表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

遅くなりすいません。

楽しんでくだされば嬉しいです。

「あなたのような、大人しそうな令嬢の仮面を被った残酷な女も、この世に存在すると知ったという意味では、すごく勉強になった。あなたが望むなら金でも、男でも、なんでもくれてやろう。だからアマリリスには決して手を出さないでくれ」


 ――彼女はあなたとは違い、身分という盾が無い、平民生まれの女人なんだ。


 世の穢れを集めたおぞましい者を見るかの如く、私を見ていた陛下が、未だに脳裏にこびり付いては離れぬ。

 研ぎ澄まされ即効性の猛毒が滴り落ちる刃に、射貫かれる痛みは想像を絶するもの。

 それでも消えぬ私の想いは、いっそ呪いのように禍々しく、気高い愛情などとは口が裂けても言えない。

 また、それが己の首をじわじわと絞め、終幕が見えない愁痛をもたらすものなのだから、これを滑稽と言わずして何を滑稽と言うのか。


 今宵も陛下はアマリリスさまの宮へ……そう聞く度に、私の心は張り裂ける。


 後悔に胸を焼き、これが至極当然のことであると理性では分かっていても、陛下(愛する人)を求めてしまう。女としてのどうにもならぬ本能に、私は何度身悶えすれば良いのか。


 きっと、答えを持つ者などはいないだろう。





 そんなことを、うじうじねっちねっちいつも通り考えていた私は、今日の1日の動きを読み上げていたビビが一瞬、何を言ったのか分からなかった。

 読み上げていたビビ自身も目を丸くしており、側で控えていた侍女たちは驚きからか、普通なら絶対にしないであろう失態……化粧道具を床に落としていた。


 からん、という軽やかな音が、広い室内に無遠慮に響く。


「……陛下と、夕餉を共に?」

「は、はい。そのようになっております。陛下が皇后宮へいらっしゃり、オリビアさまと夕食を共になさると」

「……ビビ、よく見て。もしかしたら、アマリリスさまと共にとか……他国の使節団がいらしたとか、そういう記載や注釈があるかもしれないよ」

「いいえ、ございません」


 ビビのはっきりとしたその言葉に、再び水を打ったような静けさが広がる。

 小鳥のぴちちという無邪気な鳴き声、鼓膜を緩く揺らす。


「では、陛下がお1人で……?」


 ビビが神妙な、それでいてどこか嬉しそうな面持ちで頷く。


「……信じられないわ」


 狂喜、驚愕、困惑が混じった声は思っていたよりも上ずり、乾いている。

 そんなことも気にならないほどに、私は心底驚いていた。


 ずっと、ずっと。生きるために、空気を求めるように。渇きを満たすために、水を渇望するように。

 陛下の訪れを、ひたすら待っていた。


(やっと、苦汁を嘗める日々から解放されるの……?)


 私は逸る思いを必死に押し留める。駄目よ、徒な期待は猛毒と化すこともある。私を赦してくださったと解釈するのは、早いわ。

 そもそも、陛下が徹底しておられるせいで、お仕事を一緒にする機会も滅多にないもの。私を、無邪気な笑顔で他人を不幸にすることが趣味な狂人……そう思われているきらいがある陛下が、いきなり意見を替えることなんて、あるはずがない。

