3、魔王と旦那さん
晩餐は深夜まで続く。ケーキの後、シェリスは再び腕を振るい、次々と美味しい料理を食卓に並べる。これにより、三年もの間シェリスの料理を口にしていなかったエルフたちは、思う存分舌鼓を打つ。
しかし、子供たちはまだ幼い。お腹いっぱいになると、うとうとし始める。シェリスは子供たちを部屋へ連れて行き寝かしつけ、三人が夢の中なのを確認した後、忍び足でリビングに戻る。そこにはずっと待っていたクルイ。二人は向かい合って座る。こうして、三年ぶりに再会した夫婦の会話が始まる。
「子供たちは寝たか?」
「寝たわ」
シェリスは何気なく答え、足を組み、テーブルの上のひまわりの種を取って、カリカリと食べ始める。子供たちといた時の陽気な雰囲気は消え失せ、夫婦の間にはただ重苦しい空気が漂う。
「あの、シェリス…」
最初に口を開いたのはクルイだ。彼の話し方はなぜかどもりがちで、全く自信がなさそうだ。目の前の妻をいくらか恐れているようにも見える。数回唾を飲み込んでから、彼は続ける。
「あの…子供たちをあなたのところに連れて行くって話…あれは本気なのか? それとも冗談で…?」
「もちろん本気よ。私の子供たちをいつまでもこんな陰気でボロい森に住まわせておくわけにはいかないもの」
「じゃあ……」
クルイは一呼吸置き、さらに二、三度息を吸い、再び唾を飲み込む。高まる緊張を必死に抑え、勇気を振り絞ってシェリスに問う。
「じゃあ……いつ、あの子たちに教えるつもりなんだ? 君が――魔王だってことを」
これは夫であるクルイだけが知る、これまで子供たちには厳重に伏せられてきた事実。
自分の妻、三人の子供たちの母親が、まさしく全世界を恐怖に陥れる『魔王』であるということを。
魔王シェリスは夫の問いに、ただ冷ややかに口の中の種のかすを吐き出し、平然と答える。
「世の中には、知らない方がいいこともあるのよ」
「まさか、一生隠し通す気か?」
「あの子たちがこのまま一生気づかなければ、それも運命というものだ」
「お前なあ…」
「あら、何か文句でも?」
「いや、ない…」
「あなたが口出しすることじゃない。本当に子供たちのために何かしたいなら、料理教室にでも通ったらどう? さっきのあの子たちの食べっぷり、まるで三年間もまともにご飯を食べてない餓鬼みたいだ。普段あなた、いったい何をあの子たちに食べさせてるの? 私の子供たちを飢えさせて何かあったら、あなたに責任を取ってもらうから」
「はは…」
「笑いごとじゃない、本気で言ってるの」
「わかってる、わかってる…時間を見つけて必ず行くよ…」
「まあ、この国がお前たちみたいな劣等な長耳族が治める時代遅れの国とはいえ、美食に関してはなかなか興味深いものがあるわね。このまま滅ぼしてしまうのは、確かに少し惜しい気もする」
「えっ…今、何を…?」
シェリスの言葉には、何か剣呑な響きがある。クルイは一瞬、自分の耳を疑う。しかし、すぐに確かな答えを得る。
「聞こえなかった? 滅ぼす、と言ったの」
「滅ぼす…? なぜ…何をだ?」
「我ら魔王軍の決定事項だ。次なる一手はエルフの国を滅ぼすこと。お前たちエルフ族は、もうすぐこの世界から消え去るの」
「……!」
クルイは妻から、まさに青天の霹靂の宣告を受け、椅子に呆然と座り込み、しばらく返事ができない。彼は、魔王である妻がこんなことで冗談を言うはずがないと知っている。シェリスはまるで他人事のように、冷静にひまわりの種を割り続ける。どれくらいの時間が経ったか。クルイはようやく悲しげに口を開く。
