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エルフの“奥様”は、世界最強の魔王様でした  作者: XMEGA
第一章 エルフの森の魔王様
60/78

60、激震の女神祭 魔女からの情報

 女神祭の会場は、まさにお祭り騒ぎだった。色とりどりの提灯が夜道を照らし、様々な屋台からは食欲をそそる匂いが立ち上る。子供たちの歓声、楽団の奏でる陽気な音楽、そして人々の楽しげな話し声が混じり合い、村全体が祝祭の熱気に包まれていた。

 一行は、その人波の中を進んでいく。

「ローラン様! あちらの射的の景品に、とても美しい短剣がございましたわ! わたくしが必ずや撃ち落として、あなた様に献上いたします!」

 ソラはローランの腕にぴったりとくっつき、片時も離れようとしない。

「いらないって。あんなの、どうせ飾りで切れ味は最悪だ」

 ローランはうんざりしたように答えるが、ソラは全く意に介さない。

 一方、キアナはダッシュの隣を歩きながら、屋台の焼き菓子を指さした。

「なあダッシュ、あれ、美味そうだぞ。お前、小遣い持ってるか? 僕、今日に限って財布忘れちまってさ」

「またかよ…。君ってやつは、いつもそうだろ」

 ダッシュは呆れながらも、小さな革袋から数枚の硬貨を取り出す。キアナは「サンキュ、ダチ!」と彼の背中を力強く叩き、すぐに駆け出していった。

 ランシェはそんな兄や姉、その友人たちの様子を、少し後ろから、クルイのローブの裾を掴みながら、はにかみながら見ている。人混みは苦手だが、その瞳には祭りの華やかさに対する好奇心が宿っていた。


 シェリスは、そんな子供たちの様子を、少し離れた場所から腕を組んで眺めていた。その表情は相変わらず平坦で、祭りの喧騒には全く興味がない、とでも言いたげだ。だが、その視線は、子供たちの一挙手一投足から離れることはなかった。

「楽しそうだな、あの子たち」

 隣に並んだクルイが、穏やかな声で言った。

「フン、ただ騒いでいるだけだ。何が楽しいものか」

 シェリスはそっけなく答える。だが、ローランがソラの過剰な世話を迷惑そうにあしらうのを見て、その口元に気づかれないほどの微かな笑みが浮かんだのを、クルイは見逃さなかった。

「あんたも、なんだかんだ言って、嬉しいんじゃないのか?」

「勘違いするな。あいつらが馬鹿なことをしないか、見張っているだけだ」

 彼女はそう言い放つと、ふと視線を夜空に向けた。そこには、まだ花火が上がる前の、星々が瞬く静かな闇が広がっている。クルイは、昔のことを思い出し、そっと語りかけた。

「覚えてるか、シェリス。何年も前、俺たちが二人で来た時のこと。あの夜、俺は……」

「くだらんことを言うな」

 シェリスは彼の言葉を遮ったが、その声にはいつもの刺々しさがなかった。

 忘れたはずがない。十数年前のあの女神祭で、クルイがシェリスにプロポーズした。全てが、そこから始まった。

「あの時の花火より、今こうして奴らが騒いでいるのを見ている方が、よほどマシだ」

 クルイは微笑んだ。言葉とは裏腹の、彼女の不器用な愛情を感じ取ったからだ。

「…まさか、こんな風にお前と、我々の子供たちと一緒にこの祭りを見るとはな」

 シェリスがぽつりと呟いた。まさか魔王である自分が、一介のエルフと結婚して、子供まで産んでしまった。

 彼女の視線は、屋台の光に照らされてはしゃぐ子供たちの上を、静かに滑っていた。

 かつてのシェリスは、玉座に座り、世界の版図を広げることだけを考えていた。裏切りと策略が渦巻く孤独な頂で、信じるものなど己の力のみ。でも今はどうだ?取るに足らないエルフの祭りで、子供たちの他愛ない笑顔に、心が揺さぶられている。ローランの、あの生意気な小娘ソラに振り回される姿。ダッシュの、あの快活な少女キアナにからかわれて狼狽える顔。そして、人混みに怯えながらも、兄の手を固く握りしめるランシェの小さな背中。

