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14. パヴェル伯爵令嬢

よろしくお願いいたします。

カタリナ・パヴェル伯爵令嬢は、可愛らしい顔を顰めて窓の外を見やった。

面白いことなんて、ここのところ何一つない。

もっと上手くいくと思ったのにーーー


そこへ断りの声と共に侍女のアンナが部屋へ入ってきた。

つい最近伯爵家に雇われたアンナは器用で、今までいた侍女の誰よりも美しく髪を結ってくれる。

服を選ぶ趣味もよく、カタリナはすぐにアンナを気に入って、父親に強請って自分付きの侍女にしてもらったのだ。


「お嬢さま、伯爵様がお呼びです」

「お父さまが?」

「はい。何でも、来週のお茶会のことでお話があるとか」

「何かしら…?すぐに聞いてみるわ」


パヴェル伯爵家では、時々近隣の貴族を招いてお茶会を開いていた。

パヴェル家の近くに住んでいる貴族はこぞって招待される、なかなか盛大なお茶会だ。

とはいえ、来週のお茶会もいつもと変わらないものだ。

一体何の話があるというのだろう…?


カタリナが執務室の扉をノックすると、父親のツヴァルト・パヴェル伯爵は喜色満面で娘が来るのを待っていた。


「カタリナ、喜べ!お茶会にキャンデール伯爵兄弟が来るぞ!」

「えっ、コンラッド様だけじゃなくて、ブルース様も?」

「そうだよ。このチャンスを逃さないようにせねばな」


パヴェル伯爵は揉み手をしながら、娘に話しかける。

キャンデール伯爵家は、王都の中心部にあるタウンハウスとは別に、自然の豊かな郊外にも大きな屋敷を持ち、その屋敷がパヴェル家の屋敷と隣接していた。

家が近いことに託けて、パヴェル伯爵は何とかキャンデール家と誼みを結びたいと様々な催しに招待しているが、時々お茶会に顔を出すキャンデール伯爵は、いつも何かしら理由をつけてすぐに帰ってしまう。

