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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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第四話(一)それぞれのお仕事を頑張りましょう



 午前中のギルドは、依頼を受ける冒険者達で賑わっている。

 ここレーヴェンシェルツギルド本部は皇国の皇都に位置することもあり、クラスの高い冒険者が二番目に多く拠点とするギルドだった。

 ルクシリア皇国内では強い魔族は現れないが、現れる魔物自体はレベルが高く、また魔境にも近い。そして都市自体の治安が良いので、腕をあげたい冒険者が集う理由にもなっていた。

 故にここのギルドでの冒険者達に人気の依頼は魔物退治と商人の護衛の仕事だ。登録したての冒険者達でも、魔物退治の依頼を選択する。


 そんな中で、地味な薬草採取の依頼をこなす者は腕に覚えのない者とここのギルドでは相場が決まっていた。

 アインス達のように進んでこの依頼を受ける者は少なく、受ける場合でも朝遅くギルドの人数が落ち着いてきた頃にやって来る者が多い。そのため、朝の早い時間に薬草採取の依頼を受けにくる者はアインス達以外はいない。

 この本部に拠点を置いてからずっと薬草採取をしているせいか、アインス達は薬草採取専門冒険者のような認識をされている。


 そのことを直接揶揄ったり馬鹿にしたりするような者はいないが、ここ最近はひそひそと、今日も今日とて遠巻きに何やら囁かれていた。

 向けられている奇異な視線には気付いているが、もちろんアインスは気にしない。


「競合が少ないから、選びたい放題なんだよな」

「薬草採取でも場所によっては魔物が出るしね」

「まあ、それで魔物を倒しても報酬は出ないからな。不人気なのもわかる」

「出るんだ、魔物」

「大丈夫!オレがちゃんとやっつけてやる!」


 アインスとアーシェの会話にサラがぶるりと身体を震わせた。そんなサラに、オルグが笑いながら請け負う。


「うん、ルグさんの後ろに隠れて戦う」


 ふにゃ、と笑うサラに、オルグもへにゃりと笑った。


 パーティを組むに当たってアーシェが一番心配したのは、サラがオルグを恐れるのではということだった。だが、オルグが成人男性というよりはシグレン家の兄弟達と精神年齢が近しいせいだろうか、結果としてサラがオルグを恐怖することはなかった。それどころか今は兄弟達に感化されて素直になり、またアインスに懐いて口調も行動も穏やかになったオルグは、ハンタースの狂犬と呼ばれていたのが嘘のような状態だ。その心根に触れたサラはオルグに懐いていて、シグレン兄弟以外に懐かれたオルグも嬉しかったのか、サラを大事に扱っていた。

 アインスはそんな二人の会話を耳にしながら、本日の薬草の種類を見繕っていく。


「これとかどうだ?」


 掲示板からめぼしい依頼書を二つほど手に取り、隣のアーシェに尋ねた。


「この薬草は同じような場所にある筈だし——うん、いいと思う。行っても森の中程だから強い魔物も出てこない筈だし」

「じゃあ、今日はこれにしようか。 ——で」


 くるりとアインスは振り返ってジト目で背後を睨み付けた。

 目が合った二人がびくりと肩を跳ねさせた。


「あ……」

「う……」


 冒険者達が遠巻きにひそひそ囁き合っているのは、別にアインス達を馬鹿にしている訳でも、揶揄っている訳でもない。

 単に背後で隠れるように——まったく隠れられていないが——ゼノとリタが様子を窺っているからだ。それも今日はへっったくそな変装をして。


「なんで今日もここにいるんだ?」


 はっきり言って、このギルドではリタもゼノも非常に有名で目立つ。

 その二人が毎日毎日ギルドにこそこそとやって来ては、物陰に隠れるようにしてアインス達の選ぶ依頼を盗み見しようとしている姿が、話題にならない訳がない。

 その二人を一目見ようと冒険者以外の者も来ているぐらいだ。

 似合わない幅が広い茶色いとんがり帽子を被って黒いローブを纏ったゼノと、目立つ金髪を帽子の中にしまい込み眼鏡を掛け、こちらもローブ姿のリタが、それぞれ柱の陰に身を隠し頭だけ出した状態で固まっている。

