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32、揺るがない決意

 ソラは、ローランが自分に見向きもしないことに少しも臆することなく、むしろ自分の最も貴重な宝物まで差し出し、相手に譲歩を迫った。

 貴族にとって、当主から子孫へ直接受け継がれる宝物というのは、その経済的価値以上に、極めて象徴的な深い意味を持つものだ。決して安易に取引の駒として使えるような代物ではない。貴族ではないローランも、そのことはよく知っている。ソラが自分のために一族の宝物を差し出したのを見て、彼女は本当に信じられないほど驚愕した。


 店長は、多くの宝石がちりばめられたネックレスを鑑定した後、満足そうに頷いた。

「ふむ……。わたくしは宝石鑑定士ではございませんが、この手の品は少なからず見てまいりました……。確かに、相当な値打ち物とお見受けいたします。もし本物であれば、腕輪の代金には十分見合うでしょう。まあ、よろしいでしょう。マータ家のお嬢様が偽物をお持ちになるとは思いませんし、万が一偽物だったとしても、マータ公爵に直接お話を伺えばよろしいだけの話。お嬢様、本当によろしいのですな? 今ならまだお考え直しになれますわよ」

「…………構いませんわ、どうぞお持ちになって」

「かしこまりました。では、契約書にご署名を」

 口頭で合意に達した後、店長は奥の物置部屋へ戻り、まもなく一枚の羊皮紙の契約書を持ってきた。それは元々、腕輪の本来の持ち主であった、亡くなった冒険家に署名させるために準備されていたものだ。

 店長がソラを信用していないわけではないが、貴族の家宝を軽々しく受け取るわけにはいかないことも理解している。それにこの取引の対象物はどちらも非常に高価なもの。争いを避けるためにも、法的に有効な契約書を取り交わし、両方の義務と責任を明確にしておくのが最も妥当だ。

 もちろん、ソラはこんなに真剣な事柄で冗談を言うような少女ではない。自分のネックレスを差し出した瞬間から、彼女はもう後悔などしない。そしてソラはためらうことなくペンを取り、契約書に自分の名前をサインした。

 こうして、取引は正式に成立した。マータ家の家宝は今や店長の所有物となり、同時にシルヴァンブレスはローランのものとなった。

「結構でございます。お取引ありがとうございました。ソラお嬢様、今後とも当店をご贔屓にしていただけますよう、お願い申し上げますわ」

「……ええ」

 店長がネックレスをしまい込むと、ソラは父親が自分に残してくれた、十数年も首にかけていたネックレスを一瞥いちべつすることもなく、未練のかけらも見せずに背を向けて去っていった。


 ……………


 武者ドン・キホーテを出た後、ローランはソラと共にレストランへの帰り道を歩んでいた。道中、ローランは手首に着けられた、ソラが家宝を犠牲にして手に入れてくれた装備を見つめ、心に何とも言えない気持ちがこみ上げてくる。

 彼女のファンクラブが資金を集めてプレゼントを贈ってくれるのはよくあることだが、皆の家が決して裕福というわけではなく、良くても中流の上といったところだ。皆、小遣いを切り詰めて少しずつ貯めたお金で、ほんの気持ちを表してくれる程度。

 そのため、ローランがこれまでに受け取ったプレゼントは、せいぜい一万エルフコイン程度の品物だった。今回、いきなり七千万もの価値がある武器を受け取り、彼女は実に恐縮していた。

 自分はまだ騎士団の予備役メンバーで、正式に昇格したわけでもない。そんな自分のために、ここまで散財させて本当にいいのだろうか? 先祖代々の宝物まで売り払ってしまったのだ。ソラは家に帰ったら、きっと両親に叱られ、もっと厳しい罰を受けるに違いない……。

 いったいなぜ? 何が彼女をここまでさせたのだろう?

「ソラ、あんた、本当に後悔してないの? あたしみたいなヤツのために、そんなに大事なものまで手放しちゃって……」

「……後悔なんてしておりませんわ」

 ソラは嫣然と微笑み、顔には誇らしげな表情が浮かぶ。

「わたくしがこれまでしてきたことが、ローラン様にとってご迷惑であり、多くの面倒をおかけしたことは存じておりますわ。あなたの心の中では、きっとわたくしのことをひどくお嫌いでしょうね。

 わたくしも、本心からそうしたかったわけではございませんの。でも、わたくしは何しろ貴族ですもの、あなたに素直な気持ちを伝えることなどできませんでした。だって、たくさんの目がわたくしを、そしてローラン様を見ていたではありませんこと? わたくしは、本当の意味で日の当たる場所を生きる少女ではございませんの。大衆の前では、わたくしは裕福な令嬢の仮面を被り、自分の本性や好みを隠さなければなりませんでした。

