5話 迷い人間
ツリーハウスから外に出た私は、クロベさんの指導で魔力の使い方を簡単に教えてもらっていた。
「これが魔力の流れですー」
クロベさんと手を握ると、体内を何かが動くような謎の感覚が発生した。
「何か今まで感じたことない変な感じがする……」
「それが魔力の流れですー。その感覚をしっかり覚えてくださいー」
「わ、分かった!」
私は新しい感覚を忘れないように、体内の魔力を動かす感覚を何度も練習した。
数分後……
「それっ!」
私は右手から魔力を放出する。飛び出した魔力は透明な風となり、螺旋を描きながら的に向かって飛んで行った。
魔法は的のど真ん中に命中。宙に浮かんでいた的は音を立ててバラバラに割れ、そのまま地面に落ちた。
「素晴らしいですー」
私の魔法を指導をしてくれたクロベさんは、微笑みながら優しい拍手をしてくれた。
「良い感じ!?」
「はい、初めてでここまでの魔法が放てるのはかなり凄いですよー」
「やったー!」
私はその場で飛び跳ねて喜ぶ。その間に、地面に落ちていた的のカケラが集まり、再び元の丸い的に戻った。
「おぉ〜ファンタジ〜」
「この的、便利ですよねー。勝手に元に戻ってくれるんですよー」
「異世界って感じでいいね!」
「他にも異世界特有の物は沢山ありますよー」
クロベさんはそう言いながら地面に落ちた的を回収する。
「それにしてもいい魔法でしたー。今の魔法は無属性魔法、ありとあらゆる攻撃魔法の基礎となる魔法となりますー」
「風魔法じゃないんだね」
「本によっては風魔法と記載されてる所もありますー。その本では、風はありとあらゆる魔法の基礎とも記載されてますー」
魔法の世界は思ったより複雑そう。でも、使いこなせるようになればきっと楽しいだろうなぁ……
「クロベさん、魔法を教えてくれてありがとう!」
「いえ、どういたしましてー」
クロベさんがお礼を言ったところで、クロベさんの地獄カードに着信が入った。
「あ、上司のリリーさんからメッセージですー。どうやら私と白矢さんに職場に来て欲しいみたいですー。急いで現場にむかいましょー」
「分かった!」
「現場にはこっそり来てほしいとのことですー」
「えっ?何で?」
「分からないですー。でも、何となく察しがつきますー」
「そうなの?」
「はい、とりあえず現場行ってみましょー」
「うん!」
私達はその場から駆け出し、職場のある方向へと向かう。
現場に近付いていくにつれ、職場方面から人間の気配が漂ってきた。
「人がいるみたい……?」
「二人いますねー」
「でも此処って、人が生きていけるような環境じゃないんだよね……?」
この光の森は、魔力濃度が高過ぎるから人間は来れないのでは?
「それがですねー……最近、人類の技術が向上してきたせいで、この職場についに人間が来れるようになってしまいましてー」
「えっ?それって良くないんじゃ……」
まさかの人間側の技術の進歩が原因で、この死神の職場に人が来れるようになってしまうとは……
「最近来るんですよー、迷い人間」
「迷い人間……迷い猫みたいだね」
「魔法で来れないようにしてるのですが、それでも何故か入って来るんですー。迷惑でしかないですー」
なんか害獣みたいな扱い……
「恐らくリリーさんは、私達に迷い人間を追い払って欲しいんだと思いますー」
「私達に……?リリー上司が直接追い返せない理由があるの?」
「リリー上司では手加減できず、相手を殺しかねないそうですー」
強くなり過ぎると逆に、人間を追い払うのも大変になってくるんだ。
「きっとリリー上司も困ってますー、とりあえず急ぎましょー」
「うん!……あれ?木陰にいるの、リリー上司じゃない?」
私達が職場付近まで接近すると、木の幹にこっそり隠れるリリー上司の姿を発見した。
「リリー上司……」
「あっ、クロベさん、白矢さん!きてくれて良かった……!」
リリー上司は私達を発見すると、不安そうな顔を緩ませて私達の元へと駆け寄ってきた。
「君達、ちょっとあの人間を追い払ってほしくてね……僕が行ったら、下手したら相手が死んじゃうから……」
リリー上司はあたふたしながら恐ろしい言葉を口にする。
「お願い、あそこにいる彼らをどっかやってきて……」
「わ、分かりました……」
まさか初勤務で、職場の迷い人間を追い払う仕事を任されるとは……