 隣に立つアーシェも、呆れたように大きなため息をついた。


「……これでもう六日目よ。いい加減諦めたらどうなの?」

「お父さんもリタさんもバレバレ」


 サラにまでため息をつきながら言われ、二人はぐっと詰まった。

 周囲も、今日はどんな言い訳をするのかと期待に満ちた眼差しだ。


 一日目は、保護者として初日は見届けようと思って。

  ——まあ気持ちはわかるし理由も納得できる


 二日目は、自分達も用事があったから。

  ——彼らがギルドに用事があっても、まあ不思議はない


 三日目は、偶然通りがかったから覗いてみた。

  ——朝早くに偶然通りがかるという理由が少々苦しい


 四日目は、忘れ物をしたような気がして。

  ——した、じゃなくしたようなってなんだ


 五日目の昨日は、呼ばれているような気がして

  ——誰にだよ。用事があればちゃんと呼ぶだろ

 と、どんどん苦しい理由になっていった。


「う、こ、これはだな……!」

「わ、私達は変装の練習をしていたのよ!」

「そ、そうだぞ!潜入する時のための変装の練習だ!」


 ——いや、こないだろ、そんな機会


 とは、その場にいた皆の心のツッコミだ。

 こんな目立つ二人に潜入を頼む者なんか絶対にいない。

 大柄で大きな剣を背負い明らかに強者の気を纏うゼノと、金髪とその美貌で人の目を引きつけるリタ。二人揃えば立っているだけで存在感が半端ない。

 アインスとアーシェの目が絶対零度の気を纏って二人を睨み付けるのを、周囲が苦笑しながら見守っていると、カツ、カツと落ち着いた足音が響き「ほう」と底冷えするような冷ややかな声が室内の気温をさらに下げた。


「君達がそんなに潜入任務をやりたがっていたとは知らなかったな。——ふむ。ならば、とっておきの仕事がある」


 がしっとそれぞれの肩を掴んで囁いたのはハインリヒだ。


「いっ!?」

「ひっ」


 ゼノとリタが肩を掴まれ短い悲鳴をあげて逃げようとしたが、もちろんそれを許すハインリヒではない。


「……ついに御大のお出ましだ」


 ぼそっと呟いたアインスの言葉に、アーシェ達が吹き出しかけて慌てて口許を押さえた。

 初日はベアトリーチェが、二、三日目はドリトスが、四、五日目はギルド長がそれぞれ二人の対応——監視ともいう——をしていたが、六日目の今日、ついにハインリヒの登場だ。

 ちなみに、ベアトリーチェはリタに追随するので初日以降は対応から外されている。


「そ、そういえば俺ぁ、騎士団の方に顔を出す用事が……」

「わ、私も弟達と約束が……」

「安心したまえ。君達の今日より数日の予定は、昨日のうちにすべてキャンセルしておいた」


 逃げ腰の二人の肩をキツく掴んだまま、とてもいい笑顔で言い放った。


「ギルド長室でゆっくり話そうではないか」

「い、いや、俺は……」

「ちょ、放して……」


 ごちゃごちゃと言い訳する二人を問答無用でずるずると引きずっていくハインリヒを、アインス達や周囲にいた冒険者達が生温かい目で苦笑しながら見送った。


「……二人とも懲りない」


 ため息と共にぽつりと呟かれたサラの言葉が、やけに大きくギルド内に響いた。



 * * * 



 二人が叩き出されたのは皇国の南西に位置する山の中で、ここを根城にする盗賊の退治を押し付けられた。下っ端はそうでもないが、頭領と幹部が腕利きで、かつその山に生息する魔物も強いので、生半な冒険者には依頼できないのだという。

