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(八)集う者達2


 いつものように簡単な依頼を終えて足早にギルドに向かう。

 時間がかからない依頼ばかりをこなしていたが、今日はどうしても少し離れた森まで足を伸ばす必要があり、予定していた時間が大幅に過ぎていた。


 ――でも見つかって良かった。これがあれば大丈夫。


 目的の素材を入れたポーチににんまり笑い、依頼の素材を落とさないように大事に抱える。

 アインスが勢いよくギルドの扉を開けると、中はいつもより遅い時間のせいか冒険者で溢れていた。


 ――ここでも時間がかかりそうだ。


 宿代わりに居候させてもらっている食堂に残してきた、弟のシェラのことが心配で気持ちが逸る。

 ここタンザライの街は転移陣があるため、ギルド支部もカルデラントよりも大きく冒険者の数も多い。大人が多いが、アインスのような少年でも、レーヴェンシェルツの冒険者登録をしている者を無闇に敵視したり、侮る者はいない。まして同じレーヴェンの者であれば、ギルド内でも乱暴に扱う者もいなかった。


 アインスは十四という年齢からすれば、平均身長よりもやや大きめではあったが、まだあどけなさの残る顔つきが、一見すると冒険者というよりは普通の少年に見えた。

 だが、クラスA冒険者の父と姉に鍛えられた戦闘術は大人にも引けを取らない。少々経験が足りていないところはあるが、現在のところ、一人で対応可能なレベルの低い依頼をこなして食いつないでいる。


「今晩は!確認お願いします!」


 自分の順番が回ってきたカウンターに元気よく挨拶してから、依頼で集めた薬草や素材とギルドカードを提出する。


「あら、アインスくん。今日はいつもより遅いのね。何かあった?」


 ねーちゃんがいたら絶対食いつく、とアインスが太鼓判を押すタンザライ支部の受付嬢カーラが、常ならば二時間は前に上がっている筈のアインスに心配そうに尋ねる。

 姉よりくすんだ金髪と父譲りの茶色い瞳は、少年にいたずらっ子のような愛嬌を与え、また元気いっぱいの態度がギルドの職員に人気である。


「や、最後のこの薬草がなかなか見つからなくて……ちょっと遠くまで探し回っていたら、遅くなっちゃって」


 へへ、と鼻の下をこすりながら笑って言う少年に、カーラも安心したように微笑み返した。


「それなら良かったわ――はい。素材も薬草もちゃんと良い状態で揃ってます。ではこちらが依頼達成報酬です」

 手早く確認し、ギルドカードと報酬を手渡されると、それをポーチに仕舞い込んだ。

「ありがとうございました!」

「はい。お疲れ様でした」


 元気よくお礼を言い手を振るアインスに、カーラだけでなく他の受付職員も、周囲の年配の冒険者達も手を振って見送った。

 アインスはギルドを飛び出すと、駆け足で裏通りに向かった。

 人の賑わう通りを、すいすいと上手に人を避けて走り抜けていく。煙草屋の角を曲がって裏通りに入ると、目当ての武器屋に飛び込んだ。


「おじさん!」


 大声で呼ばわると、武器屋の主人が耳を押さえて、ごつんっとアインスの頭に拳骨を落とした。


「いてっ!」

「声がでけえと言っとるだろーが!」


 アインスよりも大きな声で怒鳴り返しながら、武器屋の主人はふんっと鼻を鳴らした。


「って~……おじさんの拳骨、ねーちゃんと同じぐらい効くな……星が見えたよ……」

「騒ぐから、だ」


 どっかと椅子に腰掛け直す主人に、アインスはいてて、と頭をすりながらポーチを漁って目的の物を取り出す。


「はい、緑の魔石!この三個で合計十個になったよな!?」

「お!見つけてきたのか。どれどれ……」


 アインスの手から魔石を受け取ると、拡大鏡で魔石をじっくりと観察する。アインスもカウンターから身を乗り出して一緒にその手元を覗き込んでは、「影でよく見えん」と顔をぐいと押されて、しぶしぶカウンターから離れた。