「とりあえずどんな人なのか見てみましょうかー」
「そうだね」
私達は木陰から顔を覗かせ、職場の前にいる人間を目視する。
頑丈そうな服を着た二人組の男性がいる。二人とも武器を構えながら、辺りをくまなく警戒している。
「冒険者ですねー。ギルドで依頼を受けたり、魔物を討伐して日銭を稼ぐ人達ですー」
「此処には間違って来ちゃったのかな……」
「さあどうでしょー。もしかすると私達が目当ての可能性もありますよー」
「えっ、それって……」
私が更に尋ねようとしたその時。私達が隠れていた木が突然、音を立てて横に真っ二つに切断されてしまった。
「うわっ!?」
「くそ、避けられたか……」
私達が驚く中、冒険者二人組は武器を構えながら私達を取り囲むように接近してきた。
「あれ?この人達……私達が見えてる?」
「これも技術進歩のせいですー」
クロベさんは目の前の冒険者を見つめながら言葉を続ける。
「見えないものを見えるようにする魔道具が作られたせいで、死神を目視できる人が増えてしまったんですー」
「この世界ってそんなところまで来たの!?」
この世界、私が想像してるより技術が進歩してるみたい。
「更に、死神が見える魔道具のせいで、死神を狩ろうとする不届者が沢山現れてしまいましたー」
「ええっ!?」
「どうやらどこかの人間が私達死神を「魂を連れ去る魔物」として討伐対象にして、冒険者に狩らせようとしてるみたいなんですー」
なんて迷惑なことを……
「相手は女の死神か……中々良い見た目じゃないか。これは当たりだな」
「馬鹿、油断するなよ。コイツらをできるだけ生かして連れて帰るのを忘れるなよ」
「分かってるっての!いくぞっ!」
目の前の冒険者は完全に私達死神が目的らしい。一人は剣を構え、もう一人は杖を構えて私達目掛けて襲いかかってきた。
「もう、迷惑なんだから……!」
私はウンザリしながらも、その場で意識を研ぎ澄ませる。世界の流れる時間が変わり、周囲がスローモーションになった。
目の前の冒険者は武器を手に少しずつ動く。
「よし、これでとりあえずは大丈夫だね」
「まあ、魔法を使われても我々にはまず追いつけないと思いますー」
肉体を持たない死神は、優れた動体視力により世界をスローで認識できる上に、人間より早い速度で走り回れる。
なので、少なくとも目の前の冒険者に速度で遅れをとることはない筈だ。
「とりあえず冒険者から離れてみる?」
「そうしましょー」
私達は冒険者の間をすり抜けて移動し、冒険者の背後に立った。
「クロベさん、異世界の人間って死神を倒せる技術ってあるの?」
「無いですー。こればっかりは全然みたいですー」
「なら、私達が攻撃を受けることは無いってことだね」
「はい、そうなりますねー」
とりあえず私達に危害が加えられることは無さそうだ。良かった。
「とりあえずこの冒険者どうしよっか……」
「まずは戦力を奪いましょー」
クロベさんはそう言い、冒険者の前に立った。
「えいっ」
クロベさんはその場で回し蹴りを放ち、冒険者が構える剣の根本を思い切り蹴った。クロベさんのオシャレな革靴が剣の根本をしっかり捉える。
足は剣の付け根に見事命中し、剣はボキリと音を立てて根本から折れてしまった。取れた剣先はゆっくり回転しながら遠くへ飛んでいく。
「おぉ……」
私が感心してる間に、クロベさんは杖を構えている人にも近付き、冒険者の手に握られている杖を真っ二つにへし折った。
「とにかく相手の戦意を削ぐんですー。そうすれば、相手は戦う気力を失って退散するんですー」
クロベさんは冒険者の腰についている革製のポーチを漁り、高価そうな物を次から次へと取り出していく。
「なるほど!とにかく相手を色んな方法で戦えなくすればいいんだね!」
「できれば無傷で、やむを得ない場合は骨を折ってでも追い払ってくださいー」
どうしようもない時は骨折ってでもいいの?
「できれば無傷だね、分かった!じゃあ……」
私は未だに武器を構えた状態の冒険者を見つめる。私の目に、冒険者が装備する綺麗な防具が目に留まった。
「……服に泥とか塗ってみる?」
「いいですねー。私、歯磨き粉持ってきますー」
「よし!私も何かいいもの持って来る!」
私達は冒険者の戦意を削ぐ為の道具を集めるために、その場で一旦解散したのだった。