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ユーティリシアの箱庭  作者: 村上いつき
第二章

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82/235

第三話(最終)剣聖と聖女なら普通はそうでしょう?

本日、三十九話とこのお話しと続けて更新しております。

……長くなりすぎたので分割しました。予想の甘さよ……


「わあ、大きい!」


 これから住むシグレン家にようやく辿り着いたサラが、家を見て歓喜の声を上げた。


「これすべてリタさん達の家なんですか?」

「ええ。元は宿舎だったんですって。だから部屋数も多いの。使ってない部屋がありすぎると寂しいでしょ。それに、私達もまだここに移り住んで日が浅いから、一緒に慣れていきましょう」


 実際、皇国にきてまだひと月も過ぎていないし、リタに至っては箱庭に出かけたり王国に出たりしていてまだまだ慣れたとは言いにくい。


「おねーちゃん!?」

「わあ、お帰りなさい!」


 玄関先での声を聞きつけたか、家の中からサンクとシェラが飛び出してきた。リタに飛びつきながら、ゼノの横にいるアーシェ達に気付いてパッと顔を輝かせる。


「おねーちゃんが言ってた、ゼノの娘さん?」


 どこか甘えた口調で問うサンクに、アーシェがニコリと笑って視線をあわせた。


「はい。アーシェ=クロードです。こっちは妹のサラ」

「こんにちは」


 大人の男性ほどではないが、やや人見知りのきらいのあるサラは、アーシェの斜め後ろに立ち、ぺこりと頭を下げる。

 どちらかと言えば人懐こいサンクとシェラは、二人に笑顔で向き直る。


「こんにちは!僕は五男のサンク。僕達よりお姉さんなんだね」

「僕はシェラ。一番下だよ」

「この子達はアーシェよりも三つ下の十歳よ。……おかしいわね。三つしか違わない筈なんだけど」


 二人を見ていると、ちょっと幼すぎるんじゃないかと今更ながらにリタは心配になった。

 数多い弟達の中で一番下の年齢だしこんなもの、とリタは思っていたが、もしかして世間一般からみると……幼い??


「アーシェは俺がだらしねえから、年の割にしっかりしてるんだよ」

「お姉ちゃんは大人も顔負け」

「だったら、トレにいちゃんと同じだね!」


 サラがゼノの言葉に同意するのに、サンクが一緒だ~と兄弟の中で一番しっかりしているトレを引き合いにだす。


「あぁ、確かに似てるかもな。トレはハインリヒに気に入られてたしな」

「そうね……ハインリヒとアーシェも何かわかり合ってたわよね」


 あの森の中での敗北感を思い出し、もしかしてハインリヒの中で、自分はトレやアーシェよりも下の扱いになってやしないだろうかと、リタは眉根を寄せた。


「玄関先で騒いでないで、家の中に入ったらどう?」


 呆れたような声は、そのトレのものだ。


「お帰りなさい、リタ姉さん。それから、ゼノさんもお帰りなさい――でいいのかな? とにかく中へどうぞ」


 トレに勧められて中へ入れば、ダイニングには皆が集まっていた。ちょうどそろそろ夕食の時間なのだ。


「アインス達も戻っていたのね」

「ん~、まあね。あんまり時間のかかる依頼はまだ受けてないから」

「薬草採取って面白いのな!オレ、色んな植物教えてもらって、楽しい!」


 余分に採取した薬草を持ち帰って皆で勉強していたのか、テーブルの上には数種類の薬草とそれを書き留めた紙が広げられていて、アインス達だけでなく、ドゥーエやフィーアも覗き込んでいた。

