3話 カフェ職場
異世界の職場にようやく到着した。
淡く光る植物に囲まれた、まるでオシャレなカフェのような見た目の職場。そんな職場を前に、私は少し緊張していた。
「こ、此処が私の職場……!」
職場にどんなメンバーがいるんだろう。私、此処で上手くやっていけるかな……
「緊張する……」
「白矢様、落ち着いて」
固まる私に、隣にいた獄上くんが優しく声をかけてくれる。
「難しい名前の商品はありませんよ。そう気負わず」
「別に商品名がうまく言えるかどうかで緊張してるわけじゃないです……私が緊張してるのは別の理由で……」
私が話を続けようとしたその時、職場のオシャレな扉が音を立てて開き、中から一人の人影が飛び出した。
人影は土煙を上げながら周囲を爆走し、やがて私の前で急停止した。
目の前に現れたのは、明らかに熱血系主人公みたいな風貌の男子。
「おっ!お前が新しい職員だな!」
学生服を着た彼は、私に対して元気な声をかけてきた。
「あ、貴方は……?」
「オレは火車のゴウ!地球の異界出身の怪異で、今はこの光の森に勤務しているんだ!宜しくな!」
火車のゴウは地獄カードを取り出し、表面に表示された「火車 豪」の文字を見せながら自己紹介をしてくれた。
「あ、初めまして!私は死神の白矢フユミ!」
私も地獄カードを取り出し、自分の名前を見せながら軽く自己紹介をした。
「フユミだな!オレのことはゴウと気軽に呼んでくれ!」
それ以外に呼びようがないと思うけど……
「じゃあ……ゴウくん、宜しく!」
「おう!元気な奴が来てくれてオレも嬉しいぜ!」
私達は元気よく声を出し合い、お互いに握手を交わす。
「あっ、そうそう!オレは人間じゃなくて怪異だから恋愛には疎いぜ!オレに惚れられても責任は取れないから気をつけてくれよな!」
どんな自己紹介……?
「そもそも、ガワとなるこの身体自体も偽物だからな。本当の姿は人間じゃないぜ!」
「えっ、そうなの?」
「おう!」
ゴウくんは右手で自分の身体を叩きながら説明を続ける。
「この身体はなぁ、地球の学校に通ってた奴からそっくりそのまま借りて来たんだぜ!」
「現実にそんな熱血主人公みたいな人がいたの!?」
ゴウくんの事情よりもモデルになった人間の方が遥かに気になる。
「どうだ!凄いだろ!」
「凄いのはモデルになった人では……」
「そうでもあるな!」
元気すぎる上に潔い人だ……
「ほら、そんな所で突っ立ってないでカフェに入れよ!」
「ゴウくん職場のことカフェって呼んでるの?」
「この見た目だぜ、それ以外に言いようがないだろ?」
「だよね」
「ほら、早く入れよ!オレが何か奢るからさ!何か追加注文して飲み物をカスタムしてもいいぜ!」
ここカスタム要素あるんだ……
「ゴウくんありがとう!」
「良いってことよ!」
「ゴウ様、ありがとうございます」
「獄上、お前は自腹だ」
そんな軽口を叩きながら、私達はカフェの見た目をした職場に足を踏み入れた。
扉を開けるとカランカランとベルの音が鳴り、室内に漂うコーヒーの匂いが私達の元まで漂ってきた。カフェじゃん。
室内には光る植物が飾られ、オシャレなテーブルと椅子も並んでいる。奥の大きなカウンターが私達を出迎える。カフェじゃん。
「いらっしゃいませ……」
カウンターの奥から「いらっしゃいませ」って聞こえた!ここやっぱりカフェじゃん!
「あ、君は地球から派遣されてきた新人だね」
カウンターの奥にいた老紳士が私に反応し、満面の笑顔を向ける。そんな老紳士はスーツの上にエプロンを装着していた。もう何も言うまい。
「あ、あの……もしかして貴方が上司の方ですか……?」
「うん。僕は地上勤務の死神でありリーダーのコール・リリーだよ。宜しくね」
「はっ、はい!私は白矢フユミです。リリー上司、宜しくお願いします!」
上司のリリーさんは物腰が柔らかい人で、私をものすごく丁寧に出迎えてくれた。
「そんな緊張しなくていいよ。白矢さん、何か飲むかい?」
「あ、はい。頂きます!」
「何がいいかな?このメニューにある飲み物から選んでみてね」
リリー上司は私に手書きのメニューを差し出した。手描きのイラストに加えてご丁寧に地球の言葉の商品名まで記載されている。
「では……オレンジジュースでお願いします!」
「分かった、じゃあその辺に適当に掛けててね。二人も何か飲むかい?」
「オレはコーヒー!」
「私はカフェラテで」
「分かった。ちょっと待っててね」
全員の注文を聞いた上司はそのまま奥に消える。その間に私達は近くのテーブルの席に座った。
「フユミ、何か追加注文するか?奢るぜ?」
「いや、上司相手に追加注文はハードル高いよ……」
何でわざわざ異世界に来たのに、異世界とは関係ないことで悩んでるんだろ……
「いや、奥で料理するのは上司の分身だから大丈夫だぜ」
「そうなんだ。でも流石に……」
「あれ?何やら騒がしいですねー」
職場の扉が再び開き、中に新たな人が入ってきた。黒髪にオシャレな模様の浴衣を着た女性で、頭には丸い耳がついている。
「あっ……!」
見た目は明らかに人間だが、雰囲気と喋り方ですぐに彼女の正体が分かった。
