? 前にやったみたいに! あんたが外の世界で一体何をしてるのか知らないけど、それで親父やあたしたち三人を平気で捨てられるのかよ! でももし本当に行くならどうして先に一言言ってくれないんだ!? あたしたちがあんたの足に泣きついて、行かないでって頼むとでも思ってんのか!? あんたがちゃんと話してくれてやむを得ない事情があるって言ってくれれば、あたしたちだってそんなに物分りの悪い奴じゃない! あたしや兄貴はもちろん、ランシェだって絶対にみっともなく駄々をこねたりしない! なのにあんたは一言もなく、あたしたちを置いていく! それどういうつもりだよ!? あんたはあたしたちを一人の生命として、尊重すべき個人として見てるのか!? 帰りたい時に帰ってきて、行きたい時に行く! 挨拶もなしに! アーシュ家を公衆便所か何かと思ってんのかよ!? そんな母親がどこにいる!? ランシェがまたあんたに捨てられたって思ってること知ってるのか!? あいつが今どれだけ悲しい思いして泣いてるか知ってるのかよ!? たとえあんたが実の母親でも、こんな好き勝手にあたしたち家族の気持ちを傷つける行為は絶対に許さない!」
立て続けの問い詰めがまるで砲弾のように降り注ぐ。その一言一言にローランの最も深い苦痛と不可解が込められていた。
しかしシェリスはただ黙って表情を変えず自分自身の娘を見つめている。その深い瞳にはいかなる感情の揺らぎも見えず、まるで自分とは無関係の演劇でも見ているかのようだった。
ローランは母親が答えないのを見て、さらに激しく問い詰めようとした。
「何か言えよ! 黙ってないで…うっ…」
だがその言葉の途中で、彼女の体は激しく傾き、その視界は完全に暗闇に包まれた。元々彼女の体力はほとんど残されていなかった。それに加え先ほどの感情的な叫び声がローランの体についに限界を迎えさせ、完全に意識を失わせ彼女はぐったりとシェリスの腕の中に倒れ込んだ。
シェリスは気を失った娘を抱きしめ、静かに立っていた。周りの賑やかな人々の流れが彼女たちのそばを通り過ぎていく。娘が先ほど放った魂の叫びを反芻し、シェリスは心の中で静かに呟く。
「どうやら、クルイが口を滑らせたようだな…。全く、使えない男だ…でも…」
その胸には、万感の思いが込み上げていた。
「……ん?」
だがその時、シェリスの手が何気なくローランの左手の手首に触れた。そこにはソラが贈ったあの腕輪がつけられている。彼女の指先がそれに触れたその瞬間、ごく微かな漆黒の氷のように冷たい気流が、まるで驚いた毒蛇のように一瞬きらめきそして消えた。
シェリスはこの微弱でしかし極めて異常な変化を鋭敏に感じ取った。彼女は少し考えその眼差しは瞬時に鋭くなった。
「これは…この感じは…。おいローラン、お前まさか…」
何か極めて重要で、それどころか彼女の認識を覆すほどの事実に気づいたかのように、シェリスは慌てて頭を下げ腕の中のローランを見た。だが娘は既に深く眠っており、その呼吸は穏やかだ。ただその眉は相変わらず固く結ばれ、まるで夢の中でも何かについて悩んでいるかのようだった。
もし先ほど気づいたことが事実であるならば、それは非常に、とんでもない結論を導き出すことになる。シェリスは物思いに耽りながら呟いた。
「ローラン、お前という子は………」
その感情は、これまでにないほど複雑だった。
♦
「ん……ここは…」