「……ふむ。おし、問題ない。注文どおりだ」

「ほんとか!?じゃあ、これで――」

「ああ。このダガー、売ってやる」

「やったあ!ありがとう、おじさん!」


 どん、とカウンター置かれた双剣のダガーとホルダーにアインスは歓喜の声を上げた。


 この街に来るまでに、父からもらった愛用のナイフは、すぐ下の弟ドゥーエと二つ下の弟フィーアにそれぞれ預けた。武器としてというよりは、バラバラになってもいずれ会えるようにと自分の物を持たせておきたかったからだ。

 アインスには父から教わった近接戦闘術と魔法がある。ナイフがなくてもすぐには困らないし、また依頼をこなして購入することも出来ることを見越していた。

 だが、食費は食堂の手伝いを条件に無料だったが、二人分の滞在費を支払うと、簡単な依頼ではお金がいつまでも貯まらない。

 武器屋の主人と交渉してホルダー代を払うことと、緑の魔石を十個集めてくる条件で双剣を売って貰う約束を取り付けていた。

 ちょうど今日、残り三個の魔石を集め終わったところだ。

 ホルダーを腰に装着し、双剣をそれぞれの手の中でくるくると回して使い心地を確認すると、すとんとホルダーに仕舞った。


 ――かんぺきだ。


 満足そうにアインスはにんまりと笑った。


「おうおう。いたずら小僧がいっぱしの冒険者になったじゃねえか」

「おじさんのおかげだ」


 へへへ、と鼻の下をすりながら胸を張るアインスに、武器屋の主人もかかか、と笑った。


「おう、またなんぞあったら言ってこい」

「うん!ありがとう!」

「ああ、待て待て待て。――ほれ、ついでだ。こいつも持って行きな」


 ぽい、と武器屋の主人が投げて寄越した物を危なげなく受け取って、手の中を見る。緑色の魔石が埋め込まれた腕輪だ。


「これ……」

「屑魔石だから大して力はないがな。少々の毒や麻痺なら防いでくれるはずだ」

「……いいのか?」

「緑の魔石なら小僧に集めてもらったからな。一個ぐらいどうってこたあない」


 天井の照明に腕輪をかざしてきらきら光る魔石を見れば、それが屑魔石などではないことがアインスにだってわかる。アインスが集めてきた物よりもレベルが上だ。


「……ありがとう。俺がもっと強い冒険者になっても、ずっとここ贔屓にするから!」


 ぎゅっと腕輪を握りしめて武器屋の主人に頭を下げると、にぱっと笑って高らかに宣言した。


「ああ。期待して待っとるよ」


 照れくさいのか、くるりとアインスに背を向け、ひらひらと手を振る主人に、もう一度頭を下げると、アインスは今度こそ武器屋を後にした。


 心がぽかぽかする。


 町を出てから大変なことも多かったが、居候させてくれている食堂のおばさん、色々教えてくれたギルドの職員、冒険者の先輩たち、そして武器屋の主人など、助けてくれた人もたくさんいた。

 ふと、他の弟たちはどうしているだろうかと思いを巡らせる。

 ドゥーエはお調子者なので心配だが、トレが非常に落ち着いていて頭もいいので大丈夫だろう。泣き虫で甘えん坊のサンクが足を引っ張るかもしれないが、手厳しいシスもいるからなんとかやっているはず。