 オルグも嬉しそうにリタに報告してくれる。


「リタ姉さんの方も無事終わったんだね」


 フィーアが安心したように言えば、ドゥーエはゼノを見てキラキラと目を輝かせた。


「おっさんもここに住むんだろ!? オレめっちゃ楽しみ!」

「あっ、ちょっとドゥーエ! 薬草振り回さないでよ!!花が散るだろ!」


 ドゥーエが乱暴に薬草を握りしめたままゼノを振り返れば、シスが慌てて叱り飛ばす。

 なんとも賑やかな様子にアーシェはクスリと笑い、サラはうっと詰まってゼノの背後に隠れた。


「はいはい、ほら静かに!!サラが驚いているじゃないの!」


 パンパンと手を叩きリタが叫べば、弟達が一応静かになる。

 リタはこれまであまり気にしなかったし、生まれ育ったハイネの町では誰も気にしなかったが、七人の弟達(+オルグ)が一斉に話すと賑やかだ。

 ゼノと三人暮らしだったアーシェや、特に人見知りのサラにはキツいかもしれない。


「ごめんなさい、五月蠅くて。びっくりしたわよね」


 うう、とちょっと眉尻を下げて二人に謝れば、アーシェは笑顔のまま頭を振った。


「賑やかなのは、楽しいですよ」

「が、頑張って慣れる……」


 二人の感想はバラバラだったが。


「じゃあ、紹介するわ!これから一緒に住むことになったゼノの娘さんよ。こちらがアーシェで、この子がサラ。みんな苛めたら承知しないわよ」

 

 リタの紹介に合わせてアーシェとサラが「よろしくお願いします」と頭を下げた。


「ねーちゃんがいるのにそれはないって」

「ドゥーエは気をつけて。元が乱暴なんだから」

 

 アインスが苦笑し、そしてシスがドゥーエに釘を刺す。ドゥーエは乱暴じゃねえよ、と返したが言葉遣いも態度も元から粗暴には違いない。


「そしてこっちが私の弟達。みんな名前を呼んだら手を挙げて返事して」


 リタがそう言えば、みんながわらわらと一列に並んだ。


「長男のアインス、十四歳」

「はい」


 小さく手を挙げ返事する。


「次男のドゥーエに、三男のトレ。二人と同い年よ」

「おー!!」

「はい」


 ドゥーエは賑やかに、トレはアインス同様小さく手を挙げる。


「四男のフィーア。十一歳に」

「はい」


 フィーアも軽く手をあげて、すぐにおろす。


「先程も紹介した五男のサンク、六男シス、七男シェラ。共に十歳よ」

「は~い!」

「はいはい」

「はい!」


 サンクは両手をあげて、シスは面倒臭そうに、シェラは元気よく真っ直ぐに手を挙げた。


「それから、兄弟じゃないけど家族同然のオルグ。……あら?オルグっていくつ?」


 そういえば聞いたことなかったわ、とリタが首を傾げれば、弟達もあれ?と首を傾げて誰も年齢を知らないようだ。

 家族同然と紹介されて、ほわ……と幸せそうな顔していたオルグは、質問にん?と首を傾げた。


「オレ? オレ、十七!」

「――え? 私よりひとつ下なの?」

「え? 見た目二十越えてるように見えるけど!?」


 これにはアインスをはじめ、他の弟達も驚いてオルグを見た。


「え?え?……おかしいか? ええと……じゃあ数え方間違えたか……」


 指折りしながら数えだしたのを見て、皆が疑わしそうな顔になった。

 文字も読めなかったぐらいだ。ひょっとしたら年齢も正しく数えられていないかも知れない。


「まぁ、ほほほ。オルグは今年二十二になるわね」


 食器を乗せたワゴンと共に、にこやかな笑い声をたててダイニングに入ってきたのはモーリー夫人だ。オルグ本人がわかっていない情報を掴んでいるのは、さすがはノクトアドゥクス所属と言うべきか。


「オレ、二十二なのか!」


 そうなのか~、とご機嫌なオルグに、リタとアインス、トレは物問いたげにモーリー夫人を見遣ったが、彼女は笑うだけで何も答えてはくれなかった。


「でも人が増えて楽しいわね。女の子が増えるとお家の中も華やかになって嬉しいわ」


 うふふ、と夕飯の準備に取りかかった彼女にそれ以上は問えず、サンク達が食器を並べる手伝いを始めたので、リタ達もとりあえずゼノとアーシェ達を一旦部屋に案内することにした。


