2、魔王と家族
エルフ王国の国境近くにある小さな村。今日も平和な光景が広がっている。
村の大木の下、草木で作られた小さな家。それが農夫クルイの住まいだ。
いつもの静けさとは違い、今日の家の中は楽しそうな笑い声で満ちている。
「そっか、お前たち三人はお祝いのケーキを買いに行ってたのか…。まったく、急にいなくなるから本当にびっくりしたぞ」
「へへへ…父さんを驚かせようと思ってね。だって父さんも母さんにずっと会ってなかったから」
アーシュ家のリビングは、一家団欒の光景。五人は美しく飾られたケーキを囲み、三年ぶりに帰ってきた母親――シェリスの帰還を祝っている。
「母さん! これ、僕が今日学校で作ったお餅! 食べてみて! 父さんも美味しいって!」
長男のダッシュが興奮してシェリスに駆け寄り、得意げに自作の餅を差し出す。シェリスは微笑んでそれを受け取り、一口。数回噛むと、満面の笑みでダッシュを褒める。
「うん、なかなか美味しい。数年見ないうちに腕を上げたな、ダッシュ」
そう言って、シェリスは嬉しそうにダッシュの頭を撫でる。母親に褒められたダッシュは目を細め、幸せそうな笑顔を見せた。
「……」
楽しそうな母と兄の横で、ローランはただ黙って自分の飲み物を飲んでいる。視線はどこか宙を彷徨う。
「ローラン、あなたもお母さんに会いたかったんだろ? 帰ってきたのに、どうしてそんなに落ち着いてるんだ?」
娘の様子に何か思うところがあるのか、クルイが心配そうに尋ねる。しかしローランは言葉を濁した。
「それは…」
「そういえばクルイ、あなたはまだ知らないでしょうけど。今日、このやんちゃな子たち、勝手に森を出たのよ」
シェリスはダッシュの頭を撫で続けながら、にこやかに三人の子供たちが今日企てた大胆な計画を暴露する。これにはクルイも驚愕だ。
「なんだと!? お前たち…!」
「しかも、言い出したのはローラン。もし偶然村に入ろうとしていた私に会わなかったら、この子たち、どこまで行っていたか…」
「おい! お袋! その話はしないって約束しただろ!」
ローランは慌てて手を振り、冷や汗を流す。森を出てすぐに母親シェリスに遭遇したのは幸運だった。だが、同時に家出計画もバレてしまったのだ。森の外で母親には既に厳しく叱られている。主犯のローランは非を認め、父には内緒にしてほしいと頼んでいたのだが…。母親はあっさりクルイの前で真実をぶちまけた。ローランは恐ろしくなり、慌てて父に謝罪する。
「ご、ごめんなさい、オヤジ! あたし、どうしてもお袋に会いたくて…!」
「お前たち…早く家に帰れって言ったのに…」
眉をひそめ、子供たちを説教しようとするクルイを、シェリスが急いで制止する。
「はいはい、もう私が叱っておいたから。この子たちも反省してるわ。あなたたち、次からはダメよ。運良く最初に会ったのが私でよかったけど、もし危ない魔物や山賊なんかに会ったらどうするの?」
「は、はい…もうしません…」
三人の子エルフは同時にシュンとうなだれる。シェリスはもう彼らを責めず、クルイに向き直り、意地の悪い笑みを浮かべた。
「でも、あなたにも言っておかないとね、クルイ。私がいない間、子供たちの世話を全部あなたに任せたのに、このザマだなんて。あなたに任せたのは間違いだったかも。あの子たち、私のところに連れて行って一緒に住もうかしら…」
「えっ? そ、それはまずいでしょう…!」
その言葉に、なぜかクルイは途端に緊張し、焦り始める。子供たちは父の動揺に気づかず、母親の提案に強い興味を示す。
「お母さんのところへ? 本当に!? やったー!」
「いつもオヤジと一緒じゃ、ちょっと飽きてたしな」
「そうすれば…ママはもう、あたしたちから離れないでいられる…」
「お、おい、お前たち! お母さんに迷惑かけちゃダメだぞ!? 母さんは旅人なんだ、お前たち三人の面倒を見る余裕なんてないんだからな!」
子供たちが皆シェリスの言葉に心を奪われているのを見て、クルイは慌てて彼らを現実に引き戻そうとする。
「それに、お前たちはまだ学校があるだろう?」
「そ、そうだった…」ダッシュはようやくその重要なことを思い出す。
「ちぇっ、オヤジはいつも水を差すんだから…」ローランは仕方なく両手を広げる。もっとも、彼女は元々本気で母親について行くつもりはない。
「でも、そうしたら、またママが目の前からいなくなっちゃう…」ランシェはやはり少し名残惜しそうにシェリスの服の裾を掴む。
「はは、お父さんの言う通りよ。あなたたちはまだ子供なんだから、今はしっかり勉強することが一番大事。大きくなったら、お母さんが外の世界を見に連れて行ってあげるから」
「はい!」
三兄妹は声を揃えて答えた。
いつでも会えないのは確かに少し残念だ。だが、今は久しぶりの再会を喜んでいる。そして、母親が約束してくれた『将来』に胸を膨らませていた。
「よし、ケーキを切ろう! 私たち一家の再会を祝って!」
「わーい!!」
話が一段落し、皆ようやく放置されていたケーキのことを思い出す。末娘のランシェが進んでナイフを手に取り、「私が切るね…」と言って、つま先立ちで短い腕を懸命に伸ばし、ケーキを切り始める。母親の前で良いところを見せたいようだ。
「どうぞ、ママ…」
せっせと切り分けた最初の一切れを、ランシェはシェリスの前に差し出す。
「いい子ね、ランシェ。前回帰ってきた時より、ずっとしっかりしたわ」
「へへへ…」
「ほら、ママだけじゃなく、パパと、お兄ちゃんお姉ちゃんの分も切ってあげなさい。やるなら最後までちゃんとね」
「はい!」
シェリスはケーキを自分の前に置き、ランシェは再びナイフを手にケーキを切り始める。小さな体でケーキを切るのは少し大変そう。だが、家族は皆、その頑張る小さな姿を温かい目で見守っている。誰も野暮に手伝おうとはしない。
すぐに、ケーキが家族一人一人の前に置かれる。シェリスは手を叩き、子供たちに言う。
「よし、食べましょう。でもケーキだけだと飽きちゃうから、食べ終わったらお母さんが夜食を作ってあげる。どう?」
「やったー!」
「やっとお袋の料理が食べられる! オヤジの料理は正直マズいから、ここ数年、マジで辛かったんだ!」
「私も…ママの味が恋しかった…」
「はは…俺の料理がまずくて、本当にすまんな…」
子供たちは歓声を上げ、クルイは気まずそうに頭を掻く。しかし、彼も妻の作る料理をとても楽しみにしているようだ。
こうして、アーシュ一家の晩餐が笑い声の中で始まる。