18話 感謝の日
職場に戻った私達は、獄上くんが謎の冒険者に連れてかれた事をリリー上司に報告した。
「まあ、彼なら人間の命までは奪わないとは思うけど……分かった。とりあえず二人は職場で待機しててね」
「分かりました」
リリー上司は獄上くんよりも謎の冒険者の方を心配している。どうやら皆んな、獄上くんが無事だと確信しているようだ。
もちろん私も獄上くんの無事を信じてる。それでも私は、連れて体獄上くんのことが少し心配なってしまう。
「白矢さん、今は獄上くんを信じて待つだけですー」
まるで私の心を見透かしたかのように、クロベさんは私に声をかける。
「獄上さんはすごく強いですー、大丈夫ですよー」
「そ、そうだね……」
クロベさんに宥められた私は、とりあえず獄上くんの帰宅を信じて待つことにした。
しばらくして……
「あ、獄上くんが帰ってきた!」
獄上くんの帰還を気配で察した私は、急いで職場から外へと飛び出した。
「獄上くん!」
私は獄上くんの名前を叫びながら、獄上くん本人に駆け寄った。
「ただいま戻りました……」
獄上くんは見るも無惨な姿に変貌していた。着ているスーツはビリビリに裂け、眼鏡がずれてレンズが半分消えていた。
「どうしたの獄上くん!?野良犬と喧嘩したの!?」
私は慌ててボロボロの獄上くんに駆け寄る。獄上くんはボロボロになりながらも、何とか口を動かす。
「あ……」
「あ?」
「圧勝でした……」
ホントに!?
「死神に妙な真似をする相手を元から叩いてきたので、これで死神も仕事をしやすくなるでしょう……」
「でも獄上くんボロボロだよ!?」
「白矢さん、落ち着いて獄上さんをよくご覧くださいー。獄上さん、服は避けてますが外傷は一切ございませんー」
「あ、ホントだ……」
クロベさんに指摘され、私は少し冷静さを取り戻した。
……多分あの裂けた服は、獄上くんのいつもの冗談なんだろうな。
「私は獄上さんが戻ったとリリー上司に報告してきますー」
そう言うとクロベさんは、職場へと足早に去っていった。
「とりあえず着替えてきます」
獄上くんも職場から離れていく。多分、着替える為に自分の家に帰宅するのだろう。
その後、夜遅くまで報告をしに職場の奥に行ったり、果てには地獄に直行する可能性もある。
もし今を逃したら、しばらくの間は獄上くんと会えないかもしれない。
「(……渡すなら今しかない!)」
意を決した私は、お菓子の入った紙袋を手に獄上くんに急いで駆け寄った。
「獄上くん!」
「はい?」
私の呼び止めに獄上くんが振り向く。
「これ、受け取って!」
私は菓子袋を獄上くんに思い切り突き出した。獄上くんは私の持つ菓子袋に珍しく動揺し、改めて私の顔を見つめる。
「こ、これは……?」
「前に鐘の塔で助けてくれたのと……今日、私を庇ってくれたお礼!今日は感謝の日だから!」
私は獄上くんの顔を見つめながら菓子袋を差し出し、大きな声で感謝を伝える。
「街で売ってたケーキクッキーっていうお菓子を買ってきたの!もし良かったらどうぞ!」
「!」
獄上くんはケーキクッキーという単語に分かりやすく反応する。
「よ、宜しい……の、ですか……!?」
獄上くんは今まで見たことないような緩んだ笑みを一瞬見せ、慌てて貼り付けたような笑みにら戻るも……驚いた表情は隠しきれていない。
「もちろん!私、いつも獄上くんに助けられてるし……えっと……!」
『この日は女性側が家族にお菓子を振る舞ったり、好きな人にケーキをあげる日なんだ』
私は唐突に、菓子店の店員から聞いた感謝の日の話を思い出してしまった。
「……ほっ、本当に感謝してるから!」
私は何故か動揺してしまい顔が熱くなる。それでも私は獄上くんへの感謝の気持ちを全力で伝えた。
「獄上くん、本当にありがとう!」
私は改めてお礼を言うと、ケーキクッキーの袋を獄上くんに突き出した。
獄上くんはそんな私をじっと見つめ……優しい手つきでお菓子の袋を受け取ってくれた。
「あ、ありがとう……ございます……」
獄上くんは頭を下げてお礼を言うと、物凄い早さでその場から走り去ってしまった。
獄上くんが頭を下げる寸前、私ははっきりと見た。
獄上くんの屈託のない満面の笑顔を。
獄上くんが立ち去った後。この場に私だけが残された。
しばらくして、クロベさんが外に戻ってきた。
「白矢さん、獄上さんの分のお菓子は渡せましたかー?」
「う、うん……」
獄上くんの満面の笑顔に驚いて、それで私は今になって何だか照れ臭くなって……それでも何とか返事をする。
「とりあえず、渡せて良かった……」
「良かったですー。さて、私達も白矢さんの購入したお菓子を食べましょー」
「……うん、そうだね!」
「おーい!」
私達が職場に戻ろうとしたその時、ゴウくんがどこからともなく現れた。
「うわっ!?ゴウくん!?」
「どこ行ってたんですかー?」
「あー、ちょっと一番星を目指して……」
?
「それよりも!さっきお菓子って単語が聞こえたぞ!まさかお菓子買ってきてくれたのか!?」
「あ、うん!もちろんゴウくんの分もあるよ!」
「やったー!フユミ、ありがとう!」
「どういたしまして!さ、手を洗ってカフェ職場に集合しよ!」
「はーい」
「おう!」
ゴウくんとも合流した私達は、私が購入したお菓子を食べるために皆んなで職場に戻ったのだった。