 くだらない。非合理的だ。だが…悪くない。シェリスはそう思う。遠い昔、魔王シェリスが夢想だにしなかった、温かく、そして煩わしい光景。この感情を何と呼ぶのか、今の彼女にはまだ、うまく言葉にできそうもなかった。

「ああ…」クルイも、隣で深く頷く。

「シェリス。俺は、幸せだぞ」

「……馬鹿者め」

 シェリスはそう言って顔をそむけたが、その耳がわずかに赤らんでいるのを、クルイは見逃さなかった。

 そのささやかな仕草だけで、クルイの胸には温かいものが込み上げてくる。

 長い、長い年月だった、と彼は思う。魔王として去っていく彼女を、ただ見送ることしかできなかった夜。残された子供たちを一人で育て、いつ帰るとも知れぬ彼女を待ち続けた、不安な日々。

 クルイは何度も自分に問いかける。もし、最初から彼女が魔王だと知っていたら、森の奥で倒れていた彼女を見つけたあの時、その正体に気づいていたら、自分はどうしただろうか。恐れをなして逃げ出していただろうか。あるいは重傷のシェリスを殺し、世界を救う英雄になっていただろうか。

 それとも、やはり同じ選択をし、躊躇いなく彼女を救っただろうか。

 彼は知っている。自分の妻が、ただ気位が高く、強いだけの女ではないことを。世界を焼き尽くす力を持つ、冷徹で、時に非情な魔王であることを。それでも、彼がこの道を選び、歩み続けてこられたのは、ささやかな日々の記憶があったからだ。

 ふと、クルイは子供たちの方へ視線を戻す。ローランは、相変わらずソラにまとわりつかれながらも、満更でもなさそうにしている。ダッシュは、キアナに何かをねだられ、困ったように笑っている。ランシェは、その二人を少し離れたところから、楽しそうに眺めている。

 シェリスと出会わなければ、この温かい光景を見ることは決してなかっただろう。

 ああ、間違っていなかった。この光景を守るためなら、どんな苦労も、どんな恐怖も、乗り越えられる。自分の選択は、決して間違ってはいなかったのだ。

 これは、まさに「幸せ」ということだ。

 だから、クルイは後悔することが、一度もなかった。

ふと、夫婦の視線が交差する。互いの目に映る同じ幸福感に、二人は言葉もなく微笑みを交わした。そしてまた、ゆっくりと子供たちの後を追う。

 彼らにとって、かけがえのない宝物を見守るために。


 ♦


 一行が花火を見るために広場の見晴らしの良い場所へ移動しようとした、その時だった。

「やあやあ、アーシュ一家ご一行様じゃないか! こんなところでお会いするとはねえ!」

 人混みをかき分けるようにして現れたのは、あの特徴的なとんがり帽子を被った、森の魔女ラルヴィだった。彼女は今日、いつもの魔女のローブではなく、動きやすいが、どこか洒落たデザインの作業着のようなものを身につけている。

「…ラルヴィか。まだお前か」

 シェリスは驚くでもなく、呆れたように尋ねる。

「おっと、これはこれはシェリスちゃん! その…お変わりないようで、何よりだよ」

 ラルヴィはシェリスを見ると、一瞬だけ表情を引きつらせ、どこか畏敬の念を込めて挨拶した。彼女は、シェリスの魔王の力が完全に戻っていることを知っている。軽口は叩きつつも、決して一線は越えられない。

「前回私が書いた原稿はどう?間に合ったか?」

「ええ、何とかね。本当に助かったよ…」

「どうだ、これで私の筆力を信じたか?」

「そ、そうだね…凄かったよ…プロの作家にも負けてないね…」

 シェリスとラルヴィが旧知の間柄のように話しているのを見て、キアナが先に声を上げた。

「あれ、編集長じゃないですか。こんな所で何してるんですか? またヒロカ先輩の原稿の催促ですか?今ヒロカ先輩ここにいませんけど?」

 彼女の出現に、キアナは純粋な疑問を呈する。

「本当だ。編集長、どうしてここに…?」

 ダッシュもそれに続く。

「失礼な奴らだね! あんたたちの中じゃ、あたしは原稿の催促しかしない鬼編集長ってことかい! 今夜は仕事だよ、仕事! この女神祭のメインイベント、魔法花火大会の総監督を、このあたしが務めるのさ!」

