プロローグ 死神として異世界に転移することになりました
私こと白矢フユミがまだ小学生だった頃、夢枕に服を着た不思議なネズミが現れた。
「夜分遅くにすいません。お姉さん、私にお勉強を教えてもらえませんか?」
手に短い鉛筆とメモ帳を持ったネズミは人の言葉を話す。普通ならびっくりして叫ぶかもしれないけど、これは私の夢の中。
「ネズミさん、勉強したいの?」
だから私は特に気にせずネズミに話しかけた。だってここは私の夢の中だから。
「はい。うんと勉強して死神になりたいんです」
「死神?魂を持っていくあの?」
「はい。死神になれば、魔法のある異世界に行けるらしくて……私はそこで色んな魔法をみたいんです」
「魔法のある世界!?」
ネズミの話に私は食いついた。夢の中だけど。
「はい。死神になれば不死身になれるので、見知らぬ異世界でも余裕で生きられます。異世界旅行だって思いのままです」
「異世界旅行……!いいなぁ……!」
「おや、ひょっとしてお姉さんも異世界に行きたいのですか?」
「行きたい!私、ファンタジーの世界大好き!」
当時、異世界や魔法が出てくるようなファンタジー映画が大好きだった私にとって「死神になれば異世界へ行ける」という話は非常に魅力的だった。
「なら、私と一緒に死神の勉強をしましょう」
「えっ、いいの!?」
「私は参考書を持ってるので、お姉さんは学校で教わった知識を私に教えてください」
「うん!いいよ!」
異世界暮らしに憧れていた私は、ネズミのお誘いに二つ返事で承諾した。
その日から約8年間、私はネズミと勉強の夢をずっと見続けた。
クロベと名乗ったネズミの女の子は、物凄く真剣に死神の勉強をした。それを見て私もやる気を出し、勉強を続けた。
夢の中で勉強を続けてついに試験当日。
私は夢の中で死神試験の会場に向かい、妙に静まり返っている試験会場で筆記試験と実技試験、そして面接を行った。
次の日。夢の中に届いた茶封筒を開けると、そこには私が死神試験に合格したことを伝える文章が記載されていた。
「やったー!合格だって!私、死神になれるんだ!」
「私も合格ですー!これで魔法が見れますー!」
クロベさんも無事に合格。長い付き合いにより、素が出た喋り方になっている。
「白矢さんのお陰で無事に合格できましたー、本当にありがとうございますー。このご恩は決して忘れませんー」
「私も!クロベさんの参考書のお陰で死神になれたよ!」
「良かったですー」
夢の中とはいえ妙な達成感があった。でも、死神試験の夢はきっとこれっきりだ。次の日以降、私はきっと死神の夢の続きは見れないだろう。
次の日……
『白矢さん、死神へのご就職おめでとうございます』
目が覚めた私の目の前にローブを着た白骨の死神が現れ、死神試験に合格した私を祝ってきた。
「夢じゃなかった……」
『ほほほ……死神試験は難しいですから、合格したかどうか疑うのも無理はありませんね』
「あ、そういうことでは……いえ、一周回ってその通りです」
私は本当に夢の中で死神の勉強をしていたらしい。
『人間の中から死神が生まれるのはお久しぶりですよ。大変喜ばしい限りで……白矢さん、今日から貴方は死神になりましたよ』
「あ、ありがとうございます……」
夢の中の猛勉強は無駄じゃなかった。むしろ、夢で蓄えた死神の知識が全部嘘で、私の考えた妄想だった方が逆に怖いのかもしれない。
『さて白矢さん、早速で申し訳ないのですが……地獄の方にはいつ頃来れるでしょうか?』
因みにこの死神さんの地獄発言は、地獄にある職場にいつ来れるのかを聞いているだけで特に死を匂わせる発言ではない。
あと、死神に選ばれた時点で私は人間ではなくなったが、その気になれば人間として人前に現れたりできるので特に心配する必要はない。
『次の日にすぐ仕事では不都合もございますよね……とりあえず、5年間くらい空けときます?』
「そんな空けなくて大丈夫です!今の学校を卒業したらすぐ行けると思います」
『早いですね……ええ、分かりました。では、卒業してから5日後にしましょうか』
目の前の死神さんはメモ帳の上にペンを走らせる。
『あ、そうそう。白矢さんの配属先は、貴方のご希望通り『異世界』に決まりました』
「えっ!?ホントですか!?」
死神さんからのとんでもないサプライズ報告に、私は目を見開いて歓喜の声を上げる。
「やったー!夢の異世界だーっ!」
『死神を募集する異世界が丁度あったんです』
「私、あの異世界に住めるんですか!?」
『勿論です。人が来れない所に貴方用の一軒家もご用意しました』
まさか異世界に行ける上に一軒家までついてくるとは。
『仕事がない日は異世界を旅行したり、地球に戻ったりできますから』
「かなり自由なんですね……」
『だからこそなのか、仕事を真面目にこなす多数の死神には物足りないらしくて……あまり異世界に行きたがる方がいらっしゃらないのです』
「そうなんだ……」
『異世界への意欲に加えて勉強熱心な貴方にはピッタリな職場だと思います』
「勉強熱心も関係あるんですか?」
『大アリです。貴方には異世界で魔法を学んできて欲しいから……』
死神さんはメモ帳をポケットに戻しながら話を続ける。
『この地球の地獄にも、魔法を使用できる人材がどうしても必要なので……』
「ああ……今、悪魔による異世界詐欺とか異次元人による一般人の連れ去り被害とか、妙なトラブルがありますからね……」
この地球も最近、異世界絡みの事件が増えてきているらしい……と、夢の中で聞いたことがある。
『そうそう、前に異世界人が地球の地獄に突然流れてきて、皆んなビックリした……って事件がありまして』
「……驚いただけで済んだんですか?」
『相手が大したことなかったので……あの時は最小限の被害で済んで幸運でした』
「良かった……」
『でも、そういった異世界トラブルに即座に対応できる職員がいれば、更に安心安全ということなのですよ』
死神さんはポケットから一枚の黒いカードを取り出し、私にそっと手渡した。
『これは地獄カードです。貴方が地獄に属していると証明できる身分証であり、便利な機能も多数付いております』
私がカードを手に取ると、カードの表面に『死神 白矢フユミ』の文字が浮かび上がった。
『このカードで地獄の電車に乗ったり、給料を引き出したりと、とにかく色々と使えるカードです。貴方だけのカードですから、他人に貸すことは絶対にできません』
地獄カードは本人にしか使えない上に、何処かに落としても本人の手元に必ず帰ってくる。さながら呪いである。
『あと、オマケとしてスマホ機能もついております。仕事関連で電話をする際はこちらをご利用ください』
どちらかというとオマケのスマホ機能の方が一番の目玉だと思う。
「すごい……!死神さん、ありがとうございます!」
『貴方も死神ですよ、どういたしまして』
私はカードを手に死神さんにお礼を言う。
『仕事に関する情報や必要事項は全て地獄カードで追って連絡するので、後でご確認いただけますと幸いです。では、私はこれで』
「はい!ありがとうございました!」
『いえいえ』
死神は手を軽く振ると、私の前から煙のようにあっという間に姿を消した。
「…………やったんだ、私」
死神になれた上に、安全に異世界に行ける。生きてるうちにこんなファンタジーな出来事に遭遇できるなんて……
「すぐに異世界に行く準備を整えないと……!」
私は即座に着替えて準備を整えた。地獄カードを手に、異世界に必要な物を買いに外に出かけたのだった。
次の話はすぐに掲載されます。