 隣国になるため皇国が騎士団を派遣するわけにもいかないようだ。

 おまけに、ハンタースギルドに所属していた冒険者で、これまでは討伐対象にもなっていなかったという。


「なにそれ。そんなのを冒険者にしていたなんて、ハンタースってただの犯罪組織じゃないの!」


 山の麓から盗賊の根城を目指しながら、実態を聞いたリタが怒りも露わに叫ぶ。


「おっしゃる通りですわ、リタ殿」


 今回のサポート役として二人についてきたのはベアトリーチェだ。今回は私が同行します!と誰かが何かを言う前に主張してリタの側から離れなかったのだ。

 今も常にリタより一歩下がった位置に張り付いてそこから動かない。無表情なのに頬に朱が差しているのは興奮状態だからか。

 この、出発時からすでにハイテンションな彼女の様子に、ゼノが少々引き気味なのだが、もちろん二人には伝わっていない。


 この嬢ちゃんちょっと面倒臭えんだよな。


 こちらの道理が通じない我が道を突き進むタイプだなと、ベアトリーチェと初めて会った瞬間に悟ったゼノは、無駄に二百年は生きていない。

 少し遠い目をしたゼノを、アインスが訳知り顔に肩を叩いて慰めたぐらいだ。


「ハンタースギルドは盗賊だろうと犯罪者だろうと登録可能ですので、賞金がかかる者でも冒険者として登録させ身分を保証しています。クズの集まりですね」

「いや、中にはちゃんとした奴も……」

「レーヴェンの仕事を横取りしては失敗したり、尻拭いを押し付けたりと上層部もクズばかりです」

「ネーヴェにいるヤツらならそんな事はないはず……」

「皇帝の意向で、皇国にはハンタースギルドの設置が認められておりません。リタ殿の目に胡散臭いクズが入る事はありませんのでご安心ください」


 ゼノの言葉はまるっと無視された。

 まあ、いいんだけどな、とガシガシと頭をかきながら嘆息する。


「シュゼントのギルドはそこまで酷くはなかったんだけど、ミルデスタは酷かったそうね」


 リタはそれどころではなかったのでまったく知らないが、魔族の襲撃に合わせて商店を襲ったり、街中で暴れたり問題行動ばかりだったとトレから聞いていた。

 ギルドに殴り込みをかけたゼノをチラリと見ながらリタが言えば、そうだなとゼノも頷く。


「あそこは俺の知るハンタースじゃねえ。だから潰してきただろ」

「もっと残骸すら残らないように根こそぎ潰せばいいのに、雑な仕事です」


 ベアトリーチェに責めるように睨まれて、ゼノは頬を引き攣らせた。

 出発してから何が気に入らないのか、ベアトリーチェはゼノに対して喧嘩腰だ。当たりがキツい。


「箱庭に引き篭もりすぎて判断力が鈍りすぎではないですか? そもそも裁定者だったというならば放置しすぎですね。ハンタースが別の剣聖を指名した時点で叩き潰しておけば、あんなのがのさばる事もなかったのに怠慢な上に役立たずではないですか。リタ殿の視線の中に入らないで欲しいです」

「そこまで言うか!?」


 口調こそ丁寧だが、その言葉には棘がありすぎるうえに侮蔑の視線付きだ。しかもよくわからない事まで言われている。


「そう怒らないで、リーチェ。ゼノだって万能じゃないわ。おまけにアーシェ達が目覚めるまでは、斬る以外はポンコツだったってハインリヒが言っていたもの。それに、ハンタースギルドにも真面目に仕事をしている人はいるし、多くの冒険者はそこまで酷くないのよ。レーヴェンシェルツの支部がない地域では重宝されているの」


