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15. 茶番の顛末

よろしくお願いいたします。

「おや…これは…」


弟の声がして、コンラッドは意識をそちらへ向けた。

マントルピースの前で、ブルースが何かを手に取っている。

カタリナは声もなく、目を見開いてブルースが手に持っているものを見つめていた。

パヴェル伯爵夫妻と客人のうちの何人かは、何事か起こったのかとマントルピースに注目し始めていた。


(どうして?どうしてなの?さっき、ちゃんとしまって鍵をかけておいたのに!)


こんなところに、これがあるはずがない。

カタリナの頭の中は真っ白になった。


コンラッドは、それが何かは見なくても判っていた。

アンナ、いや、リリアは守備よくやってくれたようだ。

祖父の代からキャンデール家に仕えるリリアの家は、時として影としても働いてくれる。

先日、弟に頼まれてパヴェル家に送り込んだリリアが、この短期間で命令通りにやり遂げたのは流石と云うべきだろう。あとで褒美をはずまなければ。


「どうしてこの指輪がここに?」

「いえ、そ、それは…」


ブルースの手には小箱が乗っており、蓋が開かれていた。

箱の中身に目をやったあと、ブルースはカタリナの瞳を冷たい目で見つめていた。

言葉に詰まり、カタリナは明らかに狼狽していた。目が泳いでいる。

話し声が途絶えた部屋に、ブルースの静かな声が響く。


「これは私が母方の祖母から譲り受けた指輪だ。以前に失くしたものと思っていたが…なぜここにあるのだ?」

「知らない!知らないわ!」


激しく首を振り叫ぶカタリナに、今や、部屋中の注目がこの二人に集まっていた。

ブルースはこれ以上ないほど冷たい眼差しをカタリナに向けたまま、カタリナの答えを待っている。


「あの…それが、何故ブルース様のお祖母様の指輪だと判るのでしょう?」


おずおずと、娘の窮地に助け舟を出すようにパヴェル伯爵が口を挟んだ。

その目は小箱の中の指輪に注がれ、驚いたように見開かれている。

どうやら父親は知らなかったらしい、とコンラッドは判断した。

浅はかな令嬢の思いつきの犯行だったようだ。

恐らく弟も同じ思いだったのだろう。

ふむ、と一瞬考えて、ブルースは小箱から指輪を取り出した。


「私の母には、エステバンの血が混ざっていることを知っているか?」

「エステバン…!」


小国ながら、力のある国として知られているエステバンの名前を聞いて、パヴェル伯爵は明らかに動揺した。

隣の大国を挟んだ向かい側にある国だが、キャンデール家はそのエステバンとも交易があると聞く。


「そう。母方の祖母はエステバンの姫君だったのだ。祖父と婚姻を結ぶ時に、王家の紋章でもある百合の使用を許された。それがこれだ。」


ブルースは小箱から指輪を持ち上げ、美しい青い石が付いている方をパヴェル伯爵に向けてその台座を指差した。

青い石を囲うように百合の花が絡み合っている。


「いや、でも…」


口ごもりながらも、パヴェル伯爵は必死に抵抗しようとした。

エステバン王家が絡んでいるとなれば、尚更このパヴェル家が不祥事に関わっているなどと思われる訳にはいかない。


「あら、懐かしいわ。わたくしもその場に居合わせましたわ。覚えているでしょう?」


いつの間にか、ダイアナ・ローウェル侯爵令嬢が近づいていて、ブルースが手にしている指輪を覗き込んだ。

何かが始まったのを察して、侯爵令嬢は大人しく坐っていられなかったのだ。

ブルースはそっと兄に視線を走らせ、兄が軽く頷くのを見てダイアナと目を合わせた。


「ああ、そうだったな」

「とてもロマンチックな謂れの指輪でしたわね。ルイーゼ様がブルース様にこの指輪を渡された時、レスリー=アン様と胸をときめかせてお話をお伺いしましたわ」


思いがけず現れた証人に、コンラッドは目を細めて口の端を上げた。

本来ならば、この辺りでコンラッドが会話に加わる予定だった。

だが、第三者のダイアナがその役を担ってくれるならそれに越したことはない。

本人は気がついていないかもしれないが、年若いにも関わらず、ダイアナの態度は常に毅然としていて周りを説得させる力と気品を備えている。

コンラッドは、以前にも似たような場面に遭遇したことを想い出して、成り行きを見守ることにした。


「確か、指輪の裏にイニシャルが彫ってあるのでしたわね?」


その当時を思い出して、少し考えるようにダイアナは云った。

ブルースに向かって、と云うより、自分の記憶と照らし合わせて独り言のように自分に問いかけたのだ。

歩み寄って指輪をブルースから受け取り、指輪の裏を目を眇めて調べていく。


「ほら、ここ。M.F. to L.E.とあるわ。マーティン・フェザーメインからルイーゼ・エステバンへ。ブルース様のお母さまは、フェザーメイン公爵令嬢でしたわね?」

