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(健之その四)色彩の反転

 水中に飛び込んだ確かな感触。それを追いかけるように破裂するような音が数回。

最初はその破片と思われるものが体にあたり、鞭で撃たれるような痛みがあった。だが夢中で奥深くへと潜るうち、それもなくなった。

 やがて息が続かなくなった。水面に出たところを狙い打ちされるだろう、という恐怖に息苦しさがまさった。遠くまで進んでいるつもりでいたが、水面に顔を出してみると、岸からほんの数メートル程度だった。

 そこで僕を待ち受けていたのは見えない弾丸や番人ではなく、人間の悲鳴だった。

「久遠さん、バス停の標識につかまって。ほらすぐ後ろにあるから!」

 先程までの白闇が消え、辺りは色彩を取り戻していたが代わりにそこにあったはずのバスだけを隠した。世界の反転。白闇に覆われていたものが現れ、逆に唯一色彩をもっていたバスだけが、裏側の世界へと入れ替わったかのよう。

「ほら、うしろ! バス停っ」

 溺れかけていた真愛はバス停をみつけてその浮きにしがみついた。

 僕は水面に浮かんだ自分のバッグを回収し、バス停の浮きにしがみついた真愛を岸まで誘導した。

「バスは? 番人は?」

 僕がそう聞くと、真愛はわからないとかぶりを振った。

 岸について真愛が手を離すと、バス停はひとりでに水面を進み元あった位置で停止した。道はその湖を二分するように敷かれていて、やっとバス一台が通れるような幅を維持しながら遠くの山にむかってのびている。バスの降車ドアがあったと思われるあたりだけ、道に向かってオーバーハングしていて、さらに道路側に返しがせり上がっている。白闇が消えていなければ、水面に落ちた人間は元いた位置にやみ雲に戻ろうとするだろう。それを阻むため、道路側にはねずみ返しならぬ人間返しがついている。泳げない真愛を僕が突き落とした場合を想定し、形成されたものだろう。想像していたことだが、やはり殺人を強要されていたわけだ。背中に這い上がってくる悪寒を、首を振って紛らわす。

 僕たちは湖の辺縁まで移動し、切り株に腰をおろした。日差しがあり風がそよいでいる。比較的暖かいのだが真愛は青白い顔で震えていた。あたりに人気はなく、長くのびた道の両端にはこれが回廊の中なのかと疑うほどの平原が広がる。

「寒いの?」

 と聞くと真愛は咳込みながら大丈夫です、と答えた。フットサルのユニホーム、と本人が例えた体操着のような服は、上下とも濡れて真愛の体に張り付いていた。すらっとした細身の印象だったが、サイズの合っていなかった服が体にフィットしてみると意外にも真愛は女性らしい体型をしていた。

 わずかに寄せる湖の水の音。時折虫の鳴き声がする。誰もいない。それなのにまるで落ち着かない。銃で殺されかけた恐怖感の残存か。それとも思わず口をついた「番人は?」という自身の言葉か。

 落ち着いて考えてみれば、彼女も僕だけが番人の存在をしっていながら黙っていたのかと、そう推測するかもしれない。そうなる前に全てを語って謝罪しなければならない。まず水を一口飲んで落ち着こう。そう思いペットボトルの水を口に含んだが、「すみません、震えが止まらないので服を脱いでも良いですか」という問いにすぐ吹き出した。

「あ、え、ちょっと待って。今火をつけるから」

 僕は大急ぎで乾いた木々を集め、重たい石で砕いたそれにマッチで火をつけた。サトリを購入した際のサービス特典品、濡れない火、と書かれたカード型のマッチ(いったいどんな時に使うんだよ、と思っていたもの)が序盤から役にたった。

「これで服を乾かすと良いよ。僕はしばらく反対をみているから」

 即席でつくった枝のハンガーを土にたてて僕は彼女に背を向けた。

「ありがとうございます本当に。あたたかいです」

 真愛の声はまだ震えているようだった。僕はバッグの中から同じくサトリを購入した際のサービス特典品、濡れない服(同じくどんな時に使うんだよ)と悪態ついた特殊加工のシャツとパンツを出した。濡れた状態でバッグから出したものの、僅かに傾けただけで水滴が滑り落ちた。