素っ気ないキャンデール伯爵コンラッドは致し方ないとして、娘のカタリナはもともと次男のブルースに熱を上げていた。

今度のお茶会には兄弟揃って招待を受ける、という知らせを受けて、パヴェル伯爵は小躍りした。

二年前に婚約の打診をした時にはやんわりと断られてしまったが、きちんと着飾った愛くるしい娘の姿を見たら今度こそ次男のブルースだってきっとーーー

パヴェル伯爵は、柔らかいピンクブロンドの髪を揺らし、同じ色の瞳を輝かせる娘を見てニンマリ笑った。



「アンナ!アンナ!大変だわ!ブルース様が来るの!」

「まぁまぁ、お嬢さま。落ち着いてください。ブルース様ってどなたですか?」

「ブルース・キャンデール様よ!今度のお茶会にいらっしゃるの。とびきりお洒落をしなくちゃ!」

「キャンデール…?キャンデールって、あのキャンデール家ですか?」


アンナは目を丸くして驚いている。

当たり前だ。

この国で暮らしていて、キャンデールの名を知らない者はいない。

キャンデール伯爵家といえば、首都近くの大海に面した港湾都市で海運業を展開して莫大な財を成している家だ。

爵位は伯爵ながら、その力は公爵をも上回ると噂され、語学が堪能な伯爵は、外交面でも王家から頼りにされていると云われているほどだ。


「そうよ!キャンデール伯爵様と弟のブルース様が、今度のうちのお茶会に来るのよ!」


カタリナは、自慢げにアンナにそう宣言した。

ふと思いついて、鍵の付いたドレッサーの引き出しを開け、小さな小箱を取り出す。

アンナから見えないように蓋を開け、中をうっとりと見つめた。


「とびきりいい知らせがあったから、今日は特別よ。アンナにも見せてあげる」


くるりとアンナの方に向き直り、にっこりと微笑んだカタリナは手の中の小箱の蓋をゆっくりと開けてアンナに見せた。

アンナは、さっきよりずっと目を大きく見開いて小箱の中身を見つめた。


◆◆◆


お茶会の当日は、パヴェル伯爵夫妻も令嬢のカタリナも朝からお茶会の準備に余念なく、この日のために用意した衣装に身を包んだ。

特にカタリナのドレスは気合いを入れて誂えられたもので、仕立てを急がせて縫い上げられたものだった。

濃い目のピンク色のドレスには金糸で美しい刺繍が施され、大きく開いた胸元の縁取りも金糸で、キラキラと輝いて胸を強調している。

ドレスの裾にはレースが幾重にも重ねられ、歩く度に美しいレースがのぞくように仕立てられていた。


「今度こそ、お父さまがブルース様と婚約を結んでくださるとおっしゃっていたわ。素敵!」


そう独り言を呟いて、ドレッサーから取り出した小箱を開け、カタリナは中をうっとりと眺める。

ゆっくり眺めたあと、パタンと蓋を閉じて、ドレッサーに戻し鍵をかけた。

鍵はドレッサーの上にあるオルゴールの中にしまう。

ほどなく、アンナが扉の前で声をかけ、入ってきた。


「お嬢様、今日はこちらのネックレスとイヤリングでいかがでしょう?」


滅多に身につけられないピンクサファイアのネックレスとイヤリングを見て、カタリナは上機嫌になった。

恐らく、アンナがお母様を説得してくれたのだわ。


「もちろんよ、アンナ。素敵だわ」


カタリナは、アンナに向かってにっこり微笑んだ。


◆◆◆


パヴェル家のお茶会は、開始時間は一応決まっているものの、招待客は三々五々集まり、好きな時間に帰ってよいという自由な形のものだった。

パヴェル家の者は正装で招待客を迎えるが、招待された方は正装でも砕けた服装でも良い。


いつもは近所付き合いの一環で、申し訳程度にしかお茶会に顔を出さないキャンデール伯爵だったが、この日のキャンデール伯爵兄弟はお茶会の開始早々に姿を現した。

しかも二人とも黒のフロックコート姿で主催の家に礼を尽くした装いとあって、パヴェル伯爵当主ツヴァルトは心の中でニンマリ笑い喜んだ。

この時を逃すまいと、早速キャンデール兄弟を出迎える。


「これはこれは。キャンデール伯爵様、ブルース様、ようこそお越しくださいました」

「お招きを有難うございます。今日は久しぶりに弟も一緒にお邪魔させていただきますよ」

「歓迎いたしますわ。お二人がいらっしゃると、途端に場が華やかになりますのよ。ねえ、あなた」


夫人がしなを作って、夫であるパヴェル伯爵に思わせぶりな笑みを送る。

キャンデール兄弟は軽く目を見合わせ、ブルースが二人に向かって口を開こうとした時ーーー


「ブルース様!まあ、本当にブルース様だわ!どうしましょう!」


兄弟の目の前に、ほんのり赤くなった頬を両手で包み、ピンク色の瞳を潤ませたカタリナが現れた。

娘の無作法に気がついたのだろう、父親のパヴェル伯爵は目を見開いで娘を見つめ、母親の夫人は扇の陰でヒュッと息を飲んだ。

ブルースに走り寄ろうとする娘に、パヴェル伯爵が声をかける。


「カタリナ」


声をかけられたカタリナは、何故呼び止めるのかと問うように父親を見た。

パヴェル伯爵が続ける前に、夫人がすかさず言葉をかけた。


「まずは、伯爵様にご挨拶を」


ああ、と気がついたように、カタリナはコンラッドに向かってドレスを摘んでお辞儀をする。


「伯爵様、ようこそいらっしゃいました」

「パヴェル伯爵令嬢もご機嫌麗しく」


口の端を僅かに上げて応える伯爵に、パヴェル伯爵夫妻はホッと息をついた。

だがそれも束の間、カタリナはブルースの腕に絡みつき、甘えたように声をかける。


「ブルース様ぁ、お茶をご一緒いたしましょう?こちらですわ。」


そのままブルースの腕を引くように、カタリナはボールルームにもなる広間の方へ歩いて行く。

顔は無表情なものの、嫌がる風でもなく娘に腕を引かれていくブルースに、これはひょっとしたら…とパヴェル伯爵夫妻の胸に期待の火が灯った。

一番後ろを歩いていくコンラッドからは表情が消え、気配を消したように静かに歩いていく。


お茶会のメイン会場の広間には、すでに何人かの客人がそれぞれテーブルに分かれて坐っていた。

その中に見知った姿を認め、コンラッドの口元が僅かに綻んだ。

その相手はまだコンラッドに気づいておらず、彼に背を向けたまま見事なブルネットの令嬢と話に興じている。

コンラッドは、自分に背を向けている美しく結われた赤い髪を優しい瞳で見つめながら、彼女の向かいに坐っている令嬢は誰だっただろうか、と思い出していた。

あのブルネットの娘は…ドノヴァン子爵令嬢だろう。


ようやく、カタリナ・パヴェル伯爵令嬢、登場しました。

次回、ブルースがお兄ちゃんにお願いした奪還作戦開始です。


お読みくださり、有難うございました。

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