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8. 小箱

まだ暫く過去の話が続きます。

「あら、団長様、今日は」


ジリアンがシーツを替えようとブルースの病室のドアを開けると、珍しくブルースは見舞いに来たらしい騎士団長と病室にいた。

ブルースはベッドに坐り、窓に向いているので表情は見えない。

しかしブルースに向かい合うように椅子に坐っていた団長は、ジリアンが入ってきた時一瞬で表情を変えたものの、眉根を寄せてブルースを見上げていたのをジリアンは見てしまっていた。

何か、深刻な話をしていたようだ。


「お話中でしたら、あとで参ります」


そのまま踵を返そうとすると、後ろから声が追いかけてきた。


「いや、もう話は終わったのですよ。マルレーネさん、でしたっけ?」


振り返ると、椅子から立ち上がった美丈夫がにっこりとジリアンに笑いかけていた。


「本当によろしいのですか?」

「ジェレミーは帰るところなんだ。ジリアン、俺もこれから訓練室に行く」


ジェレミーと呼ばれた団長に聞いた応えが、ブルースから返ってきた。

そう云えば、ブルースは副団長だったとジリアンは想い出す。

副団長ともなれば、騎士団長を名前で呼ぶほど親しくてもおかしくはない。

ジリアンは、ブルースが急に別人のように遠くに感じた。


「ジリアン…?」


だが、ジリアンの意識はそう呟いたジェレミーに移った。

ジェレミーが驚いたようにブルースを見ている。

ジリアンはブルースとはお互いに名前で呼び合うようになっていたが、病院関係者の前では家名で呼ぶように気をつけていた。

ブルースにもそうするように頼んでいたのだが、あっさり名前で呼ばれてしまってじんわりと頬が熱くなっていくのが判る。


睨むようにジェレミーを見ているブルースとジリアンを交互に眺め、ジェレミーは破顔してブルースの肩をバシバシと叩いた。


「…そうか。そうなのか!」


うんうんと独り頷いたあと、うーんと顎に手を当てて考える仕草をする。

目線を上げてブルースを見ると、真顔になったジェレミーが云った。


「近々、退院の日も決まるだろうから、ちゃんとしろよ」

「云われなくても判っている」


不機嫌そうにブルースが応じ、そのままジェレミーは「こいつのこと、よろしく頼みます」と満面の笑顔でジリアンに声をかけ、病室を出て行った。

残ったブルースも一度ジリアンに向き合い、「あとで」と微笑みかけるとジェレミーのあとを追うように病室を出ていく。

リネン類を抱えているジリアンを見ているので、看護師の仕事の邪魔をしないように、という心遣いなのだろう。

言葉はなくとも、その気遣いが嬉しい。


あんなに美しい騎士団長さんに微笑みかけられても平気なのに、たった今出て行った騎士が自分に笑いかけるとあっという間に心臓が踊りだしてしまうなんてーーー


云うことを聞いてくれない心臓や体の反応に、ジリアンは溜息をついた。

退院が決まりそうだ、と云う団長の言葉が思い出される。

そう団長が口にした時、ぎゅう…と心臓を掴まれたように感じた。

覚悟していたはずなのに……。


ジリアンは考えを払うように頭を振って、まずは窓を開け、新鮮な空気を病室に取り入れる。

吹き込んでくる穏やかな風を胸一杯に吸い込み、ジリアンは病室を見回した。

ベッドの方で何かがキラリと輝いたのが目に入る。


「何…?」


考えるよりも体が動いて、光るものに近づいて行くと…。


(指輪…?)


ベッド脇の棚の上に小箱が乗っていた。

その蓋が開いていて、中には綺麗な蒼い石が嵌められている指輪が光っていた。


(何故、こんなところに…?)


指輪と気づいた時点でジリアンは歩みを止め、それ以上近付くのを躊躇った。

見てはいけないものを見た気がしたものの、蓋が開いたままではいかにも不用心で、どうしたものかと考えを巡らす。

と、病室のドアが勢いよく開いた。

軽く息を弾ませたブルースが部屋に入ってきて、目を見開いたジリアンと対峙した。

彼はジリアンの体の向いている方に首を巡らせ、指輪に視線を走らせる。


「何か光っていたので、ここまで近づいてしまいましたけど…触ってはおりません」


何より、ブルースに誤解されたくなくてジリアンはブルースに告げる。

息を深く吐いたブルースは、指輪の入った小箱に近づいて行った。

その背中を見つめ、ジリアンは唇を噛んだ。

こんな風に誤解を受けるとしたら不本意だ。

しかし、何とも間が悪かったことも事実だった。

状況を説明するようなジリアンの言葉には応えず、ブルースは小箱を取り上げると、じっと指輪を見つめ、それからジリアンに近づいて小箱ごと中の指輪を見せた。


「祖母の形見なんだ」


見上げると、口角が上がったブルースの、コバルトブルーの瞳が蕩けるように見返している。

その笑顔に一瞬見惚れ、ジリアンは煩い自分の心臓の音を持て余した。

頬が熱くなり、ジリアンは慌てて俯いた。


(と、ともかく、ブルース様には何も嫌な風に思われてはいないみたいだわ。

良かった…本当に。)


もう一度ブルースを見上げる勇気はなく、彼が見せてくれた指輪に視線を移す。

明るいサファイアだろうか。

美しい蒼い石が台座の上で煌めいていた。


「ブルース様の瞳に似て、本当に美しい指輪ですね」


蒼い石を見つめたまま、率直な感想がジリアンの口から溢れた。

そのまま吸い込まれるように指輪を見つめーーー

何の返答もないことを不思議に思って視線を上げると、片手で小箱を持ち、もう片方の手は顔の下を覆ったままブルースは横を向いている。

耳が赤くなっていた。

自分の発言を振り返り、あまりにも直接的な云い方をしてしまったことに気がついて、ジリアンは顔がボンッと赤くなるのを感じた。


「気に入ったのならいいんだ…」


顔を横に向け、手で顔を覆ったままブルースが呟く。

ジリアンは煩すぎる心臓の音がブルースに聞かれないか気が気ではなく、彼の呟きは彼女の耳には届かなかった。


「あ…あの、そんな大切な物を出しっ放しにして……不用心ですよ」


慣れない感覚は居心地が悪く、ジリアンはつい患者を叱るような口調になってしまう。

ブルースからは目を逸らし、唇をキュッと結ぶ。

赤くなった彼女の顔を見つめ、ブルースが蕩けるような笑みを浮かべたことにジリアンが気づくことはなかった。


「判っているさ」


そうして慈しむように指輪を見て、小箱の蓋をパタンと閉じた。


「私はこれで失礼いたします」


どこかへ仕舞うのだろうと察し、ジリアンはそう声をかけるとブルースを見ないようにして病室をあとにした。


お読みくださり、ありがとうございました。

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