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1話 異世界に飛んだ日

 私の名前は白矢しろやフユミ。夢の中で頑張って勉強してたら死神になれた元人間。


 死神になった理由はただ一つ……


「死神になれば安全に異世界を冒険できる!」


 たったそれだけの理由で必死に勉強して体術も学んだ。死神の試験を受けた時に面接で「異世界行きたいです!」とアピールもした。



 その結果、私の勤務先は「異世界」になった。



「異世界での仕事はパトロールのみ。終われば後は自由にして大丈夫!しかも魔法も学べる!何もかも最高!」


 そんなわけで死神となった私は、仕事の日をずっと待ち続け……ついに死神の仕事として異世界に行く日がやって来た。




 家から元気よく飛び出した私は、あの世とこの世の境目にある異界を通って地獄に移動。


 地獄に到着したらその場で地獄カードを操作してナビを起動し、目当ての異世界の地獄を目指してただひたすら走る。


 険しく荒い山道を一人で進む。人間の頃と比べてありとあらゆる身体能力が向上しているので、車より遥かに速く、そして永遠に走行し続けることができる。


 異世界の地獄『リンルーン』を通り抜け、更に走り続け……私はついにやって来た。



「やったー!異世界だーっ!」



 幼い頃からの夢だった異世界転移をついに達成した。


 森の中。右を見ても左を見ても、地球では見たことない変わった植物ばかり。


 卵型の半透明な木の実、変な模様のある木の幹、鳥の羽のような葉が揺れる木々。


 木の影から緑色の肌をした二足歩行の生き物が群れをなして姿を現し、周囲を警戒しながら私の前を通り過ぎる。

 あの生き物はもしかしたら、ファンタジーでお馴染みの「ゴブリン」なのかもしれない。


「すごい……!目の前がファンタジーでいっぱいだ……!」


 生身での異世界転移だったら確実に絶望していた。でも、今の私は不死身の死神。異世界を余裕で歩いて回れる。


「この辺を見て周りたい……!」


 でも職場に向かうのが最優先、私情よりもまず仕事。私はカードを取り出し、ナビを確認して職場への道のりを確認する。


『死神さんだ!』

『何してるんだろ』


 私の周りに、光を放つ可愛らしい妖精らしき生き物が集まってくる。


『死神さんどっか行くみたい』

『光の森行くみたいだよ』

『ついてっちゃう?』


 何気ないところで異世界要素に触れた私はなんだかとても嬉しくなってくる。


「職場のある光の森は……あった!すぐそこだ!」


 ナビが指し示す目的地は此処からだいぶ離れてはいるけど、死神の私が走ればあっという間に辿り着く。


「目的地目指してもう一走りしますか」

『!?』

『きゃー!』


 私が地獄カードをしまったその瞬間、周囲にいた妖精っぽい生き物が四方八方に飛び散ってしまった。


『あの変な人来た!』

『逃げろ逃げろ!』

「変な人……?」


 周囲を探ると確かに、森の奥に一人の人間の気配がした。しかも人間は私のいる方向に歩いてくるようだ。


「あれ?君、こんな所で何してるの?」


 森の奥から現れたのは、見るからに冒険者らしい風貌をした男性。


 見たところ相手は若い青年。よく使い込まれた綺麗な装備に身を包んだ青年は、私を真っ直ぐ見つめてくる。

 この人、明らかに私が見えてる。


「あの……私が見えるんですか……?」


 冒険者らしき青年に対し、漫画やアニメでしか聞かないようなセリフを思わず口にする私。


「普通の人には見えないはずなんですけど……」

「僕はちょっとした魔法なら簡単に見破れるんだよ」


 青年は私の目を真っ直ぐ見つめてくる。


「君は……見たところ子どもだよね?ここは強い魔物が生息してる危険な森だから、小さい子どもが一人で入るのは危ないよ」

「あ、大丈夫です。私は平気なので」

「ダメだよ。可愛らしい子は特に狙われやすいんだから」


 魔物が出る森の中で、軽装すぎる女の子が歩いている光景を見たら違和感を覚えるのが普通じゃないの?