 シュゼントはギルド支部上層部の質はイマイチだったが、登録している冒険者のレベルは低くても、人間としての質はそこまで悪い人はいなかったことをリタは知っている。


「リタ殿のおっしゃる通り、シュゼントのギルドには嘆願書を提出してくれた職員もいますしね。彼女は中々みどころがあります」

「そうでしょう。ジュリアには滞在中よくしてもらったの」

「レーヴェン本部ではすべて私にお任せ下さいませ!」

「心強いわ」


 女性陣がきゃっきゃうふふと仲良しなのはいいことだが、一人ゼノにだけ風当たりが強いのは気のせいではないはずだ。


「おい、ちょっと待て」

「おいという者はここには存在しません」

「お前なぁ……」


 げんなりとしてゼノが返せば、ベアトリーチェにキッと睨み返されて閉口する。


「どうしたの、ゼノ」


 呼び止めて立ち止まったゼノに、リタが振り返った。こちらは一応ベアトリーチェの言葉だけでなく、ゼノの言葉も耳には入れているらしい。


「そこ。魔物除けの結界魔法陣がある」


 ゼノに言われて視線を落とせば、確かに木の根元に隠されるように存在する結界魔法陣がある。


「ここから内が連中のテリトリーって訳ね」

「潰しておきましょう」


 言うより早く、ベアトリーチェの足が固定された魔石を蹴り飛ばし、魔法陣を踏みにじった。

 この程度の簡易魔法陣であれば、魔力の供給源となっている魔石さえ無くしてしまえば一日程度で陣そのものが消失するので、わざわざ刻まれた魔法陣を消す必要もないのだが、そこに強い憤りを感じたので余計な事は言わないでおく。


「ここに支点があるということは、このまま横に向かえば他の結界魔法陣がありますね。どうします?全部潰しますか?」


 地面に固定されるように刻まれた魔法陣を、ぐりぐりと足で踏みにじり消し去りながら、リタにお伺いをたてるベアトリーチェは足だけに身体強化をかけているようだ。簡易で雑な魔法陣なのでこの程度で消えるのだろうが、見掛けによらず動作が荒っぽい。


「一箇所潰しときゃ魔物の通り道になるからいいんじゃねえのか」


 消し回るのは面倒だなと考えたゼノがそう告げれば、くるりとベアトリーチェがゼノに向き直ってぴっ!と人差し指を立てて指さした。


「それ採用します」


 キリッとした表情で宣言され、そりゃどうも、と無言で頷き返しながら周囲に視線を巡らせた。


「連中の中には範囲型結界魔法陣を扱える者がいるってことよね」

「ここの盗賊の頭のパーティにはそこそランクの高い魔法士がいますので」


 防御結界魔法は、自身を中心に展開するのが基本だ。範囲に展開する場合はそれぞれ支点となる場所に結界魔法陣を設置することで、その場所のみならず互いに連動させて範囲に防御結界を張ることが出来る。都市にあるのがこれだ。その都市にはもちろん、近郊の町や村にも設置することで互いの結界を強める作用が生じる。

 そのためには魔法ではなくちゃんとした魔法陣が必要で、それを扱える者は限られるのだ。


「厄介ね」


 ならば強力な攻撃魔法を扱える者がいるかもしれない、と眉をひそめたリタに、ゼノが肩をすくめた。


「そういうのは俺が相手するさ。効かねえからな」

「そういえばそうだったわね——なんかズルい」

「いや、ズルいって、お前な……」


 口を尖らせてボソリと呟いたリタにゼノが困ったように眉尻を下げた。その表情が本当に情けなくて、ぷっと思わずリタは吹き出した。


「冗談よ!そんな情けない表情(かお)しないで。大丈夫。ちゃんとわかってるわ」


 くすくすと笑うリタに、ゼノも困ったように頬をかきながら視線を彷徨わせれば、物凄い形相のベアトリーチェと目が合ってびくりと肩を跳ね上げた。


 ——ちっ


 舌打ちが聞こえたのは空耳ではないはずだ。


 ——怖えよ、この嬢ちゃん!


