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エルフの“奥様”は、世界最強の魔王様でした  作者: XMEGA
第一章 エルフの森の魔王様
37/78

37、ダッシュとやんちゃな幼なじみ

 ここはエルフの森公立第三高校、一年六組の教室。まだ朝早く、担任も来ていないため、生徒たちは朝の会が始まる前の自由な時間を楽しんでいた。昨日は週末の最後の一日。エルフたちはそれぞれ、この二日間の出来事や面白い話を共有し、教室内は楽しそうな笑い声に包まれている。

 中でも、女子生徒のほとんどが一人の人物の周りに集まっていた……。


 ……


「ローラン様! ご無事でしたの!?」

「マータ公爵家のご令嬢、ソラ様があなた様を呼び出して喧嘩を売ったと聞きましたが、本当に行かれたのですか?」

「きっとローラン様がお勝ちになったのですよね! ローラン様が負けるはずありませんもの!」

「あれ? ローラン様のお顔が少し赤く腫れているような……。まさか、あの女にやられたのですか? 本当に許せませんわ!」

「ローラン様! どうかご安心ください! 次にあの女がまた騒ぎを起こしに来たら、わたくしたちは決して見て見ぬふりはいたしませんわ!」


 教室の左隅、そこはクラス…いや、学校全体でも指折りの有名人、ローラン・アーシュの席だ。

 どんなイケメンにも負けない整った顔立ち、クールで高慢な話し方、最先端のファッショナブルな着こなし、ずば抜けた戦闘能力、そして困っている人を助ける優しい心根など、あまりにも多くの輝点が、多くの女性の心を一瞬にして鷲掴みにしていた。たとえ学校で一番ハンサムな男子エルフであろうとも、女子たちの間での人気と注目度は、ローランには遠く及ばない。

 先週の金曜日、マータ家の令嬢ソラ・マータが学校の校庭で公然とローランに喧嘩を売ったため、多くの女子がそのことを知っていた。学校に着くなり、待ちきれない様子でローランの状況を尋ねに来る。

 ローランの席の周りは、あっという間に人だかりで水も漏らさぬほどになった。口々に騒ぎ立て、それぞれが勝手なことを言っている。ローランが、ソラは実は悪い子ではないこと、あの日のことは実は誤解だったのだと説明したくても、立て板に水のような心配の声にかき消され、口を挟む隙もない。

 仕方なく、彼女は肘を机につき、頬杖をついてため息を繰り返すしかない。担任が早く来て、この人の話を聞かない小娘たちを追い払い、自分に静けさを取り戻してほしいと願うばかりだ。

 彼女はこの状況に少し困惑していたが、それは傍から見れば羨ましい限り。そう、言っているのはローランと同じクラスの男子生徒たちのことだ。


「またローランかよ……」

「なんであいつ、あんなにモテんだよ…。このままだと、俺の将来の彼女まであいつに取られちまうぞ!」

「いっそ、誰かローランを彼女にしてみねえか? そうすりゃ、ローランのあのファンたちも全部手に入るって寸法よ?」

「冗談言うな。誰があんな男勝りと付き合うかよ」

「行くならお前が行けよ。俺はまだ長生きしたいんでな。そんな面倒事には関わりたくねえ」

 多くの男子生徒が、ローランの高い人気に大きな不満を抱いていた。彼女の存在のせいで、クラスの他の男子は皆、影が薄くなっている。気にしない者も確かにいたが、一部の者は非常に不快に思い、ローランが自分たちの人気を奪っていると考えていた。だが結局のところ、ローランにちょっかいを出す勇気のある男子は一人もおらず、皆彼女を敬遠していた。何か不満があっても、男子仲間と小声で愚痴をこぼすのが関の山。ローランや彼女のファンたちに聞かれるのを恐れて。


