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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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(小咄)お買い物に行こう

新年明けましておめでとうございます。

折角のお正月なので、本当なら第四話の前に入れておきたかった小咄をここでいれてみました。

なくても全然問題ないんですけど、お正月投稿として軽めの話を投稿してみたくて書いてみました。

内容はお正月まったく関係ありません(笑)

※私も忘れがちですが、ストーリーの中では季節は夏——もしくは秋の初め頃となっています。




「買い物に行きましょう!」


 アーシェ達がシグレン家にやってきて三日目の昼下がり、リタはアーシェ達の部屋に突撃して笑顔で提案した。

 二人の部屋の真ん中にあるテーブルでは、アーシェが書き物を、サラが手芸をしているところだった。

 突然のリタの提案に、二人がきょとんとリタを見つめ返す。


「買い物……ですか?」

「ええ。二人の部屋のカーテンや小物は前に住んでいた家のものでしょう?それももちろん素敵だけど、何か新しい物も取り入れましょう!それに、二人とも何か必要な物はない?」

「それは……」

「欲しい物はある、かな」


 顔を見合わせながら呟く二人は今日も可愛い。

 今日はサラのお許しを得たので、アーシェの髪はリタが結った。編み込んでアップにしてお花の髪飾りをつけている。そしてサラもサイドをアップしてアーシェとお揃いの小振りの髪飾りをつけた。

 服装はアーシェが膝丈のフレアスカートで、サラはキュートなショートパンツ姿だ。


 二人とも可愛い。


 折角二人を飾れたので、一緒に買い物に行きたいと朝から狙っていたのだ。


「私達もお買い物には行きたいと思っていますが、その、今使える現金があるかどうか」

「当時のお金なら少しはあるけど」


 二人の躊躇う様子に、ああ、とリタも納得した。

 確かにそうだ。彼女達が現在持っているお金は二百年前のもの。今も使えるとは限らない。

 だがここでリタが出す、と言っても二人は納得しないだろう。


「リンデス王国の件で報酬が出ている筈でしょう? どうなっているかモーリー夫人に尋ねてみるわ。そこが問題なければ買い物に行ける?」

「はい。私達が使って問題ないお金があれば、ぜひ行きたいです」

「ウサちゃんに渡すお礼の準備を買いたいの」

「わかったわ!すぐに確認してくるから、二人は外出の準備をしていて!」


 言い置いて、リタはすぐさまモーリー夫人の元に突撃した。



 * * *



 皇都の大通りには、貴族向けから庶民向けまで幅広いお店が揃っている。

 大通りの皇城に近い方の通りには貴族向けが、城から離れてかつ横道に入ると庶民向けの店が増えてくる。

 大通りを歩くアーシェとサラは、記憶と大きく変わらない通りに安心したようだったが、それでも立ち並ぶ店が大きく入れ替わっていたようで、歩みを進めて行くうちに、どこかがっかりとした雰囲気が漂いだした。