「モーリー夫人も侮れないわ……」

「ノクトアだろ? そりゃお前、何でも知ってると考えた方がいいぜ」

「何でもは言い過ぎだけど、リタさんに付けてるぐらいだから、ノクトアの中でもかなり優秀な人だと思う」


 アーシェに言われて、それは注意しておかなければ、何もかもハインリヒに筒抜けだと少し遠い目になったが、まあ相手は女性なのでリタに否やはない。


「さ、ここがアーシェとサラの部屋よ」


 リタの隣で、突き当たりのゼノの部屋のすぐ近くになる部屋を開ければ、リタの要望通り綺麗に掃除がされ、備え付けのベッドには布団も用意されていた。


「わぁ、素敵」

「二人部屋なのに広いね! 嬉しい」

「今はまだ何も飾っていないけれど、またカーテンや小物を置いて一緒に可愛らしくしましょう」


 嬉しそうな二人に、リタもニコニコと笑顔で伝え、そんな三人をゼノも微笑しながら見つめていたが、ん?とすぐ右手にあたる突き当たりの部屋に目をやった。

 何か気配が増えたか?と首を傾げる。

 その様子に気付いたリタが、部屋からひょこりと顔を出してゼノを見た。


「どうしたの?」

「誰かいる」

「え?」


 兄弟やモーリー夫人は下にいる。この家にはそれ以外に人はいないはずだ。なら誰が――と幾分緊張を孕んだ様子でリタが扉に近づくのと、この気配はひょっとして、と首を傾げながらゼノが扉を開けたのが同時だった。


「戻って来たかね」


 中にいたのはやはりというべきか、ハインリヒとアルトだ。


「やっぱお前さん達か。そっちも、魔塔から帰ってきてたのか」

「――ふむ。そうなるな」


 なんだか不思議な応えだ。


「ハインリヒだったの――あら?ひょっとして、魔法陣はもう設置したの?」


 魔力の残滓を感じたリタがアルトを見れば、アルトもうむ、と頷いた。


「設置は済んだ。利用が出来るのはゼノとリタ、それからアーシェとサラだ。転移したければ魔法陣に魔力を流せ」

「俺とサラは流せねえぞ?」


 ラロブラッドの二人は、自分の魔力を引き出すことがまず出来ないのだ。

 魔石で代用出来るなら、誰でも使用出来てしまうだろう。


「問題ない。ゼノは右手の魔法陣の効力を切れ。サラは魔石で代用可能だ。あの子が使う魔石は一手間かけてあるだろう」

「ああ、そういうことな」


 サラはそのままでは魔石から力を引き出すことも出来ないので、魔石にはアザレアから教わった魔術文字が刻んであるのだ。


「魔法陣はどこに?」

「魔力を纏ってそこに移動してみろ」


 と指し示されたのは部屋の中央だ。

 身体強化を行いそこまで歩いて行けば、ふわりと魔法陣が浮かび上がった。

 見れば、そこには使用者を限定する名前と、魔法陣を起動する魔術文字が刻まれていた。


「ああ、なるほど。乗って、ここに魔力を流せば良いのね」

「乗っただけでは起動しないようになっているので心配はいらぬ。あとこの部屋にも結界を張った」

「ハインリヒにも教えたのか」


 ふうん?とどこか訝るように問うゼノに、アルトがニヤリと笑った。


「ああ。伝えておいた方がトラブルが起きまい」


 そんなものかしらとリタは内心で首を傾げたが、ハインリヒに隠そうとするより知られている方が楽は楽だ。どのみちバレるのは時間の問題であっただろう。


「気配はするんだな」

「そこまで遮断すると逆に不自然であろう。それに、外部の人間が潜んでいるのがわからなくては困る。魔術的な要素に対しての防御だ。――盟主ですら入れぬ」

「……そいつぁ、結構強力だな」


 それはつまり、第三盟主ですら入れないということだ。


 わかってはいたけど、箱庭の魔術って本当に強力なのね。


 皇国にもフリーパス状態な第三盟主を見ていたリタは、その強力さに頷きこそすれ、もう驚くことはしない。箱庭とゼノ関連では驚いたら負けなのだ。

 などと考えていたところに、トレとフィーアが階段を上がってきた。


「荷物を一旦置いたらすぐに食事を――って、あれ?お客さん?いつの間に?」

「ハインリヒさんがいつの間に?」

「ふむ。少々特殊な移動方法を用いたのだよ。今回限りだ。安心したまえ」


 意味深な回答ではあったが、それ以上言及する隙を与えずに、ハインリヒは部屋の入口へ向かった。


「ではもうここは良いだろう」


 何かを誤魔化された感はあるが、ハインリヒなら今更だ。リタはローブを脱いで身軽になったアーシェやサラと共に、皆が集まるダイニングに向かった。


「あれ? ハインリヒのおっさん?なんでいるの?」


 案の定、アインスが驚いた声を上げたが、ハインリヒはにやりと笑って「秘密だ」と述べるだけだ。その言葉にドゥーエとシェラがキラキラと目を輝かせて「誰にも気付かれずに侵入するなんてすげえ!」「秘密の術があるんだよ!」とワクワクしていたようだが、転移魔法かな?と考えたアインスとトレの想像はあながち間違っていない。