 だが、一人だけ、どの立場にも属さないような人物がいた。ローランの周りがどれだけ盛り上がっていようとも、彼は馬耳東風。男子仲間たちの意見さえ気にかけず、ただ席に座って静かに授業の予習をしている。彼の親友が彼の机の前にやって来て、少し野次馬根性丸出しで彼に尋ねた。

「お前の妹は相変わらず派手好きだな、ダッシュ。お前も鼻が高いだろ」

「……別に、嬉しくもなんともないよ」

 その少年は他の誰でもない、ローランの双子の兄、ダッシュ・アーシュだった。


「どうよ? あんな妹持って、何か言うことねえのか? このままだと、出る杭は打たれる、ってことになんぞ」

「僕が言ったって、あいつ聞かないし。うちは母さん以外、あいつを抑えられる人なんていないんだ。父さんの言うことだって聞きやしない」

「お前の家も大変だな…」

 多くの寵愛を一身に受ける妹とは違い、ダッシュは外見も、学業成績も、性格も、運動能力も全てが平凡、いや、むしろ中の下と言っていい。だから彼は当然のように、ほとんど存在感のない日陰者となっていた。長年付き合っている親友が一人いる以外、クラスに彼と親しい者はほとんどいない。

 ローランのファンたちでさえ、このローランの兄を無視している。ダッシュはずっと妹の影の下で生きてきて、全く頭が上がらない。双子とはいえ、二人は才能も待遇も全く異なり、まるで違う世界に生きる人物のようだった。

 できることなら、ダッシュは本当にローランと同じクラスになりたくなかった。誰かに自分とローランを比較されるのを避けるために。だが、それもダッシュの一存でどうにかなる問題ではない。学校のクラス編成は絶対であり、どれだけ不満があっても黙って耐えるしかない。本当に同じクラスにされてしまったからには、ダッシュも自分の本分を尽くすしかない。できるだけ、外部の影響を受けないように。


「そうは言うけどさ…。実はお前、妹のこと嫌いじゃないだろ? むしろ、ちょっとそういう気もあるんじゃないの?」

 ダッシュが少し困ったような顔をしているのを見て、親友は意地悪く笑った。その言葉を言う時、この親友はわざと声を大きくし、遠くでローランを取り囲んでいる女子生徒たちにもはっきり聞こえるようにした。結果、あの娘たちはすぐに騒ぐのをやめ、一斉にダッシュの方へ顔を向けた。ダッシュが妹に特別な感情を抱いている可能性があると聞いて、娘たちは途端に険しい顔つきになり、まるでダッシュを八つ裂きにでもしかねない恐ろしい形相を浮かべた。

「なっ…変なこと言うなよ!! 確かにローランのこと、嫌いじゃないけど……。何しろ実の妹だし…。でも、別に好きってわけでもないよ! お前の言う『そういう気』なんて、もっとあり得ない! あんな暴力女、全然僕のタイプじゃないし、それに兄と妹がそんな感情になるわけないだろ!」

「ローラン様を暴力女呼ばわりなんて…。ローラン様の兄さんは本当に見る目がないのね」

「同じ母親からお生まれになったのに、どうしてこんなに差があるのかしら?」

「ローラン様の素晴らしさがわからないなんて、本当に可哀想」

「だから、いったい僕にどうしろって言うんだよ!?」

 ダッシュは泣き笑いだ。認めても、認めなくてもまずい。自分は本当に、この親友にしてやられた。

 ローランのファンたちに誤解され、そして命の危険を避けるため、ダッシュは慌てて否定したのだ。それに彼は嘘をついているわけではない。彼は確かにローランに何の特別な感情も抱いていない。万が一、彼が本当に血迷って自分の妹に手を出すようなことがあったとしても、それはランシェの方を考えるだろう。いくら飢えていても、ダッシュがローランに間違った考えを抱くことなどあり得ない。

 もちろん、ランシェに対しても、本当にそんな考えを持つはずがない。結局のところ、それはただの「仮定」に過ぎないのだから。本当に妹に手を出したら、ダッシュは母親に顔が変形するほど殴られる未来を想像できた。