「それでもお店は色々変わっちゃったね」

「……二百年経ってたら仕方ないのかな……」


 アーシェがレターセットを購入していたお気に入りの文具店がなくなっていたようで、先程から元気がない。

 こればかりは仕方がないので、リタとしても「新しいお店を見つけましょう」としか元気づけられない。 


「アーシェが気に入っていたお店ってドラー文具店かしら?」


 三人ではまだこの街に不慣れな点が多いため、付いてきてくれたモーリー夫人が、小首を傾げながら尋ねた。


「はい、そうです。六番街の先程の角を曲がった所にあったんですけど……」


 この大通りは、一番街が皇城に近く二、三番街と数字が大きくなるにつれ離れていく。六番街であれば、頑張れば庶民でも手の届く範囲の商品が置いているという。


「筆記具メーカーのデュラード社のお店が、六番街の通りに面したところにあるのだけれど、その前身がドラー文具店じゃなかったかしら」

「本当ですか!?」


 頬に手をあてながらおっとりと告げられたモーリー夫人の言葉に、アーシェが嬉しそうに問い返す。


「ええ。レターセットや万年筆、ノートなど筆記関係の商品を取り扱っているわ」

「じゃあまずそこに行こう、お姉ちゃん!」

「え、でも……」


 話を聞いてそわそわとしながらも、自分の興味を優先させることを遠慮するアーシェに、リタは満面の笑みで背中を叩いた。


「いいじゃないの! 気になるお店は先に行くべきよ。どのみち私達の用事は十番街に近いわ。まず六番街で用事を済ませてから行く方が効率的よ!」

「そうだよ! お店が決まってるなら先にそっちに行こう!」


 リタとサラに背中を押される形になって、アーシェも嬉しそうに頷き、一行はモーリー夫人の案内で六番街を皇城方向へ進んでいった。

 辿り着いたお店のロゴマークを見て、アーシェは瞳をきらきらと輝かせる。


「あ!このマーク!」


 サラの声に、こくこくと嬉しそうにアーシェが頷き、いそいそとサラと共に店内に足を踏み入れた。


「普段はキリッとした表情のアーシェが、年相応にはしゃいでいて可愛いわ」

「ほほほ。本当に好きなのね」


 リタも嬉しそうな笑みを浮かべて二人の後に続くのにやや遅れてモーリー夫人も後に続く。


「あった!」


 アーシェ達がいたのは、レターセットが並んでいる区画だ。

 リタもアーシェが手にしたレターセットを覗き込む。

 シンプルな用紙にはうっすらと大きな花を象った地紋と罫線、そして上部に地紋と同じ花のマークがカラーで刻印された上品なデザインだ。

 これは柄違いで十種類ほどあるようだ。

 アーシェはこのシリーズのセットを五種類と、封蝋用の蝋を買い求めた。


 お手紙好きだと聞いてはいたけど……中々本格的なのね。


 ルイーシャリア王女にも物怖じせずに送れるぐらいだ。貴族への手紙の出し方などをちゃんと心得ているのだろう。


「私もアーシェと文通できるかしら」

「リタさんは一緒に住んでるじゃないですか」

「そういえばトレやサンク、シェラ達とお姉ちゃんで交換日記を始めたんだよね」

「なにそれ!?聞いてないわ! 私も仲間に入れてよ」


 抜け駆けだわ!と食いつくリタに、ええぇ、とアーシェとサラが困ったように後ずさる。


「皆とは皇国語の勉強の一環なの。先生はサラがやってくれるのよ」

「お姉ちゃんとの交換日記は、その復習の一環だよね」

「だったら、私も!私だって必要じゃない!?」


 必死で食いついてくるリタに、アーシェとサラは顔を見合わせて苦笑した。


「じゃあ、私達三人の交換日記用のノートをここで選ぶ?」

「選びましょう!!」

「あらあら、楽しそう。女性だけの交換日記というなら、私も仲間に入れて貰おうかしら」


 黙ってにこにこと見守っていたモーリー夫人もそんなことを言い出して、アーシェとサラは目をぱちくりとしながらも、ええと、と二人の顔を交互に見遣った。


「それも素敵ね! 私達が家にいない間の事も知れたら嬉しいもの」


 リタは楽しそうだが、モーリー夫人の所属を考えたアーシェは首を傾げた。


「……連絡事項なんかも、伝えられます?」


 それは誰に、と言うことをアーシェは言わなかったが、モーリー夫人は笑顔で「もちろんよ」と答えてくれた。

 では、と皆がノート売場に移動した。

 ここのノートはアーシェがトレに渡したような魔石による鍵付きのノートから、一般使い用のノートまで各種取り揃えていたが、リタが見たことのあるもっと庶民向けのノートは一冊もなかった。

 貴族じゃなくても、裕福な商家向けの製品が多いのかもしれない。

 その中から装丁のしっかりとした魔石付きの、女性向きのデザインのノートをみんなで選んだ。なかなか値が張りそうだったが、アーシェ達が気にする素振りはない。


 まあでも、乙女の交換日記ですもの。誰にも見られないようにするのは当然ね。


 うんうんとリタが納得していると、アーシェがポーチから魔石を取りだしてカウンター内の店員に声をかけた。


「すみません。このノートにつける魔石をこちらに変更してもらって、登録人数を四人にしてもらえますか?」


 ——え、そんなことお願いできるの?