 ここで感じる怖さには、きっと一生慣れないだろうなと思ってゼノはそっと目をそらした。


「ふふふ。楽しそうな道行だね」


 揶揄うような声が突然背後から聞こえて、リタとベアトリーチェが勢いよく振り返った。

 そこには、いつもの黒いテールコートに今日は帽子無し、手にはステッキという装いで第三盟主が微笑を湛えて立っていた。その姿を認めたリタは肩から力を抜き、ベアトリーチェがひゅっと息を呑んで臨戦態勢に入りリタの前に立った。


 動きと度胸はなかなかのもんだ。


 震えながらも瞬時にリタを庇おうとするとは()()だなと感心しながら、ゼノはベアトリーチェが構えたレイピアをその手ごと押さえた。


「なにを!?」


 腕が立てば立つほど、盟主の恐ろしさにジッとしていられないのは理解できる。だが、このように姿を見せた時は、こちらから攻撃を仕掛けなければ攻撃してくる事は基本ないのだ。第三盟主の場合。


「大丈夫よ、リーチェ。ゼノが一緒だと何もしてこないわ」


 ベアトリーチェの肩をそっと掴んで落ち着かせながら、そうでしょう?と視線で問うリタに、第三盟主は笑みを深めた。


「で、ですがっ……」

「まあ、攻撃してくるかどうかはその時の気分次第だ。魔族なんてそんなもんだ。警戒はすべきだが恐怖に駆られて攻撃はするなよ」


 顔を真っ青にしてゼノに食ってかかるベアトリーチェに、一応そう注意して下がらせると、リタと並んで第三盟主の前に立った。


「不必要に怖がる必要はないわ。彼はゼノのストーカーその2なんだから」

「なんだそりゃ」

「それだよ」


 リタの台詞に呆れた声を返すゼノの言葉に被さるように、第三盟主が眉宇を顰めながら、リタを指差しながら言った。


「それ。——随分と不名誉な称号をつけてくれたようだね?」


 珍しく不機嫌さを露わにした第三盟主に、リタはきょとんと首を傾げて問い返す。


「——え? 不名誉?なにが?」


 本気でわかっていない様子のリタに、ほんっと豪胆だよなコイツ、とゼノも呆れる。ハインリヒといい第三盟主といい、面と向かって彼らにそんな言葉を吐く強者などいない。


「そりゃお前、ストーカーなんて言われりゃ不快だろうよ」

「その2ってなんだい、その2って。僕がその2なら誰がその1だと言うのさ」

「そっちかよ!?」


 第三盟主の憤りにゼノが思いきりツッコむが、第三盟主もリタもゼノのことはまるっと無視だ。


「その1はハインリヒに決まってるじゃない」


 何を当たり前のことを、と言い返されて第三盟主が眉根を寄せた。


 ——コイツがこういう表情(かお)をするのも珍しい。いつも色々含ませた笑顔しか浮かべねえのに。


 少々瞠目しながら、念のためいつでも動けるように注意は払っておく。


「なぜ?」

「いつだって先回りしてゼノの前に現れる姿を、あなたよりも見掛けるから」


 至極当然のように述べるリタの言葉に、そうだっけか?とあまり気にしたことのないゼノと、あからさまに渋面を作った第三盟主。その第三盟主の様子に今にも卒倒しそうなベアトリーチェ。


「それに、自由自在に思い立ったら好きに移動できるあなたと違って、ハインリヒは常に情報を収集して時に予想して現れる訳でしょ?あっちの方が真のストーカーじゃない。その1の地位は揺るがないわ」