 何しろ、妹のローランが言うには、彼らの母親は昔、途轍もなく強大な冒険家だったらしい。少なくとも、今既にかなりの腕前を持つローランよりも、何倍も強かったという。ローランの顔の傷跡も、母親に殴られたものだ。ローランはただソラ嬢の好意を受け入れただけで、強烈な一撃を食らい、奥歯が折れそうになったのだ。もし自分が本当に許されない過ちを犯したら、物理的にこの世から蒸発させられるかもしれない…。


「あれ? あの子、誰? なかなか可愛いじゃない」

 親友をからかって満足した後、親友の視線は入り口にいた一人の少女に引きつけられた。さっきまでそこには誰もいなかったのに、いつの間にか見慣れない姿が現れていた。制服を着ておらず、全身黒ずくめの服に身を包んだ、黒いポニーテールの少女が、教室の入り口であちこちを見回し、なかなか中へ入ろうとしない。

「誰のこと言って………えっ!?」

 自分のこの親友は、いつも大げさで、騒ぎ立てるのが好きだ。奴が美女だと言っても、本当にそうであるとは限らず、大抵はただ誇張した言い方をしているだけ。最初、ダッシュも本気にしていなかった。だが、彼も入り口の方を見た時、思わず全身が固まった。

「なんで……なんでここに……」

 ダッシュは緊張して呟く。どうやら彼はその少女を知っているようだ。だが、彼はその少女に気づかれたくないらしく、慌てて視線を逸らした。

 だが、もう遅い。

「あ、いたいた」

 入り口の黒髪の少女は、やはりダッシュに気づいた。たとえダッシュが顔を背け、後頭部を彼女に向けても、見破られてしまった。少女は大股で教室に入ってくると、まっすぐダッシュの席の前までやって来て、ぷりぷり怒ったように言った。

「ダッシュ、それとローランも。どうしてそんなに言うことを聞かないんだ? 朝ごはんを食べてから行けと言ったのに、二人とも抜け駆けして。お前たち兄妹は、少しはランシェを見習ったらどうだ?」

「……だ、だって、僕たち寝坊しちゃったし…。朝ごはん食べてたら遅刻するから…」

「それでもご飯は食べないといかん。朝、十分な糖分を摂らないと、脳がうまく働かず、授業を聞くにも、知識を吸収するにも良くない。朝食は弁当箱に入れておいたから、ちゃんと食べるんだぞ」

 そう言うと、少女は箱を一つ取り出し、ダッシュの机の上に置いた。ダッシュがそれを受け取ると、少女を追い払うように声をかける。

「……わ、わかったよ…。わかったから、早く家に帰ってくれよ…」

「なんだ? 追い出すつもりか? ここはお前の縄張りではないぞ」

「た、頼むから! 早く帰ってくれ!」

 ダッシュは立ち上がり、少女の手を掴んで何度も懇願する。まるで、少女が他の誰かに気づかれるのを恐れているかのようだ。

 だが、ダッシュの親友は、既にこの一部始終をはっきりと見ていた。彼女は満面に疑問を浮かべて尋ねる。

「ダッシュ、この女の人は…? すごく親しそうだけど?」

「そ、それは……」

「おお、いたいた」

 ダッシュが説明する前に、少女は遠くの人だかりに気づいた。彼女はダッシュを放っておき、別の弁当箱を取り出してそちらへ向かっていく。

「はいはい、ちょっと通して」

 あの娘たちは密集していて、本来ならなかなか追い散らせない。だが、この少女はただ片手で掴んだだけ。いとも簡単にあの娘たちを押し分け、まるで無人の境を行くかのように道を開き、まっすぐローランの前までやって来た。

「あ、痛い!」

「ちょっと、誰よあんた! 横入りしないでよ!」

 少女の力は強く、押しのけられた女生徒たちは皆、口々に不満を漏らし、痛む箇所をさすっている。だが、少女は彼女たちを完全に無視し、何事もなかったかのように弁当箱をローランの机の上に置き、言い含めるように言った。

