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17話 大御所の元へ

別視点

 夜。森に囲まれた豪華な屋敷に、一人のスーツの男「獄上」が降り立った。


 武器も鞄も持たない身一つの獄上は、玄関に向かってゆっくり歩いていく。


 屋敷に防犯として設置されているガーゴイルや魔道具は、獄上に一切反応しない。

 それどころか、獄上が通り過ぎるとガーゴイル像にヒビが入り、魔道具は音を立てて破裂した。


「うわっ!?」


 屋敷を巡回していた、恰幅のよい守衛の首元に装着していた魔道具も破壊された。


「うわっ、持ってる魔道具が全部故障してる!?高いものばかりなのに……!?」


 護衛は故障してしまった魔道具を前に動揺する。


 その間に護衛の目の前を獄上が通り過ぎたが、護衛はスーツ姿の不審者に一切目もくれない。どうやら姿が見えていないようだ。

 

 獄上は明かりの灯る豪華な屋敷の玄関を開け、正面から侵入。


 獄上が玄関に入った瞬間、玄関周りに備え付けられていた灯りが破裂し、遠くに備え付けられていた灯りが次から次へと破裂していく。


 やがて屋敷全体の魔導機器が全て破壊され、屋敷全体が暗くなった。



「何事だ!?」


 部屋で音楽を聴きながらくつろいでいた一人の男『フスブル伯爵』が、破裂した照明に驚いて椅子から立ち上がった。


 ついでに音楽を奏でていた機械も壊れ、不気味な音を立ててゆっくり停止した。


「どうなってるんだ……おい、誰かいないのか!」


 フスブルは扉を開けて呼びかけるが、使用人や護衛が来る気配がない。


「くそっ!全員なにをしているんだ!?」


 フスブルは廊下を歩き、部屋を開けて使用人を探す。歩き回り、ようやく使用人のいる部屋を見つけたが……


「なっ……!?おい!どうしたんだ!?」


 使用人は全員、白目をむいて床に倒れていた。よく見ると口から泡を吹いてる者までいる。


「な、何なんだこれは……!?」


「お気に召しました?」


 フスブルが後退りして廊下に出ると、背後から唐突に一人の男の声がした。フスブルが急いで振り返るとそこには、無表情でフスブルを睨みつける獄上の姿があった。


「表向きは善良な貴族を演じ、裏では極悪三昧……まさか違法である奴隷のやり取りまでしていたとは……」


「きっ……貴様は誰だ!?」


「貴方が求めていた死神でございます」


 獄上が完結な自己紹介をしたその時。獄上の影からつのの生えたおぞましい生物がゾロゾロと姿を現した。

 中には、身体の一部が燃えている謎の人型生物の姿もあった。


「そして、地獄で罪人の拷問を担当する悪魔でもあります。本日は、死神の邪魔ばかりする貴方に苦情を申し出に参りました」


「く、苦情だと……?」


「貴方。死神を使い魔として調教し、自身の使用人にするご予定でしたね?」


 獄上の言葉にフスブルが固まる。


「な、何のことだ……?」


 とぼけるフスブルに対し、獄上は淡々と話を続ける。


「死神を強調して使用人に変え、果てには物好きな貴族に売り捌き、巨額の富を……」


「ふんっ!」


 獄上が更に言及しようしたその時、フスブルが手に隠し持っていた丸い物体を獄上の足元を目掛けて放った。


 丸い物体は凄まじい閃光を放ちながら破裂した。獄上と周りの化け物は閃光を前に、その場で停止する。


「しめた!」


 その隙をついてフスブルは獄上から逃げ出す。だが、後方から飛んできた黒い剣がフスブルの足に突き刺さった。


「がああっ!?」


 フスブルの足に精神的な凄まじい痛みが走り、その場で転んでしまった。足から血は出てないが、まるで剣に全身が固定されてしまったかのように身体が動かない。


「話の途中ですよ」


 フスブルの目の前にいつの間にか獄上が現れ、フスブルの腕に黒い剣を一本刺した。


「があっ!?おっ、お前……!?悪魔潰しの道具が効かないのか!?」


「あんなもの、妨害を受けた内に入りません」

 