 フィーアはあれでなかなか強かだし、こないだ届いた手紙からも問題ないことがわかっている。


 ドゥーエ達のことは気になるけど、もう少しお金が貯まったら動こう。


 うん、とアインスは心の中で頷く。弟達は大丈夫だ。

 それよりも、教会に直接追われているリタは大丈夫だろうか。


 ……まぁ、ねーちゃんは変な病気さえ出なければ上手く逃げると思うんだけどな。

「ねーちゃんの言うフィリシア様が、本当にねーちゃんを助けてくれればいいんだけど」


 はあ、とアインスがため息をつきながら呟いたとき、「そのフィリシア様ってなに?」と耳元で声が聞こえて、アインスは飛び退いた。


 すぐさま腰に差したダガーを構えて振り返る。

 そこには、黒いテールコートに身を包んだ貴族然とした青年が立っていた。

 軽くシルクハットを持ち上げて「やあ、初めまして」とアインスに挨拶をするので、アインスは虚を突かれたようにダガーをおろし、ぺこりと頭を下げた。


「初めまして」


 挨拶をしてくる人に挨拶を返すのは基本である。


「あれ。お姉さんと違って行儀がいいね?」


 告げられた内容に、瞬時にダガーを構え直すと身体強化を行い青年からさらに距離を取る。


「――何者」

「――へえ」


 がらりと切り替わったアインスの雰囲気に、青年が感心したような声を上げた。次いで面白そうに微笑む。


「お姉さんも毛を逆立てた子猫のように可愛かったけど、君は猫より犬っぽいね。子犬の域はでないけれど、将来が楽しみだ」


 ダガーとはいえ、剣を扱っているのもポイント高いね、とアインスにはよくわからない点を褒めてくる。


 ――やばい。コイツ凄く強い。ねーちゃんの敵なら教会関係者か!?どうしよう。俺じゃ手も足もでないぞ!?


 内心焦りまくっているが、それを表に出さずにじりじりと後ろに後ずさる。突然現れたように感じたということは、アインスでは気配も読めない相手だ。そんな相手からどうやったら無事に逃げられるか。


 ――考えろ、考えろ!ここで捕まるな!ねーちゃんの足を引っ張るわけにはいかない!!


「ああ、大丈夫。僕はお姉さんの敵じゃないよ?お姉さんには何もしていないし、君に何かをするつもりもない――まあ、味方でもないけどね」


 微笑しながらあまり安心できない言葉を吐く青年を視線で捉えたまま、周囲を窺いさらに絶望する。

 先程までは確かに聞こえていた喧噪が、今はまったく何も聞こえないことに気付いたのだ。


 ……隔離されてる?


 ごくりと唾を飲み込んで、ダガーを握る手の平にじんわりと汗が滲んできた。


「僕ね、『フィリシア』という名前に聞き覚えがあるんだよね……ただ詳しく知らないんだ。知ってるだろう奴は教えてくれないし。まぁ、同じ人物を指しているかはわからないんだけど。――だから、とりあえず君が知っていることを話てくれる?」


 ふわりと音もなくアインスとの距離を詰め、にっこり笑いながら顔を覗き込んできた青年に、驚いて思わず一歩後ろに下がったが、どん、と何かにぶつかり、えっ!?と驚いて振り返った。


 そこには壁も何もない。

 路地裏だが、実際の壁までにはまだ距離がある。

 だが、そこから後ろにはこれ以上下がれなくなっていた。


 ――だめだ。逃げられない。


 ならば、とアインスは覚悟を決めて、きっ、と青年を睨み付けた。


「お前は、教会関係者なのか?」

「よしてくれ。教会も神殿も、僕からしたら羽虫同然だよ。あんなのとはどんな理由があっても手を組みたくないね」


 心底嫌そうに答える青年に嘘はなさそうだ。少しホッとして、アインスは息を吐いた。


「ねーちゃんを教会に引き渡したりしないと約束してくれるなら、俺が知ってることは話す」


 ダガーをホルダーに仕舞い込み、ぱっと諸手をあげて宣言する。

 逃げ道もなく実力差もある相手に、無駄に喧嘩を売るのは得策ではない。

 それも相手がこちらに危害を加える気がないのであれば尚更だ。

 ころりと変わったアインスの様子に、ふふ、と満足そうに笑うと「話がわかる子は好きだよ」と言って、ステッキをくるりと回転させ空中で足を組み、まるでそこに椅子があるかのように座った。


 ……この人、魔術師かと思ったけど、魔族なんじゃないか……?


 たらり、とまた嫌な汗が背を流れたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「フィリシア様っていうのは、ねーちゃんの夢に出てくる女の人で、俺たちはもちろんねーちゃんだって実際に会ったことはないんだ。えと、……ねーちゃんが綺麗な女の人のこと大好きって知ってる?変な意味じゃなく」


 本当に変な意味ではないのだが、誤解を招くほど女の人を大事にしすぎるのは、その夢に出てくるフィリシア様のせいらしい。


「そういえば聞いたかもしれないな」


 青年は軽く頷き先を促す。


「フィリシア様はストロベリーブロンドに淡い翠の瞳で柔らかく微笑む姿が女神のように美しい聖女さまで、いつもねーちゃんに色んな話を聞かせてくれるんだって。か弱い女性が虐げられ搾取され理不尽な扱いを受けることを嘆いていて、少しでも彼女達を助けるためにご自身が矢面に立ち神官達とやりあい、身を粉にして奔走し、女性達の神様のような人だって。凛とした美しく強い女性で、見た目も本当に女神さまで、陽光に透けるその髪が美しく、ほんのり色づいた唇から零れる数多の言葉は聞き心地のよい声で心に染み入り――」