「長官もぜひご一緒にどうぞ。今日はお客様が多いと思って、たくさん準備していますの」


 おっとりとモーリー夫人が席を勧め、皆で夕食をとなった。アルトはテーブルの端に落ち着いたが、食事は固辞していた。


「明日も薬草採取を受けるのか?」


 楽しそうにオルグが質問するのを、アインスがスープを飲みながらうん、と頷き返す。


「やっぱもうちょっと植生と地形を押さえておきたいからな」

「今度はもう少し東側を見てきてよ。あのあたりがまだ真っ白なんだ」


 フィーアがそう要望を出せば、トレも頷く。


「そうだね。地形図を見る限りではあのあたりで植生が変わるかも知れない」

「ふむ。君達は独自に地図を作っているのかね」


 兄弟達の会話にハインリヒが質問すれば、シスが頷く。


「アインス兄が実際の薬草とどこら辺りに生えてるか教えてくれるから」

「まとめて共有すれば、みんな困らないでしょう? 私もそっちを手伝いたいわ」


 ダメなんでしょうけど、と不満顔で呟くリタに、ふとアーシェが顔を上げた。


「アインスさんは冒険者なんですか?」

「アインスでいいよ。うん。レーヴェンシェルツに登録したばかりのクラスE冒険者。今はオルグと二人でパーティ組んで、とりあえず地形と植生を知るために薬草採取のクエストを片っ端からやってるところかな」

「そうなんですか……」


 呟き、少し考え込むような仕草に、サラは無言でアーシェを見つめた。


「アインス達は冒険者だろ。他の皆は普段なにやってんだ?」


 年齢的にはまだ仕事をするには早い。庶民が通える学校も地域によってはあると聞いているが、外界に出たのが最近のゼノは、何が一般的なのかわからなかった。


「オレはルクシリア皇国の騎士団予備軍に入れて貰った!あそこで剣術習ってるんだ!!」

「僕はノーザラント商会の支店でお手伝いをしています」


 ドゥーエとトレがそれぞれ答え、フィーア達年少組は家事手伝いをしているという。家畜を飼いだしたので、その世話もしているようだ。


「へえ。みんな頑張ってんな」


 ハイネでは教会で勉強を教えて貰っていたのだが、この皇国では庶民向けにも学校があるということだったが、そこへ通うかどうかはもう少しこの生活に慣れてから決めようということになっていた。


「学校もありか……アーシェ達はどうする?」


 長らくそういった事を考えてこなかったゼノは、アーシェ達に何をしてやればいいのかがまったくわからず、まったくのノープランだ。

 二百年前はどうするつもりだったのかも、今となっては思い出せない。それに、きっと二百年前と今では色々状況も変わってきている。あの時のアーシェ達に望みがあったとしても、それを叶える事が出来なくなっている可能性だってある。