 わたくしは不器用で、愚かで、そうすることでしかあなたの気を引き、それでいてわたくしの本心を悟られないようにする方法を知りませんでしたの。あなたに償うために、わたくしはずっと、あなたのために本当に何かをして差し上げたいと思っておりました。

 この腕輪は、わたくしが長らくあなたにご迷惑をおかけしたことへのお詫びの印ですわ。ご心配なく、今後二度とあのようなことはいたしません…。たとえ今後、わたくしが遠くからローラン様の後ろ姿をそっと見つめることしかできなくなったとしても……」

 話が進むにつれ、ソラの声はどんどん小さくなっていく。彼女は一抹の寂しさを感じていた。家宝を惜しんでいるのではない。時間が一分一秒と過ぎていくにつれ、自分がローランと二人きりでいられる時間が、もう残り少ないことを知っているからだ。

「ローラン様が今日、わたくしと一緒にお食事をしてくださり、一緒に街を歩いてくださったこと、とても感謝しておりますわ。それだけでもう十分ですの。わたくしは他に何も望みません。たとえ今後二度とこのような機会がなくても、今夜の一分一秒を、わたくしは永遠に心に刻んでおきますわ」

「ソラ……」

 ローランは唇を固く噛み締める。心が揺れ動いていた。

 彼女とソラというこの厄介な女と知り合ってから、もうかなりの時間が経つ。確かにこれまで、ソラはずっと鬱陶しく、面倒な女というイメージでローランの前に現れ、ローランはどうしても彼女に好感を持つことができなかった。今でももちろん、好きとは言えない。彼女はただ、ソラと互いに干渉せず、尊重し合える関係でいたいと願っているだけだ。

 だからこそ、彼女はソラに借りを作りたくない。さもなければ、ローランは強烈な罪悪感にさいなまれるだろう。ソラは気まぐれで自分のためにこれほど高価なプレゼントを買ってくれた。そしてローランにも、自分の個性と気性がある。彼女は、全ての現状をただ安穏と受け入れるようなタイプではないのだ。

「ソラ!」

 ローランは突然、あのわがままな令嬢を大声で呼び止めた。彼女はこう約束する。

「この七千万は、あんたにあたしが借りたことにする。あたしが正式に騎士団のメンバーになったら、必ずお金を貯めて、あんたがあのネックレスを買い戻せるようにしてあげる!」

「え? ……い、いえ、結構ですわ。わたくしがご馳走すると申しましたのに、ローラン様にお金をお返しいただくなんて、それじゃあわたくし、何もしていないことになってしまいますわ」

「それじゃダメ! あたしは確かに……あんたのこと、あまり好きじゃない……。でも、それとこれとは話が別! 借りたものは返すのが当たり前でしょ。平民が貴族の助けを受けて、恩返ししなくていいなんて道理はないんだから!」

「ローラン様……」

 ローランの勢いと、その正義感に満ちた様子を見て、ソラも実に心を打たれた。そして、彼女はふっと笑い出した。

「ふふふ……」

 そうよ、どうして自分は気づかなかったのかしら? ソラの記憶の中のあのローランは、きっとこう言うに違いない。口が悪く、決して人を許さないのは、ローランの品性が低いからではない。むしろ、言動が常に正道と天理から外れないことこそが、彼女の善良な本質の現れなのだ。ソラが気に入ったローランとは、まさにこのような魅力に満ちた正義の英雄ではなかったか。

 贈り物は、もちろん見返りを求めないもの。高官や権力者の間で繰り広げられる、腹の探り合いや互いの利用を目的とした、いわゆる経済的なやり取りとは違うのだ。ソラは、ローランに自分の好意を覚えてもらい、自分に恩義を感じてもらうためにこの大金を使ったのではない。彼女はただ、自分の最大の努力でローランがより遠くへ進み、より高い地位へ登り詰めるのを助けたいと願っただけなのだ。だから、彼女はローランがお金を返すという提案を断った。

「ローラン様、あなたが将来お金を稼いだら、それをご両親への孝行や、お兄様と妹君を助けるためにお使いになってくださいまし。わたくしのために浪費なさらないで。わたくしがネックレスを外したあの瞬間から、全ての結果を一人で背負う覚悟はできておりましたの。それは、わたくしの覚悟の現れ。もしローラン様がネックレスを買い戻してしまったら、わたくしのこの一片の真心が無駄になってしまいますではありませんこと?」