「ちょっとストップ!」


 すらすらすらと流れるように淀みなく話すアインスの言葉を、慌てて青年が止めた。


「夢の中の住人で会ったことがないという割に、いやに具体的な表現だね?」

「だってねーちゃんがうるさいぐらいずっと話すから、町の人達だって知ってたよ?俺たちの家族なんか()()でいくらでも話せるよ?」


 きょとん、と答えるアインスに、……苦労してるね、君たち……と青年が哀れみを含んだ声で呟くのを、こっくりと実感を込めて頷いてみせた。


「要するに――君のお姉さんは、夢の中でしか会ったことのないフィリシア様とやらに傾倒していて、フィリシア様と同じようにここで女性を助けているということかい?」

「夢の中で、ねーちゃんはフィリシア様付きの侍女というか……見習い聖女?なんだって。だから、敬愛するフィリシア様がいないこの地では、自分がフィリシア様の代わりに頑張らないと!っていつも言ってる」

「――なるほど……」 


 その言葉を吟味するように黙って聞いていた青年は、しばらくしてそう呟くと、ひょいと立ち上がった。くるりとステッキを回し、アインスの前に降り立つ。


「思いのほか参考になる情報だったよ。――そうだね。お礼に僕からも君にひとつ情報をあげよう」


 そう言って青年はアインスの耳元に唇を寄せた。


「――君のお姉さんは、いま剣聖のゼノと一緒に行動している。――だから、そう簡単に教会の連中に捕まることはないと思うよ?」

「え?」


 と、アインスが問い返した時には、青年の姿はかき消すようになくなっていた。

 途端に周囲の喧噪が戻ってくる。


「……」


 まるで狐につままれたような感覚で、先程の青年との出会いが本当にあったことなのか、自分の見た幻だったのかわからなくなって、ぎゅっと手を握りしめてからばちんと自分の両頬を叩くと、弟の待つ食堂へと駆けだしていった。



 * * *



 世話になっている食堂まで帰り着くと、いったん息を整えてから扉を開けた。からん、と扉のドアベルが小気味よく鳴る。


「遅くなりました!」


 大声で叫ぶとちょうど夕食で賑わいだしたところで、食堂は満員だった。そんな中にエプロン姿の弟の姿を認めると、シェラもこちらに気づいたようで、お盆を片手にアインスの元へやってきた。


「お帰りなさい!アインスにーちゃん」


 にぱっと笑いながらシェラにただいま、と答えながら、変わったことはなかったみたいだなと胸をなで下ろす。


「あのね、あのね、にーちゃん。お客さまが」

「遅かったね、アインス。あんたに客が来ているよ」


 前置きのあるシェラの言葉よりも、カウンターの奥から忙しそうに動く食堂のおかみさんが大声で告げる方が速かった。


 ――客?