「……なるほど。そう言われると反論出来ないな」

「いやいや。まるでハインリヒが危ねえ奴のように言うなや。あいつのお陰で俺は色々助かってんだからな」

「みて。ストーカーなのに対象に嫌がられないどころか、重宝されているこの実態。抜かりないわ」

「……それは仕方ないね。僕が魔族である以上、ゼノの信頼は得られないから」


 むむ、と唸りながらチラリと流し目で見られて、ゼノは鼻を鳴らす。


「お前さん、そんな事をわざわざ問い詰めるためにここに現れたのか?」


 呆れたようにガシガシと頭をかいて問えば、第三盟主は意味深に笑った。


「黒い鳥が来たよね」


 ひやりとした空気がその場に落ちた。


「君の言う、その1と随分仲良く()()お出かけしていたようだけど――彼は何者かな」  


 微笑を浮かべて小首を傾げる姿は息を呑む程の美しさであったが、そこに甘美さは微塵もなく、触れれば死に至る剣呑さを纏っていた。

 リタとベアトリーチェが、気を失わないために身体強化で魔力を纏ったのを目の端にとめながら、ゼノはその空気を切り裂くように剣を振るった。

 それだけで、この場に立ちこめていた第三盟主の殺気と、閉じられた空間が斬り払われる。

 瞬時に斬り払われた空間に、第三盟主が片眉をあげながらゼノを睨み付けたが、ゼノはリタ達を庇うように立ち、正面から睨み返した。


「そう脅さなくたって知ってることは教えてやるさ。それに、リタも俺も知ってることは変わらねえ——それとも」


 すっと剣先を第三盟主に向ける。


「俺とやり合いたいってことか」


 言って殺気を纏えば、周囲の空気がびりびりと震えた。

 第三盟主のそれよりも、攻撃的な殺気だ。

 しばらく無言のまま、ゼノと第三盟主の睨み合いが続いた。

 殺気渦巻く空間で、リタは震えそうになる足に力を込め、拳をぎゅっと握りしめて二人の様子を見守った。


 先に視線を逸らしたのは、第三盟主の方だ。

 ふ、と静かに息を吐き、気だるげに髪をかきあげる様子に、ゼノも殺気を散らして剣を背に収めた。


「らしくねえな。アルトが——黒い鳥の何が気になった? 確かに箱庭の生物だがよ」

「箱庭、……ね。あそこには——やはり魔王がいるんじゃないのか」


 静かに問われた内容にゼノが片眉を上げて首を傾げる。


「随分直接的に聞くな。今までそんなこたぁなかったのに」

「どうなんだい」


 答えを促す口調に、本当に珍しいなと内心でゼノは思う。

 第三盟主はいつも余裕綽々でどちらかと言えば言葉遊びを楽しみ、答えをはぐらかす方だ。それが今日に限ってそういった様子が見られない。おまけにわざわざ空間を作ってまで逃げられないようにしようとした。

 ゼノですら初めて見る様子だ。


「そもそも、魔王ってなんだよ。この世界に存在するのか」


 自身に刻まれた魔王の加護——それを行った者のことか、はたまたまったくの別の者か。


「この世界にいる筈だよ。——僕達の世界の魔王がね」


 僕達の世界——それは、リタの——ひいてはゼノの前世の世界のことだとデュティがハッキリと言った。

 箱庭と盟主達も無関係ではないのだ。


「箱庭が、お前さんがいた世界と——俺やリタの前世の世界と関係あるだろうっていうのは、知ってる。だが……魔王のことはわからねえ。少なくとも俺は、箱庭で魔族の気配を感じ取ったことはない」


