1. 王都へ
新しいお話を書き始めました。
よろしくお願いいたします。
20話前後で完結の予定です。
ジリアンは馬車に揺られながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
兄から懇願されて、目的地へと向かっているところだ。
王都の大きな病院に勤める医師の兄なら、適任者はいくらでも見つかるだろうに。
ジリアンはそう思ったが、滅多に頼みごとなどしない兄からの頼みは断れない。
しばらくの間、個人付きの看護師をして欲しいと兄からの手紙を受け取ったジリアンは、勤務している病院の了解が得られるとすぐに兄に返事を出した。
兄から急ぎの知らせが届いた翌日の早朝、もう迎えの馬車が到着した。
先入観を持たせたくないから、患者のことは着いてから自分の目で確かめるように、という兄の言伝を訝しく思いつつも、ともかくジリアンは馬車に乗り込んだ。
もとより、看護のために行くのだから必要以上の荷物はいらない。
看護師の制服と幾つかの手回り品は、予めまとめておいたのだ。
兄が看ていた患者らしいから恐らく王都に向かうのだろう。
そして貴族に違いない…たぶん。
王都近くの郊外、馬車は黄昏時の柳の並木を進んでいく。
柳は揺れる葉先に魔を祓う力があると昔から信じられていて、国のあちこちに好んで植えられる木だ。
この並木の柳は一際大きい立派な木ばかりで、風に吹かれてさわさわとそよぐ柳の枝を見ていると、ジリアンは子どもの頃に母がよく歌ってくれた子守歌を思い出していた。
枝の先には風の妖精
羽を休めてまどろむ褥
柳よ、柳
優しく揺れて
安らかな夢を紡いでおくれ
魔を祓ってくれる柳の葉先には風の妖精がいて、安らかな眠りを届けてくれると親から子へ語り継がれるように歌われる子守唄だ。
少し速度を落として走る馬車の窓から揺れる柳を見上げながら、ジリアンは心が少し凪いでいくように感じられた。
慌ただしく出立したのが嘘のようだ。
馬車はそのまま柳の並木を進み、その先にある大きな門に吸い込まれていった。
門を過ぎても馬車の速度は落ちないまま、ジリアンは思った以上の敷地の広さと邸宅の大きさにたじろいでいた。
これだけ壮麗な邸宅に住むのは、よほどの貴族に違いない。
(できるものなら、このまま回れ右をして帰りたい…。)
経験したことのない状況に、ついそんな気持ちが湧き上がってしまう。
ジリアンがきっとそう思うだろうと見越した兄が、敢えて患者に関して口を噤んだのは正解だったのだろう。
引き受けてしまったのだから、今更それは叶わないこと。
漸く馬車が止まり、ジリアンは溜息をついて馬車のドアに手をかけた。
馬車から降りてドアベルを鳴らすと、初老の男性がにこやかな笑顔でジリアンを出迎えた。きっちりと黒い服を着込んで背筋を伸ばし、物腰の柔らかな男性は「当家の執事長でございます」と云った。名を、オーティスと云うらしい。
オーティスは荷物を玄関ホールに置くように云うと、先に立ってジリアンを二階へと案内していく。
重くがっしりした扉の前で声をかけると、オーティスは扉を開けてジリアンを中へ促した。
ジリアンが入ると、彼自身は入ることなく、中へ声をかけることもなく彼は静かに扉を閉めた。
今夜中にもう一話投稿します。