 随分と慣れた感じのアーシェの注文にリタはびっくりしたが、店員は驚くこともなく、アーシェからノートと魔石を受け取った。むしろ、店員は魔石の方に驚いていた。


「これは、また質のよい魔石ですね……!あの、これをこちらのノートに……!?」

「はい」


 アーシェは躊躇いもなく頷いたが、店員は保護者に見える背後のモーリー夫人を見遣った。魔石の質が良すぎて、少女の願い通りにすることに躊躇を覚えたのだ。モーリー夫人はちらりと魔石を一瞥して頷く。


「ほほほ、問題ありませんわ。彼女の言う通りにお願いします」


 ええぇ、と困ったような表情で四人の顔を代わる代わる見ていたが、諦めたように奥から道具を取ってくると、目の前でノートの魔石を交換し、鍵の設定を変更してくれた。


「この魔石って交換して貰えるのね」


 魔石の鍵付きノートも初めて見たし、販売されているノートの魔石を交換してもらえるというのも初めて知った。

 アーシェが手慣れ過ぎている。


「こういったお店なのでそこそこ質の良い魔石が使われてますが、それでもランクDとかEなので、頻繁に交換しなくちゃいけないんです。最初からもう少しランクの高い魔石を入れておくと長持ちするんですよ」

「へえ……アーシェはさすがね。この魔石はひょっとしてアーシェが取ったもの?」


 ゼノほどではないが——あれはゼノがおかしい——リタと同等かそれよりもっと澄んだ魔石だ。質がいい。そして見たところランクはBぐらいありそうだ。


「はい、私が自分で取った魔石です。ランクはCかと」

「……C? Bじゃなく?」

「いえ、Cですね」


 本当に?とちらりと店員を見れば、店員は頭を振って否定している。


「私どもの方でも、この質であればランクBとしてお取り扱いさせていただきますね」


 そうでしょうねとリタも思う。


「……判定が甘くなったんでしょうか。リンデス王国でもクストーディオと戦って、Sにしては弱いと思ったんですけど」

「そうだよね。あの魔族Sにしては弱かったよね」


 アーシェやサラの言葉に、リタは笑顔を浮かべたままモーリー夫人を見遣った。

 モーリー夫人も笑顔で頬に手をあてたままリタを見つめ返す。

 店員は話の内容が正しく理解出来なかったのか、固まったままだった。


「——剣聖の子は普通じゃないってことね」


 二人して遠い目をして宙を仰いだ。

  