どれほどの時間が経っただろうか。ローランは一片の静寂の中で目を覚ました。彼女がゆっくりと目を開けると、最初に目に入ったのは、自分の母親が頭を下げ自分を見下ろしているその光景だった。月の光が彼女の横顔に降り注ぎ、信じがたいほどに柔らかい。
「十分に眠れたか? 丸二時間も眠っていたぞ」
シェリスの声はとても優しく、穏やかだった。全く先ほど娘に激しく罵られたかのようには見えない。
ローランは慌てて身を起こし、そこでようやく自分が小さな公園の長椅子に横たわっており、そして先ほどまで自分の頭が母親の太ももの上にあったことに気づいた。この小さな公園には誰もおらず、周りは静まり返り、ただ虫の鳴き声と風の音だけが聞こえる。女神祭の賑やかな会場からはかなり離れているようだった。
ローランはまだ少しぼんやりとする頭を叩き尋ねた。
「どうしてあたしをここに? 親父たちのところに戻らなかったのか?」
「お前が意識を失ったからだ。もし父さんや兄さん妹に、お前のその姿を見せたら彼らはきっと非常に心配してどうしたのかと問い詰めるだろう。だがお前はきっと彼らに本当のことは言いたくない。そうだろう?」
「え? どうして?」
シェリスの眼差しはまるで全てを見通すかのようだった。彼女は鋭く答えた。
「なぜならお前、先ほど誰かと激しい戦闘を繰り広げてきたからだ」
ローランはその言葉を聞き驚愕し思わず叫んだ。
「なっ…! お袋、どうしてそれを!?」
ローランはもちろん家族に自分がたった今二人を殺し、そして死闘を繰り広げてきたことなど知られたくはなかった。別に恥ずかしいとかそういうことではないが、ただ家族がそれについて過剰に心配しあれこれと口を出してくるだろうからだ。特に自分が人を殺したという事実が家族に知られれば、一体どのような騒ぎになるかわからない。
そしてシェリスがその事実に気づいた理由は、実のところ非常に単純だった。
「お前の身体能力からして、ただ私を探しに来ただけでそのように疲れるはずがない。何しろお前は鍛えているのだからな。それほど簡単に疲れるものか。お前をそれほどまでに消耗させ、それどころか気絶するほど追い詰める出来事、それは戦闘以外に何がある?」
母親の指摘があまりにも的確だったため、ローランは一瞬顔面蒼白になり、一言も返すことができなかった。
シェリスはそっとため息をついた。この子はいつでもこのように強がるのだ。
彼女は手を伸ばし、優しくローランの頭を撫で、まるで宥めるかのような口調で言った。
「私は確かにあと一日二日でここを離れるつもりだった…。だが決して何も言わずに去るつもりはない。ただこれまで何か良い機会が見つからず、お前たち兄妹にそのことを切り出せずにいただけだ。安心しろ。母さんは一言もなく消えたりはしない。私は先ほどただ少し自分の用事を済ませに行っていただけで、今それが終わりお前たちの元へ戻ろうとしていたところだ」
家を出る前クルイは固く保証したのだ。子供たちのことは自分がうまくごまかしておくと。だが結果としてこのような事態になってしまった。しかしこの偶然のすれ違いのおかげで、シェリスは珍しく子供たちの本音を聞くことができた。親の襟首を掴み、怒鳴りつけながら自分の不満をぶちまける胆力を持つ者はそう多くはない。
まさか自分が適当に言った言い訳が子供たちにこれほどの誤解と苦痛を与えていたとは。そして彼らが心の中でこのような思いと態度を持っていたとは。これが埋め合わせになるかどうかわからないが、シェリスもまたできる限り子供の気持ちを宥めるしかなかった。自分が魔王であることはまだ言えないが、彼女にも決して子供たちを悲しませ苦しませる意図はないのだ。
