表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフの“奥様”は、世界最強の魔王様でした  作者: XMEGA
第一章 エルフの森の魔王様
67/78

67、激震の女神祭 研ぎ澄まされた刃

 もし平時であったなら、ローランはきっとその違和感に気づいていただろう。

 同級生たちがここにいること自体は不思議ではない。彼女たちがローランの母親を見かけたと言ったのも別におかしくはない。彼女たちはシェリスの顔を直接見ておりローランから「あたしのお袋だ」と紹介もされているのだ。シェリスを覚えていて当然である。それにあの同級生たちが色々な場所をぶらつくのが好きなこともローランは知っていた。一つの場所に留まっているはずがない。彼女たちがどこでシェリスを見かけたとしても辻褄は合う。


 だが「あたしたちがあなたのお母さんを見かけた場所に案内してあげる」という申し出。これだけがどうにも奇妙だった。


 もしシェリスを見かけただけなら、どこで見かけたかを直接言えばいい。あるいは指で方角をさせばそれで済む話だ。ローランは方向音痴ではない。この村は彼女が育った場所なのだ。具体的な通りの名前さえ言われればすぐにわかる。なぜ彼女たちは「シェリスが現れた場所にわざわざローランを連れて行こう」とするのか?


 この論理のごく微かな断層は、まるで靴の中に入った一粒の砂のようだ。平時の彼女であればその鋭い洞察力から決して逃れることはできなかっただろう。しかし今の彼女の心は母親を探す焦りと不安で満たされていた。その焦りが濃い霧のように彼女の理性の目を覆い隠してしまっていた。それに加え同級生の純粋な善意に対する信頼が彼女から深く考える余裕を奪ってしまった。

 こうして彼女は自らの足で周到に仕掛けられた罠の中へと踏み入れてしまったのだ…。


 ♦


「あんた、誰?」


 突如として姿を現した男を見てローランは即座に警戒して半歩下がり、体の重心をわずかに沈めた。同時に何気ない仕草で上着の裾をまくり上げ、腰に下げた長剣の柄がいつでも抜けるように完全に露出させる。

 目の前の男がその顔に冷たく何の感情もない青い鉄仮面をつけていたからだ。その見慣れた反吐が出るほど見慣れた様式は、十一年前彼女の幼い頃の悪夢に焼き付いた影と、そして数日前路地裏で彼女を襲った奴らと全く同じだった。


 家を出る直前父親から誰かに命を狙われていると忠告されてはいた。ローランも自分の身は自分で守ると固く誓った。だがそれでも家を出てこれほどわずかな時間でこうも都合悪く奴らの網にかかってしまうとは思いもしなかった。

 あるいは自分たち一家の一挙手一投足がとうにこの亡霊のようなストーカーどもに監視されていたのかもしれない。その考えがまるでぬるりとした毒蛇のように、彼女の胃の中へと這い入り、彼女に生理的な吐き気と悪寒を感じさせた。


 だが仮面の男は彼女の問いに素直に答えることなく、ただ平坦で何の感情も含まない口調で続けた。

「私が誰かは重要ではない…。重要なのは君だ、ローラン・アーシュ。君を見つけるために私は君の同級生を利用させてもらった。彼女たちにごくわずかな暗示催眠をかけ、潜在意識下で君をこの場所へ連れてこさせたのだ。なぜなら私は思ったのだ。今日のこの賑やかな女神祭に君が来ないはずはないと…」


「へぇ、あんたは喋れるんだ。他の奴らみたいにただの置物かと思った」

 ローランが問う前に相手が自らいくつかの情報を明かしたことに、彼女は少し意外に感じた。彼女はからかうような口調で仮面の男に答え、その鋭い視線は同時に地面に倒れる同級生たちを素早く観察し、その呼吸が穏やかであることを確認していた。


「安心しろ。彼女たちは無事だ。ただ一時的に気を失っているだけでじきに目を覚ます。我々が狙っているのは初めから終わりまで君一人だけだ」

 仮面の男はローランの視線に気づいたかのように的確に彼女の疑問に答えた。ローランはその鉄仮面の下から相手のいかなる表情も読み取ることはできない。ただその落ち着いた声色から相手が三十代から四十代ほどの中年の男性であると判断するだけだった。