 

「君、何処から来たのか言えるかな?」

「いえ、本当に大丈夫です!お気遣いなく!」


 私は走り去るために急いで青年に背を向ける。


「待って」


 私が全力疾走しようとしたその瞬間、目の前の青年は片手を伸ばし、私の右手を強く掴んできた。


「うわっ!?何するんですか!?」

「とりあえずギルドに行こうか」


 青年は私の右手を強く引っ張り、強引にその場から引き剥がそうとする。


「やめてください!離して!今すぐ離してください!」

「いや、君は本当に嫌がっていないね。本当に嫌なら振り解こうとするはずだから」

「無理に振り解いたら危ないからです!」


 無理に振り解いたら相手の魂を引き抜いてしまうかもしれないからできないんだって!


「振り解いたら傷つけるなんて……君は本当に優しいんだね」


 この冒険者、会話が一方的で思い込みが強すぎる。


「危ないって言ったんです!」

「同じことだよ。君は分かってないみたいだけど、僕を心から心配する気持ちはしっかり理解できてるから。落ち着いて」


 何を言ってるんだこの人は……


「(仕方ない……こうなったら一旦、冒険者さんの魂を引っこ抜いて大人しくさせるしかない……)」


 罪のない人の魂取り出すのは気が引けるけど……魂を出してもすぐに戻せば大丈夫らしいし。


 よし!この人の魂を引っ張り出そう!




