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 有形であれば誰しもその上に立ち、名札代わりに個人の輪郭を写し取る。揺り籠から墓場まで付き合うハメになる“影”という存在は、人生の教訓をよく学び、そして苦楽を共にする相方だ。その為、“影”は土着的な臭いを放ち、個人を区別するのに全くもって無理がない。俺がそのことに気付いたのは、過去に通っていた幼稚園の園長が犯した所業からだ。


「臭いんだ」


 子どもの口は、驚くほど忌憚ない。相手の顔色などまるで顧みず、ひたすら頭に思い浮かんだ言葉を吐きがちだ。母親から、口を抑えられて尚、にべもなく同じことを発すれば、ゲンコツを貰って涙した。たしかに、他人の“におい”について注進するのは、あまりに無粋で一触即発の軋轢を生みかねない危険なことである。


 それでも園長が固有に持つ臭いに耐えきれず、すれ違った際は鼻を摘んでやり過ごしていたのを未だに覚えている。当然ながら、俺の振る舞いは睥睨を貰うだけの非礼に見合い、園長にとって殊更、嫌な子どもの一人として記憶していただろう。俺も、園長の“臭い”は今し方になっても鮮明に思い出すことができる。互いを忌み嫌う原因が横たわり、いつどのようにして火花を放つのか時間の問題であったと、過去を振り返れば断言できた。小学生に上がった頃、母親からとある話を聞かされた。


「あそこの幼稚園の園長さん、覚えてる? あの園長さん捕まったんだって」


 街角でするような如何わしい四方山話を母親の口より聞かされたが、とりわけ驚きもなかった。それは、“捕まる”という言葉の意味を正確に理解していなかったことも大いにあったが、とりとめもなく檻を想像し、その中に身を投じる人間の姿を朧げに考えたものだ。


「どうして捕まったの?」


 直裁に尋ねれば、母親は言葉を濁した。


「悪いことしたから。貴方も悪いことをしたら、園長さんと同じ所に行かされちゃうのよ」


 子どもながらに、園長と同じ空間に行く恐怖を切実に感じ、一丁前に恐怖したものだ。それから数年後、同じ幼稚園に通っていた幼馴染みから、上記の話を出し抜けに聞かされた。


「そういえばさ、ワタシ達が通ってた幼稚園の園長ってさ、どうして逮捕されたんだっけ?」


 幼馴染みの疑問は、奥深くに眠っていた記憶を喚起し、俺の興味を誘った。懐に隠していた携帯電話を教室の中で取り出すと、慌てるようにしてインターネットの力を借りる。


「徒土町 事件 幼稚園」


 このように打ち込むだけで、即座に俺の疑問に対する答えを用意し、母親が言葉を詰まらせた事件の概要を俺は音読し始める。

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