「これ良かったら、服が乾くまで着て」

 そういって背中越しに真愛にむかって差し出した。彼女はすぐに「ありがとうございます」と大袈裟な声を出した。

 やがて「星川さん、こちらを向いてもらっても大丈夫です」という小さい声がして振り向くと、濡れない服を来た真愛が恥ずかしそうに座っていた。見た目は普通のシャツとパンツ。しかし彼女が身につけると、どういうわけか扇情的。

「ありがとうございます。これ、とても温かいです」

 それは良かった、と言いながらも真愛の服から出た二の腕や太ももに目がいってしまう。ぬれた髪や唇も情欲をかき立てる。僕はそれらを見ないようにして、ペットボトルを彼女に差し出した。

「あの、一口頂いても」

「僕はまだ持っているから、それはあげるよ。僕のせいで久遠さんの荷物なくなってしまったわけだし」

 なるべく彼女を直視しないようにしてそう答える。

「そ、そんな。私がもたもたとしていたせいで、星川さんが撃たれるところだったわけですから。もし、星川さんがあの番人に撃たれていたら私どれほど後悔したか。でもまさか番人がいて、まさか発砲してくるなんて。わたしも慌ててバスを飛び降りたのですが、陸がないのも忘れて」

「そうだよね。いきなり銃を出してきたから驚いた」

 彼女の優しい言葉に便乗して、都合の良い嘘が口をつく。

 あなたは最下位に選ばれました、という選考は正しかった。こんな展開になってさえ思い知らされる。自身を覆う闇に反撃できない、そう評価された男の正当性をだ。

 うな垂れていると、火が消えかかっている事に気がつき新しい木の切れ端を焼べる。濡れていた服がいつのまにか乾いていた。

「改めまして久遠真愛です」

 そういって真愛は笑った。顔色が少し良くなっている。黙っていれば隙のない雰囲気の美人。だが反対に笑顔はあどけなさが残り、その人間性も見た目と反対にくだけている。

「こ、こちらこそ改めまして」

 そういうと目の前にメニュー画面が現れた。

『01時間09分05秒 id080100108・・・、クドオマイから共同チーム申請が出されました。承認される場合は下記の・・・』

 え、と思わず声をあげて彼女をみると、気不味いというふうな顔がそこにあった。

「あの、もしお嫌でなければ、その、わたしと」

 一度うつむいてから再び上げた彼女の顔はさらに困った表情をしていた。

「でも久遠さん、まだ僕のことを何もしらないのに」

「も、もちろん心細いから、という気持ちはあります。小心者ですし。でもそれだけではないです。こういう人とパートナーになりたい、とイメージしていた人なんです。星川さんが。あの、でもやっぱりお嫌ですか」

「あ、なんていうか、信用できるの? 僕のこと」

 素直に「嬉しいよ僕も心細かったから」、などと表現できるのなら男はつらいよ、シリーズ四十八回も続かない。

「はい、私に服をかしてくださいました。私が着替えるまでこちらを見ないでいてくれました。あの、それに見てください。三万スティアーポイントが入っています。星川さんとても強運な方だと思います。私には十分な理由です」

真愛に言われて腕輪を確認すると、確かに残ポイントが三万を超えていた。いきなり相当な難易度だったということだ、あのバスの車内が。それにポイントが振り込まれたということはバスを降りたことで、今が次の部屋へ移った、という確かな証拠でもある。ポイントは部屋を通過しない限り取得できない。

「操作がない場合、本パートナー申請は無効、として処理されます」

 目の前の画面に催促のメッセージが点滅したため、僕は慌てて承認バーをフリックする。

「あ、ありがとうございます! 何も取り柄はありませんがどうぞ宜しくお願いします」

 真愛は深く頭を下げてそういった。

「こ、こちらこそ」

 これは、殺伐とした回廊内で偶然出会った女性が心細さのあまりパートナー申請をしてきた、というだけのことだ。なるほどそうだろう、と自身に言い聞かせるものの、しかしいったいどうであろうこの手の汗と高揚感は。

 僕は照れていつもの挙動不審癖が出る前に、濡れている枝や切れ端を避け、乾いている枝を石で割って新しい薪をつくった。だがそれを火に焼べてしまうとやることがなくなり、わざと伸びをして周囲を見渡す。すると彼女も同じように伸びをした。

