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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

公の場で独断で婚約破棄を行った、ある貴族の若者の未来

作者: 2626

 「ティアーナ・ランズロー!平然と弱い者虐めを行う貴様のような悪女と婚約を続ける事は出来ない!婚約破棄だ!その代わり私はこの心優しいエレメンティアラと婚約する!」

その場にいた誰もが最初は、『酔っ払った若者同士が戯れているのだろう』とまともに取り合わなかったので、しばらくは第一王子の立太子を祝う夜会はそのままの華やかな雰囲気で続いた。

それが気に入らなかったのか、その妖艶な美女を抱きかかえている貴族の若者は、目の前で立ち尽くしていたうら若い貴族の令嬢の頬を張り飛ばしたのだった。

彼女は倒れて、その弾みでテーブルに頭を打ち付けて気を失う。


 「えっ!?」


 ここでようやく――誰もがこれは若者同士のおふざけでは無い事にやっと気づいた。

「きゃ、きゃああああああああああああああっ!!!!」

「誰か!ランズローのご令嬢が!」

「あ、頭を打ったぞ!!!」

「おい!早く医者を!」

真っ先に駆けてきたのはランズロー公爵とその夫人、それから子供達であった。

「何事だ!?」

「ティアーナ!!」

二人は倒れている娘に駆け寄り、必死に手当をする。その後にやって来たのは王太子となった第一王子とその腹心達――最後に来たのは、暴力を振るった若者の家族であるテッソロ公爵家夫妻、長男。それから姉である長女、次女の娘達であった。

王太子達は事態を一目で察して、近衛兵に告げた。

「テッソロ公爵令息ブレドと隣の女を拘束せよ!」

近衛兵はすぐさま指示に従った。

「そんな。ブレドが、どうしてあの子を!?」

青ざめたのはテッソロ公爵家の面々である。

「どうして!?」

「ブレド、お前は婚約者のティアーナ嬢に何をしているんだ!?」

「……そうか、君だったのか」

呻くようにして立ち上がったのは医者が来て、場所を交代したランズロー公爵である。夫人と彼女の兄妹は彼女の手を握ったり声をかけたり、意識を取り戻させようと必死になっている。

「済まないな、先ほど君が何かを言っていたような気がしたのだが。よく聞こえなかった。もう一度言ってはくれないか」

「そっそれは!」縄で縛られたブレドは青くなってモゴモゴとしばらく何かを言っていたが、ようやく、「婚約を……破棄と……」

直後ブレドは殴り飛ばされた。危うく近衛兵までもが転倒する所だった。

「ははははは!何だって?聞こえなかったな!もう一度!」

狂ったように大声で笑いながらブレドに馬乗りになって殴りつけるランズロー公爵を、どうにか彼の弟と甥っ子と叔父と実の息子、それに近衛兵総掛かりでようやく引き離した時には、ブレドはもはや血まみれで、助けを求めて泣いていた。

「好きな人と……結婚したかっただけなのに……!何で……!」

「……残念だよ、残念だよブレド君」

そう言って、ランズロー公爵は第一王子に手招きされるまま下がっていった。




 ランズロー公爵は薬草学の権威である。生まれついての大貴族で、教授の地位も持っているが、型破りな男として知られていた。普段の格好が労働者の着るジーンズを愛用している上に、貴族の乗る血統の良い馬には滅多に乗らず、いつだって庶民が農作業で使う農耕馬をカッポカッポと乗っている。

本人が目を泳がせて弁明するには、

「だって薬草を採取する時に服を汚したり、採っても馬に力が無くて運べなかったりするのは困るだろう……」

「いいえ、旦那様は貴族の格好がお嫌いなのですわ。締め付けられて息が出来ないといつも文句ばかり、夜会の後はやかましくて面倒ですもの」

夫人がすかさず尻を叩いたので、私達は思わず笑ったのを覚えている。



 ……そうだ。あの時じゃない。初めてブレドとティアーナ嬢が見合いをしたあの時は、あんなにも和やかな雰囲気だったのに。



 私達の父であるテッソロ公爵と、ランズロー公爵は昔から仲が良かった。若い時、一度ならず戦場で助け合った仲だったと聞いている。

「まあ、まあ。アルディーは型破りだが掟破りじゃない。どうかご夫人、お目こぼし下さい」

「ですけれどねテッソロ公爵閣下、旦那様と来たら本当に夜会の後……」

ぶつくさと文句を垂れる夫人。女性の文句は長いものである。そして次なる文句の呼び水となる。同感だと言わんばかりの顔で、とうとう私の母まで言ったのだ。

「お気持ちは分かりますわ、だってうちの人も夜会に出かければ若い女の胸ばかり見ていて……本当に情けなくなりますもの」

気まずそうにすすっていたランズロー公爵が茶を吹いた。父は不意打ちを受けて完全に狼狽して、

「そんな事は無い!お前のつまらん悋気だ!」

「いやいや、それが実は、ワルターは軍隊にいた時から……」

「黙れ!黙ってくれアルディー!」

そこで怒ってくれたのがティアーナ嬢だった。

「もう、もう!お父様もお母様も!私達のお見合いなのに!あっちに行って下さいまし!」



 ……どうして、それがこんな事になってしまったのだ?