 ゼノの断言に、第三盟主もリタも眉をひそめた。


「いつ、箱庭と僕達の世界が関係していると知ったんだい?これまでゼノはそんな事一言も言わなかったよね。それとも、何か思い出した?」


 ちらりとリタを一瞥したのは、リタと共に箱庭に行ったことでゼノに変化があったのかと睨んだからだ。

 リタも、ゼノら出た言葉に驚いた。これまでも確かに前世の話を振ったことはあったが、ゼノが肯定したことはなかったからだ。


「……いや、全然。だが、デュティがそう断言したから間違いはねえだろ」


 少しあった間にはあえて触れず、第三盟主はそう、とだけ呟いた。


「あの黒い鳥——アルトっていうのかい?アレ、僕の力を遮断するね」

「ああ、結構な使い手みたいだな。さすがは箱庭の生物ってところか」


 直通転移陣を設置したゼノの部屋は魔術的な結界も張られていて、第三盟主の空間移動能力をもってしても入ることは叶わないと言っていた。

 どうやら試したらしい。


「アレは他にも色々やってくれたみたいだけどね——すべてのぞき見る事は出来なかったけれど」

「ふぅん。俺らはその時揃ってリンデス王国にいたから、アルトが何をしたかはまったく知らねえな。ハインリヒならある程度はわかるかもしれねえが——」

「あれが口を開くとでも?」

「ねえな」


 バッサリと切り捨てたゼノの言葉に第三盟主も肩をすくめた。


「ゼノもそこの聖女も、アレの正体は知らないってことだね」

「ええ」

「俺も二百年いて初めて会った奴だが、デュティとは仲が良いみてえだ」


 そう、とだけ短く呟くと後は口許に手を当て何かを考え込んだ。

 ゼノはガシガシと頭をかきながら、第三盟主の言葉を反芻する。


 ——随分仲良く色々お出かけしていたようだけど

 ——他にも色々やってくれたみたいだけどね


 どうやらゼノやリタが知っている「魔塔を見にいった」以外にも、第三盟主の気を引くような場所に行き、何かしらやっていたらしい。

 そういえば彼らが部屋に現れた時には、直通転移陣は既に刻まれていたのだ。時間的にみてもあの時に刻んだのではなく、もっと前に刻んだと考える方が自然だ。

 そこまで考えて、ゼノもふうと息を吐いた。

 言わなかったという事は、特段知る必要のないことか——あるいは、知られたくないか。

 それでも不思議と、ゼノは心配はしていなかった。


「これ以上君達が知っていることはなさそうだね。じゃあ、情報のお礼に、ここの盗賊達のアジトまでの近道を()()()あげるよ」


 そう言って空間に手をかざせば、そこにぽっかりと何かが開いた。

 第三盟主が得意とする移動時に使用する空間だ。

 ゼノが強制転移させられた、転移魔石での転移空間なんかとは比べようもないほど場が安定しているのが見て取れる。そもそも転移陣で転移空間が目に入るなどレベルが低いことの現れだ。都市間の転移門ではゆらぎを感じるレベルなのだから。

 第三盟主の空間移動は、転移魔法陣とは種類が違うのだ。


「お前さんの力を利用する気はねえが」

「そうかい?でも今日襲われた商隊から浚われてきた女性達がいるけど」

「何をぐずぐずしているの! だったらさっさと助けに行かなくちゃ!!」


 聞くや否や、リタがすぐさま反応した。


「お前な」


 その変わり身の早さにゼノが鼻白む。


「女性を助けるためなら、利用出来るものはなんでも利用するわ! 第三盟主が好意で使わせてくれるって言うなら使うべきでしょう!」

「今回は情報料だしね」


 後押しするようにうんうんと告げると、ゼノにもニコリと笑ってみせた。


「それに早く片付けば家にも早く帰れるんだろう?アーシェやサラに早く会えるんじゃないかい?」

「それもそうだな!」


 どのみち女性が絡んだことでリタが止まる筈がないのだ。ならばゼノもさっさと諦めた方がいい。それに、第三盟主の言うことももっともだ。


「なら行くわ! ありがとう!あなたも良いところがあるのね!!」

「お待ちください!リタ殿!!」


 ゼノの言葉にリタがそう叫んで躊躇なく開かれた空間に身を滑らせると、ベアトリーチェが慌てて後を追った。ゼノはその空間に入る前に、第三盟主を振り返る。


「まさか、変な所には繋がってねえよな?」


 この流れでそれはないと思うが、相手は魔族だ。その思惑に素直に乗るにはゼノの魔族への警戒心は強すぎた。


「ゼノの信頼を裏切る真似はしないよ。——だけど、あの聖女は無謀だね。欠片も躊躇わない」


 少しぐらいは躊躇うかと思ったんだけど、との言葉にゼノも苦笑を返す。


「女が絡むとそういうのすっ飛ぶみたいだぜ」

「……自分も女性だろうにね」


 やや呆れた口調ながらも、その目には面白がる光がある。

 リタは最初から第三盟主相手にも容赦がなかった。そこは好ましく思っているようだ。


 ——同じ黄金(きん)色だしな


 その共通色が二人の間に何をもたらすのかはゼノには想像も出来なかったが、今はとにかく二人を放置する方が心配だ。

 第三盟主にひらりと片手をあげると、勢いよく空間に身を滑らせた。

 ゼノが飛び込むと空間は閉じて姿を消した。それを見届けた第三盟主は口許に笑みを履いた。


「例の()()がゼノ達に関わると、箱庭はどう動くだろうねぇ」


 ゼノ達が移動した先を意味ありげに見遣りながらそう呟くと、ふ、と息を吐くように笑みを零し、すいと今度は自分が移動するために空間を開いた。


()()で一体何が釣れるのか、お手並み拝見といこうかな」



 * * * 



 ゼノが空間を抜けた先は開けた場所がよく見える岩陰で、こんな山の中でありながら平屋のコテージのような建物が三つほど建ち並び、武器を手にした者が何人も動き回ったり、開けた場所で談笑しているのが確認出来た。

