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23. その日

よろしくお願いします。


いよいよ佳き日です。

ウイローワックスに帰った途端、結婚式の準備の渦に巻き込まれ、ジリアンは目がまわるように忙しい日々を送ることになった。

陣頭指揮を取るエスター・キャンデールは、息子が連れてきた婚約者を一目見て気に入った。

ブルースが不在の間にコンラッドから大まかな経緯を聞き、笑わなくなった息子に笑顔を取り戻してくれた女性を気に入らないはずがない。

子爵令嬢ながら看護師をしていると聞いていたが、ジリアンの澄んだ美しい菫色の瞳と凛とした立ち姿も好ましく、また通常の貴族女性には感じられない地に足を付けた雰囲気に加えて気品を感じさせ、エスターも感心するほどだ。

自分を過度に主張せず、普段は何事にも落ち着いて対応するジリアンが、ブルースの言葉や態度にすぐ赤くなるのも可愛らしい。

なるほど、独立心旺盛な次男が夢中になるはずだ、とエスターはすぐに納得した。


ジリアンは看護師としても有能だが、物事を捌く能力にも長けていた。

エスターが結婚式の準備と称して、ジリアンを片時も離さずに結婚式の準備を進める間、ブルースは不本意ながら結婚後の休暇を取るために王都の参謀室に戻ることになり、暫くは別々に暮らすこととなった。