 * * *



 微妙に衝撃を受けた文具店を出た後は、十番街に移動して、サラの用事があった手芸店にやって来た。


「これふわふわの生地」

「このビーズ、目に使えそう」

「これ可愛いリボン!」

「この生地の柄も可愛いね」


 きゃっきゃと楽しそうな二人に、リタもへにゃりと笑いながら自分もリボンを選ぶ。

 髪飾りも扱っているので、箱庭の少女達へのプレゼントにも最適だ。

 腰をかがめた状態で、アーシェやサラを見て微笑しながら、リボンを見る。そんな動作を繰り返していたリタは、くいっ、と突然髪を引っ張られて仰け反った。


「いたっ!」

「リタさん?」


 なに――? と振り返れば、三~四才ぐらいだろうか、小さな女の子が目を輝かせてリタの髪を引っ張っていた。


『おねえちゃんの髪、きらきら、お星様集めたみたい』

『――何やってるの! 放しなさい!すみません、すぐに――』


 横で生地を選んでいた年若い母親が、娘の奇行に慌てて手を掴んで止めに入ったが、リタは少女に目を合わせるように身体の向きを変えた。


『褒めてくれてありがとう。 お星様みたい?』

『うん! きらきら光って、きれい!』

『そう? あなたの黒い髪もとってもつやつやしていて綺麗よ?』


 そう言って見ていた髪飾りの棚から、黄色いリボンを手に取り少女の髪に合わせてやりながら、店奥の店員に『このリボンいただくわ』と声をかけた。

 それからささっと少女の髪を結うと黄色いリボンを結ぶ。


『ほら、あなたの髪にもお星様の色』

『わぁ……』

『わたしたち、お揃いね』

『おねえちゃんと、おそろい!』

『ええ、おそろいよ』


 きゃはっと笑った少女の頭を優しく撫でてやりながら、恐縮しながらリボン代を払おうとする母親を止める。


『いいのよ。褒めて貰って嬉しいもの。彼女の名前はなんて言うの?』

『ティナと言います』

『そう、ティナ。私はリタと言うのよ。褒めてくれてありがとう。でも、知らない人の髪を急に引っ張ったらダメよ? 中には怖い人もいるからね。お母さんの言うことをちゃんと聞くのよ? お星様色をつけたティナならできるわね?』

『うん、わかった』

『えらいわね』


 最後にもう一度頭を撫でると、親子と別れてアーシェ達の元へ移動した。


「この国は黒髪が普通だから、この金髪が珍しいのね」


 ぽかん、と口を開けてリタを見つめる二人に、自分の髪を示しながら苦笑した。

 ルクシリア皇国人は、ゼノやアーシェもそうだが黒髪だ。目の色は人によって微妙に違うようだが、ゼノの色の組み合わせが一般的だと聞いている。その中に混じれば、リタの混じりけのない金髪はさぞや異質に映るだろう。

 子供が気になっても不思議じゃない。むしろ、気味悪がられなくて良かったとリタは心底思う。


「というか、リタさん……」

「さっきしゃべってたの——」

「さぁさ! 必要な物をさっさと買い物してしまいましょう!」


 何か言いかけた二人の声を遮るように、モーリー夫人が手を打ってそう告げた。

 それもそうだわ。買い物をしてもし時間があるならみんなでお茶までしたいもの!

 前にシュリーに案内してもらったカフェは、口も心も幸せになれる場所だった。ぜひアーシェ達とも行ってみたい。


「そうね。どう?サラのお目当ての物はあった? そういえば、何を作るための材料なの?」


 部屋を覗いた時にも何か作っていた。アーシェがサラは器用だと言っていたとおり、その手は迷うことなく動いていたのを見ている。


「え、えとね、ウサギの人形を作ろうかと思っていて」


 モーリー夫人とアーシェを交互に見てから、サラが頷きながら話してくれた。アーシェも頷き返しながら手にしたリボンを見せてくれる。


「デュティさん人形を作ろうとしてたんです」

「ウサちゃん可愛かったから」

「デュティの?」


 確かに被り物だけ見れば可愛いと言えなくもない。全体を見るとシュールになってしまうのだが。


「それで、中に入れる綿とか、リボンとか見てたの」

「赤いリボンがよく似合ってたから赤いリボンか、まったく違う色でも可愛いかなって」

「顔はね、怒り顔って決めてるの!」


 ええ?とリタは首を傾げた。


「わざわざ怒った顔の人形を作るの? なぜ?」

「お仕置き用だから!」


 意味不明だ。

 だがまあ、サラ達には何か考えがあるようなので、リタもそれ以上は何も言わない。


「ローブも着せたいね」

「どの生地がいいかな?」


 二人がまた生地やリボン選びに入ったので、リタも横で一緒になって生地を選ぶ。その間、モーリー夫人は笑顔を崩さずに三人の様子を見守っていた。

 ぬいぐるみ用の材料を買って、部屋で使う小物入れやスリッパ、部屋着などを何点か購入した四人は、リタの要望どおりカフェでお茶をしていた。


 前にシュリーと来たときは一階のテーブル席だったが、今回は二階の個室へ案内されたのを見て、リタはようやくこの店はただのカフェじゃなかったらしいと気付いた。

 入口でモーリー夫人が店員に目配せしたのを確かに見た。

 ここはノクトアドゥクス関係者の店なのだろう。


 どうしてわざわざ?