「そりゃどうも…。でも…」

 ローランはゆっくりと一寸また一寸とその手を腰の剣の柄へと伸ばしていく。口では軽薄な感謝の言葉を述べながらも、その瞳にはもはや隠しようのない殺気が燃え上がっていた。

 たとえ相手が本当に同級生に危害を加えていないとしても、自分に近づくために罪のない人間を平然と利用するその卑劣な行為は絶対に許されるものではない。ローランがこのまま事を収めるはずはなかった。


 ローランの指先が冷たい剣の柄に触れようとしたその瞬間、仮面の男の声が再び響いた。そこにはどこか上から目線の警告が含まれていた。

「動かない方が、身のためだ」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに「サッサッ」とほとんど聞こえないほどの軽い音が二つ響き、ローランの背後の両側から二つの黒い影がまるで地面から湧き出た怨霊のように音もなく木々の影から滑り出した。彼らもまた仮面をつけ、その手にはそれぞれ満月のように引き絞られた長弓が握られている。鋭い矢尻が木々の間から差し込む光に致命的な冷たい光を放ち、固くローランの左右の手首を狙っていた。


「剣を抜こうなどと思うな。さもなくば我が同伴がその二本の矢で、君が剣に触れるよりも早くその両手を射抜くことになる」

 リーダー格の仮面の男がローランに警告を発した。彼が単身で来るはずはない。たとえ彼であっても、ローランのような強敵を相手にするには何らかの手段を講じなければならないのだ。


 ローランの動きが止まった。だがそれもほんの一瞬。彼女は非常に落ち着き払っておりゆっくりと一寸また一寸とその手を剣の柄から離し、そして両手を頭上へと掲げ降参のポーズを取った。

「はいはい、わかったよ。あんたたちの言う通りにする。なら教えてくれない? あんたたちの目的は一体何? どうしてあたしを狙う? ここまでするなんてさ。あたしあんたたちに何か恨まれるようなことした覚えはないんだけど?」

 彼女は肩をすくめその口調はまるで天気の話でもするかのように軽やかだった。


 仮面の男は彼女のその「物分かりの良さ」に満足したのか、あるいは警戒を解いたのか、ゆっくりと語り始めた。その口調にはどこか感心したような色さえ浮かんでいる。

「ローラン・アーシュ。君は騎士団予備団の超新星。百年に一人の天才の中の天才。予備団でも一、二を争う実力者だ。君が正式な騎士団員になる日もそう遠くはあるまい…。先日のマータ公爵家のあの元エルフ騎士団員である護衛隊長との一戦、その情報は我々も詳細に分析させてもらった。だからこそ我々はソラ嬢が君たち母娘を食事に誘ったあの夜、レストランの支配人を洗脳しデザートに特製の薬を仕込み、君が気を失った後連れ去ろうと試みたのだ。我々の目的は単純だ。君という比類なき力を我々のために使ってほしい。我らが教会の栄光ある一員としてな。だが…計画は君の母親という、我々の予想を遥かに超えた強大な変数によって完全に破壊されてしまった」


「は? お袋が?」

 ローランの眉が気づかれないほどわずかに動いた。彼女は即座に問い詰める。

「まさかあいつがさっきあたしたちの前からいなくなったのも、あんたたちと関係があるのか?」


「いや」

 仮面の男は即座に否定した。その口調にはどこか残念そうな響きがあり嘘をついているようには見えない。

「我々は君の母親に関するいかなる有効な情報も掴んではいない。彼女はまるで何もないところから現れた幽霊のようだ。だが状況を確認するために我々が派遣した『刺客』は彼女によって殺された。実に鮮やかにな。疑いようもなく君の母親は巨大で制御不能な脅威だ。我らが教会も彼女にどう対処すべきか未だ明確な結論を出せてはいない。彼女が今どこへ行ったのか我々も知らん。だが彼女が今君のそばにいない以上、それは我々と君が二人きりで話す絶好の機会というわけだ」


「教会…」

 ローランの眼差しが一瞬きらめき、彼女はさらに何気ない様子で探りを入れた。

「あんたたち教会の人なの? あたしも多少は教会と付き合いがあるけど、あんたたちみたいなコソコソしてる過激派は知らないな」

 エルフの森で最大の教会と言えば女神アビオンを信仰する神主教だ。王室と直接的な関わりを持つ国教として、エルフの女王メディシン直属のエルフ騎士団の団員たちも当然神主教と多くの接点を持つ。予備団員が正式な団員へと昇格する際にも神主教の洗礼と祝福を経て、ようやく最後の儀式を終えることになるのだ。ローランはあの教会の教義と行動様式についてよく知っていた。


