閑話 不穏な気配
魔界のとある城内にて……
「死神共……仲間同士で集まってケーキタイムとは、随分と呑気な奴らだ……」
煌びやかな家具が並ぶ室内。頭にツノを生やした人型の魔物の貴族が、豪華な台に置かれている水晶玉をじっと見つめている。
水晶玉の中には、仲睦まじい様子でケーキを切り分けている白矢達が映っていた。
「こんな気の抜けた奴らが相手なら、地獄の世界も大したことはないな」
貴族はテーブルに置かれているワインの入ったグラスを手に取り、中身を一気に飲み干した。
「クク……地獄を制圧した日には、地獄の広大な大地を我らの領地とし……悪魔も死神も罪人も、まとめて支配してやるとするか……」
水晶を前に、貴族は腕を組みながら笑みをこぼした。
「失礼します」
「入れ」
扉をノックし、使用人が室内に入ってきた。使用人は半球状の蓋が被されたトレイを手に、貴族のいるテーブルに近付く。
「旦那様、軽食をお持ちしました」
「ご苦労」
貴族は水晶を見つめたまま使用人に言葉をかける。
「今日は何を持ってきた」
「異世界の果物をふんだんに使ったケーキでございます」
「そうか……ん?」
水晶で先ほど聞いた言葉が使用人の口から飛び出し、貴族は思わず水晶から目を離して使用人に顔を向けた。
そこで貴族が目にしたのは……視界いっぱいに迫る拳だった。
「がっはぁ!?」
拳は貴族の顔面に見事命中、貴族は椅子にもたれたまま床に倒れた。倒れた貴族に向かって黒いナイフが数本飛び、手足に刺さった。
「ぐわあっ!?ああ……!」
ナイフに固定された貴族は驚きと痛みに目を見開き、目の前にいる使用人に顔を向けた。
「きっ、貴様は……!?」
貴族の目の前にいたのは、先程まで水晶の中に映っていた死神だった。
「初めまして。私は地獄勤務の死神、獄上と申します」
「死神……!?どっ、どうやって此処に来た!?」
「正面玄関が空いてましたよ。それにしても、気の抜けた相手に先手を許してしまうとは、魔人族もまだまだのご様子で……」
獄上は貼り付けた笑顔のまま、貴族に向かって口を開いた。
「地獄統治の話、私にも詳しくお聞かせください」
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カフェ職場内。私は手作りケーキをナイフで切り分け、お皿に乗せては皆んなに配っていた。
「はい!切れたよ〜!」
「ありがとうございます〜」
「すげー美味そう!なあ、早く食おうぜ!」
「豪さん、獄上さんの分がまだですよー」
クロベさんにケーキを渡し、これでほぼ全員にケーキを渡し終えた。あとは獄上くんだけだ。
「ねえ獄上くん、ケーキはどれくらい食べる?」
「少し大きめでお願いします」
「分かった!」
私はケーキを気持ち大きめに切ってお皿に乗せた。
「獄上くん、これくらいでいい?」
私はケーキのお皿を持って獄上くんの方を向いた。
獄上くんの席の隣に謎のサンドバッグが着席していた。
「獄上くん何それ!?」
「世にも珍しい野生のサンドバッグです。外に自生していたので、上司へのお土産として収穫してきました」
「ぼ、僕に……?」
獄上くんが持ってきた謎のサンドバッグに、リリー上司は困惑している。
「新鮮なうちにどうぞ」
サンドバッグに新鮮とかあるの……?
「獄上さん……後でサンドバッグについて詳しい話をお願いするね」
「分かりました」
獄上くん、なんやかんやで相変わらずのご様子……でも、獄上くんらしいや。
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死神の業務終了後。カフェ職場の奥にある扉を開けた先に、殺風景な地下室が存在した。
拷問器具以外に何もない地下室に、サンドバッグを背負った獄上とリリーが入室する。獄上は背負っていた赤いサンドバッグを天井に吊り下げた。
「さてと……」
リリーはテーブルに並べられた刃物の一つを手に取り、天井に吊るした赤いサンドバッグの上部辺りに突き刺した。
裂けたサンドバッグから、砂と共に貴族の顔が出た。彼は気絶してるようで、白目をむいて少し泡を吹いていた。
「魔人族の貴族……」
「最近、地上で妙なことが起きてた理由は彼らが原因だったようです」
ボソリと呟いたリリー上司に、隣にいた獄上がそれとなく報告をする。
「彼と少しお話をしたのですが……前に地上に現れた違法転移者も、どうやら彼らの仕業によるもののようです」
「また随分と妙なことをしてるね……」
「あと、魔界の第三王子が一部の貴族をまとめ上げ、地獄を新たな領地にする計画も立てていたとのことで」
「また随分と無謀な真似をしてるね……」
「どうやら第三王子が、妙な力を得たのが事の発端だそうです」
「そうか……」
リリーは手に持っていた刃物をテーブルに置くと、獄上にそっと顔を向けた。
「彼にはもっと色んな話をしてもらいたいね……獄上さん、お願いできるかな?」
「お任せください。彼と軽くゲームをしながら、それとなく伺ってみます」
リリーに仕事を任された獄上は、針を手に取りながら笑みを浮かべたのだった。