「広いところですね」

 遠くまで続く草原をみて真愛がそういった。晴れていても山のほうには雨雲があり、草の上に沢山の水滴が残っている。風が吹くたび水滴が、陽光を煌めかせる。

「通り雨のあとみたいだね」

 緑は安逸に揺れていた。草原をぬけてくる風は、なんともいえない舌触り。

「ちょっと煙草を吸ってきます」

 そういって立ち上がると、真愛はここで吸うよう僕を引き止めた。

「私慣れてますから大丈夫です。そこに座ったままでどうぞ」

 そう言われて僕は遠慮なく元の位置に腰を下ろした。 カバンにいれていたわかばは、パッケージをといてみると中身が少し濡れていた。例のマッチで火をつける。恐怖から解放された後の一服はまるで普段のそれとは違っていた。

(これでコーヒーがあればなあ)

 まだ生きている気になって自動販売機がないか周囲をみる。が、まあ、当然ない。

「これみても良いですか」

 パートナー承認後、消していなかった僕のメニュー画面の隣に真愛のものと思われる画面も浮かんでいた。

「パートナー同士だと一部の画面を共有できるみたいですね」

「ほんとだ」

「あ、はい。私のステータス表みますか。がっかりしないと約束してくれれば」

「へえ、そんなものもあるんだ。うん、約束します」

 僕がそういうと、真愛ははいと答えた。そういうものが数値化されているのだとしたら、彼女の提案は正しいと言えた。

 この回廊はその扉をあける人によって、その中身を変える。複数の人間チームで進む場合は、優れた部分を持つ人間に合わせて難易度が構築される。例えば知能が高い人間と、低い人間が手を組めば、回廊は高い知能に合わせた形で形成され、知能勝負となった場合活躍できるのはそれが高い人間だけ。その反対に能力が同程度の人間同士なら互いに知恵を出し合う場面が多くなる。

「たぶんその隣の、プライバシーという項目内の・・・。あ、はいそれです。そのタグをタッチしてみてください」

 真愛と二人手探りで操作していくと、やがて互いのステータスにいきついた。

 それは六十四項目の能力を折れ線と棒グラフによって表したものだった。すべての能力は具体的に数値化されており、なお且つ薄い色で表された同世代、同性別平均値との差異が一目でわかるようグラフ化されている。

「わあ、星川さんみてください。二人の相性エス判定ですよ!」

「エス判定?」

「はい。相性判定みたいです。それもエスは最高位みたいです。あ、それに星川さん運の項目がものすごく高いですね。私なんて見てくださいよ。運の表記ないんです。これってひどくないですか」

 この目の前にいる、東京ガールズコレクションランウェイ用にウォーキングのレッスンを受けていました。と言われても何ら違和感のない女性と最高位の相性判定だと言われても当然実感はわかない。それに僕の人生はこの表が表すほどに運が良かったように思えない。そもそも運が良いというのなら、今こんなところにはいないだろう。


 真愛のステータス表で優れているのは「記憶」だった。次いで「耐性」とこの二種が別格に高いが、それ以外はどれも平均以下で、「運」表記は測定不能と記載されグラフが存在せず数字の表記がなかった。

 僕のステータスは自分でも納得なほどにどの能力も平均値位以下だった。ただ「運」と「創造」と記された項目だけが他の倍以上高い。そして二人共に共通するのが「判断力」、「利発」の項目が低いことだった。

「僕はこんなに運が良かった覚えがないんだけど…」

 でもね、と真愛がいった。

「私のは当たってます。私ね。バカが付くくらい運が悪くて」

 言葉とは裏腹の明るい情調は、不運にも事故で死んでしまったとはいえ私の人生はつまらないものではなかったの、という意味を含むかのように。

「どういった事で運が悪かったの?」

「うーん。全般的に悪いんだけど…。まあ、強いて言うなら対人関係の運の悪さですかね」

「例えばどういう?」

 そう聞くと真愛は背筋を伸ばし、濡れない上着の裾を下に引っ張る動作をして語り出した。僕はあわてて下を向く。

◇◇◇


「それで、中学校に入ってやっとわかり始めたの。もしかして私、運がわるいのかな、って。小学校の頃はまわりでうまくいかない事が起きても、それが自分のせいだなんて気がつかずにいましたから」