 しかし仮面の男は深くそしてまるで鉄仮面の後ろから絞り出すかのような、侮蔑に満ちた笑い声を漏らした。まるでローランが何か非常に滑稽な冗談でも言ったかのように。

「神主教? フフ…あのようなただ祈り賛美歌を歌い、潜む危機から目を背け太平を取り繕うだけの旧弊な組織が、どうして永くこの国と民を守れるというのか?」


「は? どういう意味だ? ならあんたたちの教義は何? 何を信仰してる?」

 ローランは不可解に問い詰めた。このエルフの森には神主教以外にもいくつかの教会があるが、これほど公然と神主教を誹謗するような発言をする教会は一つもなかった。他の教会の状況を考慮してもローランにはどの教会がそのような思想を持つのか見当もつかない。


「私はもう十分に話した」

 だが仮面の男は答えるつもりはなくその口調は硬質なものへと変わっていた。あの偽りの感心したような色は消え失せ、そこには疑う余地のない命令の響きだけが残されている。

「我々は君と交渉しに来たわけではない。君が加入を望むか否かを話し合いに来たわけでもない。レストランでの計画が失敗した後、我々はすぐ我が教会の秘法によって生み出された量産型の兵士を三体送り込み、君の下校途中に君を直接連れ去ろうとした。だが彼らは君によって赤子の手をひねるように打ち破られた…。計画は再び失敗したがそれは我々の推測をより確かなものにした。君は確かに非常に強い。話にならないほどにな。君には資格がある…。いや君は我々に加わらねばならない。我々に君に選択権を与えるつもりはない」


「自分の教義さえ口にできないくせに信者を勧誘しようって? あんたたちの広報部は全員役立たずの集まりか何か?」

 ローランは鼻で笑いその軽蔑を隠そうともしなかった。


「戯言を!」

 仮面の男は激昂したようだった。その声が突如として高くなる。

「もし君がまだ本当にこの森のため我らエルフ族の未来のためを思うなら、武器を捨て大人しく投降しろ!」


「あんたたちに捕まってどうなるってんだ?」

 ローランは言葉で時間を稼ぎながらその頭脳は高速で回転し、自分と背後の弓兵との距離、角度、そして風速を計算していた。

「あたしがそう素直にあんたたちの言うことを聞くとでも?」


「安心しろ。我々に加わればいくつか見せてやりたいものがある。それを見れば君は必ず以前の全ての甘い考えを捨て、心から我々の側に立ち真に偉大な事業のために戦うことになるだろう」

 仮面の男の口調には狂信的な絶対の自信が満ちていた。


 ローランはもはや答えず沈黙に陥った。まるで彼の言葉を真剣に考えているかのようだった。


「抵抗するな。ゆっくりと私の方へ歩いてこい」

 仮面の男が最後の命令を下し、同時に背後の弓兵に指示を出した。

「彼女を見張れ。その手が少しでも剣の柄に近づく機会を与えるな。何か異変があれば即座に射て!」


 ローランは屈服したかのようだった。彼女は伏し目がちになり歩き出す。相手の言う通り一歩また一歩とゆっくりと仮面の男へと向かっていく。小さな林の中は恐ろしいほどに静まり返っている。ただ彼女が落ち葉を踏むカサカサという音と遠くから聞こえてくるぼんやりとした祭りの喧騒だけが響いていた。

 一歩、二歩…。彼女が仮面の男の前にまさにたどり着こうとし相手の攻撃範囲に入る

 その時、ローランの足元が不意にまるで盛り上がった木の根につまずいたかのように、その体が激しく揺れ短い驚きの声を上げバランスを失い倒れそうになった。


 まさしくこの瞬間!


 その一見偶然に見えるよろめきが彼女の腰の長剣をその鞘の中で一度、激しくそして常軌を逸した揺れを生じさせた。ほんのコンマ一秒の隙間。慣性によって剣身が完全に鞘の内壁の束縛から解き放たれ、重力によって落下し始める前に短く鞘の真ん中に浮遊した。


 電光石火の間。

 ローランは激しく後方へと極限まで腰を捻り屈めた。信じがたいほどの動きで、見事に剣全体を落下する瞬間に鞘から滑り出させきらりと半空中に浮かび上がらせた! ローランが自ら剣を抜いたのではない。「剣をローランの鞘から離れさせた」のだ!