母親がこっそりと逃げ出すつもりではなかったと聞き、ローランは少し驚喜しているようだった。だが母親が言う「用事」については彼女も非常に興味があった。
「用事? あんた何の用事を済ませに行ってたんだ?」
シェリスは微笑みながら逆に問い返した。
「ではお前は? お前は先ほど誰と戦っていた? 戦いの経緯は? 母さんに詳しく話してみるか?」
ローランは再び言葉を失った。たとえ自分の「大切な者を守るための殺し」という決意が母親から学んだものであっても、彼女もまた母親に自分が人を殺したことを知られたくはなかった。
そしてシェリスは、もちろん本当にその問いの答えを知りたいわけではなかった。
「ほら見ろ。誰にでも他人には知られたくない秘密があるものだ。たとえ家族の間でも例外ではない。だが少なくとも私は保証できる。母さんは決して道理に反することや、我々アーシュ家にとって不利益になるようなことはしていないと。私はお前のプライバシーを尊重する。ならばお前も母さんのプライバシーを尊重してくれないか?」
ローランはしばらく黙っていたが、しぶしぶ頷くしかなかった。母親が何も言わずに去るつもりがないのならそれでいい。ただ今回の騒動で家族全員があまり愉快な思いをしなかったため、彼女はまだ少し拗ねて言った。
「こんなややこしい時に誤解されるようなことするなよ…まあいいや…。お袋が黙って消えるつもりがないなら、もう帰ろうぜ。あたしも少し休んで回復したし…」
まだ戦闘能力は回復していない。だが一度眠った後少なくとも道も歩けないほど疲れてはいない。体中の汗が乾けば、父親や妹たちも自分が一度気絶するほど疲弊していたことには気づかないだろう。今なら帰れる。
「待て」
だがシェリスは首を横に振り立ち上がると、全く別の真剣な口調で言った。
「その前に、一つこの目で確かめておきたいことがある」
♦
先ほど迎賓館で、あの貴族の護衛たちは、ただ自分の視線に晒されただけで、本能的にあの生命の次元の違いから来る恐怖を感じ取り、自分と戦う勇気さえも持てなかった。だがシェリスから見れば、あの護衛たちの実力は必ずしも自分の長女より強いとは限らない。
だがそこから一つの疑問が生じる。もし娘の実力が彼らに劣らないのであれば、なぜ娘は自分と向き合う時、これまで一度も微塵の恐怖さえも感じたことがないのか? ダッシュやランシェのような戦闘能力のない一般人ならともかく、ローランの敵の実力を見抜く観察眼と判断力は決して低くはないはずだ。
迎賓館を出てから、シェリスはようやくこの論理の矛盾点に気づいた。あるいはローランが自分の娘であるため、彼女がごく普通に自分と接するのは当たり前のことであり、そしてローランが幼い頃からずっとそうだったため、シェリスもまた慣れてしまい、いくつかの細部を見過ごしてしまったのかもしれない。
だがもしそうでないとしたら、一体どういうことなのか? ローランは果たして自分の力をはっきりと認識しているのか?
だからこそ、彼女はわざわざローランをこの人のいない場所に連れてきたのだ。彼女の目的はただ一つのことを検証するためだった。
「ローラン少し離れろ」
「はあ? なんだよ?」
そう言うとシェリスはローランに少し離れて立つように言った。ローランは母親の目的がわからなかったが、大人しくそれに従った。
シェリスは立ち上がり、その両目を閉じ、体内の魔王の力と闘気を呼び覚ましそして、そして爆発させた!
