6話 冒険者の戦意を削ごう
職場の迷い人間の戦意を削ぐ為に、私達は家から色んな道具を持ち出して再び職場に戻ってきた。
私達に襲いかかってきた冒険者達は、ようやく武器を振り下ろしたところまできていた。
よく見ると冒険者達の目が見開いている。どうやら、自身の武器の異常にようやく気付いたらしい。
「お待たせしましたー」
クロベさんも同じタイミングで戻ってきた。小さな鞄を持って冒険者の近くに駆け寄る。
「クロベさん何持って来たの?」
「私は歯磨き粉と蜂蜜ですー。これを全部冒険者の鞄に入れますー」
「精神攻撃だ!すごく効きそう!」
下手な攻撃よりもダメージが大きそうだ。
「白矢さんは何を持って来たんですかー?」
「私は絵の具!異世界の絵を描こうと思って持って来てたの」
「そんな大切な道具をこんなのに使っても良いんですかー?」
こんなのって……
「冒険者の服に芸術的な絵を描こうかと思って……あ、でも変な匂いついたら後で冒険者が魔物に狙われやすくなったりしないかな?」
「大丈夫ですよー。今の冒険者達はその気になれば、あっという間にギルドに瞬間移動して帰れるのでー」
それなら遠慮なく冒険者をカラフルにできるね!
「よし!じゃあ早速……」
「おや、また迷い人間ですか?」
私達が溢れんばかりの芸術で人間を彩ろうとしたその時、職場に一人の声が入ってきた。
「あ、獄上くん!」
「白矢様、クロベ様……随分と賑やかなご様子で」
「まだそこまで盛り上がってませんよー」
獄上くんは両手に荷物を持ったまま私達に近付く。
「実はこの冒険者、私達死神を狙ってやって来た冒険者らしくてー」
「死神を討伐しに来たのですか。また無謀な真似を……」
「だよね。だから私達で、この冒険者をカラフルに染め上げようかと思って……」
「大変素晴らしい試みですね。では私は、彼らのデッサンを描き上げるとしましょう」
「デッサン?」
獄上くんは荷物を一瞬でその場から消し、代わりにデッサン道具一式をこの場に呼び寄せた。
「デッサンするの?なら、絵の具はやめた方がいいかな?」
「いえ、リアルタイムに色が変わるモデルもまた風流ではございませんか」
風流……?
「色塗ってもいいんだね?じゃあ、私は私で冒険者を遠慮なく染め上げちゃうからね!」
「ええ、力作を期待してますよ」
「うん!」
「楽しそうですねー」
そんなこんなで私達は、冒険者の戦意を削ぐ為のイタズラを開始した。
私はほんの少しずつ動く冒険者に思いのままに色を塗っていき、クロベさんは冒険者の鞄に蜂蜜と歯磨き粉を大量投入。
獄上くんは少し離れた場所でデッサン道具一式を開き、遠くから冒険者の全身を描き上げていく。
数秒後……
「よし!結構良い感じにできたかも!」
道具を壊さないように色を塗るのが大変だったけど、ある程度色を塗り終えた。
「……」
クロベさんは冒険者の持ち物の薬らしき物の栓を開けては鞄の中に次々と投入している。かなり集中している様子だ。
「獄上くん、デッサン良い感じ?」
「ええ、順調ですよ。ご覧になりますか」
「うん!」
獄上くんはデッサンの手を止め、私にデッサン中の絵を見せてくれた。
「うわぁ……!すごい上手!」
「ありがとうございます」
獄上くんのデッサンはもはや白黒の写真だった。特徴をしっかり捉えた上で、細部まで細かく描写されている。
「忠実に描写できてる……!すごい!」
「頑張りました。これから五枚目に突入するところです」
「アニメ作るつもり?」
獄上くんに視線を移すと、獄上くんの髪飾りに青い葉っぱがくっ付いているのが見えた。
「あ、獄上くんの頭に葉っぱついてる」
「えっ?」
「髪飾りの上に乗ってる。取っていい?」
「命以外でしたらどうぞご自由にお取りください」
寛容過ぎる。
とりあえず私は、綺麗な髪飾りに乗っていた葉っぱをそっと取り上げた。
「はい、取れたよ」
「ありがとうございます。まさか木の葉の付着に気付けなかったとは……」
「葉っぱに気付けないくらいにデッサンに集中してたんだね!」
「フフフ……これは一本取られましたね」
私何も上手いこと言ってないよ?
「……おや、白矢様。服に絵の具が付着してます」
「えっホント?どこどこ?」
私は自分の服を確認するけど、絵の具の汚れを見つけられない。
「上着の首元付近です」
「どこ?獄上くん取って取って!」
「えっ」
私はさっきの葉っぱのノリで絵の具を取ってもらおうとする。
「あ、絵の具だから取れないんだった!ゴメンね獄上くん!」
葉っぱと違って汚れは取れないと気付き、慌てて獄上くんの方を見た。
獄上くんは首を180度回して後ろを向いていた。
「うわーっ!?獄上くん大丈夫!?」
「すいません、今になって木に激突した反動が……」
「今になって!?」
想定外の事態に慌てる私。でも、そんな私達を冷静に見ていたクロベさんが一言ポツリと呟いた。
「あの……魔法で取り去ればいいのでは?」
「…………白矢様、失礼します」
獄上くんは無言で首を戻すと、人差し指を一回転させた。私の服についていたらしい絵の具汚れが首元から浮かび上がり、お化けみたいにスーッと消えた。
「あっ取れた!獄上くんありがとう!」
「いえ、どういたしまして……」
「うん!」
私がお礼を言うと、獄上くんは貼り付けた笑みのまま言葉を返した。
「獄上さん、そんなミスするなんて珍しいですねー」
クロベさんはポツリと呟くと、冒険者の鞄を汚す作業に戻ったのだった。