「…それは、お前の部下たちの考えなのか?」
「部下にもそう進言した者はいたけれど…まあ、概ね私自身の考えだ。だってお前たちエルフ族には、これまで一度ならず邪魔をされてきたもの。そろそろ消えてもらう頃合いかと思った。ことわざにもあるでしょう? 優勝劣敗、弱肉強食、ってね。そういうことじゃない? 我々魔族と比べれば、お前たち長耳族は所詮、劣等種、下等生物。我々に滅ぼされるのは当たり前のこと」
「やはり…お前は、世界を征服するつもりなのか…」
「当然だ。私はこの世の全てを我が足元にひれ伏させたい。私を邪魔する者、逆らう者は、誰であろうと皆殺しにする…」
そう言うと、シェリスは「ぺっ」と種のかすを吐き出し、クルイを横目でちらりと見る。
「あなたも例外じゃない、クルイ」
「もし俺が、今すぐお前を止めようとしたら…?」
「なら今すぐあなたを殺す」
「……」
妻からの冷酷な返答に、クルイは再び沈黙する。夫婦とはいえ、彼とシェリスの間には、身分、地位、経験、価値観、そして志において、根本的な違いがある。ましてや、魔王である妻に対し、自分はエルフ王国の一介の、何の取り柄もない農夫にすぎない。何を言っても、何をしても、何の効果もない。妻の巨大で邪悪な野心を、自分に止める術はないのだ。
しかし、ここまで話すと、シェリスはひまわりの種を割るのをやめる。彼女はテーブルに身を乗り出し、夫の困った表情を面白そうに眺め、少し軽い口調に変わる。
「でも、怖がることはない。あなたが馬鹿な真似をしなければ、夫婦の情けでどうこうしたりはしない。私が今回戻ってきたのも、あなたを脅すためじゃない。安心させるためだ」
「…どういう意味だ?」
「魔王軍がエルフ国に侵攻する前に、その時期と方法を事前に知らせに来てあげる。その時になったら、あなたと子供たちはすぐにこの国から逃げなさい。信頼できる者に手配させ、あなたたちを魔王城へ連れて行かせる。あとは魔王城で余生を過ごせばいい。生活水準と行動の自由は保証する」
「……はは、それは実に魅力的な条件だな」
クルイは微笑んで言う。しかし、彼はシェリスの提案をそのまま受け入れるつもりはない。
「だが、俺は森で生まれ育ったエルフだ。何があろうと故郷は離れないし、同胞を見捨てて自分だけ生き延びるつもりもない。俺は自分の国と、種族と共に生き、共に滅びる」
「……本気で行かないと?」
「行かない」
自分の申し出を拒む夫に対し、シェリスは少し不機嫌そうだ。しかし、それは彼女の決定を覆すものではない。
「まあいい。あなたが自分で死に場所を選ぶというなら、無理強いはしない。でも、ダッシュたちは絶対に連れて行く。あの子たちは私の血肉なのだから。本来なら栄華を極めた生活を送るべきなのだ。この時代遅れの国のために殉死させるわけにはいかない」
「子供たちの意見は尊重しないのか? もしあの子たちが行きたくないと言ったら? あの子たちだって、この森に育てられたエルフなんだぞ」
「あの子たちはまだ幼いで、物事の善し悪しがわかるはずない。 私が母親だ、あの子たちの未来に責任を持つ義務がある。私はやがてこの世界の支配者になる者。あの子たちの人生は私が決める。誰にも干渉する権利はない」
「恐怖支配と力は、お前が思うほど万能じゃないぞ。他人の心や人生を好き勝手に弄べるもんじゃない、――なあ、我が妻」
「なら、見届けさせてもらうわ、――ねえ、我が旦那様」
「へへ…」
話は平行線だ。妻を説得することが不可能だと悟ったクルイは、自嘲気味に笑うしかない。シェリスの方もクルイを説得する気など毛頭なく、絶対的な力を持つ彼女にとって、一時的な舌戦など無意味だ。ただ、ため息をつき、首を振るクルイを見て、シェリスも思わず口角を上げ、からかい続ける。