「お待ちなさい」



 私が冒険者の魂を引き抜こうとしたその時。この場に唐突に第三者の声が響き渡った。


「誰だ!?」


 声のした方を見るとそこには、青年より背が高い黒のスーツ姿の男性がいた。


 明るくて長い髪を綺麗にまとめ、オシャレな眼鏡を掛けた彼は、優しい笑みを浮かべながら青年を見つめている。


「隠れて!」


 スーツの男性を警戒したのか、冒険者の青年は私の手を掴んだまま強引に私の前に出た。

 何で私の時もそれくらい警戒してくれなかったの……


「お前は誰だ!」

「そう警戒なさらずに」


 スーツの男性は笑みを浮かべたまま、胸ポケットから一枚の黒いカードを取り出した。


「(あっ!あれは地獄カード!)」


 彼が手に持つ持つカードは、紛れもなく本物の地獄カードだ。つまり彼もまた、私のように地獄に属する存在なのだろう。


「私はこういう者です」


 彼の持つカードに『死神 獄上ごくじょう晴信はるのぶ』という文字が浮かび上がった。


「(獄上さん……あの人も死神なんだ……)」

「…………?」


 私はカードの文字をじっと見つめる。でも、隣にいる冒険者はカードの表面を難しい顔で凝視している。


「おや、冒険者様はカードの文字がお見えになりませんか?」

「文字?そんなもの書かれてないけど……」

「おかしいですね、彩度の関係でしょうか……」


 獄上さんはカードの画面をなぞって何やら操作をしている。


「あ、出来ました。冒険者様、どうぞこちらを……」


 獄上さんはカードを冒険者の顔に近付ける。カードには『対動物用フラッシュ』と表記されていた。


 カードはパンッと軽い破裂音と共に、冒険者の顔を目掛けて凄まじい光を放出した。


「うわっ!?」


 冒険者は怯んで私の手を離す。私は咄嗟に冒険者から離れ、冒険者から距離を取る。


「(地獄カードのフラッシュ機能!私もそれ使えば良かった……!何はともあれ、獄上さんのお陰で脱出できた……!)」


 お陰で魂を引き抜かずに済んだ。私は心の中で獄上さんに感謝する。


「なっ……何するんだ!?」


 冒険者は獄上さんから距離を取り、目を片手で庇いながら獄上さんに向かってそう叫ぶ。


「人の顔面で閃光を放つなんて……!お前は一体何を考えてるんだ!?」

「死神カードという名称、もう少しどうにかならなかったのでしょうか」

「何の話だ!?」

「(獄上さん、その場で思いついたことを口にしてる……?)」


 獄上さん、見た目はクールだけど中身は意外と愉快な人なのかもしれない。


 私がじっと獄上さんを見つめていると、冒険者が遠くに離れた私にようやく気付いた。


「あっ……!君、危ないよ!とりあえず怪しい表情の男から離れて!こっち来て!」

「嫌です!それにあの人は怪しい表情なんかじゃないです!素敵な満面の笑みじゃないですか!」


 私は本当に思っていることを口に出す。


「あんな貼り付けた笑顔のどこがいいんだ!?早くアイツから逃げて!」


 冒険者は獄上さんの表情をとことん貶す。一方、獄上さんは……


「おやおや、素敵な笑みだなんて……フフフ」


 獄上さんは私の言葉に対して照れてるのか、頬を赤く染めて満面の笑みをうかべている。物凄く嬉しそうだ。


「あっ!ほら、物凄く嬉しそうな顔してる!」

「さっきから表情は全く変わってないよ!相変わらず貼り付けたような邪悪な笑顔だよ!」

「おやおや……」


 冒険者の言葉に、獄上さんは目に見えて落ち込んでしまった。


「あ、悲しそうな顔してる!冒険者さん酷い!」

「だからさっきから表情は全く変わってないって!ああもう、らちが開かない!」


 冒険者は腰のポーチから大きな剣を取り出し、獄上さんに対して剣を構えた。


「何の理由があるか分からないけど、君があの子を狙ってるのは分かった!」


 何でそう思ったの?


「君をここで倒してあの子を守る!」

「おや、死神に死を教えるとは……釈迦に説、馬の耳に念ですね」

「何で全部言い切らないの……?」


 獄上さんの中途半端なことわざを冒険者が指摘する。

 