 それほど、二人の不在は長すぎた。

 話を振られたアーシェは、カチャンとスプーンを置くと、真っ直ぐにゼノを見た。


「私、冒険者登録をしたい」

「へ?」

「え?」

「お姉ちゃん!?」


 予想だにしていなかったことを言われ、ゼノは目を見開いた。


「いや……ギルドは登録出来ねえだろ」


 俺がいるし、と言えば、アーシェはふるふると頭を振った。


「お父さん抜きで登録するの。お父さんがいなければ、私でもレーヴェンシェルツに冒険者登録出来ますか?」


 アーシェが尋ねたのはハインリヒだ。ゼノが冒険者登録が出来ないというのは、皇国とノクトアを含めた各国で取り決めた話だった事だとアーシェは記憶している。

 アーシェに問われて、ハインリヒが軽く頷いた。


「出来るな。それに、アーシェほど冷静で腕が立つなら問題あるまい」


 推薦は私がしよう、とハインリヒに太鼓判を押され、アーシェがよし!と拳を握りしめて頷いたのを見て、サラも慌てて手を挙げる。


「お姉ちゃんが登録するなら私も!私も冒険者になる!お姉ちゃんと一緒にパーティ組むの!!」

「サラ。――いいの?サラの苦手な戦闘だってあるかもしれないわ」

「いいの!私もお姉ちゃんと一緒に戦えるようになりたいから」


 今回の王国の関係で、ヘスを前にパニックを起こし、役に立たなかったことは悔しい。せめてパニックを起こさないようにならなければ、今後もアーシェの足を引っ張るだろう。それがサラは嫌だ。戦闘に慣れなければ。そのために必要なのは場数だ。


「ちょ……ちょっと待てよ、アーシェ!サラ! お前達だけで冒険者登録って危ねえだろ!!」

「そうよ!無理して危険な冒険者になんてなる必要ないわ!」


 ゼノとリタが立ち上がって止めるのを、アーシェは頭を振って否定する。


「私は強くありたいんです。お父さんと一緒だと、甘えてしまいます。――ねえ、アインス。今は二人のパーティだというなら、私達を入れてくれませんか?」

「ほへ?」


 突然に話題が飛び火してきて、完全に油断していたアインスは肉にかぶりついた状態で間抜けに問い返した。

 アーシェが名指ししたことでゼノとリタにきっ、と睨まれて、肉をごくんと呑み込んでから、身体を引いてアーシェ達三人を見返した。


「ええと……俺達のとこ?」


 念のためもう一度確認する。

 こくりとアーシェに頷かれ、アインスはチラリとオルグを見遣った。

 オルグも目をぱちくりと見開いて、アーシェとサラを交互に見つめている。


「私たち二人で冒険者をやるには、この時代の事を知らなさすぎます。かといって、事情を知らない人やお父さんやリタさんの迷惑になる相手とは組めません。だから、リタさんの弟のアインスや家族であるオルグさんとなら安心だと思って。私は剣士で、水魔法が使えます。二百年前の知識がどの程度お役にたつかわかりませんが、魔物や魔族についてもある程度は知識があります」


「私は、魔法陣の魔術と薬が作れるの。治癒も攻撃も一応出来る……けど、ちょっと怖いものが多くて……でも頑張る、から」

「「お願いします!!」」


 理由と自分の出来ることをを告げて、立ち上がって再び頭を下げるアーシェと今度はサラにまで頭を下げられ、アインスは短く呻いた。

 正直、サラが治癒魔法を使えるというのはありがたいし、ゼノの指導を受けているだろうアーシェの剣の腕も信用が出来る。むしろアインスより強いかもしれない。アインスからすれば特に断る理由はない。


 理由はない、けど……


 ゼノとリタをチラリと見れば、こちらからは断れ!との圧が凄い。

 もう一度アーシェに目をやれば、お願い……!と祈るような視線でアインスを見つめ返してくる。


 あれ、なんで俺が窮地に立たされてんの……?


 呑気に食事をしていたのに、いつの間にか選択を迫られている。


 これ、どうすればいいやつ……?


 と視線を彷徨わせてハインリヒを伺えば、彼は楽しそうな色を目に浮かべて様子見していて、トレやフィーアは気の毒そうにアインスを見つめている。

 もちろんドゥーエやサンク達はこういう事には頼りにならない。


 これは誰も助けてくれないやつ。


 えええ……?ともう一度アーシェに視線を戻せば、その目には強い決意の色が浮かんでいて、とても綺麗な翠色だなとアインスは思った。


 ゼノが心配する気持ちもよくわかるし、リタは女性贔屓だ。アインスやオルグの指導員としてパーティを組むなら、これほど頼もしい相手はいないが、女性が相手だとポンコツだ。むしろ危険な事に近寄らせないという、勝手な庇護欲を発動させて冒険者として育てるという役には向いていないとアインスにはわかる。

