4. 初日
よろしくお願いいたします。
看護師の制服は、どこの病院でもたいてい紺のワンピースに白のエプロンと決まっている。髪は結い上げるか、結んで一つにまとめているのが普通だ。
ジリアンはいつもしているように髪を器用に結い上げて、鏡をのぞき込んだ。
(よし、落ち着くわ、この格好。)
鏡の中の自分に微笑んでみる。
黒髪をきっちり結って、軽く口角をあげた菫色の瞳が自分を見返していた。
(それにしても、こんな贅沢な部屋…調子が狂うわ。)
鏡の後ろに映る部屋を振り返って眺め、眦を下げた。
ジリアンに用意された部屋は使用人用というよりは客室のように広く、中央には大きなベッドが据えられ、衣装ダンスや書物机、姿見まである。
部屋に全く見合わないほどしか荷物を持って来ていないジリアンには、溜息しか出てこない豪華さなのだ。
キャンデール家との家格の差を思い知らされる。
そんな思いを打ち消すように、ジリアンは顔を左右に振って背筋を伸ばした。
(関係ないわ。私は患者の看護に来たのだもの。)
◆◆◆
張り切って看護に臨んだものの、コンラッドは手間のかからない患者だった。
折れた利き腕の代わりに弟のブルースが書き物を一手に引き受け、二人は初めにジリアンが通された執務室で一日中書類と向き合っているようだ。
吊っている右腕を動かさないように、コンラッドは袖を落として右半分を切り開き、脱ぎ着しやすいようにしたシャツを身につけ、その上からガウンを羽織っている。
ジリアンが予想したように、骨折した肋骨のあたりは締め付けすぎない程度に固定されていた。
ジリアンの仕事といえば、吊っている右腕の状態を確かめ、肋骨の固定が緩んでいた場合は巻かれた布を締め直し、忘れないように薬の服用を促すことだけ。
個人付きの看護師はジリアンにとっては初めての経験なので、これが正しい仕事量なのか判断できないが、それにしてもやることが少なすぎる……。
「ジリアン、必要なことをする以外の時間は、ここに控えていなくても良い」
執務室に控えて二人の仕事を眺めるともなく眺めていると、そうコンラッドにあっさり云われ、ジリアンは拍子抜けした。
コンラッドの言葉に、自分がいると返って邪魔になるのかもしれないと思い、彼に断りを入れてジリアンが部屋を出ようとすると後ろから声がかかった。
「庭でも散歩してみるといい。興味があれば薬草園もあるぞ」
「薬草園があるのですか!?」
ジリアンは驚き、目を輝かせてコンラッドの方を振り返った。
コンラッドは書類から顔を上げて破顔した。
「ああ。レスリーが薬草に興味があってね。君なら妹より詳しいだろうから、良かったら色々と教えてやってくれ」
その二人のやり取りを、無言のままコバルトブルーの瞳が見つめている。
ジリアンはその瞳に気づかないふりをし、コンラッドにお辞儀をして部屋を下がった。
階下に降りてきたジリアンに、待っていたかのようにオーティスが声をかけてきた。
「お庭にいらっしゃるのでしたら、少々お待ちを」
「いえ、自分で探して参りますから…」
ジリアンがそう応えると、侍女の一人に何事かを申し付け、お嬢様も薬草園に行かれるのでご一緒に、と上手く云い包められてしまった。
レスリー=アンの準備ができるのを待つ間に、勧められるままにお茶をいただいていると、程なくしてレスリー=アンが薄紫の軽装のドレスを着て降りてきたのだった。
お茶を飲んでいる間に準備したらしい、軽食を詰めたバスケットも準備されている。
お読みくださり、有難うございました。