 つい先程のことがあるため心持ち緊張しながら、周囲に聞こえないように、小さな声でシェラに問い返す。


「誰だかわかるか?」

「ギルドの人だよ。僕も見たことある、いつもタバコ咥えてる人」


 こっそりと尋ねたアインスに、シェラもこっそりと小声で答える。

 タバコを咥えているなら、受付のスヴェンか。そういえば今日は見かけなかったと思い返す。


「アインス!」


 おかみさんの声でアインスに気付いたスヴェンが、ここ、ここ、と大きく手を振りながらカウンターで主張するのに、アインスも笑顔で手を上げた。


「……シェラ、荷物は」

「いつもここに持ってる。大丈夫」


 すぐにアインスの意を汲んで、シェラがエプロンの上から腰のポーチをぽんと叩いてみせた。

 レーヴェンの人に敵はいないと思いたい。だが、先程コンタクトを取ってきた人物を考えると、他にも居場所がバレているのかもしれない。

 そもそもギルド職員が低級冒険者をわざわざ訪ねてくること自体が不審だ。


「準備だけしておけ」


 ぼそりと告げると、シェラを伴って笑顔でスヴェンのいるカウンターまで歩み寄った。


「今晩は、スヴェンさん。今日は受付いなかったよね?」

「ああ、今日は用事で午後から出てたからな」


 ここ座れよ、と隣を勧められて素直に座る。シェラもアインスの隣にちょこんと腰掛けた。

 シェラが側にいるためか、スヴェンは咥えていたタバコを灰皿に押し付けると、食うか?と自分の前にあった料理の皿をアインスに勧めた。


「後でシェラと一緒に食べるから――あれ?スヴェンさんがネクタイしてるのって珍しいね?」


 今はゆるゆるで締めているという状態ではないが、普段はもっとだらしない格好なので珍しいといえた。

 いつもと違う、というのはアインスからすると要注意だ。

 知らず緊張しながら、探るようにスヴェンを見る。

 するとスヴェンがぶはっと吹き出した。


「はははっ……、アインス、お前警戒すんのはいいが、表に出てる!――や、まぁ、年齢考えたらそこまでできてたら上出来だけどな?」


 顔が引き攣ってるぞ~と両頬をむにっとつねられて、アインスは「いひゃい!」と悲鳴を上げた。


「ちょっとスヴェン! アインスをイジメにきたのかい? だったらあたしが許さないよ?」


 フロアに食事を運びにカウンターからでた食堂のおかみさんが、その様子をみて眉を吊り上げるのを、スヴェンがおっかねえなあ、と笑いながらアインスから手を離した。アインスは頬を擦りながらスヴェンを恨めしそうに睨みつける。


「それぐらい周囲を警戒する心構えは大したもんだ。――今日のオレはただのメッセンジャー。上からお前に伝えてくれってさ」


 そう言うとスヴェンは懐からハンカチを取り出してアインスに渡した。

 ハンカチ?と思いながら受け取ると「あ!」と隣のシェラが声を上げた。


「それ、おねーちゃんの」

「え!?」


 言われて慌ててハンカチを見るが、アインスにはそれがリタの物かどうかわからなかった。あんまり注意して持ち物を見たことがないのだ。

 眉をへの字にしてもっとよく見ようとハンカチを広げると、今度はアインスにも見覚えのあるリタの文字が目に飛び込んできた。


「わあ!」


 文字を見て嬉しそうにシェラが歓声をあげる。


 ――今夜はグラトーフェ。

 ……ねーちゃん……


 がくり、とアインスは肩を落とした。

 リタらしいと言えばリタらしい。


「……どこで?」


 だけど、ちょっぴり恥ずかしかったアインスは、ぼそりと尋ねた。


「――本当にこれで伝わるんだな……」


 スヴェンがちょっと驚いたような、感心したような表情で呟く。

 改めて感心されるとさらに恥ずかしく思うが、リタも考えた上でのメッセージだと思えば、アインスも文句は言えない。

 確かに、うちの家族には正しく意味が伝わる。


「そこに、他の弟たちもいるらしい」


 スヴェンの言葉にがばりと顔を上げた。


「――本当に?」


 アインスには珍しい低い声で問われて、スヴェンも真剣な表情で頷き返すと、カウンターの上にじゃらりとお金の入った巾着を置いた。


「ミルデスタ――ここから転移陣を二つ通る必要がある。これはオレのボスからの軍資金だ。捕まらないように細心の注意を払って合流しろとのことだ」


 巾着に手を伸ばすとズシリと重い。


「……なんでここまで?」


 スヴェンが『オレのボス』と言ったのは、レーヴェンのギルド長ではないだろう。それならそうと言うはずだ。ならば、スヴェンは一体何者なのだろう?信じていいのだろうか? リタのハンカチを持っていることでリタ本人からの伝言だと信じてもいいが、素直に信じて動いても大丈夫だろうか。


 アインスの疑問にスヴェンがそうだな、と懐からタバコを取りだして口に咥え、火をつけようとしてシェラがいたことを思い出し、口に咥えたまま頭を掻いた。


「詳しいことはオレも教えてもらっていない。だが、オレのボスは味方だから安心していい。こいつ(軍資金)も、今の状態だったら動くのに時間がかかるとオレが伝えたから出されたものだ。」


 伝えてなければ出ていない、と聞かされても少し躊躇ってしまうのは、冒険者は依頼をこなして初めて正当な対価として報酬を得るものであり、事前に準備資金を渡されるのは期待される何かがあるからだ。

 スヴェンのボスがアインスとシェラが無事にミルデスタに辿り着くことを期待しているとして、なぜそこまでしてくれるのか。そこに、アインス達ではわからないボスとリタの間で何かがあるはずだ。


 ――これ受け取ることで、ねーちゃんの枷にならないか?


