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 清々しい気分であった。まるで世界の真理に一人、辿り着いたかのような万能感さえあり、決して他人とは共有できない異常な感覚に基づく貴賤意識は、やはりというべきか比類ない。皮肉めいた笑みが板につき、見下すような視線は同級生や友人、はたまた家族にまで及び、不適な賢しら顔と鏡の前で何度も鉢合わせた。軋轢を事前に認知して、齷齪と冷や汗をかくような殊勝な心掛けはすっかり欠落した。知らぬ間に失った初々しさの源とは、無知からくる慌てっぷりだと今は理解できる。


「駅構内でのスマートフォンを操作しながらの歩行はお止めください」


 公共機関と定義される場所で求められる身に付けるべき最低限の振る舞いとは、義務教育を習業せずとも右に倣えば獲得でき、難しく考える必要はない。だがしかし、皆一様に手元のスマートフォンから目を離さず、注意喚起の為に流れる自動音声アナウンスは空虚な響きとなって社会人や学生の耳を通り抜けていく。


 “臭い”は俺にとって悪風そのものであり、駅構内でそれを嗅げば、死にまつわるものに姿を変え、普段のように何食わぬ顔でいることは土台無理であった。とはいえ、社会人や学生がそれぞれの持ち場に向かう為に密集した空間で、“臭い”の根源を見つけるにはそれこそ、嗅覚の鋭い犬まがいに地面を這って一人ずつ確認していく必要があった。そのような醜態を晒してまで探し出す利益は俺にあるのか?


 人を導き助ける求道者のような篤実さなど、誰に問われるまでもなく持ち合わせていない。ならば、ぜひに足止めを食らおうではないか。社会人一行には申し訳ないが、俺は静観させてもらう。そんな気分でいたのだ。しかし何故かな。俺は見つけてしまう。“臭い”の根源を。


「?!」


 男女の差異や年齢、何から何まで不詳のまま突飛に腕を掴んでいた。無自覚に取った行動は、自分でさえ驚くばかりだ。ならば、腕を掴まれた人間の肝の冷やし方は、恐らく比にならない。俺はその振り向いた顔で漸く、“彼女”の性別が女であることを理解した。密集した空間で起きがちな痴漢の存在に目を丸くしたというよりも、覚悟を決めた人間が、全くもって予期しない邪魔立てに遭ったことへの驚きが目の前にあり、俺は取り急ぎ言葉を紡いだ。


「君が助けて欲しそうにしてたから」


 社会という地盤に勁草の根を下ろした人々の沈鬱とした面差しが雁首揃えて並ぶ中、この場に即さない、煌びやかな雰囲気が醸成されていく。俺と彼女との出会いはこんな始まりであった。偶さか登校時間が一緒で、乗る電車も同じだった。「運命」なんてコ綺麗な言葉で装飾するよりも、「恋」について言及した方が手っ取り早い。男女という形式に囚われた俺の初恋は、既の所で腕を伸ばしたことで成就したのだから。

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