「母上、いくらジリアンが素晴らしくて可愛い女性だからと云って、俺の妻になることは忘れないでください」

「あら、ブルース、おかしなことを云うのね。貴方の妻になるのなら、わたくしの娘になるのだもの。貴方もそのことを忘れないで」


ピシャリという母親の言葉にブルースがあからさまな溜息を吐き出すと、やり取りを見守っていたレスリー=アンが取りなすようにブルースに言葉をかける。


「ブルースお兄さま、ジリアン様がお姉さまになるなんて夢のようですわ。安心なさって。わたくしも精一杯お手伝いさせていただきます」


母親も妹も、ジリアンが自分と結婚することに両手を上げて賛成してくれることは喜ばしい。

ジリアンの心配も杞憂に終わって、本人も安心することだろう。

だが結婚前に自分はウイローワックスを離れればならないというのに、母親と妹はジリアンにべったりなのだ。

面白くない。


王都へ出立だというのに眉根を寄せているブルースに、ジリアンは頬を染めながらブルースの手を両手で包んだ。


「お早いお帰りをお待ちしています」


空いている方の腕でぐっとジリアンを抱き込み、ブルースはジリアンの頭の天辺に唇を落とす。

ジリアンが真っ赤になることは判っているが、構うものか。


「最速で戻ってくる」

「…はい」


しかし王都に戻ってみると溜まっていた仕事は山積みで、さらに結婚休暇をもぎ取るためにブルースがウイローワックスに戻って来たのは結婚式の三日前だった。

エスターはある程度予想していたのだろう、ジリアン宛に頻繁に送られてくる手紙から事情を聞き、彼女は励ますようにジリアンに云った。


「どの道、結婚式までに殿方のできることなど限られているものよ。ギリギリまで働いて、しっかり休暇を取ってきて貰わなければ。ね?ジリアン」


ジリアンに微笑んで片目を瞑って見せる未来の義母に、ジリアンはほんのり頬を染めた。


◆◆◆


二人の結婚式当日は、素晴らしい晴天に恵まれた。

この日のために超特急で準備されたウエディング・ドレスは真っ白なシルクのタフタ生地で、輝くばかりの光沢に金糸で繊細で優美な刺繍が施されている。

歩く度に、流れるようなドレープが幾重にも生まれるようにデザインされているドレスを身に纏ったジリアンは、輝くばかりの美しさだった。

大粒の青い宝石が嵌め込まれたお揃いのネックレスとイヤリングは、ブルースから新たに贈られたものだ。

ジリアンを一目見たブルースは一瞬固まり、すぐに蕩けるような笑顔になった。

しかしその笑顔が少し翳り、ブルースの眉間に微かに皺が寄ったことにジリアンは気がついてしまった。


「…似合いませんか?」


心配になったジリアンが俯きがちに声をかけた。

旅行から帰って以降ジリアン付きの侍女となったターニャが、「女神様のようです!」とうっすら涙を浮かべて太鼓判を押してくれた花嫁姿だ。

鏡の中の自分もまるで別人のようだと思ったのだけれどーーー


ブルースは数歩でジリアンとの距離を詰め、その手を取って指先にそっと唇を押し当てた。


「あまりに美しくて息が止まるかと思った。女神のようなジルを自慢したい…が、こんなに魅力的な君は誰にも見せたくないな」


困ったように笑ったブルースに、ジリアンは真っ赤になってしまった。

そういうブルースも純白の騎士の礼装に身を包み、髪を後ろに撫でつけた姿はいつにも増して眩しいくらいの男振りだ。

白い騎士の礼装の胸には菫色のポケットチーフがのぞき、花婿と花嫁はしっかり互いの色を纏っている。

そのままジリアンを抱きしめそうになるブルースを、背後からの声が止めた。


「ダメですよ。せっかく整えた花嫁姿が崩れてしまうわ」


きっぱりと云い切る声に溜息を落とし、ブルースは足を止めて後ろを振り向いた。


「母上」


彼はエスターの後ろから近づいてくる人々に目を留め、目礼する。

ジリアンも気がつき、声を上げた。


「お父さま! お母さま!」


ジリアンと同じ黒髪の、頬髭を蓄えた穏やかな風貌の紳士と、艶やかな鳶色の髪にヘーゼルの瞳の美しい女性がにっこりとジリアンに向かって微笑みかけていた。

その後ろに控えているサミュエルは、ジリアンの瞳を捉えて頷いた。

ジリアンも満面の笑顔で兄に頷き返す。


王都に戻っている間に、ブルースはジリアンの両親に挨拶を済ませていた。

コンラッドから、結婚式に関する正式な書状はマルレーネの家にも届いていたが、ブルースも何度かマルレーネ家に足を運び、ジリアンの両親である子爵夫妻に詳しく話す機会を持った。

その際マルレーネ子爵ショーンは、仕事柄、急患が入れば娘の結婚式だとしても欠席せざるを得ない場合もあることを伝えていた。

幼少の頃から冠婚葬祭や式典などの際にも急患を優先させる、父の姿を見てきたジリアンは、自分が看護師として働くようになってからは、病院で医師長をしている父親の医道に向き合う姿勢をさらによく理解していた。

だからブルースからの手紙でそのことを知らされる前から、ジリアンは父親には参列してもらえないかも知れない…と、覚悟していたのだ。

それだけに、両親揃って姿を見せてくれたことを、ジリアンは心の底から喜んだ。


「あのおちびさんだったリアが、こんなに美しい花嫁になるとはな。幸せにおなり」

「お父さま…」

「輝いた顔を見せてちょうだい。ああ、可愛いリア、本当に良かったわ」

「お母さま…」


サミュエルは両親の後ろから笑顔で頷き、ブルースと視線で挨拶を交わしている。

涙が溢れそうになり、ジリアンは懸命に堪えた。

ここで泣いてしまったら、またお化粧のやり直しだ。

ぐっと息を整えて、みんなに向かいジリアンはにっこりと微笑んで見せた。

目の端に少しだけ涙が溜まってしまったが、それに気がついた者はいないだろう、たぶん。

いや、一人だけいた。


「やっぱり、このまま君を連れ去りたい…」


そっと指で彼女の涙を拭い、ブルースはジリアンにだけ聞こえる音量で呟いた。


お読みくださり、有難うございました。


このあと、もう一話投稿します。

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