「だったら、何か別の条件を言いなさいよ。あたしだって、理由もなくあんたからいい思いだけするわけにはいかない」

「では、こういたしましょう…」

 もしソラがローランに何か企んでいることがあるとすれば、それはただ一つだけ。

「ローラン様、どうかあなたの夢を実現なさってくださいまし。あなたが本当になりたい人間になってくださいまし」

「え……?」

「わたくしにとって、最も幸せなこととは、ローラン様が成長し、進歩し、素晴らしい成果を上げるその瞬間を、この目で見届けることですの。わたくしは、ローラン様がもっともっとお強くなられ、より多くの人々を助け、より多くの善行を積むのを見たくて、あなた様をお助けすることに決めたのですわ。もしローラン様が途中で諦めたり、立ち止まったり、自暴自棄になったりしたら、それこそわたくしの努力を無駄にし、あなた様への期待を裏切ることになります。わたくしは、そんなことが起こってほしくありませんの。もし本当にそうなってしまったら、その時はあなた様にお金を返していただくことを考えるかもしれませんわね。でも、そんなことは起こらないと信じております。何しろ、わたくしが見込んだローラン様ですもの! わたくし、自分の人を見る目には、それなりに自信がございますのよ!」

「ソラ……」

「ですから、お願いですわ、もっとお強くおなりになって。この森の……いいえ、この世界の守護騎士になってくださいまし。もしローラン様が歴史に名を残すことがおできになるなら、わたくし、お金を使うどころか、命を捧げても惜しくはありませんわ」

「…………わかった」

 ソラの要求に対し、ローランは快く受け入れた。彼女はまさに、家族を守り、同胞を守り、国土を守り、戦乱を平定するために立ち上がり、一人の騎士として生き、自身の戦闘能力を繰り返し鍛え上げてきたのだ。たとえソラがそう言わなくても、彼女が自分の夢を途中で投げ出すことなど絶対にない。

「あたしを信じてくれる人たちを、絶対に裏切らない。あたしは、自分の力を磨き続けて、それを使って全ての人を守る。家族も、国民も、女王様も、この森全体も……もちろん、あんたもよ、ソラ。確かにあんたのこと、あまり好きじゃないけど。でも、あんたが何をしてきたとしても、あんたはあたしたち騎士が守らなければならない対象の一人なんだから。あたしはもっと強くなる。正式な騎士よりも、騎士団長よりも…ううん…あの魔王よりも強くなってみせる! あたしがいる限り、誰にもあたしの仲間を傷つけさせたりしない、髪の毛一本だってね! これは、ただの虚言や大言壮語じゃない。ローラン・アーシュが、騎士の名において、ここに誓う!」

 ローランは手に持った鉄の剣を掲げ、天を指した。それは、エルフの騎士が女王に忠誠を誓う際の礼節。決して後悔も裏切りもせず、命を懸けて誓いを果たすという決意の象徴だ。

「………ええ、信じておりますわ、ローラン様」

 その言葉だけで、ソラは満足だった。たとえローランが最終的にこの目標を達成できなかったとしても構わない。彼女が自分の信じる道を全力で突き進み、決して振り返らず、決して立ち止まらない限り、ソラに何の不満もない。それこそが、ソラの心の中で最も完璧なローランなのだ。

 そんなローランが、ソラは一番好きだった。


「大好きですわ、ローラン様」

 もはやストーカーのように抱きついたり、親密な接触を求めたりはしない。ソラはただローランのそばに立ち、彼女を見つめて微笑む。まるで、彼女が永遠にローランの心の中に入り込み、彼女を独り占めすることなどできないとでも言うように。ローランの壮大で偉大な人生の夢の前では、ソラが入り込む余地など全くないのだ。

 だが、これ以上にロマンチックなことは、もうない。


「さあ、帰りましょう、ローラン様。お母様たちが待ちくたびれていらっしゃるでしょう。あまり遅く帰ると、叱られてしまいますわよ」

「うん……わかった……」

 ソラの真情溢れる告白に、ローランは思わず目をそらした。心の中の羞恥心を隠すため、彼女は顔を背け、レストランへと歩き出す。

 ただ、今度は、彼女の方からソラの手を取った。

「ふふ…」

 ソラは何も言わなかった。ただ、憧れと胸の高鳴りを抱きしめ、ローランに引かれるままに、彼女と共に歩く。

 幸せとは、時として、これほど単純なものなのだ。

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