私は絶望と無念に駆られて、つい口にしていた。

私の弟のブレドは手当も許されず、牢獄の床でめそめそと泣いていた。

「なあブレド、一体あの子の何処に不満があったのだ」

「それは!だって俺より上だから!気に入らなくて……」

そんな答えが欲しいんじゃ無い!

「違う。不満があったのならばどうして私達に相談しなかったのだ。私達は貴族ではあったが、その前に掛け替えのない家族だったのに!」

何もかもが今更で、私の隣で泣き崩れた妹達を支える事さえ出来ない。

「せめて事前に冷静な誰かに相談さえしていれば、お前の未来は夜明けを待たずして終わる事は無かったのよ」

「でも、もう手遅れだわ……」

「どうして!?ただ俺は真実の愛を……!!!」

「なあブレド」

私は牢獄の鉄格子に掴まりながら、弟はいつからこうなってしまったのだろうかとぼんやりと考えた。

この隣の牢獄にいる女の所為なのは間違いない。

だが、いつから?

「どうしてランズロー公爵がお前を殴って下さったのか分かるか。お前を哀れに思ったからだ。お前とティアーナが婚約してからもう5年、閣下にとってもお前はもう一人の息子のような存在だったのだろうよ。本来ならば公の場であのような騒ぎを起こしたお前は、即座に切り捨てられて然るべきだったのだから」

「何で!?ランズロー公爵だって型破りな事ばかりしているだろうが!」

「閣下は型破りではあるが、掟破りだった事は一度もない。特に『公の場』では、一度も」

私はとうとう涙がこぼれてきた。

どうして私は気付けなかったのだ。私の大事な弟はこんなに愚かになってしまっていたのに。

「いいかブレド、私達は貴族だ。貴族は『公の場』を重んじるものだ。殿下の立太子の場を乱したお前は、貴族の掟を破壊したのだ。暗黙の了解の元、それには我らは不埒者の死を以て償わせる。

だが閣下だけが慈悲を下さった。一番の被害者の家族が復讐に走る事で、お前の処罰を延期させて下さったのだ。だがそれも延ばせて今夜までだ。それ以上延ばせば、我が一族郎党にまで累が及ぶ」

足音。妹達がいっそう激しく泣きじゃくった。

やって来たのは目を腫らした父と母だった。

父は黙って、ブレドに錠剤と水を差しだした。

「嫌だ!飲みたくない!」

私は牢獄の扉を開けた。ブレドは壁際まで這いずって逃げた。私は歯を食いしばって弟を押さえ込む。その口をこじ開けながら、父は最後に優しい声を出した。

「大丈夫だ、これはアルディーが渡してくれたものだ。せめてもの慈悲だと、苦痛も何も無く終わらせてくれると――心配するな、お前の仇は絶対に討つ。隣の牢獄の女は、ただでは殺さないから」




 「私ね、お母様。ブレド様が『お遊び』だとおっしゃっていたのを、あの時まで信じていたのだわ」

「……ティアーナ」

「本当にお慕いしていたのに、どうしてでしょう……。もう特に何も思わないの。薄情なのかしら、私は……」

「いいえ、貴族として、私達の娘として、立派よ」

「ありがとう、お母様。でも……本当に良いの?」

「何かしら?」

「私、修道院に行っても良かったのに……」

「誰が大事な家族を好き好んで追いやるものですか、こら。

大丈夫よ、安心して行ってらっしゃい。今度こそテッソロ公爵が責任を以て紹介して下さった殿方ですから」

「はい、お母様」

テンプレ婚約破棄って、貴族社会とはめちゃくちゃ相性悪いのではと思って書きました。

だって既得権益側ですもん、貴族って。

そりゃ既得権益に手を出す輩は、たとえ家族だろうと……じゃないかなーと。


ちなみにたぶらかした(?)ヒロインは転生者ですが、ノー台詞なのでタグとか付けていません。

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― 新着の感想 ―
こういう、本文中の登場人物たちの会話や、挙動で、こういうことなんだなと察させる小説は、矛盾があるとモヤモヤが後を引くけど、この小説は、『絶対王政の王子の立太子を祝う祝賀会で騒ぎを起こした者を、全く明記…
面子潰されたのは王太子な訳で。やらかした馬鹿2人で納めて連座にしなかったのは慈悲だよなぁ。でも馬鹿息子が苦しんで死ぬところを見せないのは慈悲かけ過ぎのようにも思ったり。
あー、これ、ストーリー展開に決定的にマズい点が一点ありますよ。特に、公の場でメンツを潰す(潰される)貴族の話だからこそ、黙認できないです。 何がマズイかって、舞台の夜会が「第一王子の立太子祝賀」って…
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