「おうおう、色々難しく考えてんな~。お前がそこまで難しく考える理由がオレにはわからないが、そう心配しなくてもいいさ。ボスが手を貸すと決めた以上、悪い話じゃないはずだ」

「――手を貸す理由がわからないうちは、ちょっと安心できないな」


 それでもまだ信じられない、ときっぱりと告げるアインスに、用心深いねえ、と苦笑するスヴェンは、これはオレの推測だけどと前置きしながら続けた。


「ボスはとにかく剣聖の味方なんだよ。だから、ボスの思惑の根っこにあるのは剣聖のことだろう――おまけに、剣聖は教会や神殿を嫌ってる」


 これでどうよ?とにやりと笑うスヴェンの言葉に、先程遭遇した魔族らしい青年の言葉が蘇る。


 ――君のお姉さんは、いま剣聖のゼノと一緒に行動している


 リタと剣聖が関わっているのは本当らしい。

 剣聖がリタの味方をしているから、スヴェンのボスもリタの味方をしている――?そういう理由ならすとんと腑に落ちた。

 こくん、と静かに頷くアインスの中で整理が付いたらしいことを見て取って、スヴェンががしがしとアインスの頭を撫でた。


「わっ、ちょっと――」

「連中には裏で暗躍する部署もある。――そいつらは目的のためなら手段を選ばない」


 がしりと頭を捕まれたまま、真剣な表情でぼそりと告げられた内容に、はっとしてアインスはスヴェンを見上げた。


「金で買える安心があるなら金を使え――連中は街中に溶け込むのも上手いぞ。レーヴェンは明日には正式に教会に抗議を行う――何かあればギルドへ逃げ込め」

「! ……抗議って……」


 それは父のことに違いない。

 なんで今? この半年何もしなかったのに?

 ――それも、剣聖が味方についたから?


 動いてくれるならば素直に喜べばいいのだが、もやっとした何かが拭えない。剣聖とやらが姉の味方にならなければ、このまま父のことは放置されていたのだろうか。

 釈然としない表情のアインスに苦笑しながら、仕方ないさ、と肩をすくめてみせる。


「物事には順序ってもんがあってな。準備が整わないと動けないこともあるのさ」


 とにかく、と話を終えたと言わんばかりにスヴェンは立ち上がった。


「すべてが片付いたら、またこの支部に戻ってこいよ。お前がいなくなったらみんなが寂しがるからな」


 なにも怪しげなもの入れてないからこの飯食っといて、とカウンターに勘定を置き、残っていた食事を押し付けると、スヴェンは二人の頭をポンポンと叩いてから店を出て行った。アインスが食事を断った理由もバレていたらしい。

 残されたアインスは、カウンターの巾着をポーチに仕舞うとふう、と大きく息を吐いた。

 急に色々なことが起こり過ぎて気持ちが追いつかない。


「行くの?にーちゃん」


 不安げに聞いてくるシェラに、ここまでお膳立てされるとなあ、と頷いてみせた。

 今後どうなるかはアインスにはまったくわからなかったが、家族がみんな集まれば安心はできる。


「とりあえず、スヴェンさんが残していったご飯を食べちゃおう。おばさんのご飯を残す訳にいかないしな」


 最初からアインス達用に頼んだものだったんだろう。手付かずの二人分の食事にはシェラの好きなスープがある。


「おばさんのご飯は美味しいもんね!」


 ニコニコと、食べることが大好きなシェラはご機嫌だ。ひょっとしたら、話の間中、我慢していたのかもしれない。

 少し冷めてしまった食事をとりながら、今後の事に思いを馳せる。


 ――まずは、ミルデスタへ。




長男アインス(14)と、七男シェラ(10)。

次男ドゥーエ(13)、三男トレ(13)、五男サンク(10)、六男シス(10)。

四男フィーア(11)という形で行動しています。

13歳は双子、10歳は三つ子です。

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