 リタとベアトリーチェもその岩陰に隠れてじっと周囲の様子を窺っている。


 流石に考えなしにツッコんでいく真似はしねえか。


 言ってもクラスA冒険者だ。考えなしの行動はするまい。

 ゼノも様子を探ってみると、大体三十人ぐらいはいそうだ。


「こいつら全員倒しちまっていいのか」


 小さな声でベアトリーチェに尋ねれば、「頭は生け捕りが望ましいですね」と返された。


 生け捕りか……そいつの方が面倒だな。


「まずは女性を助けたいわ」


 ゼノが頭をガシガシとかきながらため息をついたとき、リタは当然のことながらそう呟いて、ゼノに視線をくれることもなく女性がどこにいるかを探っているようだ。リタならば当然の言葉だし、人質にされることを思えばその方がいい。


「——ここから一番奥にある建物。あそこから、女性の気配がする」


 力強く断言された言葉に、そうかと頷きかけ——


「いやいや、ちょっと待て。なんでわかる」


 慌てて問い返した。

 人の気配はゼノにだって読める。大体あのあたりに何人、などは間違えることもない。だがその性別まではさすがにわからない。


「わかるわよ。女性と特にここにいる野郎なんてわかりやすいじゃない」

「いや、普通区別はつかねえだろ」

「何言ってるの。女性かどうかなんてすぐわかるじゃない」


 そんな馬鹿な、とベアトリーチェを見れば、彼女は目をキラキラと輝かせてリタを見つめている。


「流石です、リタ殿」

「いや、そんなもん区別がつく訳が——」

「私はあの建物の女性達をまず救出するわ。ゼノ達はここで連中の注意を引いて」


 言うが早いか、リタは身体強化を施すと、岩陰から即座に姿を消した。

 は? とゼノが目を瞬いた時には、目的の建物に向かって木々の影を縫うように進むリタの背中が随分先にちらりと見えた。


「はやっ!」


 その素早さは驚異だ。以前に山賊を追いかけていた時よりも格段に速い。


「あいつ……本当に、なんなんだ」


 あまりの速さに呆然と呟いたゼノのすぐ横で、ベアトリーチェがうっとりと頬を染めていた。


「御使い様で女性の味方で素晴らしき冒険者のリタ殿ですわ。判断も行動も早くて本当に素敵です……」


 いや、ちょっとこれは素敵で片付けるレベルじゃねえだろ。

 だが残念ながらゼノに同意を示してくれる者はこの場には存在しなかった。


「あ~……なら、こっちもリタが動きやすいように始めるか。お前さんギルド職員だって聞いてるが、そこそこ戦えそうだな。クラスAぐらいじゃねえのか」

「そうですね。職員になる前はそのクラスで仕事をしていましたね」


 獲物はレイピアか。冒険者にしては珍しい。

 ベアトリーチェが手にしたままの武器に目を落としてから、ゼノも背中の大剣を抜いた。


「ならこのレベルの盗賊に心配はいらねえな」

「当たり前です舐めないでください」


 リタに対する時とはがらりと変わり、どこか冷ややかな口調で言い捨てたベアトリーチェに苦笑を返し、ゼノは剣を手に岩陰から飛び出した。





いつもお読みいただきありがとうございます。

本日から第四話を無事開始することが出来ました。

第四話からは無理せず、月曜は必ず、木曜は出来るだけ頑張る形で更新を続けていきたいと思います。

お付き合いいただけたら幸せです。

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