「手を使わない抜刀」。それこそがローランがとうに計算し尽くした反撃の策。


 彼女の両手は終始掲げられたままであり先ほどの真に迫ったよろめきも、背後の弓兵に彼女がただうっかり転んだだけだと思わせた。だから彼らは全く反応することができなかったのだ!


 彼らが呆気に取られているその一瞬の間にローランは身を屈め、その右足がまるで引き絞られたバネのように激しく上方へと跳ね上がり、そのつま先は疾風を纏い的確に空中のあの長剣の柄の末端を蹴り上げた!


「ブシュッ!」


 長剣は空気を引き裂く一筋の銀色の稲妻と化し、鋭い破空音を立てて真っ直ぐに飛んでいき、瞬時に左後方のあの弓兵の咽喉を貫いた。熱い血が噴水のように湧き出し彼は悲鳴を上げる間もなく、その首を押さえながら倒れていった。

 だがまだ終わりではない!

 ローランは身を屈めると同時にその左手で電光石火の速さで地面の縁の鋭い石を二つ掴み取り、長剣を蹴り出したその同じ瞬間に手首を一振りし、二つの石がまるで弾丸のように唸り声を上げて、もう一人の弓兵へと飛んでいった!

「バッ!」

 石は的確に第二の弓兵の弓弦を引く右手の人差し指と中指に命中した。激痛に彼は呻き声を上げ、その指の筋肉は瞬時に痙攣し緩み、矢は「ヒュッ」と音を立てて、方向を逸れ、隣の木の幹に深く突き刺さった。


 そしてその一瞬の綻びが彼の致命傷となった。

 ローランは激しく地面を蹴り、その体は弦を離れた矢のように驚異的な速度で爆発し、瞬時に激痛に硬直する第二の弓兵の背後へと回り込み、その両手はまるで鉄の万力のように左右から固く彼の顎と後頭部を掴んだ。

「バキッ!」

 聞く者の胆を寒からしめる骨が砕ける乾いた音が、静かな林の中にはっきりと響き渡った。第二の弓兵の首が彼女によって恐るべき角度で瞬時にへし折られた。その体はまだ前を向いている、だがその頭は力なく横へと垂れていた。


 つまずいたふりから二人を殺害するまで、その過程は流れる水のようで一秒にも満たなかった。


 リーダー格の仮面の男は即座に反応することさえできず、彼が二人の有能な同伴が冷たい死体と化したことに気づいた時には、ローランは既に彼の目の前に立っていた。まるで何も起こらなかったかのように。

「見事だ…」

 彼は目の前のこの地獄のような光景を見て慌てるどころか落ち着き払い、感嘆の声を上げた。その口調にはどこか病的な興奮が含まれていた。

「あの二人が私ほどではないにしろ、君が先日相手にした量産型の兵士よりは遥かに強い精鋭の戦士だったのだがな。まさかこれほどあっさりとやられるとは…。それにその手を使わずに抜刀する応変能力、そしてこれほど果断に殺しに徹するとは…。どうやら君は初めての殺しではないようだな。我々教会の君に対する理解はまだ足りなかったようだ」


 ローランは何気なくその手に付着した土を吹き払い、ほとんど氷のように冷たい静かな口調で答えた。

「いや、これが初めての殺しだよ」

 そう。ローランはどこか傲慢で自信家で毒舌家ではあるが、彼女もまたエルフの一族。友愛と平和を尊ぶ種族。彼女が人殺しという極悪非道な行いをしたことなどあるはずもなかった。先ほど死んだあの二人の弓兵は疑いようもなく、ローランが初めて他人の命を奪った相手だった。


 だがローランはまるで二本の木の枝でも折ったかのように平然としている。まるであの二人の命が全く価値のないものだったかのように。

「どうした? あたしが他人の命を奪ったことに緊張したり、葛藤したり、不安になったり、後悔したりするとでも思ったか? あんた、あたしを見くびりすぎない?」


 彼女の脳裏に数日前の母親との対話がはっきりと浮かび上がった。彼女は母親に尋ねたのだ。あのレストランの支配人を殺したのかと。彼女がその問いを発したのは審判のためでも、非難のためでもない。彼女はただ知りたかったのだ。母親が人を殺す時、一体どのような心境を抱いていたのか。どうすればあのように平然と、まるで一匹の蟻でも踏み潰したかのようにいられるのかと。

