2話 獄上くんと一緒に勤務先に行くことにしました
異世界に行きたい一心で死神となった私。
そして異世界での初勤務の日に、まさかとんでもない力を持った誤転移の人間と遭遇するなんて……獄上さんのお陰で無事に捕獲できて本当に良かった……
私は誤転移者である人間の魂を見つめながらため息をついた。
『くそぉ……まさか女も死神だったとは……』
冒険者の魂はすっかり意気消沈し、地面に力なく項垂うなだれる。
「では、誤転移者の魂を送るとしましょうか」
「あ、お願いします」
異世界転移して最初に知り合った死神の獄上さんは、カードを魂に向かって構える。
どうやら地獄カードのカメラ機能で魂を撮影し、画像に魂を閉じ込め、そのまま地獄に送るつもりらしい。
「はい、どうぞ!」
私は魂を直立させ、全身が映るように位置を調整する。
「すいません、その位置では殺風景なのでもっと左に……」
「もしかして写真の見栄え気にしてます?」
魂を閉じ込める写真に見栄えは必要ない。けど、私はとりあえず獄上さんの指示に従う。
「はい、ありがとうございます」
獄上さんがカードのボタンを押した瞬間、私の隣にいた魂がその場からパッと姿を消した。
「いい感じです」
「撮影ありがとうございます!」
「いえ、どういたしまして。ところで……」
獄上さんは改めて私に向き直る。
「もし差し支えなければ、貴方のお名前をお伺いしたいのですが……」
「あっ!すっかり忘れてた!」
私は慌ててポケットから地獄カードを取り出し、名前を表示させると獄上さんに急いで見せた。
「私の名前は白矢フユミ!今日からこの異世界に勤務することになった死神です!」
「今日から……貴方の職場はもしかして、光の森の中だったりしますか?」
「あっ、そうです!分かるんですか!?」
「勿論、そこは私の職場ですから」
どうやら彼は本当に職場の関係者だったらしい。
「では、貴方が新しく我々の職場に来る死神の方だったのですね」
「はい!新入りです!」
「同僚ですよ。私もつい先月に死神となり、この異世界にやってきたばかりなので」
「あ、確か「異世界に四人の死神を配属する」と言ってましたね」
異世界勤務には、私の他に三名ほど配属されると事前に聞いていた。どうやら獄上さんもその一人だったようだ。
「白矢様、もし宜しければ私が職場まで案内しますよ」
「いいんですか!?ありがとうございます!ぜひお願いします!」
「敬語は無しで大丈夫です。恐らく私と白矢様との歳はそう変わらないでしょうし」
「いいんですか?」
「むしろ、私からお願いしたいくらいです。敬語で話す人は私一人で十分ですから」
「そんな理由で……?う、うん。分かった、敬語やめるね!獄上くん……で、いいかな?」
「大変素晴らしい……ありがとうございます」
「(そんな褒めることなのかな……)」
職場の関係者と偶然出会えた私は、獄上くんと共に職場を目指して移動を再開した。目的地を目指し、ただひたすら走る。
「そういえば……獄上くんって元人間?」
道中、私は獄上くんに軽く質問を投げかける。
「いえ、私は地上住みの悪魔です。だから苗字も「地獄から地上」と、分かりやすくなっていまして……」
「獄上くんの苗字ってそんな由来だったんだ……」
「もし私の両親の住む地上が山に囲まれた田んぼの中だったら今頃、私の苗字は「獄上山田中」になってましたね」
「なんかすごそうな苗字だね」
獄上くんは更に言葉を続ける。
「因みに私の名前の「春信」は、世界の春がもっと伸びますように……という願いを込めて「ハルノブ」とつけてくれたのだそうです」
「そんな大規模な願いを一個人に背負わせたの!?」
「肩の荷が重いです」
「だよね!?」
そんな名付け方する人っているんだ……
「春が伸びて困る方もいらっしゃるでしょうに……一方で、フユミ様の御両親は素晴らしい感性をお持ちのようで。美しい冬なんて素晴らしいではないですか」
「あ、両親褒めてくれた。ありがとう……春信くんの名前も綺麗でいいと思うよ」
内容が重すぎるけど。
「名前のアフターフォローありがとうございます」
「アフター付いたら別の意味になるよ……あ、ところで……」