 蛇蝎の如く嫌悪している后の元へ足を運び、夕餉まで共になさると言うぐらいなのだから、何か別の理由があると考えるのが、妥当。


 未だ哀しく咲いている花を、手折ってくださるわけがない――。


 暗澹たる気持ちがむわっと心を占め始め、私はそれを追い出そうと両手で頬を叩いた。

 じんとした痛みが、これが現であると如実に表し、私の口角が自然と上がる。


 どのような思惑をお持ちになって、陛下が私の宮へいらっしゃるのか皆目見当付かぬ。そもそも、聡明な皇帝陛下の思考回路が、愚鈍な私に分かるわけがないのだが。

 だが、これが陛下との粉々な夫婦関係を、修復する一端になるやもしれない。


 ビビたちに然るべき指示をしながら、そうなるように、私はひたすら願った。





 ――どうして叶う夢だと、驕っていたのだろうか……。




 ・・




「帝国の太陽にご挨拶を申し上げます。お疲れのところ皇后宮へご足労いただき、ありがとうございます」


 夕方。

 日が傾き始めたおかげか暑さが半減し、それによって虫が活発に会話をしている中、陛下は数多の護衛を引き連れやってきた。

 私は興奮を隠しながら深く頭を下げて、繊細な模様が成されているレースが綺麗な衣装を広げ、優雅に出迎えた。


 陛下の瞳になぞらえた琥珀色の耳飾りが、ちりんと視界に入り、私はそれを見て己を奮い立たせる。

 生まれたての小鹿のように、震える手足。立っているのもやっとで、どこまでも臆病な己に嫌気がさす。

 緊張と、不安と、僅かだがしっかりと刻まれている恐怖が邪魔をするのだ。


 陛下が来てくださって嬉しい。それは紛れもない、私の気持ち。

 今日の私の恰好はそれを裏付けるもので、陛下の瞳の色の装飾品、同じ髪色である澄んだ灰色の夜会用衣装(ナイトドレス)を着て、皇后であることを証明する冠を頭に乗せている。


 ……言外に、私という存在は全て、あなた色に染まっておりますと言っているようなもの。


 アマリリスさまがいらっしゃるのに、言外にあなた色に染まっていますなど、変態女みたいにならないかしら……。

 いえ、陛下は確かにアマリリスさまの恋人であり、旦那さまであるけれど。

 同時に私の旦那さまでもあるのだから、良いはず。


 そう思い少し……否、かなり迷ったが。

 どうか私も見てほしい、アマリリスさまの箸休めで構わない、私に少しだけでもお情けをかけてくだされば……。


 どこまでも傲慢な私は、そう願ってしまったのである。


「いや、こちらこそ断りもなくすまない。急なことで驚かせただろう」

「構いませんわ。いつだって、お暇があれば来てくだされば……」

「皇后。私はそのような話をしに来たわけではないのだが…」


 戸惑いを帯びた声色とは違い、きんと冷えた琥珀の瞳には、冷淡な波が靡いている。

 一瞬で緊張やら、不安やらが消え去り、意識せず天狗になっていた自身への羞恥が私を襲う。


 なんと浅ましいことか。1度でもこうしてお顔を出してくださるだけでも、光栄だと言うのに、出しゃばるなんて。

 これだから私はいけないのだ……失敗を、こうして繰り返す。


 私は人知れず拳をぎゅっと握る。鋭い痛みが、私を冷静にさせた。


「失言いたしました。どうか、ご寛大な御心でお許しくださいませ」


 私は丁重に頭を下げ、皇后の微笑を張り付ける。


「どうぞ、お部屋にお入りくださいませ。お食事はもう、できておりますわ」







 旬の野菜を使った季節の料理は、本来なら舌鼓を打つほど美味だろうに、緊張のあまり味がしなかった。

 陛下は黙々と召し上がっておられ、特に会話をなさろうとしない。

 かくいう私は早々に本題を切り出されると思っていたので、今か今かと待ち構えており、肩透かしを食らった気分。

 それでぐったりしてしまったのは、仕方ない。


「皇后の仕事ぶりは聞いている。若き后にしては、素晴らしい政治手腕だと」

「……………………お褒めに預かり光栄にございます」


 こんがりと焼けた焼き菓子を、少し苦味のある珈琲で食べていた時、陛下は前置きもなく私を褒めた。


 一瞬、理解ができなかった。

 私を、褒めた……?


 陛下が………?


 焼き菓子を食べ終えたら、食事も終わってしまうけれど、陛下は私とただただ食事をするためにいらしただけ…?