「どう? 私と結婚したこと、後悔し始めた?」
「いや、後悔はしてない」
クルイは首を横に振る。
「ダッシュ、ローラン、ランシェ…お前と結婚したからこそ、あの可愛い子供たちが俺のそばにいてくれる。あの子たちはかけがえのない宝物で、俺の心の支えだ。あの子たちを俺の世界に連れてきてくれたこと、心から感謝してる。たとえ俺が死んでも、おまえと、あの子たちと一緒に過ごした時間は俺の一番大切な宝になるだろう」
「ふん…」
「ただ、残念なのは…」
「何?」
「残念なのは、俺が自分の国と共に死ぬであろうことだ。生きてる間に、あの子たちが大人になって、家庭を築く姿を、たぶん見ることができないだろうこと…」
「…私があなたに代わって見届けてあげる。心配不要だ」
「あと…」
「まだ何か?」
「生きてる間に、うちの四番目に会えたら、もっと良かったんだがな…」
「っ!?」
クルイの発言に、シェリスは珍しく動揺した様子を見せる。彼女の顔が微かに赤くなり、眉をひそめる。すぐに、彼女は自分の顔を腕の中に埋め、ささやきで答える。
「……あなたが大人しく逃げてくれれば、四人目でも、五人目でも、産んであげなくもないけど…」
「ん? 何だって?」
「あっ、何でもないっ! やっぱりお前は大人しく、私の部下がこの森を踏み潰す日を待ってればいい!」
シェリスは自分の言葉に顔を赤らめ、慌てて言葉を濁す。そしてそのまま椅子に倒れ込み、大声で言う。
「もういい、時間も遅いし、寝る! ランシェと約束したの、ここ数日は送り迎えするって! 明日も早起きしないと!」
「そうか…」
「あなたも早く寝なさい!」
「俺もそう思ってるが…お前、椅子で寝るのか?」
「私は普段、仕事が忙しくて寝室に戻れない時は、玉座でそのまま寝るの。椅子で寝るのには慣れてるから、心配いらないわ!」
「なるほど…だが、ベッドがあるのにわざわざ椅子で寝る必要はないだろう。――よいしょ…」
「きゃあっ!?」
シェリスは思わず悲鳴を上げる。目を閉じて寝たふりをしている間に、クルイが突然その両足と肩を抱え、軽々と抱き上げたからだ。驚きのあまり、シェリスは急いでクルイに問い詰める。
「あ、あなた、何をする!?」
「何もしないさ。三年ぶりなんだ、家に帰ってきても硬い椅子で寝かせるわけにいかないだろ? あなたが帰るまで、魔王陛下にはしばし屈尊していただいて、俺と共に寝てもらうとしよう」
「あな…っ、魔王と一緒に寝たいって言うの!? 怖くないわけ!?」
「もちろん怖いさ…でも、初めてじゃないって考えたら、俺もかなり落ち着いてきたよ」
「昔は昔よ…!」
「それに――」
クルイは口を、慌て始めて余裕をなくしたシェリスの耳元に近づけ、そっと囁く。
「言っただろう? 俺は生きてる間に、うちの四番目に会いたい、ってな…」
「な……っ、まさか…! は、放しなさい! まだ心の準備が…っ!」
クルイの言葉の裏の意味を理解したシェリスはもがき始める。しかし、なぜか、彼女のあの恐ろしく、天地をも揺るがすほどの力は発揮されない。彼女は両手でクルイの顔を押し、両足をバタつかせる。だが、彼を押し返すことはできない。こうして、クルイにほとんど抵抗も虚しく抱かれ、彼の部屋へと連れ戻される。
「さて、親愛なる魔王陛下。四人目の名前をどうするか、夜通し語り明かすとしようか」
「い…いやあああああっ!」
シェリスの悲鳴がエルフの森の夜空に響き渡る。