「ちゃんとご飯食べるんだぞ、ローラン」

 ローランとダッシュは違う。この少女が自分のクラスに来たことに気づくと、彼女は驚いて大声で叫んだ。

「なんでここにいるのよ! お袋!」

 少女の正体は他の誰でもない、ダッシュとローランの実の母親、シェリス・アーシュだった。彼女は朝食を置き去りにした子供たちにご飯を届けるため、わざわざ夫から子供たちのクラス情報を聞き出してきたのだ。

 ローランのその叫び声で、クラス全体が完全に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

「な…何ですって!?……ローラン様の……お母様?」

「わ、若い……」

「すごく綺麗…。モデルさんみたい……」

「お義母様! わたしはローラン様の妻です!」

 ローランのファンたちは、自分たちのアイドルを非常に崇拝しており、盲信に近いレベルだ。ローランが彼女をお袋だと言えば、ファンたちの中に疑う者は一人もいない。すぐに口々に騒ぎ立て始めた。その中でも最も多い声は、シェリスに称賛の言葉を捧げ、それによって彼女に良い印象を残そうというもの。中には、いきなり身内認定を始める者までいた。

 エルフを見下しているシェリスでさえ、さすがにあの騒がしい声には邪魔される。訝しげに娘に尋ねた。

「どういうことだ? お前のファンは皆レズビアンなのか? あのソラという小娘もそうだったが、どうして女の子ばかりがお前と結婚したがる? お前、男運が全くないのか?」

「あたしが聞きたいよ……」

「相手は真剣に選ぶんだぞ。悪い女に騙されるなよ」

 シェリスとローランのことは一旦さておき。ダッシュは、母親と妹の方へ全ての注目が集まっているのを見て、一人で椅子に座り直す。弁当箱を自分のリュックにしまい込んだ。

「ダッシュ、あの方が君のお母さんだったのか…。いやあ、君がお母さんの話をしてるの、聞いたことなかったからさ、まさかこんなに綺麗な人間族の美人だとは思わなかったよ」

 ダッシュの親友は、興味深そうにシェリスを見つめている。なぜか、彼女はホッとしたような様子だった。

「だって、うちの母さん、何年も家に帰ってこないで、いてもすぐ行っちゃうし。はぁ……」

 ダッシュはため息をついた。

「母さんもさ、いつもローランばっかり…。僕だって長男なのに、そんなにいてもいなくてもいい存在なのかな? 何か一つでも取り柄があればいいのになあ。みんなに好かれて、可愛がられてるなんて……」

 ダッシュが落ち込んでいる様子を見て、親友も黙り込んだ。そして唇を固く噛み締める。その後、彼女は明るく、さっぱりとした笑顔を浮かべ、ダッシュの背中をポンと叩いた。

「何よ、借金八百万でもあるみたいな顔しちゃって! 元気出しなさいよ。どう考えたって、あんたには僕がついてるじゃない? 僕は、何があってもあんたの味方の、ズッ友なんだからさ!」

「本当?」

「本当だよ、嘘じゃないって」

「やっぱりお前が一番だよ! キアナ!」

 ダッシュは、幼い頃からの遊び相手であるキアナの手を、非常に感謝した様子で握りしめた。この、存在感のない日陰者の自分に、ずっと付き合ってくれる彼女に感謝している。

 一方、キアナは、この突然の行動に少し慌てふためいた。彼女は自分のスカートの裾をいじり、顔を赤らめて小声で言った。

「べ、別に、いいってことよ…」

 ダッシュの妹がどれだけ人気があろうとも、キアナの視線がダッシュから逸れたことは一度もない。なぜなら、彼女は彼の最高の友達だから。

「僕が、ダッシュの心の支えになるんだ……」

 キアナは密かに拳を握りしめ、覚悟を決めた。

 

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