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21. 四阿にて

よろしくお願いします。

翌朝早々に、ブルースはジリアンに求婚して受入れられたことを兄のキャンデール伯爵に報告した。


「ようやくだな」


話を聞いたコンラッドは開口一番そう云って、だが嬉しそうに弟に笑顔を向けた。


「カートには感謝しているよ」

「まあ、今回こき使った褒美だと思ってくれていい」

「ジリアンのことはいつから知っていたんだ?」

「一年半くらい前だな。お前が動くと思ったから、下調べはさせていた。だが、一向に動く気配がなかったから、老婆心ながら勝手に動くことにしたよ」

「俺は二年前に彼女を失ったと思っていたからな…」

「だが、きっかけさえ作れば、あとはお前次第だったろう?」


兄のコンラッドに二年前に何があったのかを話したのは、ついこの間のことだ。

詳しいことは判らないまでも、おおよそのことを予測して兄は動いてくれたのだった。

改めて兄の慧眼に感心と感謝をしつつ、ブルースはしみじみと云った。


「遠回りしたが、もう彼女は離さない」

「そうか。母上も喜ぶぞ」


コンラッドは穏やかに微笑い、弟の婚約を祝福した。


◆◆◆


その日の午後、薬草園近くの四阿で待っている、という知らせを受け取り、ジリアンは足早に四阿に向かった。

四阿の近くまで行くと、テーブルにはお茶の用意がされているのが見えた。

けれど召使いたちの姿はなく、ブルースは独り片肘をついて本を読んでいた。

ブルースの端正な顔は、普段は男らしく精悍な印象を与えるものの、視線が下に落ちていると雰囲気が変わり艶っぽく見える。

あまり見たことのないブルースの表情に心臓が跳ね上がり、ジリアンは足を止めた。

その間数秒ーーー


「どうした?」


本から顔を上げたブルースが、ジリアンに笑顔を向けた。

見ていたことが判ってしまっていたのかと、頬がじわじわと赤くなっていく。

ブルースの笑みが蕩けるようなものに変わった。


「俺は耳がいい。君が来ていることは気がついていたよ」

「私は……ブルース様に見惚れていました」

「…!」


ちゃんと言葉にすると決めたのだ。

恥ずかしいからと誤魔化さず、思ったことは伝えて行こうーーー

頬を染めたまま眦を下げて云うジリアンに、ブルースの瞳が大きく開かれる。

次の瞬間、ブルースは大きな手で顔の下半分を覆うと顔を横に向けた。耳が赤い。


「君がそんなことを云うとは…」


明らかに照れているブルースを、ジリアンは少し可愛らしく思ってしまう。

いつもブルースの言動に翻弄されるのは自分の方だと思っていたジリアンは、自分もブルースに少しは影響を与えられるようだと判って嬉しくなった。


「ふふ…ブルース様はいつでも素敵です」


ずっと前から伝えたいと思っていたことを口にするのは、思っていたより心地いい。

と…。

あっという間にブルースが四阿からジリアンに近づき、彼女を腕の中に閉じ込める。

大きく聞こえる鼓動はブルースのものなのか、自分のものなのかジリアンには判らなかった。

ジリアンが顔を上げようとすると、絶妙な力で抱き込められて彼女の顔はブルースの厚い胸板に押し付けられる。

やがて、溜息が上から落ちてきた。


「婚約期間は最短にしよう」

「…!」


ブルースは、彼女の頭に顎を乗せて呟いた。

しばらく彼女を抱きしめたあと、彼はジリアンの身体を離し、彼女の前で掌を広げる。

いつか見た、あの指輪が彼の掌の中で輝いていた。

大粒のコバルトブルーの石の周りには、繊細な百合の模様が石に絡みつくように施されている美しい指輪だ。


「君にもらって欲しい」

「でも、それはお祖母さまの形見だと…」

「だから、君に持っていて欲しいんだ」


そのままブルースは、ジリアンの左手の約束の指に指輪を滑らせた。