「ああ」

「それでは、やはりこれはブルース様がルイーゼ様からいただいた指輪に間違いないわ」


ダイアナはブルースを見てにっこり微笑んだ。

今やダイアナは自分の役割を理解して、しっかりその役割を果たしていた。


「ブルース」


弟の名を呼んだ声に、部屋にいる一同が振り向く。

少し離れたところに佇んでいたキャンデール伯爵がマントルピースに近付くにつれ、側にいる者は道をあけるように脇によけていった。

ダイアナの隣に立ち、その華奢な指から指輪を受け取ると、コンラッドはじっくりとその指輪を眺めた。

祖母のルイーゼもブルースと同じコバルトブルーの瞳だった。

同じ瞳の色を持った弟をずい分可愛がっていたな、と想い出して、コンラッドの瞳が懐かしそうに細められた。

だが、冷静な顔に戻るとブルースに向き合った。


「これはお前が二年間探していたあの指輪に間違いないのか?」

「ああ、間違いない」

「何故ここにあるのかは不明だが…キャンデール家としても事を荒立てることは本意ではない」

「つまり?」

「この指輪が戻ってくれば、お前は満足なのだろう?」

「まあ、そうだが…」


弟の反応に頷き、コンラッドはパヴェル伯爵に向き直った。

穏やかな笑みを浮かべ、静かな口調で彼に話しかける。


「パヴェル伯爵、この指輪をわが家のものと認めて、持ち帰ることを許していただけるだろうか?」

「も、もちろんです。元より、見たこともない指輪ですから」


そう応えるパヴェル伯爵には、明らかな安堵の色が浮かんでいた。

どうやら場が丸く収まりそうだ。

しかしコンラッドの視線は、そのままブルースと向き合ったままのパヴェル伯爵令嬢であるカタリナに注がれる。


「パヴェル伯爵令嬢も、それでよろしいですね?」


父親に向けていた笑みは消え、コンラッドは冷たい表情でカタリナを見据えた。

見たこともないキャンデール伯爵の表情に、カタリナは縋るようにブルースに目を向ける。

しかし射殺さんばかりの視線のブルースに、カタリナの顔からは血の気が失われた。

小刻みに震えたまま、言葉もなくコクコクと頷く。

そんな娘の様子にパヴェル伯爵ははっと目を見開き、察したようにガックリと項垂れた。

丸く収まったように見えて、今の様子では明らかに娘のカタリナが何か関与していたと皆が思ったのは明らかだった。

これはあとで娘を問い糺さなければいけない。


キャンデール伯爵の落ち着いた声が、広い客間に響いた。


「皆様をご不快な思いにさせて申し訳ない。我々は退散いたします。お詫びの印に、キャンデール家からモリアナ産の茶葉を皆様へのお土産にご用意いたします」


ほうっ、という声があちこちから上がった。

モリアナ産の茶葉は最高級品として名高いものだ。

キャンデール伯爵兄弟が広間から立ち去ったあと、キャンデール家を褒める声がそこかしこから聞こえ、今起こった出来事の顛末に追いついていない者は周りの者に聞き直している。


「わたくしも失礼いたしますわ。パヴェル伯爵様、ご機嫌よう」


ダイアナは美しく膝を折り、パヴェル伯爵にそう挨拶して玄関に向かった。

玄関先では、キャンデール伯爵兄弟が従僕にあれこれと指示を出していた。

お土産に、と云ったモリアナ産の茶葉を用意させているのだろう。

玄関に姿を見せたダイアナにブルースはニヤリと笑い、コンラッドが近づいてきて腕を差し出した。

コンラッドの腕はかなり良くなり、きちんと身につけた黒いフロックコート姿は颯爽としていた。

ダイアナが見上げると、涼やかな空色の瞳が自分を見つめている。


「ダイアナ嬢、ぜひ送らせて欲しい」


コンラッドたちと二、三言話ができたら…と思ってはいたけれど、こんな風にコンラッドが申し出てくるなどダイアナは予想していなかった。

差し出された腕にはまだ触れず、彼女はすました笑顔を貼り付けた。

ブルースの方を見やり、出来るだけ平静な声で聞く。


「でも、ブルース様は…?」

「俺は少し残って、茶葉の支度を見届けてから帰る。その間に馬車を回させるよ」

「…という訳だ。いいだろう?」


片眉を上げて顔を覗き込むコンラッドに、ダイアナは頬が熱くなっていくのを感じた。

出された腕に軽く腕を絡めると、コンラッドはもう片方の手でダイアナの手をギュッと一瞬握る。

驚いてコンラッドを見上げると、甘やかに微笑む空色の瞳とぶつかった。

ドギマギして慌てて視線を下に落とすダイアナに、クスリと笑う声が上から降ってきた。


今までのコンラッドからは、想像できないほどの変わりようだ。

つい最近までは、レスリー=アンの友人の侯爵令嬢として礼儀正しく、または大人が子どもに接するようにしか感じられなかったのに。


(コンラッド様からすれば私はただの小娘にしか過ぎない、と思い知らされているようで、何度諦めようと思ったことかーーー)


それが、いきなり甘くなったコンラッドの雰囲気に、今度はドキドキし過ぎて自分が自分でなくなってしまうような気がする…。

キャンデール家の馬車へコンラッドにエスコートされながら、ダイアナはますます赤くなる頬を意識せずにはいられなかった。


お読みくださり、有難うございました。


ざまぁにもなっていないような、作者の力量ですみません。。。

ただ、ブルースはこのことにジリアンを巻き込みたくなかった、ということだけはご理解くださると嬉しいです。

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