 そのステータス表「記憶」のグラフが示す通り、彼女が話す昔の思い出は、どれも描写が細かくまた時系列が前後しない。僕は時折吹く肌触りの良い風に撫でられながらそれを聞いていた。

 中学時代、男子生徒の先輩と良く下校した。多くの生徒がバスで通学するなか、真愛とその先輩は一キロ離れた地下鉄の駅を利用していたためだった。

「おお久遠、一緒に帰ろうぜって良く声をかけられました。でも、ほんとにそれだけなんです。どこにも寄り道しないし、沢山お話しするわけでもないし。今日は暑いな。とか、髪切ったの? とかほんとにちょっと話しかけてもらうだけ。私はドキドキしていて自分から話しかけたりはできなかったんですけど。その人は私の学年にもファンの子が沢山いる先輩だったので」

 無言であったとしても真愛にとっては楽しみにしている時間だった。

「わたし女子生徒からいじめをうけていて。どうしてそうなるのかわからないのですが、クラス替えしても必ずスクールカーストが明確化されていって、中位くらいの子たちから嫌がらせを受けるようになってしまうんです。春先はいつも調子が良いんですけど、夏休み前後になるときまってターゲットにされて」

 そしてうまい具合に、いつもいじめが始まったあとで真愛とその先輩とが一緒に下校していることが判明する。その事実が表面化すると、いじめがエスカレートしてしまう。

「それでね。駄目押しに球技大会とか、体育祭とかでみんなの足を引っ張ってしまうの。それでまたエスカレートする、っていう繰り返し」

 給食の牛乳に白チョークの粉を混ぜられ、シチューのジャガイモにまざって角切りの石鹸。カレーライスの肉にホッチキス。

「わたしが食べてむせたり、吐き出したりすると、どっと笑いがおこるんです」

 椅子の背もたれに接着剤。机の中に液体が入ったコンドーム。

「あと机の裏にのどスプレーのジェル状がかかっていて、ちょっとずつちょっとずつスカートに落滴していて。さっき拭いたはずの場所に気がつくと同じようなベタベタがついていて。あれ? またついてる。ってなるんですよね」

 まるでお笑い番組の仕掛けを説明しているかのように、彼女の語り口は陽気で明るかった。その内容と反比例するように。

「体育の授業のあと、わたしの下着だけが無くなっていたこともあって。わたし仕方ないからタオルを胸に巻いて、その上からブラウス着たり」

 真愛はまるでそれらが自慢話であるかのようにさらりと笑った。快活な彼女の表情と語り口は、そんな暗い時代を帳消しにして余りあるその後があるかのようだった。そういう雰囲気が聞き手の僕を安心させていた。

「学校がかわっても、クラスや学年がかわっても、やっぱりなぜか失敗してしまうんです。なんかアンラッキーな事件に巻き込まれるの。それで良くて仲間はずれか、グループに入れない女。わるいといじめをうける女。なんていうか私の運はグラフでいうと、ゼロ以下? マイナスとかなんですかね」

 真愛のいたずらな笑顔に合わせて、僕も苦笑い。そして笑った後で真顔になった彼女と視線がぶつかる。

「?」

「・・・」

 彼女は一度うつむいてから、「後悔しましたか。わたしと? その」といって、恐いものでも見るような顔で僕の目を覗き込こんだ。

「そんなこと。僕だって一人でいるのは心細いよ」

 正直な気持ちだった。それに後悔というなら、一時でも彼女を突き落とそうと思っていた僕自身にだろう。

「ほんとう? ですか! 良かった。ありがとうございます」

「うん。こちらこそ」

 こうやってあまり深く考えずに回答してしまう部分を、改めてそれは今まで「君の運が良かったからだ」ろう、と指摘されればそういう事なのだろうか。

「それになんていうか、久遠さんの話し方。話す雰囲気とか。明るい感じが頼もしいし」

 これも正直な部分だった。話す時に時折下がる目尻や、律動的な語尾。形の良い唇を尖らせる仕草も魅力的だった。

「あ・・・。そんな風にいってくれると・・・、嬉しいです」

 真愛が下を向いた。

 