 そして母親の答えはまるで頭から水を浴びせられたかのように、ローランに巨大な啓示を与えた。

 シェリスは言った。自分の子供たちを守るためにレストランの支配人と、そして十一年前のあの三人の仮面の男を殺したと。もし大切な者と宝物を守るためならば、たとえ他人の命を奪ったとしてもそこに何一つ口外を憚ることも後悔することもないと。それは「正義」から生まれ、「真実の情」から生まれる行為であり、至高の栄光なのだと。

 だからローランも決意した。もし母親のように皆を守り、自分が大切にする全てを守れるなら、殺人でも彼女にとって当然の選択肢となるのだと。

 躊躇する理由など何一つない。そしてローランに微塵の躊躇いもあろうはずがなかった。


 ローランはゆっくりと弓兵の死体のそばへ歩み寄り、無表情に自分の剣を引き抜いた。その剣先に滴る血が枯葉の上に落ち微かな音を立てる。彼女はその剣先を残された仮面の男へと向け、挑発するように言った。

「あんたたちみたいな罪のない人間を傷つけ他人の好意を利用し他人の命を脅かすクズどもは、殺したところであたしは少しも動揺しない。一度、二度、三度と我慢してきた…。それどころか兄貴や妹、お袋、ソラたちまで巻き込もうとしやがって…。だがもう次はない。あたしはあんたを殺す。あんたたちのクソ教会が二度とあたしにちょっかいを出せないようにな!」

 その言葉が落ちると同時に聞く者の胆を寒からしめるほどの殺気が彼女の華奢な体から放たれ、まるで実体を伴う氷のようにこの小さな林を覆い尽くした。空気がまるで凝固したかのようだった。


 仮面の男も思わず緊張に唾を飲み込み、その仮面の後ろから心からの感嘆の声を漏らした。

「…これほど恐るべき少女がいたとはな」

それは単なる感心ではなく、どこか畏怖さえも含まれていた。


「怖い?」

 ローランはそれを聞くと、口元に氷のように冷たい、どこか残酷な弧を描き冷笑を返した。

「これで、あんたは怖いと思うのか?」

 彼女は面白がるように手首を回し、血に濡れた剣の刃を林の光の中で森然と反射させた。彼女自身の顔がその剣身に映り込んでいる。そこに映し出されているのは、自信に満ちた表情だった。

「こう見えてもあたし、結構ファンが多いんだ。みんなあたしのこと格好いいとか、クールだとか言ってくれる…。別に彼女たちに媚びてるわけじゃないけどさ。でも人に愛されたり、尊敬されたりするのって別に悪いことじゃないでしょ? だから誰かに見られてる時はいつも意識的に、できるだけクールに格好良く見せようとして、本当はあまり得意じゃない華やかだけど殺傷力のない戦い方で相手と戦ってたんだ…。マジ、今までマジでだるかったんだよね」


 そう。予備団の入団試験の時も、入団後団員たちと日常的に訓練で手合わせした時も、数日前ソラの護衛隊長に勝った時も、ランシェを学校へ迎えに行った帰りに三人の仮面の男を倒した時も、そして先ほど敵を油断させるためにあの二人の弓兵を殺した時でさえも…。全てが第三者の観戦の下で行われた戦いだった。

 そのような戦いはローランにとって、せいぜい「演舞」に過ぎない。

 決して本当の「戦闘」ではなかった。


 そして彼女の本当の実力、あの純粋な勝利のため生存のために磨き上げられた牙は、まだ誰の前でも見せたことがなかった。

 一度も。

 だが今その機会が訪れた。

 今この場には、戦うべき相手以外、誰もいない。

 ローランはその剣先を仮面の男へと向け、その血のように赤い瞳にはもはやいかなる偽りの余裕も戯れもなく、ただ最も原始的で最も純粋な捕食者の光だけが宿っていた。

「もしさっきので怖いと思うんなら、とっとと遺言の準備を始めた方がいい」

 彼女は一言一言区切るように、まるで神託を告げるかのように最後の宣言を下した。


「このローラン様の本当の恐ろしさは、まだ始まったばかりだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