「言い切る……?貴方は何を言ってるんですか?」

「何でとぼけてんの……?説とか念とか中途半端に……」

「違います。貴方は何故、私のセリフに続きがあると分かったのですか?」

「えっ?」

「このことわざを理解できるということは、少なくとも貴方は地球人の人間……」


 獄上さんはカードを冒険者に向け、冒険者の身体をスキャンする。カードに冒険者の個人情報とバッテンのマークが記載された。


「貴方の名前はカズノミチナリ、21歳の平社員。父、母、兄、貴方、妹の計五人家族……カズノ様は地球出身の人間なのですね」

「なっ……!何故それを知って……!?」

「私が死神だからです」


 獄上はカードをポケットに戻す。


「貴方、異世界転移者だったのですね。しかし、今現在この世界に合法で運ばれてきた地球人の人間は存在しません」


 時折、地球上では何らかの方法で異世界に転移してしまう現象が発生する。


 人間の魂のみなら大丈夫。仮に生身でも、地獄や天などの存在が転移を認めた場合は例外として許可されている。


 でも、もしトラブルにより転移を認められないまま世界に飛んでしまった場合、その人間は元いた世界にきっちり送り返さなくてはならない。


 誤転移された人間の捕獲は死神が請け負う仕事。まさか出勤初日でこんな大きな仕事に当たるなんて……


「残念ですが……死神である私は、貴方を地球に送り返さなければなりません」

「地球に送り返す……?」


 獄上さんの言葉に冒険者は固まる。


「ええ、残念ですがこれも仕事なので」

「……君が本当に死神だとして、僕は安全に地球に帰れるの?」

「はい。帰る際に異世界の記憶や所持品は全て回収しますが、乱暴な真似は決してしないと約束しましょう」

「記憶消えるのか……力は?」

「この世界で得た力は全て消去されます」

「…………仕方ないか。分かった、帰るよ」


 もっとゴネるかと思いきや、冒険者のミチナリは地球への帰還を受け入れるようだ。


 ……この人、何か怪しい。


 異世界の技術がどれほどのものかはまだ分かってないけど、冒険者が身につけてる物はどれも良さそうな物ばかり。

 それに、この魔物のいる森の中を平気でうろついてる時点で、この人はそこそこ強い冒険者として異世界を生きている筈。


 力を取られるのを少し渋ってたみたいだし、この冒険者にとっては現実世界で生きるより、異世界の方が生きやすい筈。


「じゃあまずは持ってる道具を渡すね」


 冒険者はポーチを外そうと腰に手を回す。そこに獄上さんがゆっくり歩み寄る。


「カズノ様」

「何?」


 冒険者が獄上さんに顔を向けたその瞬間。


 獄上さんが冒険者の腹を目掛け、目にも留まらぬ速さのパンチを繰り出した。


「げえっ!?」


 冒険者は後方に吹き飛び、大木に激突し身体をめり込ませてしまった。


「あっ!?」


 死神の獄上さんが一般人に手を上げたことに驚いたが、それ以上に驚くべきことが起こっていた。


「冒険者さんの魂が飛び出してない……!」


 一般人なら、死神の攻撃を喰らったら即座に魂が飛び出てしまうものである。だけど、冒険者さんは魂が飛び出す気配が一切無い。あの人は明らかに普通の人ではない。


「失礼」


 獄上さんは手のひらから黒い光を放出する。


「ううっ!?」


 黒い光は冒険者の身体に命中すると、黒く輝く鎖に形を変えて冒険者の全身に巻き付いた。


「獄上さん、これは一体……?」


 私が静かにそう尋ねると、獄上さんは冒険者から私に視線を移した。


「貴方、冒険者のカズノ様の違和感に既にお気付きですね?」

「えっ……」

「彼に感じた違和感です。私としては第三者の意見も伺いたいのです。ほんの些細な意見でも構いません」

「えっと……」


 私は視線を移し、鎖から脱出しようと必死に身体を動かす冒険者を見つめる。


「……冒険者さんって多分、強いスキル所持してますよね」


 異世界に連れてきた人間に、上位の存在がスキルを与えることは珍しくない。


 だが、転移を認められていない人間が強い力を持つのはあまり宜しくない。上から転移を認められないような人間が、異世界で何をしでかすか分からないからだ。


「貴方は何故そうお思いに?」

「冒険者の装備が綺麗過ぎるんですよ。使い込まれた跡はあるのに、何かで傷がついた跡が一切無い!」


 質問を投げかける獄上さんに、私は思っている疑問を全て話す。


「森の中で歩く軽装の女性に何の違和感も持たずに近付いてくるような人が、その辺の自然物や魔物の攻撃に傷つかないのは流石におかしいと思います!」


 私は不注意だらけの冒険者の装備がやたら綺麗な所にも触れた。


「私は異世界初心者だからまだよく分からないですけど!この辺りはかなり違和感を覚えました!」

「ええ。貴方の言う通り、彼の装備は違和感だらけです。そもそも、魔物だらけの森を武器も構えずに彷徨さまよい歩くなんて……あまりにも危険極まりない行為です」


 どうやら獄上さんも彼の違和感には既に気付いていたらしい。


「敵と認識していた私への対応も杜撰ずさんで隙だらけ。彼の低い実力に反し、明らかに余裕があり過ぎる……貴方、何を隠し持っているのですか」


 獄上さんはギロリと鋭い視線を冒険者に向けた。


「あ、あはは……」


 鎖に縛られた冒険者は愛想笑いをしていたが……



「…………あーあ。ばれちゃったか」



 冒険者は態度をガラリと急変させた。彼から笑顔が消え、眉間にシワを寄せ、嫌な目つきで獄上さんを見つめる。


「(この感じ、かなりマズいかも……)」


 豹変した冒険者に嫌な予感がした私は、咄嗟に地獄カードを出し、周囲を結界で囲うようカードに指示を出す。

 でも、周囲は既に結界に囲まれてた。私より先に獄上さんが既に囲ってたみたいだ。