 何か人に聞かれてはまずいことがあっただろうか。

 リタは一人不思議に思っていたが、アーシェやサラはそうでもないようだ。むしろ個室に案内されてどこか納得したような素振りさえ見られる。


「……何か問題があったかしら」


 お茶とケーキが運ばれてきて四人だけになったとき、リタが恐る恐る切り出した。自分が知らずに何かやらかしてしまったのだろうか、となんだかハインリヒに怒られた時のような気持ちになった。

 モーリー夫人は一口紅茶を飲んでから、ニコリと笑った。


「いいえ。誰が悪いとか問題があるとかではないのよ。私が少々確認したいことがあったものだから」


 モーリー夫人の雰囲気からは、怒りや呆れた様子は感じられない。ちらりとアーシェ達を見ても、納得顔だ。


「手芸店でのことですよね?」

「ええ」

「手芸店? あの、子どもへの対応、問題だったかしら」 

「ああ、いいえ。その点はまったく問題ないわ。リタらしく素敵な対応だったわよ」


 そう言われてほっと胸を撫で下ろす。自分ではなんとも思っていなくても、国によっては何かマズい対応だった可能性だってある。


 だとしたら何かしら?


 理由がわからずに首を傾げたリタに、モーリー夫人は微笑した。


『リタはカルデラントの出身だったわよね?』

『ええ、そうよ。生まれも育ちもカルデラントのハイネに違いないわ』


 そう答えたら、アーシェとサラが目を見開いた。


『やっぱり……!』


 二人が驚く理由がわからない。リタの出身に驚く要素があっただろうか。


『リタさん、皇国語話せてる!』

「――ん?」


 だが、二人が驚いているのはそこじゃなかった。

 そしてリタは何を言われたのかわからなかった。


『リタは皇国語が出来るのね?』


 モーリー夫人に再度皇国語で話しかけられて、リタは目を瞬いた。


『皇国語? え?今モーリー夫人が話しているのがそうなの? ……どうして私にわかるの?』


 だが、今返した言葉も確かに皇国語だ。

 リタは自分が何語を話したのかまったく意識していなかった。少女に話しかけられた言葉で返事をした。今も、モーリー夫人やアーシェ達に話しかけられた言葉で返した。ただそれだけだ。


『驚いたわ。どこかで習ったの?』

『いいえ、まったく。カルデラントは共通語しかなかったもの』

「……?それはどこの言葉ですか?」

「リタさん凄い」

「え?」


 二人に感心され、リタはモーリー夫人を見遣った。

 ならば、今話した言語は皇国語ではないということだ。

 さらりと別言語を操るモーリー夫人も流石というべきか。ノクトアドゥクス所属というのは本当に侮れない。

 驚くリタをよそに、モーリー夫人はバッグから小さなノートを取り出すと、さらさらとそこに何かを書き付けてそっとリタに差し出した。


「何が書いてあるのか読めるかしら」


 言われてノートを覗き込む。

 綴られているのは確かに共通語であるグリンス語ではなかった。そこには皇国語の他に三種類の言語で、次の文章が書かれていた。


 ——皇国騎士団が私達の後をつけている

 ——後をつけているのは騎士団の諜報部署の者

 ——相手は一人だけ

 ——返事は対応する言語で書いて返して


 文章の内容にひくりと頬が引き攣る。

 モーリー夫人に手を差し出せば、彼女はそっと自分が持っているペンを手渡してくれた。


 ——本当に?