◇◇◇



 湖の辺縁部で、真愛の服を乾かしながら僕たちはおしゃべりをして過ごした。一時間くらいだろうか。精神を落ち着かせる意味では必要な径間だったかもしれない。

 草原が奏でる風の音が心地良い。この先にあるであろう現実から目を背けるため、とでも言うように互いに過去のことばかり話していた。

「星川さんのことも教えてほしい」

「僕の話なんて、おもしろくないから」

 とすぐに断った。事実だ。真愛のように華やかな人生を歩んできたであろう女性に、こんなに興味と津々を継手されて、いったいこの凡人ほしかわに何を話せと・・・。

「何でも良いですから、そうだな、例えばハンバーグよりメンチカツのほうが好きだった。とか何でも良いですから」

「あ、うん。メンチカツのほうが好きだった。僕のじいちゃんは変わっていて、メンチカツに味の素と醤油をかけるんだけど、僕もそれが好きだったんだ」

 真愛が切り出しやすい聞き方をしてくれたからだろうか。あるいは緑の匂いがそうさせてくれたのか。僕はメンチカツの話をきっかけにして、自分の事を話し始めた。

 誰か星川に鏡プレゼントしてあげて、といわれたエピソード。

 小学五年生の春。班ごとに分担して地域の地図作りを行うことになった僕らは、放課後に一つの家に集まって担当するエリアの地図を書き、それぞれが取材してきたスポット情報などをイラストと文字でうめていく作業をしていた。

 ある日班長の女生徒の家に集まった。僕の班は二人しかいない男子が一人風邪で休んだため、女子が三人。男子は僕のみの四人だった。

 地図ができるまでは夢中になっていたし、楽しかった。だがそれが完成してしまうとおやつと雑談の時間となった。どうしてそういう話になったのかは良く覚えていない。女子三人は「好きな子」がいるのかについて、僕にしつこく訪ねた。

「星川、もしかしたら両思いの可能性があるの。だから、ね? 思い切ってうちらに教えなって。誰にも言わないから」

 自分が好きな子が、僕を好きかもしれない。僕はその言葉に踊らされて四年生のころからずっと好きだった女の子の名前を告げた。

「うける。こいつ。本当にいったよ」

 そういって僕は笑われた。一人の子が、「誰かほしかわの家に鏡プレゼントしてあげて」と笑いながらいった。まだ人の容姿の差異などわからない子供が言ったことだ。今考えればその言葉にそこまで傷つく必要はなかった。

 だがこの時を起点として、女性に対する苦手意識は生涯拭い去れないものになっていく。

「こんな話、何が面白いの?」

 まるでムービースターの話を聞いているかのように目を輝かした真愛にそう訪ねた。

「とても面白いです。でも星川さんに鏡プレゼントしてあげて、とかひどいこと言った女の子。もしかしてすぐに笑いだしたのはその子だけではないですか? 両隣りの子達は真顔で」

 意外な質問に僕は思わず即答する。

「あ、そうだったかもしれない」

「だとすると、自分が傷つけられた報復でそんな酷い事を言ってしまったのかもしれませんね」

「傷つけられた?」

「推論ですが、その子が星川さんを好きだったからです。星川さんの好きなおやつが偶然出た、と言っていましたよね。偶然ではなかったとしたら」

 思いもよらない事を言われ、動揺したところへ追い討ちのように付け加えられた「星川さんモテるんだ」というコメントに顔があつくなる。もちろんしばらく沈黙。すると、

「ぜひ他にも何か聞かせてもらえないですか」

 と前傾姿勢で目をキラキラとさせる真愛。無防備になる胸元。始めて六本木のクラブへ行き、プロの女性の歓待を受ければきっとこんな風だろう、という程に乗せられて喋り出す星川。

「同僚と飲みにいったり、友達と遊びにいくのも嫌いではないんだけど。疲れるんだよね。少し。だから理由をつけてなるべく断るようにしてたんだ。じゃあ、休みの日に何していたのか、って聞かれると珈琲を丁寧にいれて朝刊を読んだり。図鑑カフェ・・・、マイナーであまり人気ないけどそこにいって、和歌の本見たり動物の本読んだり。あとは、食材

沢山買い込んで家で映画を見まくったり。動物が好きだったから一人水族館とか動物園。これが弁当持参するほど一日中いられるんだよね。あ、ね? 面白くないでしょう」

 得意げに僕がそういって真愛をみると、彼女は首を振りながら驚いた顔をしていた。その表情の理由はわからなかったが、その後もしばし時を忘れて、僕らは互いのことを語り合った。

◇◇◇

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