 もしや、アマリリスさまと喧嘩でも??それとも、アマリリスさまに「皇后のところへも、行って差し上げなければあまりに可哀想ですわ」とでもせっつかれたのかしら??

 有り得るお話。けれど、それで素直に憎き相手と夕食を共にするなんて、考えにくいわ。だって、私が陛下のお立場なら……愛する人を不安にさせる要素なんて、なるべく作りたくないもの……。


 そんなことをぐるぐると考えていたので、咄嗟のお返事がありふれている言葉。

 男女の駆け引きとやらに、私は絶対に向いてないと自負していたが……やはり向いていないなと、私は喜びと驚きの狭間で嘆く。


「妃教育の時間はかなり短かっただろうに、気難しい大臣に賞賛の言葉を言われるなんて、あなたは皇后に向いているらしい」

「そんなこと!ただ、国のためをと思い……」

「そうか。私はあなたを誤解していたようだ」


 幾分柔らかい口調で、ふんわり撫でられるように言われ、私は思わず蕩けるような甘い声で問う。


「誤解?何をです?」

「いや、誤解と言うほどでもないか…?だとしても、私の行いはいただけなかった。アマリリスに、あの後凄まじい勢いで叱られたよ。私も頭では分かっていた、アマリリスが私の唯一の妃になることは無いと。アマリリスを妃として迎えるためには、正室の椅子を埋めておく必要があると。だが、整理がつかず、何の壁もなく皇后になったあなたを罵った。今思えばかなり酷いことをした、本当にすまない。どうか許してほしい」

「陛下!?そんな、頭を上げてくださいませっ」


 頭を下げる陛下に、私は慌てて頭を上げるように頼むも、霧がかかる脳内の奥底が警鐘を鳴らす。


 物事が、良くない方向に向かっていると――。

 どこかで然るべきところにあった紐が、強引に切られてしまったような、そんな気がした。


「あなたは何も知らない、言い方は悪いけれど……政治の道具になっただけだったというのに、私は勝手に誤解して……なんと詫びれば良いのか……」

「政治の、道具?」


 思わずか細い声で聞き返す。顔に張り付けていた笑みに、亀裂(ヒビ)が入った。

 政治の道具。政治の、道具?誰が?


 この、私が?


 どこで、そんな誤解が生まれたのか。くらりと眩暈がし、驚きのあまり意識がふわっと逃げ出そうとする。

 私を溺愛する家族は、決してそのようなことはしない。これは捻くれた思考を時々爆発させる私でさえ、自信を持って言えること。

 今も自業自得とは言えど、陛下に蔑ろにされている私を案じ、何かと世話を焼いてくれている。冷遇されているのにも関わらず、政治的な面で活躍できるのも、皇后宮で皇后として振舞えるのも、家族のおかげと言っても過言ではない。


 だというのに、政治の道具など。

 どうしてそのようなことに。


 陛下は私の混乱を他所に、残酷なことを優しく編むようにして空気を震わせた。


「私は勝手に、あなたの独断で皇后になったのだと思っていた。あなたが……私を好ましく思っていたからだと、勝手に判断していたんだ。公爵が、末っ子公女をそれは鍾愛しているというのは、有名だったから、その先入観ゆえだろう」

「へ、いか……」

「本当にすまない。そんなわけがないのに、己の愚かさがあなたを傷つけた。都合が良い話だが……これからは、良き仕事仲間として国を支えていってほしい」



 ――遠くで、静かな音を立てて何かが崩れた音がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「打倒」は「妥当」の間違いでは。 誤字受け付けがないため、こちらに書かせていただきました。
[気になる点] 誤字報告です。 『蛇蝎の如く嫌悪している后の元へ足を運び、夕餉まで共になさると言うぐらいなのだから、何か別の理由があると考えるのが、【打倒】。』 →→【妥当】 [一言] 続きが気にな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