 ラルヴィは胸を張り、得意げに笑う。

「へえ、編集長って、そんなすごい魔法も使えるんだ。僕、てっきり…」

「僕もです。意外だなあ…」

 キアナとダッシュが顔を見合わせて驚いていると、ラルヴィは腰に手を当ててぷりぷり怒った。

「お前たちも大概失礼だね! あたしはこれでも、森の魔女として名を馳せた大魔法使いなんだよ! 忘れんじゃないよ!」


 その騒がしいやり取りを見て、ローランがダッシュの袖を引っ張りながら小声で尋ねる。

「兄貴、このやたら馴れ馴れしい怪しい女は誰?」

「ああ、この人はラルヴィさん。ヒロカ先輩の小説の担当編集長なんだ。編集長、こちらは妹のローランです。で、こっちが末の妹のランシェ」

 ローランとラルヴィの対面は、これが初めてだ。ダッシュが紹介すると、ラルヴィは改めて子供たちに目を向けた。

「へえ、この子たちがねえ。長女ちゃんはシェリスちゃんに似て美人さんで、次女ちゃんはクルイさん似で可愛いじゃないか!」

 ラルヴィが馴れ馴れしく顔を近づけると、ローランはあからさまに顔をしかめ、一歩後ずさった。そして、吐き捨てるように呟く。

「うわ、あたし、こういう馴れ馴れしくてうるさいタイプ、一番嫌いなんだけど」

 ランシェはさらにビクッと肩を震わせて、ダッシュの後ろに隠れてしまった。

 その反応に、ラルヴィはカチンときたようだ。

「なんだい、その態度は! あたしはあんたたちの親の結婚式で、司会と証人を務めた大恩人なんだぞ! 少しは敬意を払いな!」

 その言葉を聞き、ローランは信じられないといった顔で両親を振り返った。

「はあ? お袋、オヤジ、なんでこんな騒々しい女にそんな大役任せたわけ?」

 シェリスは肩をすくめ、他人事のように言う。

「さあな。昔の私たちは、少しどうかしていたのかもしれん」

「あはは……」

 クルイは困ったように笑うだけで、何も言えない。

 その一家の反応を見て、ラルヴィはついに叫んだ。

「お前たち一家、揃いも揃って失礼な奴ばっかりだな!」


 ラルヴィはぷんすかと怒りながらも、ふと思い出したように声を潜めた。

「ふ、ふ…、そ、それはさておき…今年の女神祭は一段と気合が入ってるねえ。なんでも、王都から偉い貴族様たちが、わんさかお忍びで来てるらしいじゃないか。マータ公爵だけじゃない、もっと上の連中もね。物々しい警備も、そのせいだって噂だよ」

 ラルヴィは何気なく言ったが、その言葉を聞いたシェリスの瞳の奥が、一瞬、鋭く光ったのを、隣にいたクルイだけが気づいた。

「多くの貴族…?」

 シェリスの思考は、既に家族との団欒から、魔王としての冷徹な策略へと切り替わっていた。彼女は、ラルヴィに詳しいことを尋ねる。

「ほう? どんな貴族が来ているのだ?何人いる?」

「さあねえ、あたしもそこまでは。ただ、女王陛下の側近中の側近も来ているとか、いないとか。まあ、あたしたちみたいな平民には、関係のない話さ。さ、あたしはそろそろ持ち場に戻らないと。花火、楽しんでいきな!」

 ラルヴィはそう言い残すと、再び人混みの中へと消えていった。


 やがて、夜空に一声、高く澄んだ音が響き渡り、最初の魔法の花火が、色とりどりの光の華を咲かせた。

「うわあ!」

「綺麗!」

 子供たちの、そして広場に集まった全てのエルフたちの歓声が、夜空に響き渡る。誰もが、空に咲き乱れる幻想的な光景に、目を奪われていた。

 ただ一人、シェリスを除いて。

 彼女は、空の花火には目もくれず、ただ、祭りの喧騒の向こう側、貴族たちが集うであろう区画を、深い、底知れぬ瞳で見つめていた。

 女神祭の夜。人々の願いが空に舞う中、魔王の野望は、ただ静かに、そして確実に、その牙を研いでいた。

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