「ふんっ!」
轟と巨大な紫黒色のオーラが、まるでマントのようにシェリスの全身を包み込んだ。
彼女はローランの目の前で、一切の手加減なく、自分自身のあの強烈な殺気と深淵のような闘気を解放した。
その闘気の強さは瞬時に空間を歪ませ、周りの景色をまるで目に見えない巨大な手に蹂躙された絵画のように獰猛で恐ろしいものへと変えた。空気が耐えきれないという悲鳴を上げ、それどころか固い地面さえもが彼女を中心に少しずつ砕け散っていく。そばに生える真っ直ぐな木々でさえも、彼女の闘気を通して見れば、まるで茹でられた麺のようにくねくねと曲がって見える。たとえ真夏の陽炎でさえもこの光景とは比べ物にならない。
今シェリスが解放している闘気は、迎賓館であの護衛たちに見せたものより数倍も強烈だ。もしあの護衛たちが今のシェリスを見れば、おそらく恐怖のあまり意識を失い、それどころか肝を潰して死んでいるだろう。
シェリスは娘を凝視し口を開いた。
「ローラン、母さんから何が感じられる?」
もちろんこれは単なる検証だ。もしローランがいかなる恐怖や不快な反応を見せれば、シェリスは即座に闘気を収め、そして自分の力でローランのこの部分の記憶を消去するつもりだった。彼女もまた自分の娘に癒しがたい心の傷を負わせたいわけではないのだ。
正直に言えばこれは非常に危険な行為だ。子供たちは皆自分が魔王であることを知らない。だがローランはやはり戦士だ。彼女の前で軽々しく魔王の力を見せるのは危険な賭け。下手をすれば彼女に何か手がかりを与え、疑問を抱かせ、母親の正体に疑いを持たせるかもしれない。もしローランがそのことに気づけば、シェリスは同様に彼女のこの数分間の記憶を消去するつもりだった。
だが、シェリスの推測は全て間違っていた。
ローランはただ黙って母親のその身に纏う恐るべき闘気を見つめ、非常に穏やかに、それどころかどこか感心したような感情を込めて心から評価した。
「すっごいな…お袋やっぱりただ者じゃないね…」
すごいと感じるのは当たり前だ。シェリスは今ただ放つオーラだけで、周りの全てを震わせ砕け散らせているのだ。もし「すごい」とさえ感じられないのであれば、それはただ彼女が鈍感な凡才であると言うしかない。
ただこのような答えはシェリスを満足させるものではなかった。彼女はさらに問い詰めた。
「それだけか? 他に何か見えたり、感じたりはしないのか?」
だがローランはどこか不可解そうに、彼女は困惑して首を傾げ逆に問い返した。
「何がって? あたしの目の前にはお袋、あんた一人しかいないじゃないか。他に何が見えるってんだ?」
「例えば、何か比喩できるような光景とかな。例えば私が硬く揺るぎない岩のように感じたり、あるいは鋭く、全てを断ち切る剣のように感じたり…」
「あんた、あたしとなぞなぞでもしてるつもりか? 言っただろ?あたし、あんた以外何も見えないって。あたしに何を見てほしいんだよ? まさかこっそり何か甘いものでも買って、体に隠してて、あたしに探し出させようとしてるのか?」
ローランの眼差しは純真で澄み切っていた。彼女は絶対に嘘をついていない。彼女はただ正直に母親の問いに答えているだけだ。それどころかどこか苛立っているようにさえ見える。
怯える様子など、微塵もない。
娘の反応を確認した後、シェリスはゆっくりとあの天地を滅ぼすほどの闘気を収め、周りの歪んだ光景もそれに伴い正常な状態へと戻っていった。
「何でもない。今のことは忘れろ」
ローランは訝しげな表情を浮かべ、この変なやり取りについて文句を呟いた。
「お袋って、いつも訳のわからないことするよな」
母親は強い。非常に強い。それどころか本気を出した自分よりも遥かに強い。おそらく息を一吹きするだけで、あの仮面の男たちを殺せるだろう。そのことはローランもとうに知っていた。もし母親がただ自分の実力を見せびらかしたいだけであれば、ローランはただ母親をくだらない人間だと感じるだけだろう。
そう言うと、彼女は身を翻し、父や兄妹の元へ戻ろうとした。何しろ母親のシェリスを見つけ出したのだ。もはやあちこちうろつく必要はなかった。
だがシェリスは、ローランのあの次第に遠ざかっていく、どこか疲れた後ろ姿を見つめ、ようやく一つのことを確認した。彼女は心の中でどこか衝撃、安堵、誇り、そして一縷の茫然自失が入り混じった複雑な感情で静かに感慨に耽っていた。
「ローラン…お前という子は本当に私の予想を超えているな。彼女が恐怖を感じないのは鈍感だからではない。なぜなら…お前が既に…知ぬ間に【あの】境地に到達していたとはな…」
答えを得たシェリスの胸中は、さらに複雑な感情で満たされていた。