 強くありたい、というアーシェの気持ちはアインスにもよく理解できる。先日のルカ達との戦いでは自分の力不足を痛感したばかりだ。


 もう一度アーシェを見つめた。

 本気なのは、わかる。ゼノと一緒にいればきちんと指導はしてもらえるだろう。これまでもそうだった筈だ。

 ただあまりにもゼノが規格外すぎて、実践の場においては、きっとゼノがさっさと片付けてしまって出る幕がないに違いない。


 手にしていた肉をとりあえず皿に置き、アインスはアーシェを正面から見返して、頷いた。


「いいよ。俺達と一緒にパーティ組んで冒険者やろう」

「おい!!」

「ちょっと、アインス!」


 二人の非難の声が飛んだが、今はそれをまるっと無視する。


「――っ、ありがとうございます!」


 ぱあっと、嬉しそうに笑ったアーシェの笑顔は、とても可愛かった。

 ふう、と息をひとつ吐いて覚悟を決め、ゼノとリタに向き直る。二人の形相がとても怖い。

 だが、多分これはアインスにしかわからないアーシェの覚悟だ。


「ゼノとねーちゃんは過保護だろ。それだけじゃダメなんだ。俺だって、強くありたい。庇護されてばかりじゃ強くなれないだろ」

「いや、だからって……別に冒険者にならなくたって、俺と一緒に魔族退治をすればいいだけだろ!?」

「そうよ! ゼノと私と四人で組んでやればいいじゃない!」


 諦め悪く言い募る二人に、アーシェが口を開こうとしたのをアインスが制した。


「それじゃ意味ないんだよ。それがわからない二人とは組ませられないな」


 バシッと言い切れば、「そうだね」とトレがアインスの言葉に賛同を示す。


「冒険者をすると、戦闘だけじゃなく色々学べる事が多いからね」

「い、いやだけどよ……アーシェも……サラだって、ほら、大人の男が怖いだろ?」

「克服する」


 サラにまでキッパリと言い切られて「ええ……」とゼノが途方に暮れた。


「だけどっ……」

「とーちゃんならここで反対はしない」


 ズバッとここでケニスを引き合いに出せば、うっ、とリタが呻いてたじろいだ。視線を動かしてどう答えるだろうかと脳内で考えているに違いない。

 アインスとて大きな事を言っているが、実のところ二人が心配するようなことはまだないと思っている。

 ぐぬぬぬ、という二人の納得いってない呻き声が響くなか、「くくく」と低い声で笑ったのはハインリヒだ。


「流石はアインス。シグレン家の長兄だ。――ふむ。私はアインス達に賛成だな。何も離れ離れになる訳でもあるまい。同じ家に住むのだ。子離れも必要だよ」

「そうは言うが! 大体……俺は、二人と長いこと離れてたんだぞ? 一緒にいたいと思って何が悪いんだよ」


 少々不貞腐れたような口調なのは、それだけでは理由としては弱いと思ったからか。


「お父さんと離れるわけじゃない。剣の稽古はこれまで通りつけて欲しいもん。でも、お父さんがいないと何も出来ないようでは、これからはきっとダメなの」

「そんな事ないさ。王国で、ちゃんと戦えてたんだろ? それに、ヘスの件は相手が悪すぎただけだ」

「そうだけど、そうじゃないの」 


 そのアーシェの焦りは、きっとゼノには伝わらない。

 頭を振ってゼノを説得しようとするアーシェの姿に、アインスがパンパンと手を叩いて注意を引いた。


「ゼノは心配しすぎなんだよ。 それに、俺たちはまだクラスEだよ?危険な依頼はまだ受けられない。――でも、そういう依頼をこなしていく事で、少しずつ力をつけていけるんだ。ゼノやねーちゃんが一緒だと、そういう事が学べないんだよ」


 いきなり危ない事はない、とゼノとリタに伝えて、それと同時にアーシェにも釘をさす。


「俺たちとパーティを組むって事は、そういう地道な事からやるんだけど、それはいいのか?」

「ええ、もちろん。リーダーであるアインスに従うわ。それに、私たちには学ぶことが多すぎるもの」


 アーシェの言葉に、ならいいよと頷き返しながら、いつの間に俺がリーダーになったのかな?と内心で首を傾げたのだが、周囲の誰もその事には突っ込んでくれなかった。


「ふむ。話はまとまったようだな。ならば早速私の推薦状を用意しておこう」

「ありがとうございます!」

「ね、ねえ。そのパーティに私が加わることは出来ないのかしら?」


 満面の笑みでハインリヒにお礼を告げるアーシェをよそに、リタが往生際悪くアインスに喰い下がれば、ゼノもアインスに向かって「そうだ!俺も入る!六人でどうだ!?」と無茶なことを言い出した。


 ――この二人、俺の話聞いてた?