 ——諜報部員に後を付けられる心当たりがないわ

 ——狙いは誰かしら

 ——このように質問するのはさすがにノクトアね


 さらさらと質問に対する答えをそれぞれの言語で書いて返せば、それを見たモーリー夫人はため息をついて軽く首を振り、アーシェとサラはキラキラとした目をリタに向けた。


「読み書きも出来ると言うことですね……!」

「リタさん本当に凄い!」


 褒められても、リタにも今ひとつどうなっているのはわからない。

 ただ確かに、共通語以外の言語を、それと知らなくても理解出来ているのは間違いないようだ。そんな事が出来るなんて今初めて知った。


「これ本当に? たとえ一人だとしても、気分が悪い話ね」


 だが気になるのはリタが多言語を理解できるというよりも、モーリー夫人からもたらされたこの内容の方だ。

 本当であればちょっと信じられない。皇国の騎士団はゼノを尊敬している。ゼノの味方でもあるリタをつけ回す理由もないはずだ。


「ええ。ただ、悪い意味ではないと思うわ。リタも知っている人だし、お仕事じゃなく声を掛けるタイミングを見計らっているのじゃないかしら。——でも、これではっきりしたわね。それも聖女の力かしら」


 ふう、とため息と共に告げられた言葉に、リタはハッとして顔をあげた。

 言われて思い出した。その通りだ!


「そうだと思うわ。だって、フィリシア様もいくつもの言語を理解されていたもの! きっとそう、誰にでも手を差し伸べられるようにとの女神さまのお取り計らいなんだわ!!」


 でなければ、困っている女性を助けることなんか出来ないもの!!

 きっとそのための力なんだわ!


 ぐぐっ、と拳を握りしめて宣言したリタにアーシェは苦笑しつつも「そういうことかもしれないですね」と返した。


「なるほど、そうなのね……。確認もとれたので、ついてきた彼を招き入れるわ」

「——え?」


 そう言ってモーリー夫人が手を叩けば、個室の扉がガチャリと開いて、リタに付けられた騎士のひとり、ロベルトが店員に案内されて現れた。


「リタ殿! お久しぶりです!リンデス王国ではお世話になりました!!」


 へらっと決まり悪そうな笑いを浮かべて頭を下げるロベルトは騎士姿ではなく私服で、リタは彼につけられていることなどまったく気付かなかった。軽薄そうな見掛けによらず、ロベルトは優秀なのだろう。だからこそリタは絶対零度の眼差しで睨み付けた。


「私達の後をつけてきてたの? なんのために?」


 リタの冷ややかな視線にたじたじと後ずさりながら、いや、とかえっと、と歯切れ悪く返すロベルトに、リタの視線がさらに冷たさを帯びるのを感じて、慌てて手を振った。


「変な意味はないっす!街を歩いていたら、たまたまお見かけして……ちょっと、プライベートでもお近づきになれたらいいな、なんて考えて、どうやって声を掛けようかと考えていたら、こう、ずるずると……」

「はあ?」


 女性相手なら絶対にでない声音だ。


「もしかして——ゼノ好きが高じて、アーシェやサラを狙ってるんじゃないでしょうね? そんなの私が許さないわよ」

「違うっすよ!!」


 殺気を纏って紡がれた言葉に、ロベルトが大声で否定する。

 なんでそっちっすか!?との叫びは、くすくす笑うアーシェやサラ、モーリー夫人には通じたが、残念ながら肝心のリタには伝わらなかった。


「後をつけてくる時点でアウトよ。 ゼノのストーカーなら間に合ってるわ。娘であるアーシェ達にまでつきまとうのはやめてちょうだい」

「だから違います! 誓って! 違うっすよ〜〜〜〜!!」


 俺の狙いはリタ殿ですーーー!!というロベルトの反論は、残念ながら最後までリタに理解されることはなかったという。




割り込み投稿でも良かったのですが、一度投稿した話数がずれるならちょっと面倒だな、と思ったのでそのまま投稿いたしました。本編がぶった切られる感じになっていますが、前話の最後から次話は場面が続いていないのでお許しください。

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