「貴方は……!クロベさん!」
夢の中に現れ、私が死神になるきっかけを作ったネズミのクロベさん。
魔法を見るために勉強を頑張り、試験に合格した後は夢に出なくなったあのクロベさんが私の前に再び姿を現した。
「えっ?……あっ!白矢さん!」
私に気付いたクロベさんは、大慌てで私の方へと駆け寄ってきた。
「白矢さんもこっち来たんですねー!嬉しいですー!」
「私も嬉しい!あの試験結果以降クロベさんの夢を見なくなったから、きっと異世界に行ったんだろうなって思ってたよ!まさか同じ職場だったなんて!」
「しばらくしたら、異世界の話を持って白矢さんの夢枕に立とうとしてたんですよー!こうして会えたならもう夢に出なくていいですねー!」
「だね!」
獄上くんとゴウくんを置いて大いに盛り上がる私達。
「お?もしかしてクロベとフユミは友達なのか?」
「はいそうなんですー」
クロベさんは私達のいるテーブルの席に座る。
「白矢さんとは、夢の中で死神の勉強をした仲間であり友達なんですー」
「うん!」
「へぇーいいな!オレもそんな感じの良い友達と出会いたかったぜ!」
「ゴウ様、私がいるじゃないですか」
「出会って間もないお前が何言ってんだ……」
「お待たせしたね」
私達が何気ない会話をしていると、上司のリリーさんが銀色のトレーに飲み物を乗せながら歩み寄ってきた。
「はい、オレンジジュースとコーヒー、そしてカフェラテだね。クロベさんには牛乳」
「ありがとうございます!」
「助かりますー」
私達はお礼を言いながら自分の飲み物を受け取る。
リリー上司はクロベさんが来るのを事前に知ってたのか、クロベさんの分の飲み物も既に用意していた。
「うまい!リリー上司のコーヒーは最高です!」
「それは良かった。あ、そうだ……獄上さん」
「はい」
「時間が空いた時で構わないから、あとで誤転移者の話を詳しく聞かせてね」
「分かりました」
「ありがとう。じゃあ、僕は一旦奥に戻るから、用があったら呼んでね」
リリー上司は優しくそう伝えると、トレーを持ってカウンターの奥に移動し、奥に見える扉を開けて部屋の奥へと姿を消した。
「誤転移者……?」
「パトロール先で偶然、誤転移者の方と出会したのです」
「そうそう、さっき異世界に来た時にね……」
私は異世界に来た時に出会った誤転移者の話を皆んなに簡単に説明した。
「…………でね、相手が地球人だって気付いた獄上くんが「釈迦に説、馬の耳に念」って言って相手の失言を誘ったんだよ!」
「……ダサくね?」
「何を言うのです。相手に分かりやすい言葉で誘導したのですよ」
「怪しい相手ならすぐスキャンすればいいだろ。わざわざそんな手間をかける必要はねえ」
ゴウくんに正論を言われてしまった。
「お前、事あるごとに相手をおちょくるのはやめろ。そんな真似するから相手がブチ切れるんだぞ」
獄上くんに対して本気のダメ出しをするゴウくん。ゴウくんから子どもらしさが消えて、かなり大人びた雰囲気が滲み出ている。
ブラックコーヒー片手だからか、余計に大人らしさに拍車がかかる。
「お前なら相手が本気出す前に拘束できた筈だろ。そもそも……」
ゴウくんは更に何か言おうとしたけど、突然ハッとして我に帰る。大人らしさが消えた目つきで私達の方を見つめた後、そのまま机に伏してしまった。
「オレは若者だ……!」
「ゴウくん急にどうしたの……?」
突然の若者発言に私は困惑する。
「えっと……人前で長々と説教垂れるなんて良くないよな!うん!そして俺はまだ若輩者で、それで……」
「ゴウくん……?」
目の前で唐突に反省するゴウくんに、私の隣にいたクロベさんが口を開く。
「あのー。前から思ってたのですがー、ゴウさんのご年齢は……」
「年は皆んなと同じくらいだ!だから気兼ねなく声掛けてくれて大丈夫だぜ!」
「あ、はい分かりましたー」
ゴウくんって私が思ってるより年上なのかな?でも、皆んなに気を遣わせない為に同い年のフリをしてくれてる……?
「そうだ!クロベ、フユミの家に案内してやってくれ!あと新入りのフユミに色々と教えてやってくれ!」
「分かりましたー。白矢さん、行きましょうかー」
「あ、うん!」
クロベさんが私に手を差し出したので、私はその手を取ってクロベさんと一緒に外に出た。
「白矢さん、お家があるのは森の奥ですー」
私達は一緒にカフェ職場を後にした私達は、森の奥へと足を運ぶ。
周囲の明るい木々が風に揺れるたびにシャラシャラと音を立て、地面に散らばる謎の透明な破片が太陽に照らされキラキラ光る。
「白矢さんが気に入りそうな、木とお家が融合したツリーハウスですー」
「いいね!ファンタジーっぽい!」
「お家は木と共に成長していくという、なんとも不思議な木なのだそうですー」
まさに私が求めていたファンタジーだ。この世界では家の成長記録とか付けてる人とか居そう。
「もっと高いツリーハウスもあるそうでー、その高さゆえにスカイツ」
「そんなすごい木があるんだね!自分の家を見るのがすっごく楽しみ!」
「良いお家ですよー」
私達は仲良く歩いて森の奥深くへと消えていった。