「はい」
「獄上くんって、何であの辺にいたの?お仕事?」
「はい、今日はこの辺りをパトロールするよう上司から申しつけられておりまして……」
「上司かぁ……ここの上司って怖い人?」
「悪魔ですが、聡明そうめいでお優しい上司ですよ」
「良かった……」
この後も私達は何気ない会話をしながら森の中を進んでいった。時折、異世界の住民とも遭遇した。
綺麗な輝きを放つ鳥の魔獣が森の奥へと消えていったり、巨大な熊のような魔獣と戦う勇ましい冒険者の群れとすれ違ったりした。
この世界の景色をもっと眺めていたかったけど、今は職場が最優先。好奇心をぐっと抑えて我慢した。
「白矢様、見たい景色があったら我慢せず申してください」
獄上くんはそんな私の心情を理解してたのか、気を利かせた言葉を私にかけてくれた。すごく優しい。
「獄上くんありがとう!でも大丈夫!今は職場優先だからね!」
「いいのですか?ほら、あの冒険者の身のこなしは中々素晴らしいとは思いませんか?」
「え、うん」
「反撃に出る魔獣の力強さはなかなか様になってますよ」
「…………もしかして、獄上くんが見たいだけだったりする?」
「はい」
清々しいほどの即答。
「獄上くん正直だね……」
「出会いは一期一会ですから。似た景色はあれど、全く同じ景色は二度と見れない……だからこそ、気になった景色はしっかりこの目で見届けたいのですよ」
「あ……確かにそうだね」
獄上くんの言葉にどこか心動いた私は、辺りの景色を改めて確認する。
揺れる木々に身を隠す魔獣、見たことない木の実の数々……
「そう思うと、今見えてる景色も綺麗に見えてきた!」
「それは良かった」
「獄上くんと一緒に走ってるから、更に景色が違って見えるのかも!」
「フフ……」
私の思い込み発言に獄上くんが笑みを溢す。
ドンッ!
唐突に打撃音が鳴り、隣を走行していた獄上くんが姿を消してしまった。
「あれ?獄上くん……?」
私は立ち止まり、獄上くんを探すために道を逆走する。
「確かこの辺で音が鳴ったような……」
私は妙な音がした場所を目指して走行。やがて音がした現場に到着した。
獄上くんの上半身が大木にめり込んでいた。
「獄上くん大丈夫!?」
私は慌てて獄上くんに駆け寄る。
「私のことはお気になさらず……」
「気にするよ!」
私は獄上くんの足を掴んで思い切り引っ張る。獄上くんの身体は呆気なく木から外れた。
「助けていただきありがとうございます……景色を眺めていたら突然、視界が真っ暗になってしまって……」
「よそ見してたら危ないよ!」
獄上くんってこんな漫画みたいなミスするんだ……
「とりあえず無事で良かったけども……獄上くん、大丈夫そう?」
「ええ、怪我はありません」
獄上くんは服を叩きながら立ち上がる。
「少し休む?」
「いえ、怪我は無いので大丈夫です。とりあえず今は職場が最優先、まずは先を急ぎましょう」
「わ、分かった!」
獄上くんに怪我は無さそうだから、とりあえずは大丈夫そう。私と獄上くんは職場に向かうために再び走りだした。
数分後……
周囲は相変わらず森の中だったけど、突然世界が明るくなった。
よく見ると木の一本一本が優しい光を放っている。辺りに生える植物の葉の先端が半透明で、六角形の不思議な花を咲かせているものもある。
「ここが光の森……綺麗な場所だね」
「でしょう。ここは魔力濃度が濃過ぎるので、魔物や人間はまず侵入できないんです」
「へぇ……魔力が濃過ぎると人体に影響が出たりするんですか?」
「ええ。身体がいう事聞かなくなり、息ができなくなるとか……」
「怖っ……」
生き物にとっては危険地帯だけど、死神になった私なら余裕で歩き回れる。あー死神になって良かった。
「ほら、あの向こうに見える建物が我々の職場ですよ」
獄上くんが指し示した先に、木造建ての大きくて綺麗な建物が見えた。あれが私の職場……
「…………オシャレなカフェが見えるんだけど」
「上司の趣味です。私達が緊張しないようにと、入りやすい見た目にしたのだとか……」
「そんな理由で……」
職場の上司、想像以上に優しい人かも……