指輪はジリアンの細い指にぴったりとはまった。


「この指輪は、お前の大切な人にあげなさい、と祖母が俺にくれたものだ。だから、ぜひ君に持っていて欲しい」

「はい」


そう云って、ブルースは流れるような所作で指輪に口付けた。

言葉少なな婚約者の顔を見上げると、頬を赤く染めたジリアンは眦を下げて見返している。


「気に入らなかったか…?」


心配になってブルースが聞いた。

その言葉に、目を見開いたジリアンが大きく首を振る。


「とても…とても嬉しいです」


ジリアンの眦からすっと一筋涙が溢れ、ブルースに花のように微笑んだ。

彼女の涙を指で拭い、そのまま彼の指は彼女の頬を撫でていく。

顔を綻ばせたブルースと暫し見つめ合い、ジリアンは視線を指にはめられた指輪に落とした。


「ジリアン、この指輪を持っていて欲しいと思うのは俺の我儘だ。結婚の時には、君の好きなデザインの指輪を誂えよう」

「いえ…」


じっと指輪を見つめたまま、ジリアンはブルースからの提案に異を唱えた。

漸く指輪から顔をあげると、彼女は真っ直ぐにブルースを見つめる。


「この指輪以外はいりませんわ」

「本当に…?」

「はい。だって、ブルース様のお祖母さまに祝福していただいているのですもの。これ以上のものはありません」


そう云ってにっこりと笑ったジリアンを、ブルースは再び腕の中に閉じ込めた。


「やはり、結婚を早めよう。半年…いや、三ヶ月後なら…」


ブルースの腕に囲われながら、ジリアンはクスクス笑った。


「貴族としての決まりは致し方ありませんが、わたしはブルース様となら、いつでもどこへでも参ります」

「ジョサイアの病院は…?」


呟くような言葉にジリアンが見上げると、真剣な表情のブルースが見返してきた。

安心させるように、ジリアンは緩められたブルースの腕に手を置き笑顔で応える。


「ジョエル先生には、結婚するとお知らせして病院は辞めるつもりです。兄も手紙で口添えをしてくれると云っていますので」

「そうか。君がそう云ってくれるなら、俺もジョエル医師に会いに行こう」

「えっ、本当ですか…?」

「もちろんだ。ついでに、ロベルト医師にも二人で会いに行かないか」

「ええ、ぜひ!」


菫色の瞳を輝かせて喜ぶジリアンに、ブルースも目を細めて頷いた。

するとふと何か思いついたのか、ブルースは少し思案するように首を傾げて、視線を宙に彷徨わせた。

唇を引き結び、視線をジリアンに戻すと、少し躊躇いがちに口を開く。


「思ったのだが…。ジル…ジルと呼んでも?」

「えっ…ええ、もちろん」


ぶわりと、おさまっていた熱が、また首から熱が上がってくるのをジリアンは感じた。

今まで愛称で呼ばれるのは家族だけだったのだ。

そんな彼女を、ブルースは蕩けるような瞳で見つめた。


「もっと普通に話してくれ。君とは距離を置きたくないんだ。俺のことも“様”を付けずに呼んでくれると嬉しい」

「判り…判ったわ」

「呼んでみて、俺の名前」

「! …ブルース」


少し恥ずかしげに赤くなりながら、でもしっかりとブルースの瞳を見て名前を呼ぶジリアンに、ブルースは大きな手で顔の下半分を覆った。

自分が望んだことなのに、ただジリアンに名前を呼ばれただけで、こんなにも気持ちが昂るものだとは予想していなかった。

何という幸福感なんだ、本当に。


堪えきれないという風にジリアンを抱きしめ、ブルースはジリアンの耳元に囁いた。


「ジル、愛してるよ」


お読みくださり、有難うございました。


四阿にて、というサブタイトルなのに、実は四阿の近くの屋外で話が進行していくという……。(^^;

気が付かれた方、ご容赦ください。<(__)>

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