 いささか呆れた視線を投げて返せば、だって!とか、だってよ~……と似た言葉が返ってくる。


「リーダーのアインスに従うから」

「いや、なんで俺がゼノやねーちゃんを入れたパーティでリーダーなんだよ。ていうかそもそも二人は入れないから」

「どうして!?」

「なんでだよ!?」


 なんでも何もないはずなんだけどな、とジト目で二人を見ながら、


「ねーちゃんは御使いでパーティ禁止だろ。ゼノのおっさんはそもそもギルド登録許されてねえってさっき言ってたじゃんか」


 何言ってんだよ、と返してやれば、二人はキッとハインリヒを睨みつけた。だがもちろん、相手が悪い。そんな程度で折れてくれる相手ではない。

 口元に微笑を浮かべたまま、二人を見返すハインリヒの視線には「まだ言うのかね?」という呆れが含まれていて、二人にもそれはわかっている。わかっているのだが、諦めきれない。


「だって折角、アーシェやサラと一緒にお仕事できると思ったのに……!」

「俺だって、折角二人と会えるようになったってのに」


 そんな事を言っているから、アーシェに拒否られるのだとは理解していない二人に、やれやれとハインリヒが肩をすくめた。


「心配せずとも君達二人には私が仕事をまわしてやろう。アーシェ達を巻き込む余裕はないぞ」

「何をっ……!」

「わぁ、じゃあゼノとおねーちゃんが二人で組むの? だったらおねーちゃんの心配もしなくて大丈夫だね!」


 サンクがにこにこと笑って言えば、シェラもそうだね、と頷いた。


「そうだね!ゼノおじさんと一緒なら怖い魔族がきても、教会の人がきても平気だね」


 無邪気に言われて、リタもゼノも固まった。

 そうだった。自分は盟主や教会からも狙われる可能性があったのだ、とリタは我に返った。

 ゼノも、今回二人を危険にあわせてしまったのは、自分と神殿の確執だったと思い至った。


「……っ」


 二人の声にならない言葉に、ハインリヒが低く笑った。アルトも声を殺して笑っていたのだが、幸いにも気付く者はいなかった。


「どうやら答えは出たようだな。アーシェ達の事はアインスに任せておきたまえ。ゼノも認めた冒険者だろう?」


 褒めたのを忘れたわけではあるまい、と言われてゼノもがっくりと肩を落とした。

 ゼノだって、別にアインスを認めていない訳ではない。年の割にしっかりしていて弟達をまとめあげるその力量はリーダーとして申し分ない。

 だがそういう問題ではないのだ。


「こういうのって……こういうのって、普通は剣聖と聖女なら、それこそ喜んでパーティに入れてもらえるものじゃないの……?」

「ふはっ」


 がくっ、と肩を落として呟いたリタの言葉に、珍しくトレが吹き出した。


「あははっ、ホントだ」


 釣られるように、フィーアも笑い出せば、ドゥーエやシスにも伝染し、そのうち皆が笑い出した。


「あははは! ほんとだ、ウケる!! 剣聖と聖女だから断られるなんて!」


 ゲラゲラとドゥーエが腹を抱えながらテーブルをバンバン叩いて大笑いすれば、ゼノとリタの表情がますます情けないものになったが、それがおかしくてますます皆が大笑いする。

 アインスやアーシェ達まで笑い出せば、もはやゼノもリタも諦めて笑うしかない。

 新しいメンバーが増えたシグレン家の食卓に明るく響く笑い声は、これからの生活が明るく希望に満ちていると信じられる空気を纏っていて、これまでずっと箱庭で孤独を抱えていたゼノの胸をじんわりと温かくした。


 アーシェやサラが笑い、何よりリタも笑っている。

 そのことに覚えた安堵は、それがずっとゼノの望んでいたものだったからだろう。


 ――そしてみんなは、いつまでも幸せに暮らしました


 ふと、耳に蘇る絵本や童話のフレーズ。

 締めくくられる言葉は、きっとこんな場面だったに違いない。

 そんな場面を目に出来た幸運に、ゼノは静かに目を閉じた。






第三話はこれで終了です。

第四話に入る前に一週間お休みします。次回の更新予定は、12/5(月)です。

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