 獄上はフスブルに人差し指を向ける。すると、獄上の周りにいた化け物は一斉にフスブルに飛び掛かり身体中を強く掴んだ。


「うぐっ……!?何を……っ!?」


 痛みに耐えていたフスブルに、悍ましい化け物が集まっていく。


「貴方にはごく普通の人生では決して味わえない、一生忘れられない体験をご提供しましょう」


 獄上が手にしている剣で足元を突くと、フスブルの後方から黒い煙が吹き出し、そこから円状に空間が開いた。


 開いた先に見えたのは……目も眩むような真っ白な世界。


 先程の閃光とは比べ物にならないほどの光量に、屋敷内が真っ白になる。


「ぐわあっ!?ま、眩しい……!?」


 フスブルは後方から飛び出した光に耐えられず目をつぶり、視線を逸らして両手で顔を隠す。


 だが、周囲の化け物がそれを許さない。手足や首を強く掴み、決して離そうとしない。


「あだだだだっ!やめろっ!貴様、一体何をする気だ!?」


「フスブル伯爵にご提供するのは、輝かしい一番星への旅でございます」


「ほ、星……!?」


「我々の真上に輝く、正真正銘、本物の星です」


 真下から真っ白な光と共に、凄まじい熱気も漂ってくる。周囲にある壁や床が熱にやられて変色していく。


「ここまで伝わってくるのは、ほんの僅かな熱に過ぎません。この門を全て通り抜けたら、想像を絶する世界が貴方をお待ちしてます」


「そ、そんな……バカな……!?」


 そんなことをしてる間にも、フスブルの後方に開いている穴は広がっていく。最初に剣の刺さっている足が穴に入り、じわじわと下半身が穴へと落ちていく。


 下半身が灼熱の業火に晒される。


「あだだだだっ!!」


 フスブルの下半身にぶら下がる悪魔が重りとなり星に落とされそうになるが、手に突き刺さった剣が彼をかろうじで現実世界に繋ぎ止める。


「あだだだっ!やっ!やめろっ!身体から離れろ化け物っ!


 周りの悪魔は笑顔でフスブルにしがみつき、強い光と凄まじい熱気を伴う世界に連れて行こうとする。フスブルは苦しみに悶えながらしきりに汗を流す。


「があああああっ!」


 フスブルは手に刺さる剣のお陰で星に落下せずに済んでるが、自分の体重と悪魔の負荷が剣の痛みを更に激化させる。


 尋常ではない痛みに襲われるフスブル。後方は灼熱、目の前には化け物。


「そろそろお別れのお時間です」


 フスブルの前にいる獄上は、フスブルに突き刺さる剣に手をかけた。


「やっ!やめろ!やめてくれ!頼む!」


 フスブルは剣を掴む獄上に命乞いをする。


「たっ、助けてくれ!金なら幾らでも払う!だから命だけは……!」


「大丈夫、体験するのは貴方の魂のみ……肉体までは手を出しません。貴方への忠告はただ一つ」


 獄上は鋭い目つきで目の前の哀れなフスブルを睨みつけた。



「二度と死神に手を出すな」



 最後の忠告を告げた獄上は、フスブルに刺さる剣を一気に引き抜いた。


「ああああああ!!」


 地上へと繋ぎ止めるかせが外れたフスブルは重力に引かれて穴へと落下。


 哀れなフスブルは周りの化け物と共に、真下に見える星へと落とされてしまった。


「助けて!助けて!助けてくれぇええ!!」


 化け物に掴まれながら落下するフスブルの断末魔が屋敷中に響く。


 フスブルが地上から姿を消したところで、真下に見える世界の穴は一瞬で塞がった。


 屋敷から化け物の群れが消え、目の前には魂の抜けたフスブルのみが残った。


「さて……仕事も終えたことですし、撤収するとしましょう」


 獄上はいつもの貼り付けた笑みに戻ると、その場から一瞬で姿を消した。

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