「このまま油断させて、その隙に死神を潰してやろうとしたけど……バレてたなら仕方ないか」


 そんなことをしていると、目の前の冒険者の身体がメキメキと音を立てて変化していく。身体が倍以上に膨らみ、ツノが生え、全身が赤く染まっていく。

 冒険者の全身に巻き付いていた鎖が音を立てて弾け飛んだ。


「いい出会いがあったと思った女も、やたらゴネてめんどくさいし……お前は後でアイテム使って記憶を改竄かいざんして性格ごと変えて、オレの仲間に加えるとするか」


 鱗だらけの顔で下劣な言葉を吐く冒険者は、やがて全身をドラゴンのような姿に変化させた。


 鱗で覆われた硬い皮膚、両手両足には鋭い爪、そして背中には大きな翼。


「ドラゴニュート……この世界では伝説として語り継がれている幻の魔物だ。この鱗のお陰で、その辺の魔法なんざ一切効かないんだよ」


 元冒険者のドラゴンは自分の姿についてわざわざ解説をする。どうやら彼の余裕は、この力から来るものだったらしい。


「変身してなくてもその辺の魔物は殴り倒せる、変身したらダンジョンのボスだって一撃で余裕で倒せる。死神なんざ雑魚と同義……」


 冒険者ドラゴンは下品な笑みを浮かべながら右手を天高く掲げた。



「じゃあな、間抜け死神」



 ドラゴンがそう吐き捨てた瞬間。


 天から現れた無数の銀の針が、輝きを放ちながら地面に降り注いだ。


 雨のように降り注いだ銀の針は、私達の身体を容赦なく通り抜けていく。銀色の輝く煙が周辺を覆う。


「まさか身動き一つすら取らないとは、とんだ腑抜ふぬけ死神だな。ムカつき過ぎて女も殺しちまったけど……ま、道具でどうにかなるしいいか」


 冒険者ドラゴンは余裕の笑みを浮かべながら私達がいた方向を見つめる。やがて煙が晴れ、全貌が明らかとなる。


「…………あ?」


 私達は無傷のまま針の中に立っていた。


「攻撃が当たらなかったのか……?」

「当たったけど通り抜けたんだよ」

「はぁ?」

「私達はね、お化けみたいな存在なんだよ」


 私はそう言いながら、地面に突き刺さる無数の針の上を歩いて見せた。

 足を下ろすと、私の足から銀の針が飛び出す。でも、針を踏んだ足を再び上げても足に傷は全く見当たらない。


 更に、目の前に刺さる大きな針に全身をぶつけてみる。


 私の身体は何の抵抗もなく針をすり抜けた。さながらお化けのように。


「な、なんで……!?何で針がすり抜けてるんだよ!?」


 私達は死神。その気になれば壁や地面をすり抜けて移動できる私達にとって、物理攻撃なんてもはや無いに等しい。


「このっ……!これでも喰らえ!」


 冒険者ドラゴンは両手から輝く炎の球を生み出しては私達に次々と投げる。でも、火球は私達の身体をスルスルと通り抜けて遠くに飛んでいく。


「魔法でも無駄だよ。じゃ、次は私の番ね」

「あぁ!?」


 私は相手に反撃するために、気持ちを落ちつかせ意識を集中する。


 すると、目の前の世界が全てスローモーションに変わった。


 風で激しく揺れていた木々は一斉に速度を落とし、舞い散る木の葉の群れは宙でゆっくり漂う。


 目の前の冒険者ドラゴンは両手を構えながら呑気に大口を開けている。彼が放つ球はのんびり浮遊しながら私を目掛けてゆっくり飛んでくる。


 私は地面を全力で蹴って全力疾走。火の球をすり抜けて冒険者ドラゴン大きな身体を登り、頭のてっぺんに移動した。

 頭に移動したところで自分の速度を元に戻す。


「冒険者さん」

「ああっ!?お前いつの間に……!?」


 冒険者ドラゴンが何か言い終える前に、私は全力の踵落かかとおとしをお見舞いした。


「ぐわあっ!?」


 私の踵落としをモロに喰らった冒険者ドラゴンは頭から地面に思い切り激突した。

 一方私は、蹴った勢いのままその場で宙返りをして地面に綺麗に着地した。


「ぐ、ぐぅう……!」


 冒険者ドラゴンは地面にめり込んだ頭を必死に引っ張り出し、私達に恨めしそうな顔を向ける。


「こっちの攻撃は通らないのに……なのに!お前達の攻撃が通るなんて卑怯だ!!」

「卑怯?貴方はそのような偉大な力を使用しておいて、我々も似たような真似をしたら卑怯と罵るのですね」

「うるさいっ!そもそもお前はそんな悪役ヅラしておいっ……!」


 獄上さんは冒険者ドラゴンの顔面に急接近し、冒険者ドラゴンの下顎を目掛けて思い切り蹴り上げた。


「……!」


 鋭く重い蹴りが炸裂し、顎を打ち砕かれた冒険者ドラゴンはその場で半回転。巨体を後方にのけぞらせ、頭から地面に落下した。


『う、うぅう……』


 冒険者ドラゴンから魂が飛び出す。


「冒険者さん、捕まえた!」

『ああっ!』


 私はすかさず鞄から魂拘束用の縄を取り出し、冒険者の腕を拘束する。


「随分と頑固な魂でしたね」

「獄上さんの攻撃、素晴らしかったです!お陰で誤転移者を捕獲できました!」

「いえ、そんな……貴方の踵落としも大変素晴らしい技でした」

「ありがとうございます!」


 獄上さんは笑顔のまま照れくさそうに笑い、私も獄上さんの褒め言葉を素直に受け取る。


『何だこれ!取れない!』


 そんな中、縄に拘束されて身動きが取れなくなった冒険者は必死に暴れるが……縄が解ける様子はない。


『く、くそっ……!』


 冒険者は何とか私に顔を向け、恨めしそうに口を開く。


『お……女……!お前は一体何者なんだ!?何が目的だ!?』


 苦悶の表情を浮かべながらそう言い放つ冒険者の魂に、私は真面目な顔で向き合った。


「私は死神です!魂の運搬が主な役割の、異世界勤務の死神です!」


 そして、異世界を遊び倒す予定の元人間です!

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